3.新生活
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目的地へ向け、のんびり車を走らせている。助手席のプシュはラジオから流れてくるカントリーミュージックを聴きながら調子を合わせて口ずさんでいる。知っている曲らしい。優しい目。穏やかな口元。両親を立て続けに亡くしたことからさすがに凹んではいたが、立ち直って、ずいぶんと元気になった。積極的に前を向こうとしている。来る日も来る日もぴぃぴぃぴぃぴぃ泣かれるようだったら面倒でしょうがなかっただろう。
アコースティックギターの音が途切れたところで、プシュが「セスは女のヒトが嫌いなの?」などと訊ねてきた。唐突な質問に「どうしてそう思う?」と訊き返すと、「そんな気がしたの」との答えがあった。顔見知りの女くらいはいるが、恋人がいたためしはない。そう教えてやった。寂しい人生であるように思われただろうか。だが、自分は一人でいいとルールのように決めている。だから当然、「愛」なる概念はよくわからない――わからないままでいいと考えている。理解できたところで重荷にしかならないのではないか。
「わたしね? これからの生活がとても楽しみなの」
プシュの声は明るい。
やはりこの少女はポジティブだ。
幸せにしてやれるとは思わない。
ただ、幸せになる手助けはしてやりたい。
もちろん、こんな気持ちは初めてだ。
それを抱く理由、やはり皆目、見当がつかない。
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新しい住まい――古いアパートだ。以前、暮らしていた部屋だ。あちらへこちらへと流れるように生きてきたのだが、中でもウエスト・シティの居心地が最もよく、だからつい長居をした。そのせいで知り合いもできた。ヒトの温かみみたいなものを感じることもあった。だからこのたび、「ここ」を選んだ。プシュには優しい女になってほしいから。友人を作って楽しく過ごしてもらいたいから。不思議とそんなふうに思うから。
二人とも荷物は少なく、だからまだ日が高いうちに荷解きが終わった。昼食の時間はすっかり過ぎてしまっているが、にしたって夕食にはまだ早い。プシュが「散歩したい!」と声を弾ませた。自らの容姿は多少目に付いてしまうことからあまり外歩きはしたくないのだが、一人で行かせてなにかあったら困るので付き合ってやることにした。「お優しいことだな、セス」と改めて感じさせられた。いままでにない自分に気づかされてばかりの毎日だ。
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少し歩いて街中に出た。広い通りで店も多い。懐かしいなと思う。天気が悪い。にわか雨に遭う。雑貨屋で傘を買うことにした。フツウの傘を二本買おうとしたところ、プシュが「こっちがいい」と大きな傘を持ち出した――相合傘。まったく、愛想よしの猫みたいに懐いてくれる。
ある店を通りがかったとき、プシュが「あっ」と声を上げ、ショーウィンドウに張りついた。丈の長い華やかな赤いワンピースが目を引く。店の名は「マキナ」。本店はセントラル・シティにあるのだとプシュが教えてくれた。憧れのブランドらしい。「なにか買ってやろうか?」と言おうと思ったのだが、プシュなら「いつか自分で買う!」と力一杯宣言するような気がした。
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着いたばかりのシングルベッド、並んで二台。寝室の電気を落としても、プシュはこれからのことが楽しみで「眠れない」と言う。学校の手配ならすぐにできる旨を伝えた。すると「学校に通うより働きたい。ダメ?」と返ってきた。「ダメじゃない」と答える。
「やりたいことがあるの」
言ってみろ。
「わたし、美容師になりたいの」
それなら知り合いを当たってやれる。
「ホントに!? やったぁっ!!」
ああ、幸運だったな。
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街外れに「ダリア」という古い美容室がある。店主の名はスーザン。しっかり者のオバサンで、太っちょ。口は悪いが面倒見はいい。
「ダリア」に顔を出すと、スーザンはそれはもう驚いてくれた。目を大きくして口をぽかんと開け、客の髪を切っていた鋏については床に落としてしまった。「ちょっ、ちょっと待ってな」と慌てたように言い、鋏を拾って仕事に戻る。焦っているのか、動きがじつに忙しない。待ち合いのソファで待たせてもらうことにする。店内は賑わっているので、話ができるようになるにはまだ時間がかかるだろう。
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スーザンが昼休みをとると言うので、近所のカフェに入った。晴天で、だからテラス席を選んだ。丸いテーブルをプシュとスーザンとともに囲む――スーザンはスパゲティだ。大盛りだ。ダイエットをするつもりなど毛頭ないのだろう。
「まったく、急にいなくなっちまったと思ったら、今度は急に帰ってきて……。あたしゃね、あんたはもう死んだものだと思っていたんだよ」
セスは苦笑した。
スーザンの質問攻めに遭った。いろいろと訊かれ、答えられることだけ答えた。なぜかさんざん馬鹿呼ばわりされ――なぜか泣かれてしまった。「寂しく感じたんじゃないさね。ただ、あんたのことが哀れに思えてねぇ……」とスーザンはぐすりと鼻を鳴らした。自分のどこが哀れなのか、それがセスにはよくわからない。
「で、なんの用だい? そっちのコが絡んでくるんだろう? っていうか、そもそも誰だい?」
プシュは背を正して、元気よく名乗った。
「セスとはどういう関係だい?」
「危ないところを助けてもらったんです」
「それだけかい?」
「え、えっと、話すと長くなりますけど……」
じゃあ、いいさね。
スーザンはつまらなそうにそう言った。
「プシュケ、プシュでいいかい?」
「は、はい」
「セスの仕事は知っているのかい?」
プシュはややあってから、こくりと頷いた。
セスはきちんと話したのだ、「おれは殺し屋」だと。
プシュはべつに驚かなかった。
むしろ「ただの男のヒトじゃないなとは思ったの」と納得したようだった。
「さて、じゃあ本題さね。プシュ、用件を言いな」
「あ、あのっ、スーザンさんのところで働かせていただけませんか?」
「お生憎様。ヒトは足りてるんだ」
「そうなんですか……」
「ああ、他を当たりな……と言いたいところなんだが――」
セスは「頼む」と頭を下げた。腕を組み、ふんと鼻を鳴らしたスーザンは「わかった」と応じてくれた。プシュは大げさにばんざいした。
「ただ、ウチは厳しいからね。そうそう休みなんてくれてやらないよ」
「がんばります!!」
スーザンはスパゲティの残りを平らげた。
「早速、今日から働いてもらうよ」
セスは内心、ほっと胸を撫で下ろす。
ひとまずうまく行きそうだ。




