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 10月も半ばを過ぎたその日、茨城県郊外の住宅地を貫く路地で木下楓が見上げた夕焼けは、淡いデジャブに満ちていた。


 紫っぽい赤味の薄暗い空。


 小学生だった頃、通学路のこの路地を、楓はいつも俯いて歩いていた。


 背中に夕日を背負い、日暮れが迫るにつれて伸びる影が何故か恐ろしく、目が離せなかったのを憶えている。

 

 だから当時の記憶を辿ると、空を見上げていた顔は自然と下を向いてしまう。


 見えてくるのは油が浮くアスファルトと、大人になった彼女が背伸びして購入したばかりの黒いパンプス。


 狭い二車線の道路に歩道は無い。


 人がギリギリ歩ける幅に白い線が塗られている。

 

 コツコツと響くヒールの音が耳障りだが、あの頃は他にも嫌な足音があった。

 

 いじめっ子の男子に小学校の校門から追い回され、すぐ後ろをついてこられた嫌なデジャブが疼き出す。

 

 いじめられ癖って、一度見につくと生涯、後を引くものなんだろうか?

 

 あぁ、嫌だ、嫌だ。

 

 特に良い想い出も無いまま、無駄に年を重ねて大人になっちゃってさ、今も会社で嫌な上司にいびられるなんて。

 

 そう、今日、実家のあるこの街へ戻ってきたのも、母に愚痴を聞いてもらいたい一心からなのだ。

 

 でも家を出て三年が経つ間、母は父を失い、孤独な一人暮しを続けている。

 

 「只今っ!」と玄関のドアを開けた瞬間、迎え入れた母の、少し隈がある落ちくぼんだ目と皺の増えた笑顔を見てしまえば、流石に弱音は吐けない。

 

 一通り無駄話でお茶を濁すのが精一杯で、夕刻前に実家を出た。

 

 とぼとぼと都会の安アパートへ戻る途中、気の重さからバス停をスルー。そのまま懐かしい通学路を辿ってみたのだが……






 いまいち合わないパンプスのおかげで踵が痛い。ひとまず辺りを見回し、休める場所を探してみる。

 

 お目当ては小さな公園だ。昔、いじめっ子に追いかけられる度、逃げ込んでいた場所。楓の心のオアシスと言っても良い。


 確か、この辺りだったよね。


 ブツブツ呟き、歩を進めると、間も無く通りに面した公園入口へ達する。


 古びた造りは昔のままだが、様子の違う部分も目についた。中央のジャングルジムに黄色いテープが巻かれ、ポリエチレン製の安っぽい看板が突っ立っている。


 書いてあるのは「使用禁止」の味気ない一文のみ。

 

 楓は弛んだ黄色いテープへ触れ、前にテレビで見たニュースを思い出した。


 あ~、そう言えば公園の安全基準変更で、古い遊具は使用禁止になったんだよね。


 十年前、いつも独りで遊んだブランコが横殴りの風で揺れている。こちらも当然、使用禁止。


 久しぶりに乗ってみようか?


 そう思ってみたものの、黄色いテープをまたぐのは気が引ける。少し躊躇う内、「おいでよ」と子供の囁く声が耳元で聞こえた。


 ハッと辺りを見回すが、いやいや、気のせいに違いない。


 公園には今、楓の他、誰もいない。

 

 冬も間近い火曜日、午後五時。多くの子供は塾通いしている時刻だ。

 

 いい年して、私、何ビビッてんだか?


 自嘲気味に笑い、テープをまたいだ楓はブランコへ腰を下ろす。鎖が軋むと同時にすぐ側で声がした。


「良いよね、この座った感じ?」


 反射的に真横を見ると、隣のブランコに小学五年生くらいの男の子が座り、こちらへ笑いかけていた。


「うわっ!」


 突然すぎる出現に楓の体は凍り付く。


 対するその子はと言うと、やや斜に構え、楓をしばらく見据えた後にフンフン頷いて、

 

「へ~、やっぱり僕が見えてるんだね、お姉さん」


「見えてる? それ、どういう意味?」


 フフッと笑う横顔に又、デジャブ。


 この子、昔、私をいじめた子と似ているかもしれない。


 いや、もっと嫌な奴にも似てるかな?






 大手文具メーカーで何とか正社員の口を得た楓にとって、今年の春に移動した販売促進部は憧れの職場だ。


 派手な広告、マーケッティングに関わり、社内でブイブイ言わすオフィス・ウーマンをどれほど夢見て来た事か?


 でも、そこで遭遇したのは野々村と言う最悪の上司。

 

 女は使えない! なんてアナクロな口ぶりで、やる事なす事文句をつけ、何かと揚げ足取りのネタを探している。


 多分、四十過ぎて主任止まりの鬱屈をぶつけているのだろうが……


 昨日、彼自身のケアレスミスをこちらへ押し付けられた挙句、いつもの調子でネチネチやられ、堪忍袋の緒が切れた。


「あぁ、誰が使えないって!? ねぇ、教えてあげましょうか、このオフィスで誰が一番ダメダメか」


 初めての反論に目を白黒させている野々村へ、ビシッと人差し指を突き付け、


「ホ~ラ、皆、コッチを見てる。もう言うまでもないよね」


「な、なにが言いたいんだ、キミ」


「だから、底上げしたくても底が抜けてるアンタの落ち度、コッチへ押し付けてんじゃね~よ!」


 と、まぁこんな調子で二割増しに怒鳴り返した挙句、入社以来未消化の有給休暇を「全部使わせて頂きます」と啖呵を切って飛び出した。


 言わば逆噴射と言う奴だ。日頃おとなしい性分だけに、キレ出すと止まらない。


 いつも必死でネコ被っている分だけ、やられた相手は驚き、焦り、結果として深く根に持ってしまう。


 後々、ロクな事、無いのよね。


 我慢した挙句にいつもコレなんだ、あたし。


 子供の頃からお馴染みのワンパターン。わかっちゃいるけど止められないのが性分ってモンだろうけど……


読んで頂き、ありがとうございます。


久々に連載を再開でき、ホッとしています。

「書けない、読めない、情けない」の3ない状況へ来年陥らない為にも、何とか今作は年内に描き切りたいと思います。

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 挿絵(By みてみん)
― 新着の感想 ―
[一言] 私は今からなろうをお休みしますので、年明け続きを読ませていただけるのを楽しみにしてブクマいたしました!! 良いお年をお迎えください(^O^)/
[良い点] 冒頭から、デジャブ、少々不気味な空。 何かがおきそうな予感がヒシヒシです。 耳元でのささやき声や、気がついたら少年が隣のブランコに座っていたところは、ちょっとゾッとさせられました。 楓さ…
[良い点]  こちらの作品はホラーなのですね!  続きが気になります。  楽しみに拝読しますね。
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