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53話 限界を超える

 体を低く低く、俺は魔王の懐に飛び込むように体を倒して走った。そして槍の攻撃圏内に入った初撃、『雷影』を放つ。


「クハッ、芸が無いぞグスタフっ!」


 直線的なその攻撃はいとも簡単に叩き落とされるが、しかし。


「そうかな?」

「ッ⁉」


 俺はその間に魔王の背後を取っていた。『雷影』はフェイント。雷属性の攻撃ゆえの目くらましとその高威力の攻撃に注意が向くのを逆手にとって、放った瞬間に高速で移動をしていたのだ。


「これからッ! お前のターンはッ! 来ないッ!」

「グゥッ……⁉」


 背中を蹴とばし、連撃、連撃、連撃。

 

 魔王がよみがえり再生し続けるのであれば、それを上回る速度で破壊し続ければいい。俺はありったけのスキルを叩き込む。

 

「うららららららららぁぁぁぁぁぁぁあああああッ──‼」


 みるみるうちに魔王の体は穴だらけに、その憎々しい口を開くことができなほどのボロボロのズタズタにされていく。




 ──『『流水千本突き』のスキルレベル上昇。LvMAX。覚醒(かくせい)スキル解放・獲得。『威氷(イザミ)』→ひと突きですべてを凍らせる氷属性攻撃を放つ』




 ……止まらない。止まってたまるものかっ!

 

 呼吸をする間も惜しい。俺は1の攻撃が効かなければ10の攻撃を重ねた。10の攻撃が通じなければ100の技を繋いだ。100の技でも足りなければ次なる1000を畳みかけ、1000の畳みかけでなお不足すると言うならば、


「『雷影』! 『雷影』! 『雷影』! 『雷影』! 『雷影』!」


 ……魔王の体を万に焼き切ってみせよう。もはや肉片と呼ぶのもためらわれるほど細かくなった個体をめがけて『雷影』を放ち、消し炭にし続ける。




 ──『覚醒(かくせい)スキル解放・獲得。『雷震(イナヅチ)』→槍の底で突いた地より中範囲の空間へ震動を起こし、攻撃対象を粉砕する雷攻撃を行う』




 俺の熱量に応えるように槍は(しん)から熱くなり、そして次々に新スキルを獲得させてくれる。すべての(ことわり)が、法則が、世界の神や何もかもが俺に勝てと背中を押してくれているようだ。


 ……これで決めるッ!

 

 俺は『千槍山』を左右に展開し、バラバラに散らばる魔王の肉片すべてを中央へと集めた。そして新スキル『威氷(イザミ)』で中央の肉片を突く。

 

 ──パキリ、と。氷の波動が一瞬で周囲へと広がり、千槍山で出した槍を含めたその範囲すべての物質を凍らせた。氷漬けにされた魔王の破片は……もはや再生しない。


「終わらせるぞッ! 魔王ッ!」


 コォンッ! と槍の底が地面をしたたかに打ち、透き通った音が玉座の間へと響いた。新スキル『雷震(イナヅチ)』が発動する。空気が震えた直後、目の前の空間を割るような鋭く巨大な雷撃が縦横無尽にほとばしる。


 ──バリバリバリィッ! と、その雷はすべてを打ち砕いた。

 

 またたく光の後、目の前には何も無くなっていた。氷漬けにしたはずの肉片も、千槍山で出した槍も、すべてが無に帰っている。玉座の間に空いた壁から吹き込んだ風が、黒ずんだ灰を運んでいった。

 

 ……魔王は、(ちり)となったのだ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……勝った、のか……?」


 ガクリ、と膝を着いた。肺が痛い。無呼吸で、ひと息にどれだけ動いたのか思い出せない。記憶が混濁(こんだく)するほどに、俺は力という力を尽くしていた。もはや満足に立ち上がることも難しい。

 

 ……でも、それでも、勝てたのであれば──。




『──クハッ』




 どこからか聞こえた気がしたその声に、バッと顔を上げる。

 

『クハハハハハハハハッ!』


 黒い灰が風に乗り、渦を巻いて1点に集まっていく。それは徐々に人の形を作り、そして。


「まったく、無駄な努力を重ねたものだ」


 魔王は再び目の前によみがえった。


「なん、で……」

「最初から言っているだろう、余を殺せるのは勇者だけであると」

「っ……」

「クハッ! クハハハハッ! 良い! 良いぞ! 素晴らしい絶望の表情だ! 余はそれが見たかったのだ、グスタフ!」


 魔王は高笑いをしながら、浮かび上がる。そして玉座の間に空いた大穴へとゆっくりと飛んで向かっていく。


「ま、魔王っ……! お前、どこへ行くッ⁉」

「クハハ、もうここに留まる理由も無い。それにもうすぐにこの王城の上空には冥界の門が開かれるのだ。その最初の目撃者にでもなろうと思ってな」

「……ふ、ふざけるなよッ! 戦えッ! まだ決着はついていないッ!」

「知ったことか。これまでお前に付き合ってやったのはただの余興に過ぎない。当初は姫が自害しないよう、時が来るまで見張るつもりだったが……クハハハッ! グスタフ、お前が来てその必要もなくなった!」


 魔王の邪悪な(わら)い声が響く。


「グスタフ、お前はどうあってもレイア姫を死なせることはできないだろう。まるで呪いのようだとは思わないか? その愛ゆえに、お前がこの王国を滅ぼすのだから……!」

「う、うぉぉぉおッ‼」


 最後の力を振り絞り、俺はスキル『バリスタ・極』で手に持った槍を魔王に投げつける。それはその心臓を確かに貫いた。

 

 

 

 ──『『バリスタ・極』のスキルレベル上昇。LvMAX。『バリスタ・極』から『カタパルト・アームズ』にスキルが変化。『カタパルト・アームズ』→手にした対象物を一直線に発射する超強力な攻撃。この攻撃による対象物の特性効果は大幅に上昇する』




 ……新しいスキルなんていまさら要らないッ! だからどうか、レベルアップを告げてくれッ! 魔王を倒したという報せを俺にくれ……!


 だがしかし、そんな都合の良い願いは叶わない。体を貫かれてなお、やはり魔王は笑みを崩さなかった。


「冥界の門が開くまでの残り僅かな時間、せいぜい絶望に浸るがよい」

 

 魔王はそう言い残すと、玉座の間の外へ消えていく。


「待て……待てよっ……!」


 動くことを全力で拒否している体に(ムチ)を打って、立ち上がろうともがく。しかしあまりに酸素を、血を失い過ぎてか、体は上手く動かない。それでも俺は声だけでも張り上げ続ける。


「まだ戦いは終わってないだろっ! 俺はまだ終わってない、死んでないっ! 俺を殺しに戻って来いッ! 魔王ぉぉぉおッ!」


 大声で叫ぶ。喉が張り裂けんばかりに俺は叫んだ。しかし魔王は戻ってこない。最後に残していったその(わら)い声だけがこの場にずっと留まっているようだった。


「戦えッ! 魔王カイザースッ! 俺と戦えッ! 戦えぇぇぇッ! まお──」


 その時、トスンっ、と。

 

 俺の背中に柔らかい何かがぶつかった。それは包み込むような温かな感触。

 

「グスタフ様」


 その声に、俺はレイア姫に抱きしめられているのだと気が付いた。姫は不思議なほど穏やかな声をしていた。

 

「……姫?」

 

 レイア姫は答えない。でもその代わりに体を離して、俺の顔をジッと見た。それから両手で顔を引き寄せてきた。思わぬ動きに、俺はされるがまま。すると姫もまた顔を近づけてきて、そして。


 ──俺と姫の唇が重なった。


「……」

「……」


 ただ呆然とするだけの俺から唇を離したレイア姫は、とても優しい笑顔を俺に向けた。


「ありがとうございます、グスタフ様」

「……姫?」

「もう、充分です。本当にありがとう」


 姫は俺の体をゆっくりと、こんどは正面から抱きしめてくれる。


「あなたは私のために充分に戦ってくれました。もう、休んでいいのですよ」

「……」

「疲れたでしょう。さあ、目をお閉じになってください」

 

 プツン、と張り詰めていた何かが切れる音がして……途端に、俺の体は(なまり)で作られているんじゃないかと思うほどに重くなった。


 ……ああ、そうか。とうに限界がきていたんだな……俺の体は。


 一撃で勇者を灰にできるほどの威力の魔術を喰らった体はいまもバラバラになりそうなほどで、殴られた腹は内臓がねじれるように痛み、左腕からは絶え間なく血が流れていっている。


「おやすみなさい、グスタフ様」


 ……疲れた、本当に。


 俺は、その穏やかな声に諭されるがままに目をつむる。……いや、まぶたが勝手に落ちてくるのだ。眠い。底なし沼のような睡魔が泥のように俺の全身を包んでくる。俺はもう何にも抗うことができず、頭を姫の肩へと預けた。


「……ありがとう。本当にありがとうございました」


「……お疲れ様でした。私は本当に幸せ者です」


「……後は私に任せて、ゆっくりとお眠りください。愛しの、グスタフ様」


 レイア姫のその春の日差しのように温かな抱擁(ほうよう)に、全身の力が抜けていく。俺の意識はそこでプツリと途切れた。




 ──冥界の門が開くまで、あと52秒。

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