【第6話:信じるもの】
白色で統一され、普通では見られない形をした高層建築物。
自動で開閉する多重扉をくぐり抜けると、受付嬢らしき服装をした天狗が待っていた。
「私めがご案内致します」
案内役の天狗の後をついて歩く。
そこはまるで、迷路の様に道が入り組んでおり、道中いくつか認証が必要な扉もあった。
10分程歩いて天狗の足が止まり、こちらの方に振り向く。
「大変お待たせ致しました」
ウィーンと天狗の声と同時に扉が開く。
そこは建物の中である事を忘れてしまうほどに広く、中には複数のドームがあった。
天狗は試験会場は第三訓練場だと伝えると、扉を閉めて去っていった。
「これは……」
唖然と辺りを見渡しながら奥の方へと歩いて行く。
「ここは訓練施設で、ドーム一つ一つに空間投影魔法が組み込んであって、好きなように地形を変えられる」
「訓練施設って事は、この建物は軍事施設かなんかって事よね?」
「その通り。だけど正式名称は知らん、忘れた」
「は?」
1番肝心な所をこの男は忘れたと言い、少女は呆れた顔で溜息する。
「ていうかここの事、よく知ってるわね」
「それは…まぁな」
「?」
どこか歯切れの悪そうに返答する魄麗に、少女は尽かさず、顔を覗き込む様に問いかける。
「何か隠してるでしょ」
「……」
魄麗はスっとそっぽ向く。
分かりやすく誤魔化そうとする姿に、少し吹きそうになるが、やはり何か隠してる事に間違いない。
「言えないなら良いわ」
「…良いのか?」
「別に隠し事の一つや二つ、あっても別に困るもんじゃないし。それに言わないんじゃなくて言えないって分かってるし」
「なんで?」
「魄麗の事信じてるから」
少女の一言で魄麗の足が止まる。
九十九とは半年間過ごした仲だ。それなりに信頼は築き上げてるつもりではいたが、いざ言葉にされると照れくさくなる。
半年間九十九と過ごした日々が一気に脳内で再生される。
「何してんの魄麗、早く行くわよ」
声がする方を見ると、九十九がこちらに向かって腕を振っている。
「……ばーか」
赤くなりながら、だけど嬉しそうに言い、少女のもとに駆け寄る。
「第三、第三…」
「そういえば、訓練施設って言ったけど人は来ないの?」
「この時間は点検で使えないようになってるんだよ。零部隊はその特性上、存在自体も秘密にしないといけないから、こうやって合間を縫ってやらないといけないんだ」
私が零部隊について知ってる事は、魄麗と初めて会った時に聞いた、世界をある任務の為に駆け回る事、そして存在自体を隠している事の2つだけ。
あとの詳細は一切聞かされておらず、この半年間で何度か探ってみたものの、手掛かり一つ見つからない程徹底されていた。
「だけどなんで私に零部隊がある事を教えたの?」
存在を公にしていない程、極秘な組織であるならば、異世界人である私にその情報を教える事とに矛盾が生じている筈だ。
「詳しくは言えないが、異世界人には特殊な力があるらしく、その力が任務には必要不可欠なんだとか」
「え、まさかチート能力?世界の均衡を脅かす程の強力な力が」
「ない。九十九って意外とそういうの好きだよな」
「だって異世界よ?見る景色全てがファンタジーなんだから、そういう事あってもおかしくないじゃない」
「まぁ実際、この世界には能力とか魔眼とかも存在する」
「え、ほんとにあるの!?魄麗も持ってたりする?」
目をキラキラさせて、声も若干上がらせる九十九。
あー、見えないけど尻尾を振りまくってるに違いないと内心そんな事を思いつつ、興奮気味の九十九をなだめる。
「残念ながら俺は無能力者だし、魔眼も持ち合わせていない」
「なんだ、がっかりね。はぁ能力無しの異世界転移か、なんだかつまんないわね。魔眼なら持ってるんだけど」
「まぁ珍しいが後天的に能力を授かる事もあるし、魔眼だって……」
ん?
会話の中で違和感を感じた。何かとんでもない事を聞いた気がする。
魄麗はすぐさま頭で今までの文脈を辿る。
そして見つける、違和感の正体を。
「お、お、お、お、お前!!魔眼持ってんの!!?」
急に大声を出す魄麗。
それにビクッと肩を上げて反応する少女は、口を手で隠してこう言った。
「あれ……言ってなかったっけ?」
やってしまった感を出す少女に眉毛をピクピクさせ、体を震えさせる。
そして溜まりに溜まった圧力を、一気に弾き飛ばす地震の様に、早口で九十九に問いかける。
「初耳だよ!!!この半年間で今知った!!じゃ、じゃあお前、あの時の戦いは手加減してたって事か……?」
頭の上の耳をふにゃっと垂れ下げて、一昨日の事を言及する。
きっとここで言うあの時は一昨日の事だろう。
「いやいやいや!!!それは違うわ!私でもこの魔眼を上手く使えないのよ」
「そ、そうか。ならいいんだが……」
強く否定してきたので、違うのかとそっと胸を撫で下ろす。
やや過呼吸気味だったのも、あるべき呼吸の調子に戻した所で、漸く試験会場である第三訓練場に着いた。
「ふぅ。よし、ここからは一人で行け。中に入ったらアナウンスがある筈だから、指示に従っていけばいい。俺は少し用事があるから、試験終わったら、ここで待っててくれ」
「分かったわ」
瞬きが多くなり始める。
鼓動も段々と早く、大きく聞こえ、手に汗を握る。
自分が今緊張している事が痛いほど分かる。
それもそのはずで、この半年間の修行は、全てこの試験の為にされてきた。
もし試験に合格しなければ、次また受けられるのか。
失敗した時、魄麗にどう顔向けすればいいか分からない。一緒に修行をしてくれないかもしれない。
一昨日、最後まで魄麗に勝てなかった私に合格する程の実力があるのか。
恐怖と不安が溢れ出て、視界がぐらりと回る。
このままじゃ、私……
「九十九」
急に右手が温かい感触で包まれる。ふと見ると、私の手を魄麗が握っていた。
「大丈夫だよ。今の九十九ならきっと合格する」
「でも……」
優しい口調で励ましてくれる魄麗とは裏腹に、また顔が曇ってしまう。
魄麗の握る力が強まり、それに反応して顔を見上げた。
「実際に戦った俺が言うんだ。間違いないさ」
微笑んでそう言ってくれる。
本当に魄麗は優しい。だからこそ期待を裏切りたくないという思いが強くなる。
胸が締め付けられる。痛い。苦しい。
いやだいやだいやだ
この重圧から逃げてしまいたいと思いかけたその時だった。
「お前、俺を信じてるんじゃなかったのか?」
「あ……」
魄麗が笑いながら言った言葉。
それはいつか私が言った言葉だった。
そうだ。そうだった。私は魄麗の事信じているんだ。
今まで過ごした日々が、そう言っている。
魄麗は隠し事はするけれど、嘘は絶対に言わない。
たかだか半年間の付き合いだけど、共に同じ屋根の下で食べて、寝て、笑ったり、泣いたり、楽しんだりとしてきた。
そして忘れていた。この世界に来て、最初に出会った人が魄麗で良かったと心の底から思っていた事を。
その思いは決して偽りではなく、混じり気のないものである事を。
私は魄麗を信じているんだ。だから
「魄麗がそう言うのなら、そうね。やってやろうじゃないの!こんな試験、おちゃのこさいさいよ!」
元気ハツラツに、声高々と意気込む。
「調子が出たようだな。ぶちかましてこい、九十九!」
それに応じて魄麗も声を張って、グーサインを出す。
師匠にグーサインで返して、試験会場に入口まで行く。
さっきまでとは打って代わり、まるで遠足に行く子供のように、足運びが軽くなった。
無限に力が湧き出るような感覚が、全身に広がる。
これを全能感というのか。
とにかく私はこの試験を全力でぶちかましに行く事に変わりは無い。
少女の目は燃え輝いていた。