【第4話:暗闇の中に】
「ん〜〜」
ぐーっと体を伸ばす。カーテンを開けて、外を覗く。
まだ空は青暗く、少し冷え込んでいる。
布団をたたみ、部屋を出ると油のはじける音がリビングに広がっていた。
「もうすぐ出来るから、そこに座っといて」
エプロンを付けて目玉焼きを焼く銀髪の少女…ではなく青年は、食器が並んでいる机に視線を送る。
手で目を擦りながら椅子に座り、壁にかけてある時計の秒針を見る。
「できたよ」
目の前の皿に目玉焼きを乗せてから、牛乳の入ったコップを傍に置かれる。
青年も対面に座り、両手を合わせる。
「いただきます」
慣れ馴染んだ言葉を言って、食べ始める。
異世界に来ても、またこういうのが食べれると思い、少女の眉が少し寄る。
食べ終わり、食器を洗ってる中である事に気付いた。
「そういえば、名前聞いてなかったですね」
「そうか、まだ言ってなかったね」
「俺は魂麗魄麗。よろしく」
「四苑九十九と言います。よろしくお願いします」
出会って1日経ったが、ようやくお互いの名前を知れた。
雑談して時計の短針が6時を指したところで、彼から今日の修行内容を教えられる。
「修行は午後から組手をする。それから体力作りで走り込む」
「は、はい」
自然と背筋を伸ばしてしまう。
昨日の出来事が脳裏に浮かんで、全身に力が入り込む。
「それじゃあ人里に降りて、買い物してくる」
そう言って青年は、竹で出来た籠を持って出掛けて行った。
少女が部屋を見回っていると本棚が置かれており、棚の本を手に取って椅子に座り、読み始める。
本の内容の大半は、文字が異形で分からなかったが、この世界は6つの大陸で出来ており、それぞれに国が存在していること。
それから魔法が基本となっている事も分かった。
少女は別の本を次々と手に取り、読み進んでいく。
ガチャ
扉の開く音がし、少女が時計を見ると時計の針は既に12時を超えていた。
「遅くなってごめん。はいこれ」
大きい白い袋を渡され、首を傾げる。
開けるよう勧められ、中を開けるとシャツとズボンが入っていた。
「君が来ていた服はまだ乾いてないし、今日はこれを着て修行してくれ」
「はい!ありがとうございます」
私は早速袋ごと手に取り、寝室に駆け足で入っていく。
着替えてる途中である事に気付き、大慌てで寝室から出て彼のもとへ駆け寄る。
「あ、あの…私の下着って」
「触ってないから、まだかごの中にあるよ…」
「す、す、す、すいませんでしたー!!!」
全速力でバタバタと風呂場に向かう中、彼が恥ずかしそうにしてたのを横目で見て、後で謝ろうと思う少女であった。
〜〜〜〜〜
日が最高点に達し、空は雲1つなく、日差しが満遍なく緑を照らす。
森林に囲まれた空地に刀を構えて、刀身を剥き出したまま直立している青年を見て、時を見計る少女。
「……」
蝶が二人の前を舞い、白い花に止まったその時だった。
ドンッ
重い物が地面に落ちるような音が聞こえたと同時に、少女は既に20m程あった距離から刀を鞘から抜き、青年の顔に刀身が当たる瞬間まで縮めていた。
取った!
そう思った矢先、ガキンと甲高い金属音がした。
「なっ…!?」
音は刀の先端が地に落ちたものであり、肝心の刀は折られていた。
少女は咄嗟に距離を取り、今の状況を整理しようとする。
青年はぶつかる瞬間まで、確かに腕は下りていた。
では一体なぜ、どうやって刀を飛ばしたのか。
考える程、頭が思考を停止させようとする。
困惑する少女は、その青年をふと見てある事に気付く。
青年の持つ刀に、さっきまでなかった刃こぼれがあった。
「ま、まさか」
青年は当たるあの時には既に、刀を折り終えていたのだ。
目に1ミリ足りとも映らなかった。速すぎる動きに驚いたのもそうだが、折られた時の音も聞こえなかった事に、少女は何より度肝を抜かれた。
折られ方を見るに、側面ではなく刃からだと分かる。
そうなれば、受ける刃と入れる刃の角度を正確に捉えなければ出来ない。
青年が目にも止まらぬ速さで且つ、極めて正確に刀を入れる程の技量を持ち合わせている事実に、少女刃驚きを隠しきれないでいる。
「よ〜し、ちょっと休憩していくかー」
青年はそう言って、山小屋に戻って行った。
「ば、化け物……」
少女もその後を付いてくように歩くが、足取りが重く感じたのは気のせいだろうか。
〜〜〜〜〜
空が赤くなり星も光り輝き始めた頃、今日の修行が終わった。
風呂も入ってご飯も済ませた後、2人はそれぞれ寝室に入る。
「……」
暗闇の中で天井を見つめ、昨日までの事を振り返る。
「……」
布団に入れ直し、目を閉じる。
リビングから聞こえる針の音が、段々と小さくなっていき、やがて聞こえなくなる。
暫くし、遠方から水の落ちる音が聞こえてきた。
目を開けると、薄暗く鉄筋コンクリートでできた、狭い一室のベッドにいた。
檻状に出来た扉を開き、音の聞こえる方角へ進んでいると、広く空けた待合室に出た。
音はその先の奥の扉から聞こえ、ドアノブを握って捻た。
ガチャと扉と沓摺との間に黒い空間が出来る。
「……?」
青年は中に入り、真っ暗闇の中を歩き進む。
すると足が急に下から引っ張られ、体勢を崩す。
「っ!!」
物凄い強さで下に引きずり込まれ、遂には全身持ってかれた。
ボコボコと口から酸素が出ていく。
次第に肺が空になり、意識が遠のいていくが、不思議と苦しく感じない。
そして青年が意識を無くす前、微かに下から何者かがこちらを見ている視線を感じた。
「おま……えは………?」
「俺は、お前だ」
青年は逆らえずにそのまま、目を閉じた。
「はっ」
カーテンの隙間から光が見える。
「また夢……か」
さっきまで見ていたものが現実では無いと認識する。
「だけど、今回は違った」
起き上がり、部屋を出ようと扉に手をかけ、青年はいつもとは違う夢であったことに疑問を抱くが、頭が思った通りに回らず、考えるのを諦める。
「お」
目を細め、ぼやけた視界で机の上に置かれているスクランブルエッグと焼けたソーセージを見る。
「おはようです、魄麗さん」
「ん、おはよう〜」
どうやら、この卵とソーセージは彼女が作ったものらしい。
「すいません、勝手に台所使っちゃって」
「大丈夫、作ってくれてありがとう。美味しそうだ」
「ささ、席に座って下さい。トーストもう直ぐで出来ますから」
言われるがままに椅子に座り、トーストが出来るのを待つ。
その間に、今朝に見た夢の事について考える。
いつもならあの扉は開かず、そのまま夢は終わるのだが……。
今回はその扉が開いて、足を引っ張られて引きずり込まれ、そして謎の声まで聞いた。
急にいつもとは大きく異なる事に、未だ胸が落ち着かない。
あれは一体……。
そう考えてる内に、トーストが出来上がっており、既に彼女も座っていた。
「それじゃ、頂くとするか」
「はい、いただきます」
取り敢えず今回の夢の事は置いといて、今日の修行に差し支えない様にしなければと、気持ちを切り替えてトーストに卵を乗せて食べた。