【第3話:インファ(パ)クト】
「じゃあ、試験は今から丁度半年後だから、それまでに修行して基礎能力を高める」
「え?」
「ん?」
二人の間に風が吹く。
聞き間違えだろうか。はたまた何か別の意図があるのではないかと、頭の中と聞いた情報との照合が取れないでいる。
少女は唾を飲み込み、耳に全意識を向けながら聞く。
「もう一度言って貰えます?」
銀髪の少女も何が何だか分からない状態で、一瞬躊躇った。
「えっと、半年間は修行して、それから試験受けるんだけど……」
なるほど。
少女は、今度こそ銀髪の少女の言った言葉をはっきりと、一言一句絶やさずに聞き取ることが出来た。
少女は頷きながら目を閉じ、少し間を空けてから空を見上げた。
「はぁんどぉしぃぃぃぃぃ!!!?」
狼が遠吠えするかのように、否先程の猪の様に天高くその声は轟き、向山から返ってきた。
銀髪の少女も思わず距離を取り、重心低くしながら腰にある刀に手をかける。
暫くして我に返ったのか、少女は両手を合わせて謝る。
「ごめんなさい。その、正直私が思ってたよりも掛かるんだなって驚いちゃって…」
「ま、まぁ早く帰りたいよね…」
っと若干引き気味に銀髪の少女は返す。
「修行するとは言っても、どこでするんですか?そういう施設とか?」
「いや、この山が修行場だ。この先行けば山小屋があるから、そこで暮らして貰う」
「あ〜そういう展開…」
私は流されるままに承諾した。
最低限の衣食住を初めに手に入れたのは、良い出だしと言うべきだろう。
何より、男性ではなく同じ性同士で本当に良かったとほっと安堵をする。
「早速だけど、その山小屋に行こうか」
「はい!」
少女は力強く返事をし、この世界に来て最初の第一歩を踏み始めた。
〜〜〜〜〜
どれぐらい走っただろうか。駅2つ分は走った気がする。
「ぜぇ…ぜぇ……ぐっ……!」
膝がガクンと地面に付く。
肺が酸素を要求しているが、吸う空気が熱くて喉が拒否して、思うように呼吸ができない。
「ぐぬぬ……!」
何とか呼吸を整え、起き上がろうとする。
膝や手に砂利がこびり付いて不快だ。
苛立ちを覚えてる間に銀髪の少女が折り返して来た。
「この先に小川がある。そこで休憩しよう」
「はい…わかりま」
「ちょっ!?大丈夫!!!?」
私はその場で盛大に吐いたのだった。
〜〜〜〜〜
小川で休憩してから数十分走って、ようやく山小屋に辿り着く。
「さぁ、あがって」
「…………」
長かったなぁと遠い目で山小屋を見る。
昨晩降っていたのか、地面が柔らかくて足取りが悪かった。
それ上銀髪の少女が当然のように、木々を飛び越えるし、何より全く間を空けずに同じ速度で走るのだ。
過酷な道のりだったのを高速で思い返す。
「私…生きてるかな」
ふと半年後の自分の事を心配する。
少女はこれから先で起こる事に不安を感じ、夜風で乾いた汗が、再び滲み出る。
銀髪の少女が木で出来た扉を開いてくれ、私はそのまま横切るように入った。
中は思ってたよりも小綺麗で、2人で住む分には十分な程に広かった。
所々の照明が電気ではなく、鉱石の様なもので照らされており、異世界であると実感される。
小屋の中を回ってる内にお腹が鳴り、銀髪の少女が「ご飯にしようか」と提案してきた。
「すみませんが、お風呂先に貸して貰えませんか?体中ベタベタで」
少女は空腹よりも、汗と土埃で汚くなった体を洗い流したいと銀髪の少女に言う。
「そうだね。まずはお風呂だよね」
引きつった感じで反応する銀髪の少女に、少しだけ違和感を感じる。
「えーと、ちょっと待っててくれる?山に降りて、君の着替えを買ってくるから」
思いがけない返答に驚くが、今着てる服しかない自分にとっては、確かに必要な事であると分かる。
「買ってくるのにどれぐらいかかります?」
「……頑張って明日の昼かな」
「いやいやいやいや!!でしたら良いですよ!
貴方の服でも構いませんから」
「いや、それはちょっと…」
頑なに断る少女に更に違和感を感じる。
一体何をそんなに気にすることがあるのだろうか。
「貴方が良ければ、別に女の子同士なんですから気にしませんよ?」
その時、銀髪の少女の眉がピクっと動く。
前髪を手でかいて、ため息をつく。
「やっぱり、勘違いしてたか」
銀髪の少女は正面を向き、真っ直ぐこちらを見る。
「実は……」
閑散とした空気が漂い、風の吹く音のみが聞こえる。
銀髪の少女が下唇を噛み、ゆっくりと口を開いて落ち着いた声でこう言った。
「俺は男だ」
その夜、本日2回目の叫びが山中に響き渡った。