【第1話:神隠し】
7月7日、七夕シーズンで賑わう神社の中、森の中を駆ける少女とそれから逃げ回る妖がいた。
「はぁ…はぁ……」
どのくらい走ったのか。最低でも駅2つ分は走った気もするが、流石にもううんざりしてきた。
少女は手に持っている刀を、妖の左脚に目かけて投げた。
「グワァッ!」
見事刀は妖の左脚に的中し、妖はそのまま倒れ転んだ。
「ったく…大人しく退治されなさいよ」
額から出る汗を手で拭い、一呼吸置いてから妖に刺さった刀を抜き、妖の首を両断した。
大きな溜息を出した後、少女はそのまま倒れ込むように大の字になった。
……瞼が重い。視界が霞む。
何度も目を開くが、次の目を瞑った瞬間、意識が遠くにいくのが分かった。
〜〜〜〜〜
目が開いた。何時間経ったんだろうか。とにかく早く帰らなければ。
体をゆっくりと起き上げる。まだ視界は朧で、はっきり見えない。瞼の裏で強い白い光が当たっているのが分かる。
そして段々とその光も馴染んできて、漸く本来あるべき解像度に戻っていく。
「……は?」
夢なのか。まだ意識が遠くにあるままなのか。どっちなのか分からない。
起きたばかりで、きっと頭が正常に働いていないんだ。そうに違いない。
パチンと右頬を叩く。ジンジンと痛む感覚がしっかりとある。
「……有り得ない」
目に映ったのはさっきまでいたあの森ではなく、見たことの無い地形であり、そもそも森の中にいたのが、今は崖にいる。
理解が追いつかない。ただただ呆然と立ちすくむ中、後ろから茂みを脇かける音が聞こえた。
「……っ!?」
即座に振り向くと、異常に牙の伸びた猪がこちらを睨んでいた。
「妖…」
刀に手を掛けた瞬間、猪の妖は前脚を上げ、少女を目かけて突進してきた。
「くっ……!」
思っていた以上の速さに驚き、一瞬反応が遅れて、牙が胴体を掠って、体勢を崩してしまう。
猪の妖はそれを逃さず、もう一度突進する。
少女は刀を逆刃に持ち替え、衝突する瞬間に刀を上へと持ち上げた。
すると猪の妖は胴体を真っ二つにされながら、崖から落ちていった。
「体は絶好調ね」
刀身を鞘に収め、砂埃を落とす。
これからどうするか。見渡すあたり、人気のある場所が見当たらない。
刀を地に置いて影の向きを確認し、北の方角に突き進む事を決める。
「……シャワー浴びたい」
と呟き、いざ行こうとした瞬間、又もや物音が森の奥から聞こえてきた。
しかし今回は先程とは違って轟音で、良く見ると木を薙ぎ倒して来る何かが見えた。
「ちょっと冗談でしょ!?」
ズドンッ
足が地に付く度に、周りの木から葉が落ちる。
あまりに大きいその図体を見て、意識が朧気となりかける。
意識を保とうと、目を一瞬閉じたその時だった。
ブォォオオオッ!!!
猛烈な爆発音が耳の穴になだれ込んで来ると同時に、全体を捉えてた巨体が視界から入り切らなくなる。
初めての運動会のリレーで1位をとった。
走るのが苦手だった私は毎日近くの河川敷を走り込んだ。
だから紙で出来たこの金メダルは、私にとって胸が締められる程嬉しいものだった。
私は運動会が終わるまで、ずっとその金メダルを父や母に自慢し、家に帰り夕食の時でもその話をし過ぎたあまり、ご飯が冷めた事で母に怒られた。
そんな何も変哲もない家族との思い出が、頭をよぎる。
目に映る巨体は遅く見え、だけど身体は全く動こうとせず、ただ目の前にある現実を受け入れる。
……。
間が空く。
痛みや衝撃、避ける事を止め、ただ迫る現実が来ない。
「?」
巨体が口から血を流して倒れている。そう目に映ったのは、予測していた光景とは違うものだった。