勇者と魔王
長編に手を出し、終盤で書いてる手が止まったので供養に投稿しました。
メインストーリーはあらすじに書いています。
投稿は最終場面、エピローグのみ。
評価などをいただければ、本編も書き直して投稿したいと思います。
「わたしに魔法を教えてください」
最初にこの言葉を発したのはいつだろう。
おそらく質屋でお金にだらしなさそうな冒険者を見つけ、頼み込んだあのとき。
あれから何度もお願いをした。けれどその度にあの人は笑いながら言うのだ「保護者として面倒を見てやるが、魔法は教えない」と。
冒険者として生きるための食事、睡眠、行動を教えてくれる、先輩でもあり頼りになる保護者だった。
からかうのに魔法を使い、わたし達の機嫌を取るのにも使う。それなのに頑なに教えてくれなかった。
「アデル! ぼうっとするな! アリエルさんが落ちてくる、回復の準備だ!」
ラフテラが言い終わる前に、ズンと地面を揺らして長身の女性が着地する。赤い髪の端々が焦がされ黒ずんでいるのというのに、心底愉しそうに赤い眼を光らせている。回復魔法を唱えても確認する前に走り始め、姿を見失う。
彼女は勇者アリエル・ブラウンミラー。わたし達は彼女の支援をするので精一杯だった。
「ラフテラちゃんは無事?」
「大丈夫、アリエルさんには追いつけないから見てるだけだしな。だけど、あれはやっぱり……」
「ユージンさん……」
わたしの保護者になってくれた人は闘技戦の後に暗殺された。狙われた理由はただの嫉妬で、犯人はもう存在していない。
遺体が捨てられたと言う場所には魔物が集まり、その身は喰い散らかされている、そう予想していた。けれどユージンさんは蘇っていた。それも最悪な状態で。
最初にその姿を見たのはわたしの姉、聖女リアトリス・マクレナン・ヴレットブラード。姉はユージンさんと恋仲だった。そして使者としてわたし達の前に現れた。
「ユージン様は魔王として蘇りました。討伐に来ないようであれば、この街を、国を滅ぼすと仰せです。今は魔物を支配下に置き、その準備をしております」
「お姉様! お姉様なら元に、ユージンさんを人に戻せたのではないのですか⁉︎」
「アデルハイト……あの人はそれを望みませんでした。ただ、勇者を、アリエル様を待つと……私は自らの意思でユージン様に与しております。ただの冒険者があの人を傷つけること、それを赦しません。人を集めるのなら、けっして忘れないよう言い含めておきなさい」
姉は哀しそうで、それでも覚悟を決めた顔をしていた。
話を聞いてアリエルさんの元に集まったのは顔見知りばかり。わたし達はユージンさんの仲間だったと言うことで協力を受けられずにいた。
そして教会の聖職者、この街の冒険者達はもう一人の勇者ユーリの元に集まった。
ユーリとそのパーティーはアリエルさんとユージンさんに闘技戦で敗北した。多くの仲間がいればその雪辱を果たせると気炎を吐く。
冒険者達は聖職者達と協力して魔物とゴーレムを足止めにし、街への被害を食い止める。その間にユーリ達は魔王となったユージンさんに挑んだ。
しかしユージンさんが人間だったころの目的は魔王を倒すこと。そのために勇者や戦士、聖女や魔法使いの戦い方を学び、支援する魔法に特化している。そのことを知らない彼らは、たったひとりの魔王によって全滅した。
「待たせたな、勇者アリエル」
「ええ、十四年ぶりかしら。魔人ユウ」
十四年前。
アリエルさんは魔人と戦い、倒し、捕まえた。彼女は魔人にユージンと名付け、人間にしようとした。人並みに武器を扱うことさえできなかったあの人に魔法の才能を認め弟子にした。魔法の基本を教え、育て、恋仲となり別れ、友人に収まった。
二人は今でも憎からず想っていることは姉から聞いている。闘技戦の後では姉も含めて一夜を共にした。それは姉達がユージンさんの不在に気がつけなかった理由でもあった。
戦いは半日を過ぎても終わらない。けれど少しずつアリエルさんが回復に戻る間隔が短くなる。その間ですらユージンさんは動かない。位置を変えるのは闘技戦と同じ、攻撃の余波から姉を守るときだけ。戦闘に近い場所にいる姉のマントはボロボロになっていた。
アリエルさんの武器はユーリから受け取った聖剣。魔物や人ではない生き物に対しては絶大な効果をもつ。しかしその攻撃は鉱物でできたゴーレムが防ぎ、動きを止めれば彼女めがけて雷が落ちる。魔法を伴った攻撃は反発する魔法を使われ有効打にはならない。離れていれば炎が襲い、氷柱が落ち、近付けば土の槍が迫り上がる。踏み台にして飛び上がればそこには風の渦があった。それでもアリエルさんは笑う。手を抜くなと吠えては邪魔を切り裂き、跳ね返す。
やがて地平に光が溢れ空を明るく照らし始めたころ、ユージンさんは魔法力を使い果たしその場に倒れた。魔法力の回復手段を持たないあの人はもう魔法を使うことができない。
横たわるユージンさんにアリエルさんが膝をついた。
「ユージン、あなた……」
「アリエル、楽しかったか?」
「……もちろんよ。誰が育てたと思っているの?」
「そうだな。それならよかった……」
ユージンさんは白くなった顔でわたしを呼ぶ。
「アデル、冒険に連れて行けなくてすまなかったな」
「そんなことありません! わたし達、魔王を倒したんです! 十分冒険しましたよ!」
「そうか、アデルは凄い魔法使いだな。褒美に俺の集めた書物をやる、好きに使え」
「ありがとうございます。でも、それって借金も一緒ですよね」
「……グラントリーに相談するといい。闘技戦での賭け金がまだ残ってるはずだ」
「あきれますね。わたしが大変だったときに、そんなことしてたんですか? ちゃんと働いてお金返した方がいいですよ」
「まったくだ」
笑みを浮かべたままラフテラを呼んだ。
「ラフテラ、俺の代わりにアデルを頼む。落ち着いたら、いつか二人で冒険に行け」
「わかった、約束するよ。師匠……あたしを自由にしてくれてありがとう」
「お前はつまづいていただけだ。初めから自由だった」
そして優しく姉の名前を呼んだ。
「リアトリス、最後まで負担をかけて悪かったな」
「お気になさらないでください。私が望んだ事ですから」
「そうか……俺は……魔王を倒したぞ」
「はい、ご立派でした。後のことはお任せください」
「ああ……ありがとう、リアトリス」
姉はけっして哀しい顔を見せなかった。この場で涙を見せていいのは一人だけだったから。
「エルミラ、もう泣くな、俺まで悲しくなる」
「ユージン⁉︎ あなた涙――」
「また、な……」
息を吸うような穏やかな顔のままユージンさんは動かなくなった。
もはや誰の呼びかけにも応えない。
みんな薄々気付いていた。人は魔法力を失えば倒れるだけ。けれど魔法力が源とされている魔人は、それを失ったユージンさんは……
アリエルさんは強く胸を叩いてユージンさんの上に崩れ落ちた。
「なんで、どうしてっ⁉︎ 私が見たかったのはこれじゃない! 私が死ぬ、その前にあなたの涙が見たかっただけ! あなたには生きていて欲しかったの! お願いユージン、どんな姿でもいいから、目を、醒まして……」
アリエルさんは六年前にユージンさんが死から蘇るところを見ている。今回もきっとそのはず――けれど、これまでとは様子が異なった。
傷ひとつ残っていないユージンさんの身体が、足の先から、手の先から、髪の先から燃え尽きたように白く綻んでは風に流され消えていく。
これは教会で行われる葬送の儀式《苦しみからの解放》と同じだ。篤い病の人を大地には還さず、神の御許に送る。信者であれば最高の葬儀となるが、後にはなにも残らない。神聖で残酷な――
「う、うそ、嘘嘘嘘、違うわ、違うの! そうじゃない、一晩経てばユージンは蘇るのよ。リアトリス、やめなさい!」
「アリエル様、私ではありません。ユージン様はもう……」
「いいからっ! やめさせなさい!」
風に散りゆく小さな欠片を掴もうとする。それは明けの太陽を掴もうとしているようにも見えた。
姉は悩みながらも《傷ついた身体を癒し給え》を使った。切り落とされた四肢ですら繋ぐ神聖魔法。けれど綻びが止まることはなかった。
気がつけばわたしも空を掴むように手を伸ばしていた。白い粉のようなユージンさんは手の隙間を流れ消えていく。こんなになっても生きていたころと同じ、掴みどころがないなんておかしくておかしくて……涙が止まらなかった。
不意にアリエルさんの嗚咽が止んだ。
はじめ彼女は陽の光を浴びて光っているように見えた。けれどそれは太陽とは違う場所から放たれている。その光を追った先には人型の白い影が浮かんでいた。
わたしは以前にその姿を見たことがある。
『勇者アリエル、よくぞ魔王を倒しました』
あの日、教会の孤児院を飛び出したのはこの姿を、言葉を聞いたからだ。
『魔王が蘇ります。仲間を集め備えなさい』
聖女候補とは知らなかったわたしは、どうして言葉が聞こえたのかわからなかった。しかしこのままでは修道女になる、戦う力が必要なら、姉が聖女であるならわたしは魔法使いになろうと決めた。このことは誰にも言えなかった。魔王なんて物語でしか聞いたことがない。子供が話したところで信用されるなんて思わなかった。けれどユージンさんは本気で魔王を倒すことを考えていた。わたしより強い魔法使いが魔王の存在を信じているのならと安心した。でも、もしそのことが――
「うるさい! ユージンは魔王にされた! 死んだのよ! 勇者なのに大事な人を救えなかった……なのに、なんで神が! 本当に神……様なら、ユージンを返してよ……」
ぞっとした。
もしわたしが孤児院を出ず、ユージンさんに出会わなかったら……わたしを探しに来た姉がユージンさんと恋仲になることもなく、姉を慕った人が暴挙に出ることもなく、死ぬことも、魔王になることもなかったのだとしたら――全ての発端は――
『あなたに光の加護を授けます』
「そんなものっ!」
「受けてください、アリエル様! 今なら間に合うかもしれません!」
姉が必死な声をあげた。
ユージンさんが消えても取り乱さなかったのに、どうして今ごろになって……
「どういう――」
「受け入れなさい! アリエル!」
「……失礼、致しました。勇者……アリエル、加護を受け入れます」
アリエルさんは白い影に首を垂れた。
今のわたしが同じように言われてもきっとできない。あれを神だとは思えない。わたしの中の何かがひび割れていた。
アリエルさんは敬虔な信者のように跪いたまま微動だにしない。
勇者であれば加護はなくとも光属性は強いはず。けれど物語の勇者も魔王を倒した褒美に光の加護を受け取っていた。それが意味するところをわたしには読み解けなかった。
やがて身体に光が宿り、人型の影は姿を消した。
そして再び姉が声を張り上げる。
「アデルハイト! 全ての魔法力を使って生命維持を! 今ならアリエル様の身体にあるものは光属性を持つはずです! お腹の中にいるユージン様の子種を生かすのです!」
「お、お姉様は⁉︎」
「私は魔王側に付きました、光の加護を受け取っていません。アリエル様だけが残された希望です」
「リアトリス、あなた……」
「自分で選んだ事です。ユージン様は何よりそれが大事だと仰っていました」
姉はこれまで哀しい顔をしても、けっして見せなかった涙を流していた。
胸にあるユージンさんから貰った魔力ネックレスが明滅している。身を犠牲にするユージンさんに治癒魔法を使い過ぎ、最後のエクストラ・ヒールでほぼ魔法力が尽きた。姉が言う神聖魔法を使うには魔法力が足りない。だけどわたしの腕にある魔力ブレスレットは仄かな光を放ち、余裕があることを教えてくれる。
今ならわたしの魔法が届く、姉がわたしを頼ってくれている。
倒れてもいい。魔法力がなくなってもわたしが死ぬわけじゃない。
神という存在がわたしを選んだと言うのなら、わたしに力を貸せ。
ユージンさんとアリエルさんを生かすのは、姉の、わたしの望みだ。
《生命維持》
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