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継承物語  作者: 伊阪 証
軍神の渇望

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北部王:創作の魔

ブラックジョーク監修:某イギリス人

今日はある人物の過去話。

というか四話くらい別々の話です。

話数調整してるだけ。


恋人は社会性のある人間とない人間ではどちらが作り易いか。一般的に考えればある方が作り易いと思ってしまうだろう。

結論から言おう。恋人が居るような人間に社会性は無い。

というのも社会とは秩序や維持によって成立するもので、それが『好き』『嫌い』という言動を行う際、秩序を乱すものと思い込むからだ。弱みを見せるからと言っても成立するし、自我の確立に利用する為と言っても成立する。

故に奥底で忌まわしく思ってしまう。

コミュニケーション能力と社会性は違う、その差異がこの様な現象を起こした。社会性が無くともカリスマ性があればその人間の下に秩序が出来て実質的な社会を築ける。歩調を合わせるのが社会性、しかしコミュニケーション能力は歩み寄る力であり歩調を合わせるのとは別だ。人間の生物的な構造上、歩調を合わせると好意を抱くというのが偶々混じっているだけだ。

この恋の始まりは蔑視された日の事だ。

フランス人の彼女は、当たり前の様に侮辱をしてくる。目を釣り上げ、此方を見ているかも分からないが、視線だけは残る。

「ユーロトンネルで繋がってると思うとゾッとするぜ、ああいうのはイギリスの土を踏ませたくねぇな。」

通訳として同行したイギリス人であるフアンが言う。彼の真意にはまだ気づけなかった、だからこそこの恋は成立したのだ。その知の欠けは不幸ではなく幸福であった。

だが、今は違う。

「凄いな、放射能の効果か?」

「ドイツが巻き込まれてる。」

「被爆したら自国の状態は分からなくなるってか。」

苦笑で返されるが、即座に理解したのだろう。

メディアの言葉に耳を傾けると結構な確率で酷い事になる。彼等にはそれを疑う力がある・・・言ってしまえば、周りの会話を聞いた上で無視し、面白ければ突っかかる。

自分の人生に恋はあった、だが、不愉快だとも思えなかった。一応は聞いてしまうが故に騙される。

「弱さ・・・だな。」

独り言をフアンは見過ごした。心当たりはあるが、理解してやらないでやった方が良い。

どうせ一度だろうと思った数日後、彼女との邂逅は二度目に至ってしまった。正直不愉快だ。

「不愉快だなぁ。」

外国人は美しいというのは大抵虚像である、妄想か良い所を抜き出して悪い所を見ない輩が産む悪癖だ。実際彼女もどうでもいい、同じ様な目線で、同じ様な悪態、同じ様に反抗する。

ここまで思っているのにも関わらず、嫌いと言い出せない自分が何よりも嫌いであった。

自分は創作活動をする人間として『精神的ボルバキア』に感染していると思う。自分は生物学を重んじ、どうしてもその仕組み、摂理を解き明かしたくなる。生物学的と理想は相反し、新たな時代でも存続しうる妥協点を作る、それがビジネスに必要だと。

正体を明かしていてもそれを女キャラだったと書き換えたくなるし、既存のキャラの嗜好を変えたくもなる。妙に噛み合わず、捻じ曲げたくなる。

それはきっとコレと同じ、奥底に燃え滾る興奮があり、それをどうしても否定出来ない自分が居る。

外国人というのは基本新鮮だ、慣れないが故に刺激される。逆にその要素を性的嗜好的に嫌う人間も居る。性癖は千変万化、あまり深入りして問わぬ方が良い。

自分の中に潜むその創作の魔、それは好奇心でもあった。見透かされた様な感触も無いが、嫌いとは言えない。半端な感情・・・ではある。

愛情も感じない、寧ろその逆、動物園の中に住む動物を見る様な目、相手を人とも思っていない癖に人を理解した気でいる。

「なるほど、馬鹿だから好きなのか。」

「お前は何を言っている。」

「ペットが主人に戯れつくの嫌いじゃないだろ?あれが人間スケールでやってるって思ってな。」

「ハ!」

自分であれ、他人であれ、外国人を動物を思い雑に扱う。それは生物的な当然である。だから、相手を人間と知った時にその心は変質する。反動の様に苦しみ、そして悩む。

彼女はそういう、ごく当たり前の人間だ。差別を是と出来る訳ではないが、その先に進んだ人間の方が、その正義の価値がある。自分はそう彼女を信用出来た。

「奴も俺も、馬鹿だというのは確かだ。」

「俺は巻き込むなよ、その間柄。」

「気にすんな、お前はどうせ地元に誰かしら居るんだろ?」

「料理人はこっちで探すよ。」

「そうか。」

彼は一旦物を買いに出ると、そこに並び掛ける様にそのウザったらしい女が来る。

「あのねぇ・・・。」

「君が好きだ。」

フランス語で一部だけで返す、それしか知らないかのように、一点だけで気を引く。だが、崩れるには十分だったらしく、その強情さも色に沈む。

「なんて言ったって、俺も君も馬鹿だからな。」

そう言うと引っぱたかれて、暫く時が過ぎた。

彼に社会性は無いのだ、それを忘れてはいけない。

物を買ったフアンが一つ取り出す。

「随分でけぇ虫刺されだな、ムヒいるか?」

「こんな所にも売ってんのか?」

「いや?」

その赤色に塗る物は無かったが、冷えた飲み物を渡され、キッと冷やす。炭酸水らしい。

「ペリエだな、フランスのコカコーラ枠だ。」

「オリビエ?」

「違う。」

アイアンブルーを開き、彼は飲んだ。リプトンでも飲むのかと思っていたがそうでもないらしい。

「どうだった?」

「効いてはいるな、だからもう少し様子を見る。」

「賢くなければ会わないって寸法か。」

「ああ、そういうこった。」

振られて乾杯!の様に見えるが、これは第一歩、それが彼女との出会いであった。



パリは何時もの様に燃えていた。ノルマ達成という感じもある。風情があるのであまり好きでもなペリエを吹かしながら息と共に飲む。

そこで一人倒れた女が居た、多分男だったら無視したが、やたら目につく。

「喘息か、気付けよ。」

呼吸が激しく、デモを見ておらず正面の火と沈んだ女を見ている自分だけが気付いた。服がやたら動くからだろうか。

「関与したくねぇなぁ、勝手に話盛っとくか。」

デモ隊に冤罪を被せる事にした。

長話は嫌いだ、少し彼女を眠らせ、背負って歩く。

「シナリオはどうしようか。喘息とその他諸々で倒れたと。」

参加したかどうか、それは知った事ではない。取り敢えず参加しなかった立場を演じさせる。医者に渡し、金も渡す、これで無一文だと嘘を言い飲み物一本分だけ金を残す。少しだけまけてくれたのは感謝したい。

「ああ、クソ。やっちまったなぁ。」

不愉快であるのに変わりはないのに、自分は甘かった。これだから嫌いなのだ。

「好きだ、好きだとも。」

創作とは、違う好意。これはとても分かり得ない。好意はこうあって欲しいと願い、それに突き進む様な物だと思っていた。だが、それの対義である彼女に惹かれている。彼女の未来にありうる点を求めて探してしまう。異常な事態だった。

「分からない。」

自分には分からない事だ。

「ああ、分からないんだ。」

その創作の魔を克服出来そうな気もしたが、それは同時に破滅のキッカケになりそうな気もしたのだ。

自分は憂さ晴らしする必要がある、そう思ってパリを離れた。

断定出来るのは、自分自身の問題であるという事だ。少し考えた、だが、結局理由は出なかった。

それか理由を信じれていないか、だ。



悶々と我慢する、創作の魔は抑えられない、自分の中身はいつだってそれを上書きしようと書き換える。

「ああいや、そうじゃない。」

それも出来ずに前に進む。アイディアは出るのに、役に立たない。いや、子供は産ませるべきじゃない、そうじゃない筈だ。だが、彼は生物的に強いのだと、進む度に自分でない魔性に惹かれてしまう。其方の方が正しいと捨ててしまうのだ。

実際自分は間違える、歪んでしまう。そうあって欲しいと捻じ曲げてしまう。

愛着と信用に惑わされ、キャラクターの在り方を穢してしまう。

「ああ、ははぁ。」

駄目な筈だ、駄目で正しい筈だ。

駄目だと言ってくれ。

そうならず、心は腐る様に歪む。

昔の恋もかなぐり捨てて、走ってしまう。

「ああ、どうして。」

作者として、頭脳の欠陥が惑わす。どうしても狂ってしまう。『どうしたら面白くなるか。』その末に狂行に出てしまう。

正しく育てれない、正しく導けない。

それは世界を捻じ曲げても同じ様に出来ない。

そして、それは結果として正しいの一つしかない。

考えれば考える程、どうあるべきかという姿を貫くか、変えるか。因果に結ばれた命を拾った。

彼女を同じ姿で語り継げない自分に何が分かると言うのだ。愚かさが原因であればまだどうとでもなった。しかし現実はそうではない、愚かである事すら関係無い。理由は分からない、探れない。

悩む、ひたすらに悩む、その理由を分からずに。

日本で、彼女に会った。嫌な顔だと思いながらも、同じ顔はしなかった。

その間柄は余所余所しい、そしてもどかしい。

「一緒に行こうか。」

自分はフランス語で稚拙に言った。

「ええ。」

彼女はあどけない日本語で言った。

稚拙なフランス語というのは気になるものだが、彼女は気にする様な素振りも見せない。優しくなってしまったのだろう。それは少し勿体無い感じもする。

「日本に来た理由は?迷った?血迷った?」

「ええ、言葉の意味を理解しちゃったせいでね。」

「見込んだ通りだ、来る程度には馬鹿らしい。」

「ついでに留学してるから、お家に泊めてね。」

「食費は自分で払えよ、電気代は10%、水道も10%だ。」

「あら、それ位なら貯金で賄えそうね、安い給料で働かなくても良いって事かしら。」

「売春の規定緩いし政治家パーティもアレだしプチエンジェル事件も起きたからどうとでもなるぞ。」

「私カソリックなんだけど?」

その言葉を聞いた途端、脱力する様に言った。

「道理で。」

黒目を掻き回す様に、溜息を吐く事もしなかった。

どうやら自分の事はフアン関連から聞き出したらしい。彼奴も彼奴で見捨てる様な人間だった、次会った頃にはドーバー海峡の中に捨ててこよう。

「でもさ、なんで好きになったの?」

「分かったら悩んではいない、だが、少なくとも今嫌いな箇所はない。」

身体は嫌いな箇所が無い、新鮮を嫌わない自分にとってはスっと飲み込めるものだった。

「身体は全部好きかな。」

「私は未だ慣れない。」

「そうか。」

「小さいって言う程じゃないし・・・。」

日本の男性平均身長は172、フランスの女性平均身長は164・・・彼女にとっては差が無いらしい。

「知らなかったから、それ以上に怖いものもあるの。」

「と言うと?」

「黄禍論とか・・・。」

「地理と歴史、そして常識があれば仕組みは理解出来る。妥当だろう。地理に理解ある人間が輸入品だったな、そう言えば。」

ナポレオン、コルシカ島の地理オタク。ローマ時代から学んだであろう知識を存分に振るった人物。

馬鹿だった、その言葉は僅かにニュアンスが違う。

「いつまでも世界の頂点に立てる、それの方が歴史的に難しいだろ。」

「それもそうだね、でも、千年位は夢を見たいなって思っちゃうの。」

「千年、か。それだけあれば儲けるに十分だな。」

彼女と初めて手を繋ぎ、そして手を開く。

空港付近の港を歩き、手荷物は車に仕舞った。じっくりと歩き、スターバックスで二つ買い込んだ。

創作の魔に憑かれた私は、彼女を好奇心で見ている。だから所詮は外見で見ている様なものだ、だから諦めるだろう。

彼女に会えばどうにかなる、そう内心思っていた。だから幸運だったとも考えていた。

「君を信じていた、人間として、生物として。」

その単純さを。

「でも、君は俺を人間として、生物として見下していた。黄色の猿だと最初っから見下していた。」

「・・・否定しないよ・・・。」

「それだけで前進だが、世界的には後方だな。」

彼女はそれ自体、良くは思っていない。

「・・・私はなんでそんな考えを持ったんだろう・・・。」

それは気付けなかったから、インターネットで炎上に加担した経験者は1%というデータもある、彼女が一般というのはあまりないだろう。一日一回動物園の物真似をした人間らしき何かに遭遇する位だ。

「生物的に仕方ないだろ、そう思っちまうもんだからな。」

彼女は光明を見た、だが、同時にそれだけで終わらないだろうと覚悟した。彼は怒ってくれる程度には優しい人間だろうと信じて目を合わせる。

「でも、少しは理性と自我を持て。思想に対する知識が足りない、見てこなかったものを信じれず、只管盲信する。」

手を強く握られる。

「俺は確かに嫌だと思った、境遇は分かるが、イギリスが隣にある中でその理性の無さは慎め。」

そんなジョークを言って、空港を立ち去った。



自分は、彼女に好きである事を伝える。

「結婚も、もう約束しないか?」

「私は良いと思う。」

「あっさりだな、本当に。」

「負い目があるけど、それをちゃんと正してくれる人だから。」

「・・・。」

その言葉に負い目を1番感じたのは自分だ、自分が間違っている様な気がした。

「幸運、だね。」

「幸運、だろうな。」

僥倖を喜んだ、片方は自分の襟を正す運命の相手を、片方はその偶然のすれ違いを。

何時か破綻すると覚悟した上で彼はそれを黙ったのだ。その負い目を隠し続けて暮らす中で時々思い出し、煩悶する。逆にそれ以外の苦痛はなかったのだ、尚更苦しく、尚更別れたかった。

でも、どうしても嫌いになれない、別れると言い出せる程の誠実さや優しさも、自分には無い。その裏切りが自分の胸に残り続ける。



疲れた、身体の相性がものっそい悪い。

一回始めたら三時間は休めない。

それもそうだ、正義感であそこまで活動する女の体力を全部こっちに回してみろ、この一意専心が全身全霊の腰振りになる。

駄目だ、骨が入っていないのに折れた感じがする。血に液体が回ってこない。

「水がこれだけ豊富だと豪華に使えるね、鍋料理を毎日するとか考えられない。」

「フランスはブイヤベースとかトプフがあるだろう・・・家庭の事情じゃないか?」

「・・・そうかもね。あとトプフじゃなくてポトフね。」

偶に彼女の見せる闇もそろそろ慣れて来た。態となのか分からないのが一番の怖い所だ。

彼女は消え消えってないのか、国を間違えると顔が締まる、睨んでくるが、最近は皺寄せが可愛らしくなってきた、怒る中で正気を失わない様に努力している。

「ごめんね、でも、君がいるなら分かるって甘えちゃうんだ。」

「もっと安心しろ〜って感じだね。大丈夫、私を信じなさい!」

「ああ、取り敢えず午後は授業だ、また行くぞ。」

片した後に大学に手を引いた、そして繋がれた手は運転時以外は離れない。

自分は創作の中で見出した創作の魔、それは不幸も呼び寄せる。それは衝動的で、偶発的。

「俺がもし、君を突然嫌いだしたらどうする?」

「そうならないって信じてる、それと頭を叩く準備かな。」

「・・・。」

「分かる、不安なんでしょ?」

「ああ。」

「どうして不安なの?」

「俺が好きになれたのは、所詮は好奇心、恋愛感情と言えるものじゃないからだ。」

その差が、心の中にあった。

「愛せない、そういう不安があるんだ。」

「・・・ふーん。」

ああ駄目だ、彼女が怒った。大体ろくでもないことが起きる。


心が弱い、いや、心がこの時だけは弱くなってしまう。彼女という存在は自分の中では重い。

「・・・ベル。」

「どうしたの?」

自分に与えられた試練、自分の中での反対。

「君は日本人と中国人の差がわかるか?」

「私は分かるけど、考えない人は一生かけても変わらないと思うよ。」

「・・・逆にしても分からない奴は多そうだが、どうして向こうには差別が平然と存在するんだろうな。」

「その位精神が異常で狂った倫理してなかったら先ず世界の覇権なんて取れないと思う。」

「そうだったアメリカもそうだった中国もそうだ。」

都市の作り方は、如何に他の場所から投資を奪うか、貧困を許容して建設を行うかで決定される。大阪の為に新潟の復興を阻止した事も経済的には正解だが倫理的には不正解だ。

「社会性の無さ・・・か。」

改めて考えると、欠点だらけだから出会えた。

「馬鹿で、社会性が無い。」

「んふふ、殴っていい?」

自分は至って真面目であると目線で合わせるが、彼女自身もそれを理解した上での発言だった。

「分かっていた。」

彼女の金の髪は丁寧に手入れされ、全身の毛は隈無く管理されている、細長く多い、一本一本はほぼ白で、重ねて漸く金になる。

目は青々としており、水と言うよりは海、氷と言うよりは氷河、しかし冷えた視線ではなく、円を彩る輪となり、それぞれの色の差が誠意を持って自分の方を向いている。

鼻は高過ぎず、キスには困らない。鼻の高さを羨む人も居るが、欧州内部では魔女の絵が鼻を誇張したものだったり、コンプレックスの一つでもあったと察せる。しかし彼女はそうでもない。

首筋は血潮と息を漂わせ、そっと触れればその鼓動を目視出来る。少し撫でる度に目を細める。肩までは傾らかに続き、肩の先は少し色が違う。白ではなく桃色だ。

「やっぱり不安なんだ。」

「・・・もしかして自覚してない?」

彼の溜息は半分が感嘆だ、溜息は不安に対する安堵の為に発生する症状、感嘆で発するのもおかしくない。不安に思っていて、感嘆して安堵した。その不安は残っている。

「自分という人間に、魔物が残っている。」

魔物、創作の魔。病の様に閴押し寄せ、朝起きれば身を苦しめる。そんな魔だ。筆を鈍らせ、頭を遅らせる。

「自分自身が、君の様にはなれない。」

それは自分に悪意はないが、正義も持ち合わせていないから。その原型自体はあるが、使えないのだ。

「魔物が悪さしてるのは分かったけど、間違えた選択だって思ってる?」

「・・・いや。間違えたとは思っていない。」

「ならいいんじゃない?」

自分の答え、いや、末路は・・・。

「救われたいと願う程悩んだ、その時は救われない方が救いになる。」

それでも、彼女は手を引こうとする。

「私は違うよ。」

鎖に繋がれた心を、段々と引き裂いて。

「貴方に導かれて、貴方に変えられた、そんな自分が大好きで、前よりももっと自信が持てる。」

彼女の胸に顔を寄せられると、姿勢を崩して飛び込みかける。しかし一歩後ろに抜いて支えられた。

「私と過ごす自分が好きで、私の事はもっと好き。」

ミュージカルの様に力強く、しかしゆっくりと傾きを戻して言った。

「救われない、辛さを当然の罰だなんて思っちゃ駄目だよ。」

「・・・でも!話せば離れていく・・・。」

「私に会えた、私と恋する事を選んだ。運良く当たりを引けたじゃん?」

その幸運を手放すなよ、言ってもいないのに理解した。

「・・・昔、救えなかった人を見たよ。大好きな人が居て、でも別れる事を余儀無くされた悲しい人。運命を手放して、この先も見れなくなった人。」

それは誰か分からない、だが、一つ分かるのは悪い人間ではないという事だ。

「・・・その運命の人は、極東の日本人だった、って。」

そこに揺らぐものはなかった、だが、彼女にとっては避けては通れないものなのだろう。

「親友を見捨てた彼が憎かった。」

やはり、そう思ったと同時に彼女の過去が変化する。

「でも、知れば知る程彼の行動原理に納得が出来る。」

自分と彼女の境は広がっている、それが心苦しいが口にする事はなかった。

「・・・彼と同じ様な人が目の前にいるからね。」

いつもの情熱的なハグではなく、しんみりとしたハグ。それが心の癒しになった。



フランスに戻る、自分はホテルを予約する際のエンターキーで骨折し、今は彼女の家に居る。パリの外れ、場所としては中心からタンプル塔の方向だ。

「そして、君の故郷がある。」

「ちなみにここで破水した。」

「・・・うん。」

「道産子だよ、実質。」

「いやそうはならねぇよ。」

彼女は、親との仲は良好。しかし問題もある。

そう、彼女は知識自慢の様にアジア人の悪口を阿呆程言っていた。だから行きたくなかった。

「まぁ妊娠したのがこことか言われなきゃいいかな。」

「それだと羊の子になったりしない?」

「羊水ってそういう?」

彼女の手は固い、不安もないせいで一点の曇りも緩みもない、キスマーク以上に目立つ真っ赤な手になる。小狐が手袋を渡されるよりも先に無理矢理引っ張られて傷に薬を塗られるであろう位に真っ赤なのだ。

「鍵無いや。日本に置いてきちゃった。」

「なんでそんなものを忘れる。出番がただでさえ少ないのに。」

「・・・ちょっときゅーん。」

「今更だろ、肉体関係あってもそういうの乏しいよな。」

「新鮮な娯楽を味わってからそういうものも欲しくなっただけだよ。」

チャイムを鳴らす、少し古いタイプの、カメラもないチャイムだ。

「お母さん!私なんだけど!愛しのベルなんだけど!!」

「自負している事と図々しい事は違うぞ。」

「そういう事言わないでくれる?」

扉は彼女が振り向くより先に開き、豪速球が飛んでくる。咄嗟な為に反応出来ず、自分は思いっ切り被弾した。

「ちょっとー!?」

「俺は幸せだったさ・・・ベル・・・辞世の句・・・家に置いてあるから・・・。」

「冗談じゃないよ!自分で読みなさいよそんくらい!!」

親が漸く顔を見せたかと思えば、大変キツい言葉から始まった。

「お前が娘を誘拐した奴か?」

「なんて?」

「いいよ、多分ここに来るの最後だから。」

「ああ!?一人で話せるだろう!?」

「一人でも話せるぞ、バカ相手じゃなきゃな。」

「やめな、大人気ない。」

「ベル、お前だけは優しいな。」

「フランス人は差別的でカスだから私以外は見捨てていいと思うよ。」

大分ベルも物騒になってきた、やはり差別していた頃のあの熱は止んでいないらしい。

「だがな、こういう奴にはケジメつけねぇとな。」

「うーん。」

そうはならないだろう、なんて目をしているが聞き入れない。

「お前が例の支那人か。」

「えーと、イギリス人か?いや、馬鹿だからスコットランド人か。馬用の餌でも食ってろ、馬を介さずにな。」

「言うじゃねぇか、どうせ浮気して捨てるんだろ?」

「ジョン・レノンならそうするだろうな、子供も捨てて、な。あの日から奴の功績は『ヘイ・ジュード』を作る切っ掛けになったの一つだけになったらしいな。」

男の無駄な戦いだ、見てられないとベルは外に出た。玄関の扉は外れたが、それ以上に外れた箍よりはマシだろう。

「お前にベルを任せる価値はあるか?差別意識を解消した所で何になる?」

「差別意識が晴れなかったからアメリカに追い越された欧州、アジアを舐めていたから影響力を失いつつあるアメリカ、お前はその事実さえ忘れた、オワコンってだけだろ!!」

この無駄な殴り合いは数十分続き、老いていた方が先に倒れた。

「舐めやがって、カスが。」

「ホントに何してんのさ。」

「心配してんだろ、お前のせいでな。」

「つーん、仕方ないじゃん?優しいなんて珍しいんだからさ。」

「ま、そうだな。」

包帯を巻き、アルコール綿で消毒した後に血を止めた。

「正義の味方ってより、正義の奴隷だなありゃ。」

正義があり、悪がある。混沌としたものもあるが、秩序的なものが多い。悪でも秩序は存在するし、秩序の無い正義も存在する。

正義は確かに都合が良い、悪も秩序を用意する事で擬似的に正義を作り出している。

だが、正義というものの為に一生を捧げるなんて真似をするとあの様になる、と。

あの正義の奴隷は、偽の情報を得てそうなった。

「・・・あ。」

親との喧嘩の中で、自分の感情や理屈をやっと理解した。単純だが、気付きにくい。キーワードは『浮気』だ。それが恋と愛を明確に分ける性質を有していた。

それはきっと、愛だから。それが第一の答えだ。

いや、自分は足掛かりだけは受け取った。

「恋があり、愛がある。」

それを対比するべきか。

「恋は短く鮮烈で、愛は長く憧憬的。」

その差は分かっていた、だから答えはこうなる。

「自分はベルに可能性を見出し、それが好きとなった。恋をして、愛をして・・・。」

ああ、ここで初めて君に言える。

その恋の無い箇所を食われたのが自分の不安だったのだ。それさえ乗り越えてしまえば、なんて事はない。

「おはよう、ベル。長い長い夜だった。」

「おはよう、私にも、長い長い前夜祭だった。」

指輪を着け、役所に向かう。

考え尽くし、考えナシの結婚をする。

親も追いつけない程早く、馬鹿みたいに駆け出した。

ああ、どうして走ったのだろうか。

営業時間外に領事館に着くまで、本当に考え無しだった。門の前で笑い、膝が止まらない中、腰まで地面にくっついてしまう。

きっと彼女となら、自分は幸福だろう。

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