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継承物語  作者: 伊阪 証
はじまり
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英雄と子供

各部あらすじです。

ネタバレしかないよ。


第一部 進化、或いは退化 旧ユーラシア編

記憶と使命、寿命の継承は人間に殺し合いを進める、何の為に、誰の為に、その悪意は存在する。・・・しかし、今は良い、戦争を耐え凌ぎ、殺すべき相手を選び、アルトリウスと平和を掴め!

王国という魔術使う神秘の国は、二千年の末に衰退が佳境に至った。魔術王ソロモン、雑多な宗教勢力、強大な王の影、大事な人との使命。因縁の終止符は誰が打つか。新旧の衝突が今始まる。


第二部 守り神の残滓 旧アフリカ編

外部の国々は観測を通し案外平穏に過ごしていた。彼等の言う事には、命は管理されていると言う。災厄は全て滅ぼせ!どれだけが神に侵されたものか分かる筈もない!人類において最も継承されるのは、復讐心なのだから。

災害の回収は人々の願いとは相容れず、滅ぼす原因だけでなく、滅ぼす武器でもあった。同族であるドナルド・シャーマン中心の災害勢力、人側ではあるが災害に希望を見出し、利用し、愛した人々を救うべく平和を目指す英雄アルトリウス、災害を回収し、神に奉納する事で秩序を取り戻せると考えた第三勢力となり、より戦乱の佳境に陥る。旧アフリカでの日々が始まる。


第三部 彼の中に潜む者 旧南極編

英雄を目指す彼は災害の壊滅、世界の平和を錯覚させるほどに勢力の破壊を目論んだ。さぁ、失った大切な人々を無駄にしないには、お前の尽力が必須なのだ。無政府国家日本で繰り広げられる無血勝負の数々と娯楽による経済、そして、互いが手を取りあの子を助ける為に。真実が牙を向く時がやってきた、さぁ、人生を派手に終わらせよう。この世界の真実の果てに、復讐神の片棒を担ぐ彼は彼女への理不尽に抗う、テレパシーを汚染する過激で非道な数々の記憶を以て、殺しに行こう。さあ、天の楽園を落としてやろう!

嘘で陥れて黙り続けた彼等に真実を問い質し、ついでに世界に引きずり下ろしてやろう!


第四部 蠢く陰謀 旧オーストラリア編

彼が目覚めたのはもう一つの超大陸、パンゲア・アンテ・ウルティマ。古い友人の姿形を見るそこは細々としたシェルターであった。ゴールドだかコールドだか忘れたが、ゴールドコーストからメルボルンにかけてのみしか人の街は存在しなかった。その中で出会ったアルトリウスの古い友、そして災害の話。使える戦力は二人の状況で起きる極限のサバイバル。


第五部 神崎と鷹鷲 旧アメリカ編

彼等の繰り広げたサバイバルに圧倒される人々はそれに応じ、その恩、そして託されたメッセージを遂に渡す。場所はアメリカ、数々の実験記録、災害の真実と、今尚重ねられる罪の数々。人類の罪の精算、その価値と大義・・・そして、意味を求める。


第六部 災害の最期 旧北極編

災害を奉還するべく打ち倒し、犠牲を払い、人の紡いだ歴史に意味を見出した。英雄の道に価値はあったか、救いはあったか、報われぬ土地に身を進め、孤独な死か、名誉の死を選ばされる。彼は生を願う事無く、終わりを求めた。


第七部 火山の底と彼女達 旧地獄編

アルトリウスは何も救えなかった、しかし、希望はある。災害を滅ぼし、唯一神への道程を掴む。英雄の名は彼女には無く、彼の信者として生きる女に僅かな英雄の記憶、そして彼の武器だけが残った。英雄の姿と、英雄になれなかった姿を知る、本物であった英雄は後悔の払拭を目的に走り続ける。


第八部 群れる渇望 旧日本編

全てを封じ込めた方舟、犯罪者引渡し条約締結の為に死刑を憲法から抹消、冷凍保存と人体改造への認可を行い、その結果、あの国は滅んだ。

彼等は正しいものばかりでは無い、しかし、半数は善人という異常事態。司法の抵抗が結果として残した将来の為の救いではないか。神域かつ、無政府国家日本と今は亡きコウキの母、家族への追悼。


第九部 荒廃の時代 旧ブリテン編

彼等が災害の討伐後、国への戻ると、魔術により支えられた災害への対抗策が足りず、国土の拡大を果たしていた彼等には絶望的なものであった。治安の悪化と再統一の為の道程、その始まりである。


第十部 各々の過去 旧世界編

それぞれには様々な過去がある。そして、彼等は今も足掻き、夢見た物は叶わないとしても、走り続ける理由を証明した。互いが相容れず、互いが理解出来ない。コウキは英雄として完成するのだろうか。


第十一部 赤と黒 旧フランス編

荒廃しきった世界で生き残った人々は、最後に選択肢を与えられた。自分達のその古傷を全て消してしまうか、残して語り継ぐかである。タカハシの役目は、漸く終わりを迎えるのだ。


第十二部 サイクリック宇宙論及び素粒子定礎 旧スイス編

サイクリック宇宙論を盲信する科学者は人体の二元論化だけでなく素粒子化を目指した。原子以下の把握とストレージ化を通し、観測される事や記録される事で自分達の様々なものを継がせたいと願った。

素粒子だけがその特異点定理を乗り越えられる、そう信じた囁かな願いであった。

「聖職者は最初から祈る者、科学者は最後に祈る者だ。英雄である君は科学者により近い、さぁ、我が同志、我が友よ。・・・君は理論上の話に忠誠を誓えるか?」

若い頃は神を信じないものだ。神様がいない人間は、それだけで経験が無いという証明になる。

僕とてその例には漏れない。

夢の奥底で、何者かに引っ張られた気がしたと思えば、馴染まない身体に移植されたという、そうそうない体験をした。

想いは紡がれ、世界を終わりに導く。

目を開けた所、テトリと名乗る変な妖精がいた。

妖精テトリの言う事には

「この世界に変わった人間を送り、踏み荒らした神を止めてくれ。殺されれば全て奪われる、残りの命とその記憶、その生き方を。奪わせない様に、丁重に作ったのだ。だから、文明を滅ぼし、神の供物を断って止めよ」と。

その聞いた言葉が深々と印象に残る中、寒さが、風が背に触れる。

自分の退屈だった人生が不思議と恋しくなった。しかし、戻るという考えが打ち消される出来事があったのだ。

「・・・おや、起きましたか。」

目の前の若干異質な人間、いや、人間では無いか。

「カストゥス卿、病床受入は可能でしたか?」

「ああ、知っている奴だった。」

「良かったですね、ここ暫くは病人を受け入れない場所も多いんですよ。『愛病』という珍妙な病気が流行っているのがらしくて・・・。」

「国境付近だから他国のスパイって可能性もある、確保は重要だ。医者貴族法の効果はやはり大きかったな。」

目が見開かれた時、まだ言語が上手く話せず、呻き声とそれに類似した声しか出なかった。

「・・・人間っぽいが違和感も多い匂いが合わないとは逆に、罠とも思える端麗さがある。」

「それには同意致します。」

この子は少し眠そうだった。早い対応かと思っていたが、移動しつつも焦り、眠っていなかったのだろう。隈が見えない様に化粧まで施している、その匂いが僅かに感じ取れた。

「ああ、そういえば。・・・コホン、私はカストゥス卿にお仕えし、翻訳と世話をするチェルノボグ、本名は諸事情により伏せさせて頂きます。」

近い為礼は会釈止まり、誇り高さを見せる、遜った時とは異なる、対等な者と認めている信頼の証だ。怪しくも美しいという目の前の何か、それをを否定する事無く臨んでいた。

一方の男は軽々しく、近寄らないまま3m程度の段差の上から、一瞬だけ目をやり名乗った。

「俺はアルトリウス・コルネウス・カストゥス、大帝直属の『巡礼伯』の一人だ。土地は殆ど持ってないからこのまま医院に預けて去ってしおうと思う。良いかな?・・・ああ、そうだ。未だ話せないんだったか。モレーに釘刺される前に手放しといた方が此奴の為になると思う・・・という信頼から来る邪推だ。」

「チェックリストクリア、全裸で木から落ちてきた割には驚く程健康です。モレーの言っていた確認法はこれで全てでしょう。」

「良し、出来る事はやった。服着せたし、連れて行っても構わないな?」

力を何とか振り絞って、頷いたところ、彼は笑顔で肩と膝近くに腕を通し、抱え持って歩き出す。

「普通の子供より小さいのにそれにしては重くないか?」

「ちょっと、女の子にそんな事言っちゃダメですよ。」

「女なの此奴?」

「いえ、分からないので取り敢えず。」

「そうか、俺は見た目なのか地位なのか金なのか知らんが一応モテる、どうだ?俺の見た目は良いか?」

「微妙な顔してますよその子。」

「この質問で一番傷付くのって無反応なのかもしれないな・・・。」

「貴女は女の子ですか?男の子ですか?それともアランの言う男の娘ですか?」

「なんて?・・・いや、言わなくていい。マトモな予感がしない。」

「・・・あれ、女の子じゃないって首振ってますけど。」

「ほらな、どうせ恋人よりも友達が欲しい思考だろう? 私で妥協するんだな。」

「嫌です。」

「部下からの扱いなんか雑だなぁ。」

森の中、風が吹く。道でもない場所にいるせいか、あまり情報が入らない。人造の空間ではなく、自然が織り成した空間。監獄の一種の様に思えてならないのだ。逆に開放感が無い為に、今迄の嫌な世を忘れて、穏やかに過ごせるのだ。

連れてかれた事も認識出来ない、覚束無い状況でさえ、多少の温もりが優しく、少し蹲った。

少し温まってもすぐに冷える、そんな気掛かりと言うよりは雑念の様なものが自分を惑わす。諦めきれないと言う心や、その逆である声も出せない状況では何も変えられなかったと諦めの心が妥協を促した。

そうして、再び意識は失われた。


数時間後の事だ、葉や木の実の匂いがなく、腐り防止の異臭がする場所に感ぜられた。上体を起こせる様になってからの行動は早く、気付いた誰かが背中を支え、立たせた。

「いや、アレが素っ裸で全身濡れたまま落ちてきたんだよ。木の上から地面にバァンってさ。それだけならまだしも性器、色素が退化していて生命としては異質ってモレーが言ってたんだよ。」

モレー、という名前であろうものが聞き慣れなかった。いや、共通して理解出来る筈の言語というもの自体が慣れなかった。頭から落ち、前頭葉にまだ少しダメージがあるのだろう。Tの音を多少出した後に、気が付いたカストゥスは少しゆっくりにペースを変えた。

「モレーってのはアラン=ド=モレーの事だ、変な知識に詳しい、弓とか大砲の扱いが上手い奴だ、反乱貴族の銃撃とか、見事だったなァ。」

彼が感慨深く椅子に腰を深々と置き、そのまま両脚をベッドの上で組み、首筋、手首、額のそれぞれに手の甲を当ててくれたりと、疲れを打ち破るやる気を感じさせた。お礼とは到底言えないが、力がかからないまま、少し手を抱き、包んでみたら、帽子に隠されていない口元のはにかみが、共感に陥る様に誘ってきて、思わず口元が崩れた。


そうして十分位の時間が経過して、遂に彼は来た。話題のアラン、現在の知識上ではトンチキオタ丸とかギャルの評しそうなイメージがある人間が思い浮かぶ。性格が善し悪し分かれそう、という心配がある程度だった。世間の流れには疎くないが、漠然と思い出せない部分、僅かに残った記憶の残滓のみであるが為に、言語とか、記憶とかと齟齬が起きている。考えてはみたものの満足には進まなかった。

「・・・来たな、ちょっと失礼。未だ力は入らないか。」

軋む音と靡く音が少し、この部屋の窓は鳴り、外からは風が。木の割れた部分がここだけは開かないと、蜘蛛の巣が若干残っていた。

机の刃物、布が数枚、中身のある瓶と、無い瓶が数本。蝋燭とスパンコールの様な、見慣れないものが一つ。見えるものはそれだけだった。扉はずっと開かれ、時々その方向を、恐らくその先を見ていた。

「中庭に時計があってね、それを見ているだけだ。」

手を繋いでいる人は、不安を少しでも拭う様に言った。過去に、人一人覚えていないから信用ならないが、少なくとも過去にこの様な優しい人物には出会っていない。あの、世界を滅ぼせという物騒な言葉は、何の意味も無かったのではないか。疑う事よりも、安堵が最初に自分を変えた。

「彼がアランだ、さっきから視線どころか視界に入れていなくないか?・・・お、さっきより動けてるな。」

「見るに堪えないって訳じゃないと良いんだが・・・臭うか?」

「うん。」

「チェルさん!?」

「あの母親方とは大きく違うな、ズバズバ事実を言いやがる。」

「新聞記者(ノンフィクション作家)にも同じ事言われたぞ。」

「良い奴って絡めば分かるからさ、それ以外がダメってだけで。」

「ナッジ作って制限してたのに努力で何とかなるって思ってます?自己責任論で言えば太ったとかは対象外ですよ。」

「でも運の良さを否定すべきではないよ?劣っている事を貶めるのは良いとは言えないけど優れたものを褒めないのは性格が悪いんじゃないかなぁ。」

「・・・気にすんな、あのバカ連中のせいで頭が痛いなら両方黙らせるからよ。」

少し笑顔が生まれた、まだ強ばる部分があるが、力が変に入ったりしなくなった為か、何とか手を伸ばして触れようとする。

「これは脳にダメージが入ってて力加減が調整出来ていないと思われる。・・・麻酔はダメだ、鎮痛剤といい当時は今の違法薬物ばっかだしな・・・どうしようか。」

「現状直せないなら属国にでも赴いて治せる所は治すか?」

「まぁ、それが正解でしょうね。・・・平衡感覚、つまり耳が結構やられているので、チェルさんは離れずにいた方が良いかなと。」

「学者仲間呼んだ方が良いかな。」

「アスタルトかメリュジーヌなら。お前の母二人は何するか分かんねぇから呼ぶな。」

「大丈夫だって数人子供産むだけだから。」

「お前の屋敷で翌日五人自分の子供が産まれてたの未だにトラウマだからな俺。」

「アレが使命だからね。生命を維持するっていう、堅苦しい使命。」

「俺の寿命が減ったぞ。」

「だったら虫なんてデザインする訳ないだろう?」

三バカを少し無視して完全に背を向ける。三人一堂驚愕、それが親バカの類にしか思えず、より下に近い方を向く。

「・・・ほらもうお前らさぁ。・・・そろそろ喋れるか?君。」

途中で後ろを向きながらの会話を止めた。

「名前、覚えているかな?」

「呼び方は知らんなぁ、名札はないから年少学生ではないらしいし、中央十字生でもない。」

「情報提供は良いが下がってろ。外見は北の方・・・顔立ちも良いから混血だな。公国の国境にこんな感じのがいなかったか?トゥグリル家だったか・・・。」

「タカの名を冠した一族か、戦闘や暗殺に駆り出されてた・・・言語のせいで北にしか交渉出来ないが。・・・アポロンの用意はしておく。」

「ユウキの為になると思っているのか?・・・心配するな、限界までは頑張ってやるさ。」

「・・・ありがと、へへへ・・・。」

口の端にツタの様に、粘付きとも違う、柔らかくも強靭なものを感じ取った。破れた訳じゃない、まだその感触は残っている。少しは話せたが、もの足りない。

「私の名前、コウキ。・・・コウキ・タカハシ!・・・だった気がする・・・。」

「良い名前じゃないか・・・意味は知らんけど。」

「賛同します・・・意味は知りませんけど。」

「恐らく神聖さの象徴じゃないか?・・・。」

少し他所他所しくしつつも、考察を進めていた。迷っているのだろうか。それとも、心当たりとか、嫌気とか、心に重くなるものがあるのか。

「何か心に思い当たるものはありますか?・・・漠然とした命令口調の・・・。」

「おい!」

アルトリウスが耳を塞ぐまではいかないが、間に立ち塞がる。見えないが、きっと邪険な表情をしているだろう。その理由は分からないが、自分は話してはならない事情・・・殺害予告にも等しい、世界の終わりを行えというものだ・・・。

「・・・言われてない。」

そう、覆い隠した。自分は一心不乱に相手を見つめ、少しは可愛げがある様に言い直し、笑顔ではなく、分かっていないという顔を見せた。相手の言っている事がおかしいと思わせる様に。

「これで別に問題ないって事だ。いるんだよ、ここには・・・神様なんだかにやれやれ言われてやらなきゃいけない奴が。」

「安心した・・・また変なもの抱え込む事になるかもってねぇ・・・。」

「ははは、良い奴には多くの運命が付き纏い、悪い奴は唯長い人生が付き纏う。弊害こそあれ、証明だぞ。」

「お前の卑下は反論出来ないから止めて欲しいものだ。・・・ほら、コウキ、言ってやりなさい。」

「・・・え?」

「あまり変な話題を振らないように。」

「へいへい、チェルは何か知っていないか?」

「仮に実験生物でも私は人間だ。違うとか言われてもねぇ。」

「学者だから聞いてんだよアホ!」

「ああそっち?ないない。」

「・・・スラブ系?ノーだ。日系?ノーだ。・・・。言うが儘を信じるしかない。」

「・・・そうか。」

アランは確信を経て、少しづつ精神を探る。自分の知りうるものから核心へと迫る。その初めに、彼は質問をした。

「血液型は?」

「A型。」

「東アジアか。この質問は警戒されないから良い。」

「東アジア・・・最近ほぼそんな感じだな。」

「私が特殊なだけだ。」

「それっぽいリアクション位しとけよ。」

「・・・では、君はジャポナイズなのか?・・・おぉ・・・!!・・・という程でもないか。八百万の神とか言って神様多いオープンソース宗教だし。私はフランセイズのアラン、ここでは養子だからファミリーネームは違うが、昔の本名はアラン・デュマ、この世界で薬学の研究者をしている。」

「神がなんでそこを選んだのかは知らんが、説明とか仮説はあるのか?」

「唯一神に見られてると八百万の神に見られてるじゃ全然違うだろうねぇ。信仰心があるなら、後者の方が余っ程善は守られる。」

「・・・ああ、久々だな。お前の昔居た世界の話。」

「この世界に行った時は本当に苦労した、向こうの言語を知っていた辺り、割と行われていたらしい。・・・とでも言えば良いのか?構造が違うこの世界、翻訳を不要とした辺り、本当にピンチなんだろうな。」

「・・・。」

コウキは己の判断を肯定した。神という存在は追い詰められていて、その中で滅ぼされるかのような振る舞いをし、騙して殺しを代行させた。それぞれの人へ信頼の影響もあって、この様な結果になった。あの妖精は、本当に何なのだ。疑いの気持ちはあったが、それ以上の事はなかった。

「狼牙ヘニパウイルスが人同士で感染するかを知っている人材は少ない。我々はとうに手遅れだ。全知を目指し、全能に至れ。そうでなければ人の作った理不尽には打ち勝てない。・・・私の師が送り込まれた人間説く様に指示していた。・・・狼牙ヘニパウイルスはイメージしか分からんな。ウイルスの種類自体は分かるんだが。」

「・・・へー。」

「興味が全く無さそうな顔してる・・・。」

「そいつ、今迄のと比べて排された存在、見捨てられた存在じゃないしな。」

「下手に兵器の製法とか持っていても困るが・・・。」

「まぁ、良いんじゃないか?・・・使命が無いって事は神の眷属の類ではないし。」

「あと今じゃ違法薬物になった物を売り捌いてる訳じゃないし。」

「放逐と狩りを行った連中に忠誠心はない。」

「戦争がすぐ終わったから功労にされて気分が悪かった。」

紙に必要事項を最低限書き込んだ後に、余計な事は何もせず、単純な内容を書き留めた。使命の事は伏せ、チェルノボグに内容を伝え、それ以上は報告しない様にした。

「一応チーム全員紹介しておくか。フィルムはないか?」

「これか?」

「間違わねぇよ普通。」

内胸ポケットから三枚、白と茶色の印象派じみた絵だ。プラスチック材じみたものを渡して来た。

「ユウキ・タカハシとリウ・ダガン、メリュジーヌ。俺のチームはそれで全員だ。」

「我が国が誇る鍵無き宝箱にして最終兵器、ユウキ。不可視の復讐者、嘗て用なき武術の天才ダガン、神格であり幻想の魔女メリュジーヌ。・・・やっぱ異常だなぁこのチーム。」

「お前が第一の変人でそれに付随してるってだけだぞ。」

「そんなぁ!?」

「そうだね。」

「コウキィ!?」

「そりゃそうだ、こんな良い異端な異常者はそうそういない。」

「褒めてる割には嬉しさが微妙な修飾だなぁ。」

拗ねたアルトリウスが窓際に立ち去った、部屋から出ずに、チェルノボグとアランが入れ替わってベッドの前に立った。

「色々あるけど、よろしくね?」

「うん!」

「私からもよろしく頼むよ。コウキ。」

アルトリウスが日の傾きを見て、少し見えない所で何か企む様な動きと共に、窓の隙間から風を見ている。

「そろそろ不足した食料を取りに行くのと国境警備が撃ち漏らしを起こしてないか調べる。肉食獣を狩るのがメインだろうから剣以外でも良い。だが対人戦は変えた方が良いさ。釣りが出来たら教えてやれ。」

「分かった。ターゲットは?」

「ニシンの塩漬けだな、アジは当日消費。保存が効くやつは暫くそのままにしておきたい。塩漬けなんて美味しくねぇしな。」

「薬の味からして、香辛料はあったのに?」

「香辛料は保存に使っていたかは怪しい部分がある、不飽和脂肪酸のアシがつきやすい奴はその場で、保存が効きそうな奴はこっちで処理、アランかチェルがやってくれるが、一応覚えておけ。・・・それはそれとして結構拘り強いタイプだな、コウキ。」

「ここ、最近まで発覚していなかったが湿地で尚且つ土が植物を育てやすい。肥料無しで育つって飽きられた程度には。・・・まぁ、そんな訳で香辛料とか存分に使える訳よ。」

「これ砂糖。」

「わぁい。」

「・・・以前の年齢は18未満だな、幽閉とかされてたのか?知識量・・・とかはないが良い物は食ってるっぽいし。」

「・・・釣れた。」

「毒味の時間だアラン。」

「ブラックバス食わせんな。」

「チッ!・・・今日は不漁だな。」

「肉食獣がもう持ってったのかもしれないな。コウキがいるし跡はあるが近くにはいないっぽいから釣り場をここにしたんだが。」

「ダガンが返り血塗れ・・・いや、彼奴は病院送りで二年見ていないな。」

「薬品臭いアランが悪い。」

「私は悪くねぇよ。病気でっち上げて医者がそれを肯定して医療費マシマシにした上にマスメディアが報道しない向こうの世界に比べたらマシだろう。」

「どうしたの?」

「私は医者だ、嘘を嘘だと立証したら袋叩きにあった。企業所属の研究者にな。殺された後に優秀さを捨てるのは惜しいとここに連れてこられた。ここでも勇者とかそういう類の戦力にならない奴と捨てられた。まだ瀉血が主流だった頃という影響もあってな。そこでカストゥス卿に助けられたという訳だ。」

「辛かったんだね。」

「そうだな・・・少し、耳を貸してくれ。私からのお願いがあるんだ。」

少し黙っている間には何らかの覚悟の時間があり、そのまま続けて、思い出す様に言った。


『決して人を殺すな。この世界には多種多様な善悪が存在し、お前が心の内から殺意や敵意、庇護を行おうとするだろう。それであっても、絶対にだ。・・・この世界における奪った記憶や命は、決して戻せるものでは無い。呪われたくなくば、それを守れ。』


「よし、これで良い。」

「何かは知らんがどうせ良い事だな。」

「信頼してもらえて結構。」

釣具を振ったコウキは、秘密とか、教えとか、信頼を得ていた事が普段と違い妙に嬉しかった。昔の自分を忘れる様に、新たな生の為に死を経験したかの様に。このままが良いと思うともまた違う、地獄を知らない者の思考であった。

そう、上手く行く筈もない。ここは地獄に近い、沈黙が永続する世界。見捨てられた場所である。過酷な運命は立ちはだかり、善行悪行関係無しに報いを与え、諸衆を狂わせる。

鎧の光があった、鋼鉄の臭い・・・鉄と炭の匂いで、そこまでしっかりと分かっている訳では無い。国境を踏み越えた連中であり、走って突破したケースではない。銅や革であるとは考えにくく、自然と作りやすい鋼鉄に絞られる。アルトリウス鼻はいち早く感じ取り、敵が人であると見定め、予想外ではあるが何となく想像がつくためにコウキ遠ざける。戦闘に用いてはいけないし、使えるとも思えない。また、肉食獣が少ないと先の状況から判断し、危険ではあるがここに留まらせた方が安心出来ると見た。

接敵まで凡そ100m、相手のいるであろう場所を予測し、避けて通り、背後に動く。自分一人であれば臭わないが、少し問題がある。それはタカハシ関して。今自分が抱えている彼を一旦手放すという事で、肉食獣や妖精の多いここでは危険の一言に尽きる。

「・・・コウキ、私はすぐに戻る。五分以内には。・・・大丈夫だ、必ず戻る。・・・良い子だ・・・だから。」

自分は思わず手を掴んでいた、しがみついていた。相手の死の予感、これから危ない事をするのではないか、そういう忌避感からこの行動を起こしていた。

だが、その温もりが失われそうになるのが嫌で、嗚咽もなくただ涙を・・・それが、今の自分の精神である。精神の弱体化はしていない、喪失感に耐えきれない、甘ったるいだけの人生だった証明である。

もう一方で、彼はそれに慣れていない。よく回る口もそんな時では覚束ず、不慣れなままに終わってしまった。ならば、その対価は速攻で終わらせる事。鞘に納められた彼女を振るう、その準備が始まった。

緑、青、漠然とつつも混沌としたペレットの色合い。抜かれずとも猛威を振るい、再現法は数少ないものの、確立された製法も存在する。

アランは名を皮肉を込めて言った、『アポロン』と。そうだ、これはポロニウム製の危険物、この世界の仕組み、この世界の強者に許された、それでも尚膨大な代償を必要とする剣。

「・・・アラン、チェル、準備だ。二人欠けているがあの人数相手には困らないだろう。」

「仔細無し。」

「合点承知。」

「不埒者を狩るぞ、守り手達。」

厳しさと冷酷さ、決して見せない姿。戦場という極端な場所を知るからこそ普段は穏やかである。気性の荒い場所はあそこで十分であり、それ以上を要求しない。戦場にいればいるほど、戦場を嫌う。一流の将校は戦わないものだ。しかし彼はそれ以前に軍人であり、地獄に進まなければ貴族の位からは必要とされない。何より、その代償の為に。

隊列もマトモになっていない、粗雑な組み合わせ。挑発らしい、チンピラらしい、精鋭じゃない様に振舞っている。

光らない鎧、隠密の為に削る場所は削っている。顔もよく見える。紋章でどの軍所属かは示しているものの、

影が這い寄る、上下左右区別無く、五人の分隊が迫る。

「・・・連合の連中だな。挑発に来やがった。」

「商国と王国のバックアップがあるかもしれないとチェルは連絡、アランは二人、俺が二人仕留めて、一人をフリーにして行動を見る。フレアガンは残り一人の際に上げろ。」

「構わない、先制攻撃は任せた。」

「右側から行く、いつものを頼む。」

「了解した。」

数年前の話で、彼の古い仲間の言葉だ。

『・・・信頼性、精度、威力。装弾数や弾速、反動は難アリ。使えるかどうかはお前の腕次第だ。』

「黒色火薬の異臭はすぐに分かる。挑発に挑発を掛けるとはね。滑車よし、装填二発よし、零点距離補正よし、内部よし、火薬よし。」

木の上で胡座をかき腕を組んではストックを肩に、片目を閉じ、明るさを遮った。無沙汰な腕の拳は力み、続く鎧に銃身を乗せる。散弾用にバレルを短くしている為、威力は高いが射程は考えておこう・・・そう誓った。

「これで三百七十人目・・・もう、殺すのに迷いはない。」

胡座を解き、木に合わせた姿勢のまま、上半身は動かさないままに、殺すかどうか、弱気に逃げようとする奴は脚だけ撃つ事にしよう。

「出るぞ、英雄アルトリウスの刀狩が・・・。」

英雄は相手を寄せては、向けられた剣を握っては、相手を威圧し、多少優れた兵士とて、一国の大将に上り詰めた赤と黒の片方であり、未だに戦場にて白兵戦を振るう、勝てぬ事あれど、伏せてみせる者はいない。不倒卿の称号、ここにて名を轟かす。

金属に音があった訳では無い、地面は少し湿っていて、それで多少凹んだだけだ。風が黒色火薬の警告を導き逃げろと言っている。だが、動けない脚をかえって竦ませる。

恐怖を与える見慣れない剣、それに従って見れば屈強という訳ではないが決して細くなく、鎧に覆われた白の間にある黒が血管を浮き彫りに、脈を感じた。異常な心臓、ペースを乱される、ゆっくりとした周期の心臓だ。心拍数40以下、それが動いている訳でもないのに見下ろしてくると怒り以外に解釈出来ない、暗雲立ち込める真顔が目元を隠して語る。

遠くには反射、レンズの類がある。噂に聞く四年戦争で毎日一人殺した狙撃手だ。最優の狙撃手恐怖卿アブデュルを撃った人物。

理解し得る故の恐ろしさ、生物と知性双方に訴えかける恐怖の誕生だ。バイオハザードでゾンビを見ただけでなく、日記を読んだ時、同じものを感じるだろう。最短で持たせられる恐怖である。

「良く来たな!追い出してから着いて来るなんて元カレでもいるのかぁ?」

恐怖による硬直の後、剣は振り下ろされた。動けぬままに一人は死んだ。鮮血以外に、噴き出した血が、魔剣にも等しい剣、悪意と害の理不尽な剣。肩から切れ込みが入ったと思えば、杜撰に、ガサツに骨折の音に変わった。ポンプアクション式ショットガンをスラッグ弾にカスタムそれに似た最適な速度で最大限の威力を発揮、鈍重な一閃、慈悲無き一撃。その剣が振り下ろされるまでに空気を汚染され、その余韻を悶々と反芻する機会は得られた。

その安堵して逝けるという諦めはその後に爆発音がした。ガンッ!ドシュゥン!と二度、黒色火薬と元込め式の銃声がした。重い音なのに、空の音が混ざっている。耳に水が入った時、きっとこんな風に聞こえるであろう。性能の良い銃から出る音とは到底思えない、質は悪かったが役に立ってしまったが為に使われ続けるライフルの様に思えた。在り来りな音で、アレが同じ人間かと疑う人物と、プライドの高さからあんな雑兵に殺されたのかと声もなく死んだ。滑車によるバーストを反動と腕で上手く動かし、仕留めた。一人が退却したと思う所で、剣の毒で一人は倒れ、最後の一人は目の前で膝を付くが、アルトリウスは近寄る事を許さず、蹴って払った。

「見事だ・・・と思ったが七箇所位切られたな。知覚を弱めたのも少しなぁ・・・。」

「チェルが戻ってくるまでは見ておくよ。追撃も有り得る。」

「コウキの方は?」

「獣の臭いも妖精の匂いもしない。血の臭いはここのっぽいし、汚染された場所の治療を先決しておく。」

「ああ、助かる。」

「・・・いやぁ、私が追放された原因がこんな所で役に立つとはね。」

「そんな話してたっけか?」

「してないな、そういえば。原子力発電所の話とかは剣とセットでしたから良いとして、放射能汚染の改善を目当てに治そうとした所、私の味方側の人間だったクランマー教授が核兵器の無力化に使えるのではという論文も提出、その結果に各国軍部が抑止力を失う事になりかねない程画期的な可能性があるとして公にならないまま排除、論文が全部消え、クランマー教授は謎の死、それに報復としてマスメディア、軍に加担した学者、利権に縋った無能企業は正義感のある人々によって散々な目に合い、不正の証拠を暴く中に罠を仕掛けた。・・・これ以上は止めておこう・・・。」

「続けてくれないか?」

「・・・嗚呼、分かった。・・・その時に嫁であるマリー・デュマという作家志望の学生と出会い、留学による文化経験の話をしてくれて、仲を深めた。籍を入れたりもした。その最中も企業へ対抗する為に証拠を集めていたが、嫁が命知らずにも罠に掛かった。インターネットでな。・・・それを私が庇い、パソコンにあるメモが暴露、政府転覆の計画だと捏造された上に裁判を経ずに軍部に銃撃された。・・・あ、これは生まれ故郷での話ではない。アメリカでの話だ。」

「その嫁はどうしたんだ?」

「・・・さぁ、逞しく生きてんじゃねぇの?」

「良い信頼だな。」

「現地妻なんて作ろうもんならこれよこれ。これは首をざっくりやられるポーズだ。」

「そんなポーズがあるのか。」

「ああ、私の故郷は戦争を起こしても死刑にはならないが財政管理をいくら頑張ろうと赤字なら処刑、あと白人じゃない戦犯は処刑、聖人も異教徒も処刑する。あと私の友人の身元は人身売買で取引されたという記録がある。1990年頃、凄いだろう?今から三十年前に人身売買とかさぁ・・・。」

「どうせ裏でも起きてんだろ、未だにな。」

「臓器売買だとロンダリングで消されてるだけで露骨にやべぇ記録の臓器も多い。アフリカの子供を年間50$で働かせる位なら解体して先進国に売った方が儲かるまである。・・・よし治療終わりだ。」

「統治の参考にまとめて提出しておくよ。」

「そんな役に立つかね。」

「単純なものの積み重ね、またその積み重ね方が重要なだけだ。」

「・・・それはそれとしてコウキには話さない方が良いだろうな。精神病院で聞き慣れた話し方だ。」

ケースを収納し、ベルトにぶら下げる。革の頑丈な構造ではあるがボロボロになっているのを多少気にして触ってから、立ち上がる。特にカーブしていて皺の深い場所を撫で摩り心配する。

「・・・交代だな、任せたぞ。」

「応急処置キットの補充は充分?」

「人数増えたから足りないかもしれん。」

「やはりここはカストゥス卿に我慢してもらうしか・・・。」

「なんでだよ!一番重要な人間だろ!」

「まぁ子供サイズの分だから気にしなくても良いだろ。」

「・・・他に問題が無いか確認してくる。そっちにも済まさなきゃいけない事があるしな。」

「あいよ。」

談笑の末に少し目を閉じて、眠りかけた。麻酔を多少使ったのだろう。麻薬特有の幻覚が見える。僅かだがあまり好ましくない。しかし、目を覚まさせてくる、相変わらず厄介な友人が同時に現れた。

空の雲が裂かれた、気付かない人々は多い、あれは不可視の刃である。そして音も立てず大いなる風の方がまだ煩い。国境方面から絶叫が起きた。準備も出来ていない連中だ。無駄に気が立って反応してしまったのだろう。

「来るぞ、ダガンだ。・・・やっぱ俺がいる所に奴ありというか・・・。」

「・・・呼ぶのに苦労しましたよ・・・本当に。」

「メリュジーヌがいれば伝令は便利なんだがなぁ。それか王国の魔術とか。そこかしこで爆発起こして陽動とか絶対便利じゃん。」

「不可視の存在を確認するとか余程無理だ。ダガンの見た目ってどんな感じだと思う?」

「私好みに千重ベット、で良いかな。」

「じゃあ間違いないだろうな。」

「今月の税金振り込みと同じタイミングでな。」

「煽りでしかねぇよ、それ。」

「ダガンが準備運動している所だが、予想は?」

「挑発役と阻止役で一個師団だな。二百五十人がせいぜいだろう。」

「一時退却だ、ダガンとて目的は弁えている筈。」

「帰るぞー、やべ、コウキの所行かなきゃ。」

「何やってんだこのグズ。」

「傷が塞がってねぇ姿なんざ見せれるかよ。」

「化粧道具、これで顔と腕は誤魔化せる、治りが鈍るかもしれないけど。良いね。」

「構わない。」

化粧道具特有の残酷で不気味な臭いが広がる。アランが気を利かせて先に行って、拾ってきている。

「こりゃ酷い、治すのに一週間位かけなきゃ・・・次勝手に動いたら部屋に油塗りたくって出れなくしてやるからな。」

「へいへい。お嫁さんの言う事位聞きますよーだ。」

「籍入れてねぇけど。」

「良血じゃない人間なんてお前みたいな良い女じゃなきゃ認めてはくれないさ。」

「私にも選択肢は欲しいが・・・魔女なんてあだ名つけられた奴を欲するやつはいないからねぇ・・・。」

「子供なんざ用があるか娯楽でしかない。戦争の臨時収入で片田舎を拓くのも良いんじゃないかなって思っている。」

「私も良いが、恨み買わないか?特に彼女ぶってる奴に。」

「じゃあ、手は離さない様にしておくよ。」

「手だけもがれそう。」

「幽体離脱よりは楽そうだが。」

「どっちも思考実験の本の内容だよレベルがぁ。」

「・・・ちょっと、なんか聞こえた。アランっぽいわこれ。」

「どうした?絶叫か?」

「感嘆とも言えない感じね、驚愕、だけど彼の癖的には恐怖を多少感じているかも。・・・惨殺死体でも見たのかな?」

「ろくでもない予感しかしないから行くぞ!」

「ダガンは?」

「死んだら来ねぇし死ななきゃ首へし折りに来る。どの道合わないのが正解だ。」

少し駆け出した、木を払い、川辺を超え、隠した木の下へ。そこには驚愕の光景があった。

鮮血と肉塊・・・肉食獣と、妖精。近隣でも特に危険視された生物、大型の雌ライオン、雌ヒグマも・・・それらがものの見事にコウキの前で死んでいた。殺し合ったか、いや、きっとそうだ。コウキは返り血で濡れているが、血に別段汚れた場所もなく、ペイントボールを投げられたとか、ペンキで遊んだと言っても差し支えない格好であった。

遠くには弱い肉食獣が怯えているが、アルトリウスは近くに行くまで見えていなかった。それ程までにギリギリの場所にいた。

捧げられた供物の様なものが陳列され、自ずから絶命した者も混ざっている。異形の祭壇、そこに入る者は一人除いて死んでいた。

一切涙も悲しみも見せない、無邪気な疑問の顔を彼はしている。

「何とか無傷で戻ってきたぞ、残念ながら隣の此奴は木から落ちて怪我してるが。・・・今日は豪勢に行くか!軍人街にも良い土産になるだろ!」

アルトリウスは陽気な素振りをして言った、アランは好奇心が故に、チェルノボグは気に掛けずに放っておいた。

「ダガンが来るまで二時間位だ、昔行きつけの料亭があったからそこに食材は渡しておこう。」

黙認した、彼は触れなかった。・・・彼自身が信じて良いのかと疑っている訳では無い。疑っていないからこうして黙認せざるを得なかった。怒るに怒れず、どう始末するべきかと。・・・いや、言葉を濁してはならないが・・・彼自身の為に一体何が出来るのか、知りようが無かった。真横からの視線が既に向いていた時の話だ。

「・・・コウキ、怖かったか?」

「怖くない。迷惑掛けたくない。」

「良い子だ・・・なぁ?チェル。」

「大人なら怖いと思わないでしょうね。・・・それで、これは何があったの?」

「おい!」

「ダメよ、それは後進的。」

「・・・。」

「ゴメンね、我慢させた分は返すから。絶対。」

「いや、お前の考えを優先するから返す事は後回しで良い。食事メニューでも考えとく。」

血を簡単に拭う、薄い布で拭っては匂いを嗅ぎ、慈愛の目を見せつつも心配したのか頬の上部が細かに、そして周期的に痙攣を起こす。自分の身の危険を一切顧みない、親の様な表情と動作をしている。五歳まで可愛がり、親孝行をし終わったと目処をつけた時の表情、ここからはこの子次第と良くも悪くも見限った顔をしていた。

「・・・僕ね、この動物達を撫でようとしたら、動物が腕に頭を自分から引っ掛けにきて、腕を強く抱き締められて、血を口に吐かれて、そのまま死んじゃったから・・・何にも出来なかった。」

「そう・・・。」

彼等はそうだったが、今いる人物達は違う、隠しつつも慌てず、時々悪い顔をするアルトリウスは良い人で、損得勘定もしっかりしている。アランは不気味と思えばそれを覗き、徹底的に観察する。今は傷がないかの為に道具を余分に持って来ていると言った命令違反を起こしつつも新たな問題を作らない。チェルノボグは怖いものを覆い隠し、自分に忘れる様に上手く立ち回る。そういう姿は尊敬出来るし、昔出会いたかったと思う。・・・。

「・・・ああ、そうか。チェル、少し後で話がある。アランも準備は出来ただろう。」

「問題無い、ダガンの治療なんて難しい事この上ないし。」

「スキピオ卿がやってくれるさ。」

「どんな治療法か教えてくれないのがなぁ。」

「気にすんな。」

アランは相変わらず怪訝な顔をしており、時折目を合わせると笑うのだが、辻褄が合わない事によるストレス、仮説の否定を繰り返す学者の顔をしている。

「雌だと勘違いしたのか?・・・生物学の書と属性書を読み直さなければ。・・・国立図書館で探してみるか。アルトリウス、スウィフト軍人街に図書館はあったっけか?」

「ある、先月借りた分も返しとけよ。」

「分かった。」

血が拭われた頃に、数十分あった会話も終わった様で、アルトリウスはコウキに手を差し伸べた。自分の事だろうけど、聞かなかった様に振舞った。

聞いた訳では無い、そもそも耳を塞ぎ、聞かなかった。正確には、何も考えなかった。これは信頼なのか、多少疑う余地がある。それが嫌気に変わり、結局はその手を掴んだ。男らしく、引っ掛ける様にしてそのまま立った。そして彼は続けた。

「良し、実力がある訳では無さそうだが、肉食獣や妖精から手を出されないってのは夜間に良いアドバンテージになる。行くぞ、コウキ! 俺らの仕事は面倒だから覚悟しとけよ!」

彼の言葉、彼含めた三人に信頼を寄せたコウキ・タカハシは自分の正体もつゆ知らず、彼等に同行する。そして、軍人街に足を進めた。


少し前の話、医者貴族法により卿の名を賜った・・・トラヤヌス・クラウディウス・スキピオ、人ではなく、夢魔である。先に顔を出さなかったその人は彼に言った。

『カストゥス卿、タカハシの奴を麻酔で眠らせようとしたんだが、血管に注入した所注入した場所がすぐに塞がっちまった。・・・彼奴の再生能力は桁外れだ。落ちてきて無傷とは信じ難い所もあるが・・・もしかしたらの話だが、我々が嫌という程教えられた奴だ。』

『『杜撰な悪意、悪性寄生虫、必要な犠牲、安らかな死、終局的愚行、拭われた血、奇怪なる剣、黎明の臓物、慚愧一閃す、神秘の破壊、貴方への愛、神秘の破壊、騒がしき王、皇帝の戦死、魍魎の課題、大恐怖騒ぎ、産まぬ人間、栄光の血肉、黄金錆殺し。』』

「産まぬ人間って、彼奴の事じゃないか?」

『やがて、奴を殺すか、利用するか。人類への害であり、危険だ。・・・だが、私は黙っているよ。奪われたらどうなるか分からん。王直属のお前にしか言わない様にするよ。所詮私は無能だからね。』

『・・・我が友の期待通りにするよ。俺は信念を曲げるつもりも、曲げる事も出来ない機械だ。・・・この世界の根幹は儀式でしかない。・・・アレが終末なら受け入れるが、与えられた自由(ゆうよ)はしっかりと活用させてもらう。・・・何より、タカハシの二大兵器が揃った。これで恒久的な争乱のない世界を実現出来る。・・・うん。』

『・・・そうか、ヴィンディクティウ要塞の英雄アルトリウス、期待しているよ。いかなる理由があったとしても、な。』

信念、世界、どちらを取るかは自由である。ナッジも、仕組みも、大いに関係した決定である。しかし、選べる人間はいる。その人間の選択次第で、次の世は決まる。

歴史の文を変えるその標的は良心、欲望、邪心によって操られる。

・・・さぁ、戦場に銃は金切り声を喚く。賽は投げられ、火は放たれ、木は切られ、日は動き、世は終わる。囚われた魂を救うのは、一体誰なのか。

彼は、どこまでも人間なのだ。




一応おまけの設定資料です。固まってない部分とかネタバレ部分があるのでそこはカットしてます。



杜撰な悪意 人間の腹に仕込む寄生虫、敵意ある生命体ではないが、他者に近寄り、子を産んだ後に移り、また産む。人と人との関係を強める作用がある。



必要な犠牲 狂犬病を品種改良したもの。言動の異常性や致死率により分かりやすいものの、死ななかった場合は排泄物に残り、薬物や熱、冷やされるのにも対応出来る為、感染拡大防止の為に研究外では抹殺の必要がある。



悪性寄生虫 杜撰な悪意と逆の効果があり、一匹の寄生虫がウイルスを保有し、凶暴性を引き出す。虫自体は繁殖しにくいが、ウイルスの拡大は強く、抑えるのは難しい。



安らかな死 細菌の一種で、人工ウイルス騒ぎで発見された。薬物自殺と誤認させれるように成分を出し、解剖時には身体の殆どを改造し、強固にする特性がある。



拭われた血 血液感染が基本のウイルス、清潔感のある人程ダメージが大きい(データ上の傾向)。また、物を介した接触時も、僅かな傷で感染する。RNAとして作用する為ゲイ・プレイグ(エイズ、世界観的にゲイ・プレイグの方が正しい)の類である。



終局的愚行 杜撰な悪意の亜種、奇行をさせ、危機感を失わせる寄生虫。タイラントとも呼ばれ、時には寄生虫が本体となる。



黎明の臓物 感染確認が一件のみのウイルス。体内で細菌同士の殺し合いが起きた場合に発生し、発光しながら感電死するという。



奇怪なる剣 物質に付くカビ、呼吸器から感染する事もあり、攻撃性を上げるわけではなく、ヒトの思考力や身体の制御、筋肉の固さを奪い、岩の様にする。



慚愧一閃す 植物の一瞬、カボチャとバラの中間で、成長速度は留まる所を知らない。核実験時の副産物『死の杭』を刺すことで阻止している。



神秘の破壊 偶像崇拝等を嫌うサヴァン症候群の亜種、アリストテレス哲学等の現実的な世界観に拘り、非現実から目を背ける。例え少しでも奇跡があるなら、誰かの救いになれば良いと言うのに・・・。



貴方への愛 クローンの一部と菌の混合体。深い哀愁は彼を求める。また、数多の生物兵器の根源である。あの生物兵器は、どこまで自我を持つというのか。



騒がしき王 戦争の中で自然発生した獰猛な人間。ヒトの負の遺産にして悪夢であり、一種の自然災害である。



皇帝の戦死 クローンと化石の混合体、名を残す人々の思考を持ち、極めて賢いとされる。その朽ち果てた身体で、これ以上は望まぬべきだというのに・・・。



魍魎の課題 害虫、南方から侵略してきた虫の群れ。その一匹は特殊個体と指定されており、ある女の一部として、内臓の機能を担っている。これは誰かの為であり、彼女は自分を押し殺す。



大恐怖騒ぎ 精神疾患の一つ、進化に際しヒトが手に入れた感情、戦争を嫌悪し、戦争を止めるべく闘争を起こす、理性と知性に縛られた矛盾である。



産まぬ人間 繁殖を必要としない生物兵器としては純粋な戦闘力が必要な生物。



栄光の血肉 ヒトの肉体強化に使える家畜の肉。激流や逆流といった呪いにも等しい様々なものが入っている。



黄金錆殺し 体内に特殊な金属を一定配分で混ぜると発生する病。身体を蝕み、錆を生み、やがて動物は動けなくなる。


あとがき管理が難しいので最初の方はメモ程度に残しておきますが再設定や一定期間が過ぎたらあとがきは変えていきます。別で変更前と変更後を時系列で整理するので問題ありません。

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