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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

私が開けたわけじゃないけど、残された希望になってやる。

作者: さくさくやん

まず、感じたのは激痛だった。

高熱が出た時のような、節々の痛み。

ほんの僅かな空気の流れがもたらす、皮膚の痛み。

高い耳鳴りに、心拍と連動する頭痛。


そして、世界が回るほどの激しい眩暈。


胃から迫り上がるものを堪えつつ、必死に思い出す。

え??飲みすぎ?ワイン開けたっけ?

って、飲んだっけ??インフル?痛風?ぎっくり腰??

え??私、何してたっけ??



次の瞬間、私の自我に流れ込む、あらゆる感情。

怖い。苦しい。悲しい。寂しい。悔しい。憎い。

自分ではない、老若男女のそれが一気に飽和し。

出口を探すように、身体中を凄まじい勢いで回り始める。



あー。アナフィラキシー起こしたあの時以来じゃん…。

いやほんと無理っす。

人生二度目。私は意識を手放した。



◆◇◆◇



「ああ、愛しいサラ。おかえり」



甘ったるい、掠れ気味の声が聞こえる。



「ようやく、ようやく戻ってきてくれた」


「本当に長かった。もう二度と君の笑顔を見れないかと何度も不安にかられたよ」


「もう君を離さない。ずっと、ずっと一緒だからね」



…なにこの三文芝居。

つーかTV消してくれよ。私はまだ寝足りないんだ。



「ねえ、サラ?僕を見て、笑って?」



…ちょっとおかーさん、また音量大きくしすぎだから。

てかどうせ見てないんだから消してくれ。



「ほら、サラ。僕の愛しい人。目を開けて?」

「ひぎゃっ!」


耳元で囁かれ、ゾロリと舐め上げられた感触に、身体中鳥肌がぶわっと立つ。

なになになになに?????

心臓が跳ね上がり、一気に意識が戻った。

ここ十年以上、異性との触れ合いなんぞない。

布団に入りたがる猫がたまにフンフンする以外に、私の耳を掠めるやつなんていない。

己の性感帯だと思い出したのは、ほんと数十年振り?


慌てて体を起こそうとして、力を入れた瞬間に激痛が走る。

「いっ!!」

「ああほら、そんないきなり動いたらだめだよ。体が崩れちゃうから」


何そのホラー。

さっきとは違う鳥肌がぶわっと立った。

いや、だらしない肉体ってことか?ああん?

虚勢をはってみたものの、絶対にそうじゃないことを私は知っていた。

…知っていた??何を?


マグマのように煮えたぎるものが身体に流れ込む。

それが私以外の数多な記憶だと気付いたのは、人生三度目の

意識を手放してからだった。



◆◇◆◇


若気の至りで娘と息子を産んでみたら、娘もまた若気の至りで子を成した。

よーするに私はばーちゃんだ。

相手の金銭問題でとっとと離婚。その後恋愛にも飽きたり色々とげっそりしたりし、運命の人(パートナー)探しを卒業した。


大した学歴も無かったが、何度目かの転職先はとても自分にあっていた。神様仏様ご先祖様お導きありがとう。

孫の教育資金と老後資金を貯めつつ、日々お一人様の自己満足を満喫していた。


ある日営業所へと戻る首都高で貰い事故。

本当にスローモーションになった景色を見ながら、生き延びるんだと身体がカッと熱くなったとこまでは覚えている。

同時に、事故報告の手続き面倒くせえーとも入院セットはやはり準備すべきとも思いつつ。


で、冒頭に戻る。

てっきり事故の痛みだと思っていたが、余りにも違って乾いた笑いしか出てこなかった。


ちょっと奥さん聞いてよ、転生ですって転生。

あんなに生き延びてやる!って強く思ったのにあっさり即死だったみたいよー。ちっ。

しかーもここは地球じゃない。

挙句に転生と言うには程遠い。


サラちゃんって娘が殺された。享年十三歳。

殺した本人が、彼女を取り戻すべく、己の半生をかけて生き返らせた。

…だったら殺すな。そもそも殺すな。


生き返らすために膨大な時間と魔力と幾重もの緻密な魔法式──黄泉がえりと呼ばれるこの儀式、今回初めての成功例とかそんな情報いらんわ──が必要で。

って、魔法!!この世界は魔法があるらしいわよ奥さん!

で、殺した本人だけでは足りなかった魔力を補うために、かなりの人を必要としたらしい。



ここまでは殺して生き返らせた本人が教えてくれた。



私?タイミングが良かったのかサラちゃんの身体に引き寄せられた。

ついでに、犠牲になった彼らの意識も一緒に詰め込まれた。

念のためもう一度。


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おーまいがー。



◆◇◆◇


次に目覚めた時は、身体的苦痛がほぼ取り除かれていてホッとした。

こんな簡単に気を失うって、サラちゃんの身体が脆いのか。

そもそもヒトの身体に他人の意識が入るって有り得るのか。

いや、死後数十年経てからの蘇生って可能なのか。

…死後数十年て、身体が崩れるどころの騒ぎじゃないような。



「サラ。僕の愛しい人。気分は良くなった?」



状況説明してくれている間はこちらもまだはっきりと思考出来なかった。

子供に教えるように優しくゆっくりと聞かせられる。

その間も身体の不調や苦痛を取り除き──回復魔法もかなりの高度な技術らしい──ながら、身体を清拭されたり、食事の世話を受け。

生命維持に必要らしいエネルギー確保のためか、ほぼ寝ている状態だ。

それでも起きていられる時間が少しずつ増える。



どーすんのよこの先。

自分で殺めといて生き返らす位だ。かなりイカれてる。

これが世に言うヤンデレか。現実にはいらんわそんな存在。

あれはフィクションのきゃっきゃうふふだから容認されるのであって、実際に隣で、しかも肉体的にも接触可能な距離感で対応すべきってほんと勘弁して下さい。

生殺与奪の権利は相手にあって。

…既にコンプリートされてる身として状況打破はできるのか?


触覚と聴覚はすぐ戻った。次に嗅覚。何度目かの清拭時に、香油なのかハーブっぽい香りに気がついた。

味覚は体が少しずつ動くようになってから、というか食事を与えられてからか。


この世界の生活レベルにかなりドキドキしてたけど、

食事は普通に食べられる。

品種改良大国だった前よりはそりゃ劣る。

倍の値段でより美味しい野菜の苗が買えたとか、ほんと恵まれていたのね。

うわー、母の育てた中玉トマト食べたい。

あれを知って旬以外に他のトマトを生食したいと思わなくなったものね。あのトマトで作ったソースでピザ、また作りたいなあ。


話を戻して。ただ、視覚がまだどうにもならない。

水中で目を開けたようなぼんやり感。

これ、ただ単にド近眼で乱視とか弱視とかじゃないよね。

まあ、それでも少しずつ焦点が合うようになってる。

暖色の中に黒っぽいもの、からヒトの形位までは。


まだまだ眠気に襲われる今、体力回復しながらこの先どう動くかを考える。

このヤンデレ、中身がサラちゃんじゃないと知ったらどうするのだろう。

私と愉快な記憶達からこの身体を取り上げるのかな。

まあ、前回即死だったから、これはボーナスステージなんだと諦めたけど。


そう、サラちゃんの意識にまだ会えてない。

付随する感情も、記憶も浮かばない。

かたや一緒に詰め込まれた記憶達は、断片の大きさはそれぞれだけど、かなりの乗車率。

ふとした瞬間に、それらの記憶が私と同化しそうになる。

ラジオの混線てこんな感じだったのかな?


すんごいよ、ほんと。

ヤンデレの話を聞き流していた途中でいきなり捕らえられた状況を強制体験とか。

餌付けの途中で数々の性暴力の追体験。

ヤンデレに優しく頭を撫でられている最中に、愛するものを目の前で殺されたりとか。


最初は何が起きてるのかほんと理解不能だった。

しかも、初回の記憶再生が、想像を絶するほどの両親からの虐待だった。

まだ身体の維持が出来なくて、痛みも絶賛残ってる最中だったからものの見事に取り乱した。

可能な限りの悲鳴と全力での抵抗。

それが身体の維持には最高潮にまずいって気付けるわけもなく。

動かす腕や足から、更に強い痛みが湧き上がるわ、

いきなり再生される体験の酷さは、孫を持つ身にはほんと辛いものだったし。

その体験者の悲痛な感情と、それを体験する私の感情と。


これはボーナスステージじゃない。


いきなり全力で取り乱した私に慌てるヤンデレ。

必死に宥めすかし、何とかリラックスさせようと躍起になるヤンデレ。


私は誓った。

この先自由になれたなら、ヤンデレの持つ全ての情報と証拠を抹消すると。

ヒト一人生き返らせるためにこんなに多くの犠牲者が出るならば。

彼らの記憶の追体験が生き返る義務だとすれば。


いらん。こんな可能性。

取り敢えず、身体が自由になったら、真っ先にヤンデレを殴る。



あのー神様仏様ご先祖様?

異世界転生なら、イケメンときゃっきゃうふふさせて下さい。NOTヤンデレ。

逆ハーは非設定で宜しくです。

いやもうチートでカンストで無双でもいいですはい。

でなきゃ前世の記憶を活用してのスローライフでも十分です。

願わくば今一度猫との生活を堪能させて下さい。

つか、ちびたんとむーたんにまた会いたい。


サラちゃんの、犠牲者の、仇を打った暁には!

何卒ご慈悲を宜しくお願いいたします。



◆◇◆◇


時間の流れがイマイチはっきりしてないけど。多分一年は過ぎただろう。

ようやく視覚が回復した。むしろ近眼乱視も無くなった。

神様仏様ご先祖様サラちゃんありがとう!!

介助なしに食事や湯浴みが出来るようになった。

散歩も庭をひと回りならなんとか息切れしなくなった。

あ、首都圏の建ぺい率七十%とか想像しちゃならん。

結界に囲まれたらしいその庭は、六義園位はあるぜ!

その中央にヤンデレと、私と愉快な記憶達が暮らす家がある。


ヤンデレは私と同世代っぽい。

サラちゃんより六つ年上らしいから、サラちゃんが亡くなってから少なくとも三十年以上は生き返らせるために必死になってたみたい。

元々魔法の才能があったらしい。まーじゃなきゃこんなこと実行しないだろう。


ヤンデレの名前は未だ不明。

そして、私がサラちゃんじゃないことは、早い段階で気付いてたみたい。


支えられてベッドから起き上がり、自分で食事が取れるようになってからも、ヤンデレの名を呼ばないことで察したようだ。


まず動けるようになったらヤンデレを殴る。

これが最優先事項になってから、私の今生での最初の目的だったけど。

未だヤンデレを殴ることができなかった。


先に言っとく。涙脆くなるのも老化現象らしいよ!



何度目かの記憶の混線。

その時は愛する家族を目の前で殺される女性だった。

夫。そして子供達。

いくら老化現象とは言え、誰が泣かずにいられるのかと。

前の世界でも略奪や戦争はあった。

それでも私の周りは平和だった。

だから余計に堪えた。

自分の傲慢さに、自分の能天気さに、自分の無知さに。

私が生きていた時代ですら、起こりうる可能性だったからこそ。



私以上に愛情深いその女性は、心から夫と子供達を愛してた。

自分に与えられたものを、心から感謝し、慈しみ、大切にしていた。

慎ましく、敬虔な信仰者として。

一人の女性、妻、母、娘として。


猟師、そして村を守る民兵として働く夫を支え、四人の子宝に恵まれ、自身も得意な裁縫の腕を発揮して働き、育てた。

笑い声の絶えない、温かな幸せが、彼女の日常だった。


ある時。風邪を拗らせ、高熱にうなされた。

治療師も薬師もいない小さな村。

わずかな薬草を煎じ、なんとか飲み下す以外になす術もない。

家族のために。それが彼女を世界に留める唯一の楔だった。


数日後、何とか持ち越し、しばらく寝たきりだった。

ようやく床上げ、の、その時。

彼女は違和感に気付く。


生活魔法と呼ばれるものはほぼ万人が使え、彼女も当たり前に享受していた。

が、この身体中から溢れ出るような力は?

今までに感じたことのない、強くてあたたかなそれは、今にも手のひらからこぼれそうで。

慌てて両手を組み、そしてそれは起こった。

熱い湯に浸した時のような、その熱。

それが両手から溢れ出し、両手をすっぽりと包んだ。

そして、次の瞬間。

ゴワゴワとした手の甲が。所々ひび割れていた指先が。

やすりのようにかさついた掌が。

お貴族様のそれとも言えるほど、柔らかく、しっとりとして。


情報に追いつかない頭が、転んで膝を擦りむいたと、泣きじゃくる下の娘を連れて長女が寝室に入ってきたことで動き始めた。

洗ってもらった水が染みると泣く娘を抱きしめ、膝に手を当てる。

痛いの痛いの、遠いお山に飛んでいけ。

薬草を練って塗るほどの、ちょっと大きな擦り傷。

傷が残らないようにと、急いで作業のために娘から離れようとして、息が詰まった。

小さくて細くて柔らかな娘の膝は、生まれてこの方傷ひとつ受けたことがないかのようにつやつやしていた。


数十人が暮らす小さな村だから、あっという間に知れ渡った。

教会は荷馬車で二日かかる町にしか無い。

魔力を調べるために家を開けるには乳飲み子や幼児がいる身としては、金銭的にも物理的にも無理な状況。


高熱が出たことで、一時的に魔力が上がったのだろう。

そう村長夫妻とも結論付け、一時的なものならばと、ありがたく活用した。

初めは小さな怪我や風邪。魔女の一撃にも効くと分かり、お礼の食糧が格段に増えた。

そのうち、猪や狼などの獣だけでなく、魔獣からの傷にも効果があると分かり。

やがて、長患いや死を待つのみと隔離されていた彼らまでもが元気になった。


神への感謝は今までも毎日欠かさなかったし、事あるごとに授かるものへの感謝もしていた。

けれど、欠損した足までが治った時に、自分が享受するには恐れ多くて余りあるものだと困惑した。


神の思し召しだとしても、この力はこの村だけで分かち合うには強大すぎる。

村長と、村中の男と夫が集まり、幾晩かの話し合いのもと。

村中でお金を出し合ってくれて、わたしは教会へ行くことが決まった。


乳飲み子の末息子は隣の嫁が乳を分けてくれることになった。

長女も長男も、末娘の面倒をみると胸を張った。

勿論、子供達の生活も、村中で支えてくれることになった。

感謝しきれない程お世話になり、申し訳なさにちぢこまるわたしをみんなが応援してくれた。

怪我が、病が、長患いや死をただ待つだけが。

欠損し、日々の生活すら不便を強いられてきた自分が。

神の思し召しとはいえ、それを村中に分け与えるお礼には到底及ばないのよ、と。

神の采配に、この幸せに、わたしは改めて深く感謝した。


教会への往復に護衛として夫以外に二人の若人が着いてくれることになった。

この村を離れることも、荷馬車に揺られるのも初めてだった。

必ず必要になるわと、大きなクッションを村長夫人がウインクしながら貸してくれた。

子供達を残して出掛けることにどうしても気が引けるけれど、胸の中で淡い興奮が生まれることを無視せざる得なかった。


当日、両親と離れることに感情がついて行かない末娘は、家族以外で一番懐いてる幼馴染みと姉兄たちが、ベリーを摘みに連れ出してくれた。

勘付かれないよう、普段通りの朝を迎え。





それはやって来た。





子供達の悲鳴に、心臓が飛び跳ねる。

末息子に乳を飲ませ、そっとベッドに寝かしつけた矢先の事だった。

うとうとしていたところを無理矢理抱き抱えられて、大きな声で泣き出す息子。

慌てて宥めつつ、怒号と悲鳴の聞こえる家の外へと駆け出して。




目にしたものを理解した時、頭が真っ白になった。




結局、わたしから溢れ出したものは、彼らの護衛を半数にまで減らしたらしい。

残りもまた、無傷ではいられなかったようだ。

錆びた鉄の匂いと薬草のきつい匂いが漂っていた。


魔封じの枷をはめられていても、普通の馬じゃ怯えて全く使い物にならない。

憎々しげに呟かれ、本来乗せられるはずの荷馬車から、わたしはこの集団の主と唯一無傷な騎士らしい者たちが乗る馬車に押し込められた。


本来一つで事足りる魔封じの枷は手と足の二箇所に。首には荒縄が二重に巻かれた。

声にならない叫びしか出ない口には布を詰められ封じられた。

下賤な者が視線を合わせるとは不敬だと、馬車に乗せられてすぐに目隠しもされた。



夫を殺され、子供達を殴りつけられ。

ぐったりした子供達を人質に取られればなす術もない。

土下座し、泣いて詫び、何とか子供達の命乞いをして。


言われるまま、魔封じの枷をはめられ、荷馬車へと背中を押される。

乗り込む瞬間に、視線の隅に見えたものが、わたしを何かに変えた。


前もって撒かれた油と藁はよく燃えた。

あっという間に村中を炎が覆い尽くす。

聞こえるはずの村人の悲鳴はひとつも上がらない。

初めに聞いた悲鳴よりも小さいそれは、私の身体中を燃えたぎらせた。



神よ。

日々の糧を、幸福を、幸運を、恵みを、愛を、



神よ。

一瞬たりと、あなたの存在を忘れたことなどありませんでした、



神よ。

与えられた力は出来うる限り隣人に分け与え、

与えられた喜びと、与える喜びにも深く深く感謝しておりました、



神よ。

刈り取る命に深く感謝し、育てる命を遣わして下さることに深く感謝しておりました、



神よ。

神よ、

神よ、




この哀しみにも、この奪われる苦痛にも、

この世に生きる唯一の目的である愛しいものたちを

手放さなければならないこの状況すらも、


あなたへ深く感謝しなければならないのですか?





わたしも共に、あなたの元へ向かうことをお許し下さらないのですか?



わたしには有り余るほどのこの力を、何故あなたは与えて下さったのですか?






燃えたぎり、溢れ出た何かは、私を中心に放射された。





◆◇◆◇



何度目かの記憶の混線。

取り乱した私を抑えるべく、ヤンデレは優しく声を掛けた。

けれど、それまでと違うことに気付き、とっさに防御結界で私を包んだ。


きっと、黄泉がえりの儀式はヤンデレの寿命も縮めていたのだろう。

一人では足らず、犠牲者が生まれた程だから。


防御結界に包まれた私を抱きしめて、ヤンデレは何度も愛してると囁いた。


何故こんなことを?

何故大勢を犠牲にしてまで?

何故、自然の摂理に抗った?


どうしても、それだけは聞きたかった。

そもそもヤンデレと意思の疎通が図れるのか不明だが。

何故そこまでの行動を取るに至ったのか。

私は殴るよりもそれが知りたかった。



ヤンデレは、泣きそうな顔で笑いながら

私ではなく、サラちゃんを求めながら

『愛してる』としか答えなかった。



この孤独な少年に光を。

この孤独な少年に殺められた、少女に光を。

この少女のために、犠牲になった全てのものに光を。



抱きしめられながら、抱きしめながら、

未だ現実と混線の狭間で取り乱す私は、

人生の四度目の意識を手放すまで、全力で祈った。



神様仏様ご先祖様。

どうか、どうか、彼らをお救い下さい。

抱えきれないほどの苦しみを、どうか昇華して。

私も代わりにたくさん泣くから、できる限り愛を込めるから。

ありったけ、浄化でも癒しでも出来うることは必ずするから。

満足するまで寄り添うから。

だからとうか──


結局、四度目は訪れなかった。

泣いて泣いて、ティッシュのありがたみをこれほどかと味わって。

そういや負債はなんとかなったのか?とうっすら思い出しつつ。


うん、決めた。

やはりこれはボーナスステージなんだ。

今まで生きてきて、ようやく自分のご機嫌を上手に取ることが出来てきて。

ここ数年が人生の絶頂ばりに、日々ご機嫌に暮らしてた私ならやり遂げられる。

つーかやってやる。


誰が開けたか知らないけれど。

現状、ヤンデレが最有力候補だけどな!


私が残された希望になってやる。



神様仏様ご先祖様。

この思い込みの激しく、利己的で自己満足でご機嫌に生きていける私にとてつもないチャンスをありがとう。


神は乗り越えられる試練を与えるんじゃない。

ただ、体験できるチャンスを与えてくれるだけだ。

それをどう料理するかは本人次第。


私が残された希望になってやる。



◆◇◆◇



あの日から二週間が過ぎた。


ヤンデレの機転のおかげで、家はもちろん、ヤンデレも無事だった。

黄泉がえりの儀式から一年経っていたから、護れるだけの防御結界が張れたんだよと、ヤンデレはようやく熱の下がった私に言った。


私と一緒に詰め込まれた記憶達は魔力でもあったらしい。

そしてあの時、私は彼女の魔力を受容した。

あの暴発は、その結果だった。

それまでの混線で、そこまでの大きな暴発が起きなかったのは、私に受け止める程の体力が無かったことと、彼女の魔力が群を抜く規格外だったからだと教えてくれた。



あの日、抱きしめられて、何度目かの愛してるの音が言語に理解された頃、ようやく私は何か起きたのだと気付いた。

それまでは、私が彼女だった。

はっきりと追体験したのだと認識できたのは、ハンカチじゃ足らずに、シーツすらべしょべしょに成り果てた頃。

流石にリネンで鼻を噛めばヒリヒリするわ。


記憶にもあったように、通常魔封じの枷は一つで事足りる。

枷があっても彼女は護衛を半数減らした。

二つはめられたあとは、流石に意識を保つことはできない程衰弱した。

いや、抗うことを辞めたのだろう。


その後の彼女が知りたくて、私は熱にうなされながらもヤンデレに何度も尋ねたらしい。

熱が下がり、ようやくまともに会話ができるようになった今日、ヤンデレは教えてくれた。



回復魔法を使いこなせる者はとても希少なこと。

一国に二人も使える者がいれば誇れる程。

しかも、欠損すら癒すほどの力は、この国はおろか、近隣諸国にも居なかったこと。

ヤンデレすら彼女の力には及ばなかったこと。

むしろ、この数百年の歴史にも記されていない程だったこと。


あの村は、国境に程近い場所にあった。

自国と接するその国とは、高い山峰によって守られていた。

辺境伯の領土からも、ほんの少し離れた場所にあった。


産業もなにもない。

たまに討伐した魔獣から取れる魔石と、なめした皮などの素材。ある時期にのみ僅かに採れる、特殊な薬草。

自給自足で成り立つ村は、そんなわずかな糧を現金とし、細々と暮らしていた。


本来、教会で洗礼式のみに確認される魔力。

後発で著しく発現することの方が稀だった。

僻地と呼んでもおかしくない村で。

成人してから数年も経った状況で。


強い魔力が北の辺境伯領地付近で発現したことは、王宮魔道士によって速やかに報告された。

けれどその年は、大きな天災により、洗礼式を受けなかったものもいた。


大きな天災と共に、棲家を奪われた魔獣が獣を追って人里へと降りるのは仕方のないこと。

そして、辺境伯率いる私兵は、通常の二倍とも言えるそれらを討伐するので一杯だった。


辺境伯からの国軍派遣要請に、国の事務処理に手を取られた

騎士団。

蓋を開ければ二倍以上の脅威と判明した為、援護にあたる国防騎士団と魔道士団。


そんな時に、それは起きた。


発現時の数倍の魔力の揺れを確認した王宮魔道士団の団長は、それを確認するやすぐに現地へ転移した。

団長が動けたのは、ちょうど南の魔獣討伐が終わった翌日だったから。

前回の発現時には既に南へ向かっていたため、今回魔力の揺れを確認出来たのは本当に偶々だった。


「村に火をつけた事、彼女の最後の楔を奪った事。彼女には申し訳ないが、彼女の魔力の揺れがあったからこそ、彼女をあの国から保護できたんだ」


あの集団は、敵対国の命でやって来た。

本来なら、発現して数日後には家族ごと保護される対象だった。

天災が無ければ?魔獣が人里に降りなければ?

南の地に魔獣暴走が起きなければ?

団長が、自分も討伐隊に参加すると言わなければ?


どうしようもないやるせなさに、枯れ果てたと思った涙が溢れた。



分かってる。この世界にはどうにもならないことがある事くらい。

沢山の人が心を痛めても、認めたくなくても、受け入れざる得ないことがあると。


その中心に彼女が居た事実に、私の中のわたしは慟哭した。

同化して泣き崩れる私を抱きしめて、ヤンデレは言った。



「サラ。ごめんね。愛してるよ」



きっと、ヤンデレは分かっていた。

サラちゃんは既にいないことを。

私の中に、彼らの魔力──記憶が結びついてる──があることを。

その全てを、受容しない限り、この肉体(サラちゃん)は、生きられないことを。



ヤンデレが心の奥底に閉じ込めた後悔も、至らなさも。

分かってるからこそ、涙が止まらなかった。





泣きじゃくる彼女を優しく撫でながら、助けられなかった命を惜しむ彼を見た。


淡々と事実だけを伝える、一見冷静に見えるその中では、全てを燃やし尽くすほどの情熱が燃え盛っていた。

あの日、枷をはめられ、生きることを諦めたわたしを助け出してくれた人。

『助けられなくてすまない』

そう呟き、わたしの最愛達を丁寧に荼毘に付してくれた人。



助け出されたわたしは生きることをやめた。

見ることも聞くこともやめ、食べることもやめた。

そして目を閉じて、わたしの中に閉じこもった。

わたしの中にある、わたしの最愛達と過ごす為に。


わたしの肉体は、程なくして朽ち果てた。

わたしの魔力は、彼女の身体に埋め込まれた。

それを彼は色の抜けた瞳でじっと見ていた。

身体と魔力を拘束され、あの時のわたしのように、

屠殺を待つ、家畜のように。



わたしの断片を埋め込まれた彼女を見つけた。

わたしと、最愛達を想い、私を包み込んだ彼女。

わたしの理不尽を、怒りを、悲しみを、憎しみを、絶望を。

あらゆる感情をそのまま受け入れた。

包み込まれたその温もりを思い出した。


彼女の中で、わたしが溶かされていく。

消えるのではなく、彼女と一つになるのだと気付いた時に。



彼女の同情が、彼の後悔が。

ようやくわたしに溶け込んだ。



そしてわたしは受け入れることにした。



わたしがこの世に産み落とされたこと。

両親に心から慈しみ、愛された事。

最愛と呼べる伴侶と出会えた事。

伴侶と同じくらい、いえ、本当はそれ以上に。

大切な家族が出来たこと。

わたし達の子供はすくすくと育ったこと。

笑顔の絶えない日常を送れたこと。


あの力で、笑顔が見れたこと。

あの力で、感謝されたこと。


与えられる喜びと、与えることの気高さを知ったこと。



この世界に、生を受けたこと。



ありがとう、私。

ありがとう、あなた。

ありがとう、みんな。



そしてわたしは光と融合した。

わたしが完全に溶けきるその瞬間に。

わたしの最愛たちが私と混ざり合ったことを知った。






「ねえサラ?」

いつの間にか眠った頬は、まだひんやりと水分が残っていた。

まなじりに残る水分をそっと親指で拭う。



私は見ていることしか出来なかった。

止めることも、身を呈することもしなかった。

私の命で、止められたかも知れないのに。


私は分かっていて、それを見ていた。

その贖罪の為に、私はいまここにある。



「私の愛しい人」



違えた道は、もう修正できない。




「愛してるよ」



サラじゃないあなた。

私の命に懸けて、あなたを護るとここに誓います。



「明日も目が覚めますように」



未だ癒し得ぬこの肉体が、終わりを告げるその時まで必ず。

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