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3. 反転薬

よお、俺は戦士。いつか勇者の力を手に入れ世界を回り尽くし、魔王を討伐してみせる有望な人材だ。


今、俺は城下町を特に理由もなく徘徊している。何でそんなことをしているのかと言うと、あれは今朝のことだ。


あのタンクの野郎が俺の顔を見た途端「朝から気持ち悪いもの見ちまった。病みそう。気分が悪い」とか言ってきやがったんだ。


そんで、つかみ合いになったところを僧侶たちに止められて頭を冷やしてきなさい。とかなんかで無一文なのに宿から放り出しやがった。


なんで仕方なく裏路地とかにいるゴロツキどもを探して金目の物を得ながらブラブラしてるって訳だ。


「まあ、こんぐらいあったら遊ぶには十分か。」


ポケットに入っている戦利品を指で遊びながら一人つぶやく。


「いやー良いことをしたもんだ。街の奴らはゴロツキに金を渡す、あいつらは得た金を俺に渡す。俺は適当に買い漁り金を落とす。まさにWin-Winってやつだな。」


クズも甚だしい事を言いながら裏路地を練り歩く。ふと、その一つの露店に目が止まった。


――――魔法薬か


目の前にあったのは魔法薬と言う代物。名前の通り回復薬の様な一般的なものから、人を獣に変える变化薬といったものまでさまざまである。


―――まあ、こんな所に構えてるって事はきな臭い商品を捌いているってことだろうが。


心のなかで呟きながら近づいて薬品を観察する。男はいつでも好奇心に釣られるものである。


―――あー、一般的には卸せない品質の回復薬とか、あまりの使用頻度の少なさから廃棄されたやつを引き取ったって感じか。


ヤバそうなやつはないなと、何故か安堵しながら観察を続ける。…とある薬品が目に止まった。


「おい店主。これは何だ?」

「……」


さつきから明後日の方向を向いたままで目を合わせようともしない。…この野郎。


「…物によっては購入を検討する。」

「これはこれはいらっしゃいませ!!私の魔法薬店へようこそ!本日はお日柄もよく!…」


先程の事は嘘のように満点の笑顔を浮かべて接客を開始している。いい根性してやがる。


「…これについて知りたい。」


陳列していた瓶の中から一つをつまみ出す。


「ほう! これは、“反転薬”ですね。」

「反転薬?」


知らねぇ薬だ。思わず復唱してしまった。


「はい、その名の通り相手の感情などを“反転”させるのでございます。感情にも様々ありますがこれは特に好意に作用する物ですね。」


ふむ、続きを促す。


「好きや嫌いと言った感情の反転、つまりこちらは好意にしているのに相手は嫌悪している。そんなときにこれを使えばあら不思議。今までのわだかまりが綺麗サッパリなくなってしまう言う訳ですよ。」


なるほど理解はできた。だが、


「そんな特殊な状況、ストーカーじゃねえと出ねぇだろ。欠陥品じゃねえか。」


バッサリと断ち切った。ぐっ!と店主がうめき声を上げている。


「いえ、自分が何もしなくても周りから嫌われる事があるのです。しかしこれを使えば誰とでも親しい仲になることが出来るのです!」


店主が力説している。店主本人の話なのか?と

思いながら再度爆弾を投げようとした時


「感情の力とは凄まじいもの!そう、強力な好意とは、内に秘めたものであったとしても引きずり出されてしまう。つまり、どんな秘密も聞き出してしまうことが出来るのです!」


「よし!買った!」


即決であった。


  …………………………………………


“反転薬”を購入し、ウキウキで町中を闊歩する。もちろんあのタンク野郎に飲ませるためだ。


「あの野郎パーティーの財布管理もそうだが、戦利品をしこたま貯めてるからな。これを使ってその暗証番号を得ることが出来れば。」


ぐふふ。と皮算用をしながら考える。


「この薬自体、液体だ。なら飲み物に混ぜて…」


どのように動けばやつは疑いなく飲むか、これは狩りと同じだ。一つ一つ算段を立てて用意していく。


……30分後


タンクのやつがいる所は把握している、今回パーティーが泊まった宿の前で今朝の罰として見張りをしているはずだ。準備が終わった俺は何食わぬ顔でゆっくりと宿の方へ歩いていった。


「――止まれ。何をしに戻ってきた。」


宿の前で敵意満々のタンク野郎がこちらに殺気を放ちながら質問をする。


――――俺パーティーの一員じゃねえのかよ


言いたいことはあったが今回の作戦の為だ、抑え込もう。


「なに、朝のことは水に流そうと思ってな。ほら、この街一美味いジュースも買ってきたんだ。」


紙製の袋を開け、中身を取り出して見せる。確かに人気店のジュースだった。


タンクは訝しそうな目でこちらを観察する。


「俺にだけか?何を企んでいる。」


目が不審者を見るように変わる。


「ちげぇよ。ほれ、4つあるだろうが。全員分買ってきたんだよ。」


抱えていた袋の中からさらに3つ取り出し、中身を見せつける。


「まあ、俺も悪かったって思ってんだよ。僧侶も魔法使いも頑張って宿を探してくれた訳だしな。だからよ一応すまねぇってキモチつうか、俺なりの謝罪っていうか。」


本心である。あのまま騒いでいたらまた宿を追い出されるところだっただろう。俺たちが起こした問題の責任をいつも取っているのは僧侶たちだった。


「お前……」


タンクの野郎も目を見開く。そうだ、今回の問題も俺たち二人の問題だった。だからよ、お前も…


「…なんだ、やっと分かったのか。」


……何で上から目線なんだよ。殺したろか。


心のなかで中指と青筋を立てながらも表には出さない。幸いにもやつのガードが下がったようだ。この隙を逃さない手はない。


「ほらお前んだ。冷たいうちに飲んでくれよ。あいつらは中か?」


ぽん、と照れくさそうに袋をタンクに押し付ける。無論、演技である。「おっと。」と落とさないように受け取った。タンクはその言葉に少し困った顔を浮かべて


「いや、僧侶たちは先程買い物に出かけてしまったのだ。戻ってくるまでまだまだ時間がかかるだろう。」


弱ったな。と申し訳無さそうに答える。

無論、知っている。流石にあいつらでも飲んだ後のタンクの状態がおかしければ異常に気づくはずだ。


「まじかー、やっちまったな。時間を考えるべきだった。」


俺は残念そうな表情を浮かべて後頭部をかく。これは詰将棋だ。同情を誘い、やつに不信感を抱かせてはならない。


「じゃあ、しゃーねーけど先に飲んじまうか。二人だけだけどよ。」


そう言って袋からジュースを出し、前に構える。乾杯の形だ。流石に無碍に出来ないと思ったのかタンクも袋から出し乾杯の形をとった。


「じゃあ、これからもこのパーティーでの旅が続くことを願って、乾杯!」


乾杯。とタンクも言葉を合わせ、お互いに中身を口に含む。果実の酸味と甘さが絶妙にブレンドされ口いっぱいに広がった。美味い、すかさずもう一杯と飲み干していく。


「かー! うめえ!」


あまりの美味さに思わず声が出ていた。


「ああ、これはなかなかの当たりだな。」


タンクのやつも同調した様子で返答する。こんなご時世だ。嗜好品も制限される。二人にとっても久々の贅沢だった。


「いやー、あいつらには先に悪いけど我ながらいい買い物をしたもんだぜ。」


「確かに。たまには良いことをする…じゃ…ない…か?…」


肯定を言い終わるか否かと言うところでフラフラとタンクのやつが俺の方へもたれ掛かってきた。


――しまった。いつどんな感じで薬が効くのか聞いてなかった。こんなに早いのか!


「おっ。大丈夫?……カッ!」


流れのままタンクを支えた瞬間、背後から首筋への一撃。


「…て…めぇ…!」


何が起こった。視界が暗闇に包まれながらもヤツの方へと振り返ろうとする。しかしそれは叶わず俺は意識を失った。ヤツの上がった口角が最後の光景であった。



 ……………………………



まどろみの中、俺は意識を取り戻す。ふわふわとした感覚に包まれるなか周囲の音が頭に入ってきた。


「ふん、ふふん♪愛しているわ。私はあなたを♪」


誰が歌っている?まだ意識がハッキリしないため誰の声なのかよく分からない。


「あなたの爪先から頭まで愛しましょう♪例えあなたが私を捨てても、あなたを刻んで取り込んで一緒に生き続けるわ♪」


―――物騒な歌詞だなぁ!おい!


意識が一気に覚醒する。とんでもねぇのが近くに居やがる。俺は目を開き、音源から離れようと…ガチャ!…ん?


「んん!…ん? ん゛ん゛ん゛んん!!!」


(くつわ)!?なんで!?誰がどうして!?


口には轡をはめられ、四肢は拘束され寝かされていた。


「ああ♪ やっと目が覚めたんですね。」


小躍りするような声で俺に語りかける。


―――誰だっ!?……あ?……タ…ン…ク?


そこに居たのは少女のように手を合わせながら嬉しそうに笑顔を浮べている“おっさん”だった。


「心配したんですよ?なかなか目を覚まさないから。私も起きてないとお世話のしがいがありませんし。」


いや、意識を奪ったのはお前じゃねえか。とツッコミを入れつつも


―――どうなってるんだ?…てか、タンクのやつなんで女みたいな。…てか、キモっ!


タンクの状態を観察していく。どう見てもまともな感じではなかった。

ん゛ん゛ー!!と轡のせいで喋ることが出来ない。もがきながらも今の状況を整理していく。


―――これは…“反転薬”の影響か?女っぽいのはなんだ?簡易に「男」の反転で「女」ってことか?


タンクの野郎が鼻歌を歌いながらクネクネと動いている。気が遠くなったが頭に鳴り響いている警鐘が何とか意識を現在へと繋ぎ止めた。


――そういえば、店主が言ってた好意とかはどうなっている?


戦士がまた、タンクへと意識を向けると


「うふふ♪私とずぅ〜といっしょに愛し合いましょうね。」


どす黒い感情がタンクの目から溢れていた。


………何かヘラってね?

病んでる瞳のまま戦士を見つめ続けているタンク。吐き気を抑えながら思案する。ふと、店主の言葉が目に浮かんできた。


『いくら嫌われていても問題ありません。この薬を使えば無問題!嫌われた分だけ好意を寄せられます。気になるあの子をゲットです!』


つまり、嫌われている分だけ好かれると言うことは…

病んでるほど好かれている=病んでるほどの嫌われていると言うことで……


…………俺、そんなに嫌われてたのか…。ちょっぴり涙がでた。


「あら〜?泣いちゃってどうかしましたか? ん〜?あ、わかりました。そうですよね、そろそろオムツ交換の時間ですもんね♪」


―――えっ!まって俺、オムツ履かされてんの!


衝撃の発言に逃避していた俺の意識が戻る。

そう言うや否や、タンクは俺のズボンへ手をのばす。いや、やめろやめろ。こっちに来んな近づくな。


「ん゛ん゛ーー!!」


いやいやと首を振りながら、拘束を振りほどこうと藻掻く。…びくともしない。


「はーい。じゃあぬぎぬぎしましょうねー♪」


戦士のズボンにタンクの手が掛かり、


「ん゛、ん゛ん゛ー!!(や、やめ…!!)」


ズボッ!と下に引きずり降ろされた。


「ん゛ん゛ん゛ん゛ーーー!!!!(いやあぁぁぁぁぁーーー!!!!)」


声にならない叫びは男の尊厳と共に深い闇へと溶けていった。



  ………………………………………



「本当にこっちであってるの?」

「うん!精霊(このこ)はこっちを指してる!」


私達は夜の街を走りながら探知魔法が示す場所へ突き進む。二人がいなくなってからかなりの時間が経過していた。


私達が買い物から戻った際に宿屋の店主から二人ともふらついたかと思うと妙な様子で何処かへ行ってしまった言うのだ。何かトラブルに巻き込まれたのかも知れないと。


追い出していたのが最悪の裏目になったのかも知れない。確かにあの一件はタンクさんの一言が引き金だが、「おいおい、目に糞がたまり過ぎだろ。いくらタンクとはいえ朝から堆肥に顔を突っ込んでくるなよな。」…流石にいいすぎである。


仕方なく両成敗と言うことで二人には反省と言う名の外出させていたのだが、まさかこんな事になるなんて…


「二人ともさっきは微かに動いていたけど今は。」


妹の声が悲痛に変わる。


「大丈夫、問題ないわ。あの二人だもの、何があっても…大丈夫。」


自分にも言い聞かせながら夜の暗闇を駆け抜けていった。


………


「そこの建物の部屋!」


ようやくついた。指されていた部屋の前にたどり着く。


「戦士さん! タンクさん!」


もはやなにも考えない。私は勢い良く扉を開け放った。ふたりとも…。


………


「あ……あっ…あうー………………」

「ふふふ、よちよちいい子ですねー。」


「…えっ?」


扉の先、その光景はなにが起こっているのか頭が理解してくれない。「うーわ…」とドン引きしている妹の声さえも耳から抜けていった。


虚ろな目で哺乳瓶を咥えている戦士さんと、慈愛に満ちた目で哺乳瓶を傾けているタンクさん。


野郎と野郎の赤ちゃんプレイ。


――地獄絵図である。


……頭が回らない。私が停止していると横から妹が魔法を唱えていた。


…『スリープ』


二人ともガクンっと睡魔に襲われて意識を手放した。倒れた二人を見ながら


「…もう面倒だったから眠らせたよ。」

「…うん、ありがとう。」


力なく返答するしかなかった。この度の問題これにて解決である。

……目を覚ましたタンクさんは何も覚えておらず、心が退行していた戦士さんも3日後に自我を取り戻したのだった。

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