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銀の魔法の杖  作者: はるのいづみ
9/24

夢が現実に!

なぎさの第一作目の小説が本になった。

それによって、現実がどんどん変わって来た!

なぎさの童話は小さなヒットになり、


「お小遣いは、もういらないから」と言って自分から断った。

学費も、自分で出せるほどになったし、大学へ行く時は自分のお金で行けたらいいなと思った。


とんかつ屋さんのご主人が七十才になるのを契機に、隠居すると言う。

ご主人は、桃代さんの料理の腕を見こんで、「とんかつ屋さんをやらないか?」と持ちかけた。もちろんみんな大喜びだった。


母さんは、郊外の大型スーパーの出店で、ちょうどリストラの嵐の中、長い間勤めたスーパーのパートをさっさと辞めた。


お爺ちゃんの年金とお母さんと、桃代さんと、なぎさの貯金を残らずつぎ込んで、お店を買った。


とんかつ屋さんのご主人は夫婦で、淡路島の医療施設つきマンションに移って行った。

引越しの日。梅の便りがきかれはじめ、春の足音が感じられた頃のことだ。


長年住み慣れた、せまい公団に、ぎっしり詰め込んで、体を横にしながら通った。部屋からは、自慢のコンピューター、薄型デジタルテレビが二つ。安っぽい食器棚、古いカラーボックスをはじめ、ダンボールの箱が72個、おびただしい量にのぼった。


前々から少しずつ、台所やお風呂トイレに磨きをかけ、汗だくになりながら、最後の掃除をした。

四トントラックがやって来ると係りの三人で、今までの住み家があっという間にからっぽになった。

こんな、小さな空間に五人の家族がよく生活していたよなあと、感心する。


「部屋って、荷物がなくなると、狭くなるんだね」

「今までありがとう」

なぎさの独り言だった。


「ほら、なぎさ行くわよ」

母さんが張り切って階段を登ってきて、部屋の忘れ物がないかチェックして、鍵を閉めた。


「オッケイで~す」


引越し屋さんがガチャンとトラックの後ろの扉を閉めた。


新しい住まいは商店街に近いにぎやかなところで、一階にとんかつ屋の店と厨房と、和室の六畳間。

二階は廊下に面して、部屋が三つある。

母さんの部屋が四畳半、姉貴の部屋が六畳。なぎさの部屋が九畳もあった。

なぎさの希望で鍵のかかる部屋にしてもらった。


庭も一坪(二畳)ほどあって、日当たりはそれほど良くないけど、杏珠のママさんにもらったハーブを地面に移しかえた。


お店は、カウンターとこじんまりしたテーブル席が四つ程。

おじいちゃんと桃代さんの結婚披露パーティーをした会場だった。


「これで、やっと人にコキ使われないで済むわ~」

母さんはしみじみと本音をもらす。


「やれやれ、この年で雇ってくれるとこなんかないと思っていたら、自分の料理を人様に食べていただけるなんて、ありがたいね~。しかもお金をもらって…」

桃代さんも張り切った。


お爺ちゃんのケイタイを借りて報告して来た。

引越しと合格祝いを兼ねて、ささやかにお店で、パーティーを開いた。


「合格おめでとう~」


桃代さんは、チラシ寿司を張り切って作ってくれた。


「イクラ、カニ、錦糸玉子、絹さや、ぎんなん、シイタケ、ニンジン、あげ、竹輪、穴子、レンコン、ごぼう、三つ葉、竹の子、刻みのり、サーモン、うわーっ、すご~い!」こんなに、二十種類も具のはいった豪華版は、生まれてはじめてだった。


「昔、ふるさとで子供の頃は秋祭に、こんなごちそうを母親が作ってくれた。もちろん、もっと素朴だけど、思い出の味になるんだよ。チラシ寿司を見ると、子供の頃を思い出すね。こういう味は、受け継いでもらいたね。

もっとも…、あらやだ、これも家族ができたから叶うんだね」

桃代さんが笑った。

桃代さんは江戸っ子かと思ったら、信州と教えてくれた。

信州って長野県? 長野県の方が、自然が多くていいのに…。と思う。


 

 なぎさも二年生になって、杏珠たちとまた同じクラスになった。

遥香が抜けた以外はかわらない。

先生は、同じく吉川先生。

いい先生だから、また引き続きでてよかった。


 桜の季節が過ぎて、毎日が楽しく過ぎて、ゴールデンウィークがまたまたやって来た。

 杏珠がまた伊豆高原の別荘に誘ってくれて、母さんが、今度はオッケイと言った。

姉貴は誘われなかった。

それと、光治君たちとも一緒に行くことは内緒にしておいた。

これは、姉貴が黙っててくれた。


黒い大きなスポーツバックに、歯磨きセット、パジャマ、着替え、帽子、日焼け止めクリーム(これは母さんが持っていけと言った)バインダー、ペン、おやつ、たくさんのお弁当を詰めて、明日はうんと早く出かける。  

         

桃代さんに、まだなぎさが寝ていたら、起こしてと頼んでおいた。


杏珠のパパさんの車が迎えに来て、まだ四時、みんなが眠っているうちに出発だ。 


「チョッと古いけど…」


杏珠のパパさんがカーペンターズの「トップ・オブザ・ワールド」をかけた。

風になびく広い草原の中にいるみたいな気持ちのいいメロデーだった。


なぎさと杏珠が際限なく、おしゃべりをして「もう、熱海だ」と言った時には、

「えっ、もう~」と二人とも叫んだぐらいだ。


「海よっ、海~」


なぎさが二度夢の中で見た、デジャブー海から突き出た岬、その山々の上に、点在する家。


やっぱり、このあたりの風景と同じだった。山の上の方に競って建てられている家。

「こんな感じだった。見た風景って」

「ほら、ママ、なぎさが夢で来たところと似てるって!」

「まぁー」

そして、また話し込んだ。


光治君とパパの車は、それは、それは静かだったそうだ。

山々の間に、一つだけ変わった山が見えた。明るいグリー

ンで、帽子のような形をしている。


「あの、山は大室山と言って、毎年二月に山焼きをするんだって。

だから木が一本も生えてない。あの緑は、全部ススキなんだ」

パパさんが説明した。


「私んちの別荘も、あの山の近くなの、あの火山が噴火して、溶岩が海岸の方まで流れて高台ができたの、それが、伊豆高原。だから夏、ちょっと涼しいのよ」


 今度は、杏珠が説明してくれた。

別荘に行ってみると、庭は草ボウボウ、窓はしっかり砂ボコリが積もっていた。


「じゃあ、女性軍は買出し。男性軍は掃除」

杏珠のママさんが号令をかけた。


 スーパーで、アメリカ人みたいにカートに食料をいっぱい積み込むと、ものすごくリッチな気分になった。

女性が買い物をしてストレスを解消する気持ちがよくわかる。

店員からは、大得意様みたいに極上の扱いを受けた気がするし、とにかく気分が良い。

着いたその夜は、バーベキューだ。

骨付きカルビ、トウモロコシ、タン塩、さんまの干物、エビ、ピーマン、ニンジン、シイタケ、ジャガバタ、焼きおにぎり、煙にむせながら、蚊にさされながら…大騒ぎだ。


「三日食べてない、みたいに食うな!」


「あなた、あなたこそトウモロコシは一人一本までだからね」

みんな大笑いだ。


 なぎさは、思った。『ああやっぱり、あの魔法の杖は本物だ』と。 

 次の日は光治君のお父さん抜きで、大室山に行った。

ここまで来たのに、締め切り間際の仕事があるそうだ。


「じゃあ、家で描いていた方が良かったのに」


「気分転換なんだ」


それでは、仕方がない。その他はそっと、家を出た。

リフトに乗って、上まで登ると、ふもととは全く違う強風にあおられながら、かみの毛が、吹き飛ばされてしかめっ面、パパさんや女性たちの、笑える最悪の写真が撮れた。


晴れると、富士山が崇高な姿を現す。

まだまだ林に点在する外国みたいな家々、ゴルフ場、田んぼまである。ミニチュアの国を上から覗いているようだ。 


 杏珠がニコニコしながら近づいてきた。

「ねえ、なぎさの本の第二弾、もちろん出すんだよね~」


「え、ああ」

考えてなかったと言ったらウソになる。


「いいアィデアが浮かんだらね」


「ふふ、期待しているわよ」


 太陽に反射する海の上の輝く道。

これを忘れまいと思った。こんな言葉が浮かんだ。

『光あるうち、光の道を歩め』


三日目は、河津桜で有名な、河津のバラ園を見学した。

山の一角を開いて、芝を敷いて、フランスのバガディル公園をそっくり再現して、色んな種類のバラを集めている。

つるバラ、オールドローズ、地面を這うように広がるバラ、一重の素朴なバラ、女の人の白粉の匂いの様な香りの高いバラ、牡丹くらい大きなバラや、深紅、白、オレンジ、ピンク、名前も凝っていて面白い。『プリンセス・ミチコ』、『ブルームーン』、『ウェールズオブプリンセルダイアナ』とかが、庭園の造りが凝っていてしゃれていた。


 オランジェリーという体育館ぐらい大きな建物があった。

これは、ヨーロッパの特権階級の印だ。寒い地方だからオレンジはあこがれの、温かい土地の象徴。

夏場は鉢植えにして、冬場はオレンジの鉢を大きな建物の中にしまう。

『ウチにはオランジェリーがあるのよ』といえは、お金持ちという証拠だ。


「じゃあ、北海道の人が、うちには、みかんの鉢植えの温室があるのよ! って言うのと同じなんだ」

杏珠が面白そうに言った。


 「イギリスには…」

杏珠のパパさんが語りだした。

杏珠がまた始まったという顔をした。


「王立のキュー植物園があって、大きな栗の木や、ヒイラギの高木の並木があった。

昔、『プランツ・ハンター』なる者が命をかけて熱帯の植物、珍しい植物を採取したんだ。凝った造りの温室があって、入ってみたんだ。

で、ヒョウタンとか、バナナ、極楽鳥花とか、今じゃ珍しくも無いんだよな、ハハッハハ」

杏珠のパパさんは、話を盛り上げといて落とす。

自己完結型で自分が受けていた。


「アジサイとか、ツツジとかは、日本から入って、向こうで品種改良されて、逆輸入。

でもね、アジサイにあんまり花が付きすぎるのもね、あれ、鎌倉のお寺の庭に咲いている分には良いけど、一輪挿しにして部屋の中に挿してみたら、何か風情がないのよね、笑っちゃうわよ」


 杏珠のママさんも負けじとしゃべる。

西洋人は花が大きくて、八重で、色が鮮やかなのが好みらしい。


「アジサイを、海外に紹介したのは、シーボルト、妻のお滝さんの名前をつけてね、なんたらオタクサって学名がついてる」


「シーボルト?」


「そうよ、なぎさちゃんも、大人になったら、日本のガクアジサイの良さが、わかる日が来るわよ」


「ごめんね、二人ともひけらかして、うるさかった?」

杏珠はあれが親の難点なのよ~こっそり打ち明けてくれた。

なぎさは、よってたかって教えてくれるなんて、嬉しいのにと思った。


「過保護すぎると、大変なのよ」

杏珠が言った。


 杏珠は杏珠なりに、親離れの時期を向かえようとしているのかも知れない。

でも、なぎさのように、物心ついた時にはいなかったよりはずっといい…。 


 夜は、立ち寄り湯へいった。

伊豆半島は静岡県の中でも温泉が集中している。

杏珠のパパと光治君のパパはこの夜したたかに、酔っていた。

世界は一握りの大金持ちに牛耳られていて、庶民はまるで奴隷に聞こえた。


「また、始まった~」

杏珠は言って、レンタルCDをみんなで見ていた。



 次の日は、大室山のふもとにある、『桜の里』でピクニックをした。

バトミントンや、バレーボ―ルを持っていって、夕方に市内の


銭湯に入った。たったの『二百円』これも天然温泉百%のかけ流しだった。湯水のごとく使うって意味が、これならわかる気がした。


「さて、汗を流した後は、シメといこう!」

みんな、それなりの、洋服に着替えて、高級そうなステーキハウスにはいった。


「田舎だから、緊張しなくていいよ」


それでも、なぎさは、こういうおしゃれな店に物怖じしないで入っていく杏珠を見て、『お嬢様と貧乏娘』の差をしみじみと感じた。


「慣れだよ、慣れ、気にしなくていいよ」


 遊び放題も飽きる頃、なぎさが本を書いて頑張った、『ごほうびの旅』から埼玉に帰って来た。 


 


いつか夢の中で見た、別荘。

それは、少し違う形で叶った。

お金持ちの波動?

今まで感じたことのない、心から満ち足りた幸福で安心な気持ちでいっぱいになった。

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