図書館でびっくり!
母さんはシングルマザーだった。
結婚する時、お爺ちゃんに縁を切られたから
頼らずに頑張っていた。
そのお爺ちゃんがまさかの…!
次の日、なぎさは図書館で、旅行の本を探していた。
旅の本が大好きだった。まだ見ぬ世界、海外にあこがれる。
なぎさが物心ついて、クレヨンで家中の壁やふすまに落書きをやりだしてあわてた母さんが、壁に仮止めでカレンダーをはった。
カナダの紅葉とか、ギリシャの海と白い家々、イギリスの田舎の風景、フランスのニースの海岸、北欧の巨大なクリスマスツリーとかを、なぎさは飽きないでいつまでも見ていたと母さんから聞かされていた。
いつか外国で永住したい。
しがらみのない世界に。
これが心底のなぎさの夢である。
(あっつ!来た)
さっそく、オナラが来そうだ。
旅行の本を見るのはやめにしてなるべくさりげなく、料理の本のコーナーに行った。
「糖尿病の食事? これでいいや」
それらしい本を四冊選んで、貸し出しの手続きをしてトイレに行った。
本のインクの匂いらしいけど、本屋でもそうなる。
お通じが良くなるのだ。
これは内緒だけど、トイレが汚かったら、掃除をした。
「♪トイレの神様」という曲が流行ってどこのトイレもきれいになっていた。
鏡を見ながら、手をぼんやり洗う。
「丸い顔は父親に似ているらしい。本好きは母親似だ。今は全然自分の時間がない母さん。父さんは、食堂をやりたいと言ったが、父さんの両親が許さなかったらしい。料理は、父さんの唯一の特技だったという。夢破れたからってグレたの? 」
突然、姉貴が飛び込んで来た。
「なぎさ! 大変ョ! こっちへ来て」
他人のフリじゃなかったっけ?
とつい、ジェスチャーでする。
「それどころじゃない! 私は見ちゃったんだから!」
なぎさの腕を掴んで、ズンズン図書館の中へ引っ張って行く。
大変なのは、どうやら窓の外らしい。
「ほら、こっち。あれ見て!」
姉貴が外を指差した。
「ええぇ~!」
なぎさは図書館の中であることを忘れて叫んでしまった。
「シィーッ!」
姉貴がなぎさの口を慌ててふさいで、しゃがみこんだ。
図書館中のみんなが振り向いた。
お爺ちゃんだった。
それも駐輪場で、誰か知らないお婆ちゃんと大ゲンカしている!
知らない人が見たら、老夫婦の珍しいケンカと思うだろう。
でも、完璧他人同士が、しかも家の外でやるなんて!
しかも、相手のお婆ちゃんは泣いている。
「今日は、もう帰ろう。勉強どころじゃないわ」
姉貴の決断は早い。
あわてて付いて行く、いつもと反対の出口からソッと出た。
「待って!お茶しよう。考えを整理しなきゃ!」
コンビニの小さな喫茶コーナーで、ミルクティーを頼んだ。
もちろん割り勘だ。
「あれは、いったい何!」
となぎさ。
「老いらくの恋?泣くほどの…」
と姉貴。
お爺ちゃんは恋をしていたのか。
「お爺ちゃんは叔父夫婦と何かで…もめたんだ」
姉貴は息を飲んだ。
「だから、自分の家を追い出された!」
同時に叫んだ。
お互いを指差したまま動かなかった。
…一分経過。
「変だよ変!なぜお婆ちゃんが、泣いてるわけ? ケンカしてるわけ? 」と姉貴。
「?????????????」
「母さんに知らせた方がいい」
いくら母さんの親だからって、私たちが先に住んでいるんだから、
『どうしてお爺ちゃんが来ることになったのか』
何にも説明しないなんて、おかしいし、お爺ちゃん虫が良過ぎる。
とうとう姉貴が母さんに聞くことにした。
その夜、全員が集まって、母さんが説明してくれた。
「つまりこうよ、お爺ちゃんが定年になってすぐお婆ちゃんが死んでしまった。七年間も本当に淋しかったそうよ。生きているうちに旅行に連れてったり、もっと優しく接すれば良かった。ずっと後悔していたの」
お爺ちゃんは、さっきから黙っている。
「そんな時、パソコン教室で知り合った人と、まさしく老いらくの恋に落ちた。女性の方は、きっちりと結婚を望んでいる。でも、同居している長男夫婦に猛反対された。
『結婚する気なら、財産を放棄して欲しい』と言われた。
その場で名義変更をして、すっかり明け渡して来たそうよ」
(でも…うまく行かなかったんだよね)
母さんはそれを、知らない。
「おじさん家って、なんかすざましいね」
姉貴は母さんに言った。
「昔の御爺ちゃんもああだったのよ。私の結婚の時も、情け容赦しなかったわ」
と母さんが言った。
「わしらの育て方が、間違っていたんじゃ」
お爺ちゃんはしょんぼりしている。
「兄さんの性格は生まれつきよ」
と母さん。
母さんは、恋をして勘当され、その母さんの親も恋によって家を出て行く。
本当、人生って不思議だ。
「正美、あの時のことは本当にすまんかった。許してくれ。血も涙も無いやつとはわしのことだ。こんなわしを受け入れてくれてありがとう…」
言葉にならなくて、涙ポロポロのお爺ちゃん。
母さんも、もらい泣きしていた。
「もう、いいんですよ。お父さん。小さいときから兄さんばっかり自慢で、私はずっとだめな子で、この年になってようやく私を認めてくれて、嬉しいの。昔より、今のお父さんのほうがずっと好き。そのうち、ガールフレンドを紹介してくださいな」
母さんの人生に勝利したみたいな満面の笑顔と、お爺ちゃんもわびたかった気持ちを言い終えて、幸せそうな顔をした。
なぎさは、びっくりした。
母さんて、こんなに人間が大きい人だったんだ。
「じゃあ、もう寝ようか」
子供たちはあっけにとられて、その夜の集会は、お開きになった。
その夜、ふとんの中で、姉貴がツンツンとなぎさをつっついた。
「お爺ちゃん、きっと何か隠しているよ」
「…」
「あれは、ただのケンカじゃない、はっきり言わなかったけど、ありゃ破局だね。きっと!」
姉貴は確信を持って言った。
姉貴の勘はすご過ぎる。
もしそうなら、お爺ちゃんかわいそう。
もし、なぎさが失恋したら…なぎさは姉貴のエジキにされそうだ。
(コワ~)
なぎさは想像して布団の中で震えていた。
さすがの姉貴も図書館の駐輪場で、お爺ちゃんのケンカを目撃したことは、母さん言えないでいた。
お爺ちゃんは、シルバー人材に登録していた。
でもなかなか決まらない。
意地になって毎日図書館で時間を過ごす。
そのうち、元気を取り戻して行った。
お爺ちゃんはもう、嫌な整髪料の匂いはしなくなった。
◇ ◇
まぎさの居場所がますます無くなちゃった。
どうなる? これから…。