表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の魔法の杖  作者: はるのいづみ
3/24

お爺ちゃんがやって来た

姉貴から、お爺ちゃんの噂は聞いていた。

寄り道したのは、一人で会いたくなかったから。

だから、不思議なお婆さんに出会ったわけだけど…。

お爺ちゃんって、どんな人だろう?


なぎさが学校から帰ると、玄関に大きな黒い革靴があった。


それに、男物の整髪料のイヤな匂いがプーンとしている。


「今日、とうとうお爺ちゃんが来たんだ」


母さんもいた。

今日は休みを貰えたので、母さんが夕食を並べたのだ。

大きなパーティー寿司に、刺身、お惣菜コーナーのサラダ、キャベツの千切りのてんこ盛り、鳥の唐あげ、プロセスチーズ、お爺ちゃんの好きな缶ビールがでんと並べてあった。


お爺ちゃんは笑わない。口がへの字だ。

空気が何か、固っ苦しい。

しかめっ面をして、プカリプカリタバコを吸っている。

思いっきり臭い。

たとえて言うと、『お花畑に踏み込んだ軍隊』だ。


お爺ちゃんはタバコを消すと、買って並べただけの料理にやっと気づいた。

そう、うちは母さんが働いている。

専業主婦のようには行かない。

居候なんだから…文句の言える立場ではない。

それにしてもなぜここへ?


「何、ボヤッとしてるのなぎさ、お爺ちゃんにお酒でもつぎなさい」

母さんが突然言った。


そんな時、いつもなぎさに突っ込みを入れる。

お酒? ビールしか見当たらない。

つぐってどうやって? 


「まあどうぞ、どうぞ」

すっと手が伸びて、姉貴が缶ビールをプシュと開けて、グラスについだ。

泡がいっぱいに盛り上がった。

なんだ、お酒ってビールじゃん。


姉貴はニコニコしている。

こんな時、姉貴は世渡りがうまいと思う。


「いやありがとう、自分でつぐよ、美里ちゃん。世話になるねえ、なぎさちゃんに正美、どうか…よろしくお願いします」

お爺ちゃんは、突然崩れて頭を深々とさげた。


「まぁ、お父さん…」

母さんは目を見張った。

お爺ちゃんは昔と、すいぶん変わってしまったらしい。


その夜のことだった。


ウガガガァ~ 

ウゴゴゴゥ~ 

ウガガガァ~


「うわぁ、な、何あれ!」姉貴ががばっと飛び起きた。

「イビキでしょ、お爺ちゃんの」

母さんは知っていた。


「う…そ…」

その夜はもう大変だった。

立て付けの悪いふすまを閉めても聞こえて来る。

あんな、往復大イビキの人間がこの世の中にいるなんて信じられない。おかげでみんな、一晩中眠れない。


「女ばかりの家にお爺ちゃんが来るなんて、とんだ不協和音だわ、まったく。受験に響かなきゃいいけど…」


 姉貴は歌うように言う。

これは内心怒っている証拠だ。


「お爺ちゃんが来たら、朝一に図書館へ行って、そこで一日中いる!」


と息巻いてた姉貴は、イビキのせいで、案の定いつものように寝坊だった。


「あれ!お爺ちゃんは?」

姉貴は部屋の空気でいないとわかるのだ。


「散歩だって、夕方帰るそうよ!」

母さんも、寝坊だ。

バタバタ朝ごはんを飲み込んで、出かけていった。

遅れをとった姉貴は迷ったあげくに、「やっぱ、図書館に行く」と言って、出かけた。

 


さて一人、なぎさはぽつねんと残されて、コーヒー牛乳を、レンジで暖めた。

「クロワッサンに、カフェ・オレだい」

テレビを消して、FMラジオをつけると、バッハの『トッカーターとフーガ』が流れた。


「♪チャララ~鼻から牛乳」

クロワッサンをパクつきながら歌った。


「♪一人っきりの部屋で~、こんな素敵な時間はな~い あぁぁぁん」

曲も作っちゃう。


本当にこれは、嵐の前の静けさだった。


◇◇



例年より二週間も早い桜の花が、満開の季節になっても、お爺ちゃんの散歩はずっと続いた。

パソコン教室へ通っているらしい。


ウガガガァ~ 

ウゴゴゴゥ~ 

ウガガガァ~


相変わらずの大イビキも、整髪料の匂いも、みんな少しは、慣れてきた。


「聞いた話だけど、慣れてくるとあの音が、なくては、眠れないって言う人もいるんだって…」と母さん。


「きゃ~!慣れたくない慣れたくない」

姉貴と母さんは友だちみたいに笑い合う。


「信じられな~い。じゃあ、行って来る」

姉貴も相変わらず、図書館へ通っていた。

そして、なんか変な空気も相変わらずだった。


男性が一人いるだけで、着替える時が意外と大変だった。

お爺ちゃんが来てから、缶ビールのゴミがどんどんたまる。

それまでは、缶のゴミはツナ缶ぐらいしかなかった。

それから、お爺ちゃんが『大』をした後のトイレは強烈で、とても入れたもんじゃない。


「肥溜めの匂いってこんななの?」

姉貴は、母さんに聞く。


「不ウンだと思ってあきらめて…」

と母さんがトイレ用の消臭スプレーを買って来た。


母さんは、なぎさをこっそり呼んで手に千円札をにぎらせた。


「もう、中学だしね、お爺ちゃんの分も晩ご飯作るの頼むわね。今月からお小遣い千円アップの四千円。お爺ちゃんを大事にしてあげてね、お願いね」

これは買収だ。


母さんのそういうところは、わからない。

本当は、お爺ちゃんに対して、恨みがあったんじゃないのと思う。

人間だもの。でも許すなんて、すごい!

それに母さんは、お爺ちゃんが来てから、どういうわけかピリピリしなくなった。

家にもう一人いるのって、全然違うんだって。母さんが言う。


なぎさは、最近ハンバーグに凝っていた。


テレビ番組でやっていた通りにやると、これがなかなかいける。

干シイタケを刻んでいれるのだ。


波多野家では、狂牛病問題が発生してからミンチは豚肉だけになった。


「とうとう、ウチの食卓からは、牛肉は消えたわね~」

姉貴が芝居口調で、しんみりと言った。


「四足は食うなって言うでしょ、昔の人は。本当は食べなくてもいいのよ」

「何それ、よつあし?」

「あっ、何となくわかった、牛や、豚…」


なぎさは本好きであるから、料理の本もつい読み込んでしまう。

自然と、姉貴より雑学になる。

空想してぼ~として、内向的だ。


その点、姉貴はなぎさと違って根っから外交的で、美人だった。

勝気な性格は母親似だ。


夢は「女子アナ!」というぐらいだから、狭き門だ。

今の受験モードが一年近く続くのは誰だって苦痛だ。


『ダメだったら、コメディアン』

と最近、弱音を吐いている。


『ウチは貧乏だから』が口癖の母さんは、ムダなお金は使わない。

何か困った時のために取っておく。

なぎさもしっかり、染みついていた。


 新しい本は、勇気を出して本屋の立ち読み、小使いでは本は買わない。

本棚もない。ありきたりの本は図書館に行く。

読む本がなくなるとなぎさは落ち着かない。


「姉貴、もうガマンできない、図書館に明日いっていい?『他人のフリ』をするからさ」


「そうね、『あんたは本が無くては生きていけない人』

だからジャマしないならいいよ」


そこまで、聞くと母さんは、気になる。

「なんで、他人のフリなわけ? 美里」

「だってさ~こちら様はね、シ~ンとしている図書館で、歩きながらプウプウプウオナラするんですのョ。それも毎回!恥ずかしくって、なぎさは、お爺ちゃん似だよね」


母さんは、少し笑った。

お爺ちゃんは歩きながらオナラをする。

でも、あの匂いと一緒にして欲しくない。

そこへ、ウワサのお爺ちゃんが帰ってきた。


「お帰ぇんなさ~い」とみんなが揃って言った。

さっきまでの賑やかさは、消えてシィーンとなってしまう。


「ただいま」

お爺ちゃんは、なんだか元気がなさそうだった。

テーブルの上のハンバーグを見た。

「今日は何だか、食欲がわかないから、よしとくよ…」

せっかくの自信作も食べずに、四畳半の部屋に入った。


「ハンバーグってやっぱり、お年よりの口に合わないのかしらね」

母さんは、ぽつんとつぶやいた。


何だ、そうなのか。

明日、図書館で『老人食』か何か探そう、なぎさはそう思った。



女性ばかりの生活にお爺ちゃんがやって来ると、

やっぱり生活しづらい。

一人の人間って、色んな影響を及ぼすのだと知る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ