和解
姉貴から助けてくれのメッセージ。
家に入れてもいいかなと思ったのに、
いつにも増して、刺々しい姉貴の言葉、
何で入れちゃんたんだろう、後悔するばかり。
姉貴から、真夜中に珍しく電話がかかってきた。
「今晩、そっちに泊まりに来てもいい?」
何かすねたような声だ、よっぽどの事が何か、あったんだ。
「こんな時間に? いい…けど」
嫌な予感がした。
時計を見ると十二時だった。
商店街に来てから近くはなった。
姉貴がやって来た。
「母さんが、手~付けられない状態。ストライキを起こした」
という。
「で、どんな様子?」
「酒飲んでさ~。くだまいてさ。あんたたちの生まれる時は~って親爺の悪口から始まって、澤井さんの悪口、おじいちゃんの悪口、おじさんの悪口、当然…私やなぎさもいたお陰で、自分の幸せ後回しにした。自分ほど自己を犠牲にした人間は、いないのに」
「どうして、幸せになれないのか」
「そう~。どうして自分だけ、貧乏くじを引く羽目になるのか?神様なんかいない」
「とうとう、姉貴にも言ったの?」
「面と向かって、あんたがお腹の中に入る頃、父親は自分だけステーキを外で食って、請求書だけ、家に寄こしたんだ。心の底から、この男を軽蔑したね~。あんたが生まれたら、少しは良くなるかと、期待したけど、変わらなかった」
中を見据えてなぎさを、向いた。
「私はまだ、いいわよ。…なぎさなんか、産むのをやめようかと思ったって。身を粉にして働いても、親を見捨てるんなら産まなきゃよかったって言っているよ。ひどい母親でしょ?」
「つまり堕胎」
「ひどいよね、思っていても、親からは聞きたくなかったセリフ。一生私忘れないんだから。それをいうなら、こっちだって、もっといい親の元に生まれたかったよね。もっと、金持ちで、子供に優しい~親」
「姉貴はこんな、こというためにわざわざ来たんだ。私が傷つくところ見たいんだ、姉貴は、いつもそうだね。自分はこんなに傷つくのが嫌なのに、妹は傷ついてもいいと思っているんだから…基本的には母さんと同じDNAが流れているんだね」
「なぎさ、だってそうじゃん。あのロクデナシと同じ血が流れているのよ、母さんに昔よく言われていたよね、父親とそっくりだって。ロクデナシとロクでも無い母親との間にできた子だよ」
「それは、お互い様でしょう。同じ遺伝でもスイッチがあって、その中でもいいのだけ受け取っているって私は思う。私は姉貴とは違うもん、八つ当たりしないで! 出て行って! 二度と来るな!」
なぎさは、姉貴を力いっぱい押し出して、ドアの所まで行って、締め出した。姉貴は、酔っているので力なく、なぎさでも動かせた。
悲しみではなく、怒りが込み上げてきた。
「いつだって私を傷つける、自分がされて嫌なこと、人にするな! 最低!」
聞きたくない。もめごとは、一晩頭を冷やせばいいのよ。今はそんなに寒くない。
なぎさは、もう、母親や、姉に向かってひどい言葉を投げつけたことで、後悔なんかしないと思った。私は人に愛され、友人に囲まれ、十分に幸せなのだから。
酔っ払って自分を失うほどにならなければ、本当の気持ちが言えないなんて、カッコ悪い。これを、言っちゃあ、お終いだよって言葉を、母さんは言ってしまう。
なぎさがあの場にいたら、作家になっていても、なぎさに当たっていたかもしれない。
当たる人がいないから、姉貴にとばっちりが来たのだろう。
母さんは器が大きいんじゃなく、器が小さかったのだ。
いつも、無理をしていたんだ。
ストレス抱えて、だから、幼い時ずっと、なぎさに意地悪なことをいっていた。
なぎさは小さい時、母さんとの暮らしが世界の全てだったから、わからなかった。
姉貴も『これを、いうと相手が傷つく』から、自分の胸の内だけに納めて置く事ができない。
思いやりは桃代さんが誰よりもある。
母さんを育てた、おじいちゃんや、おばあちゃんだって、勉強のできる長男を猫かわいがりして、妹には、冷たかったみたい。
母さんは、親に好かれたかったんだ。
でも、家が居心地悪かったから、早くあの家出たかったんだ。
早く、結婚してしまった。
母さんは、父さんを愛していたのだろうか?
母さんは、自分を愛してくれる人が、ほしかっただけじゃないのか。
父さんは、子供たちは愛した…と信じたい。
なぎさの覚えている父さんは、なぎさを可愛がってくれた。
母さんはひどい男だとしか言わないけれど。
ただ、ひとつ言えることは、なぎさの『料理を作るのが好きなこと』は父似だ。
母さんや、姉貴にはない。
母さんは『自分の不幸はみんな人のせい』にするところ、ぜんぜん気が付いてない。
自分が選んだ人生なのに。
ただ、運に見放されただけのこと。
姉貴は、高校生だけど、缶チューハイを少し飲んでいた。
「ジュースみたいで、飲みやすい」
と言っているし、店にいくらでもある。
気が大きくなって本音が出たんだ。
なぎさだって、ウソ発見器にかければ本音が、出て来るだろう。
何が出てくるのか恐ろしい。
さっきの姉貴の目は怯えで、荒んでいた。
忘れられない目をしていた。
なぎさも、眠れなかった。
「こんなふうに、居場所をなくした子供達が、夜中にうろついて、事件に巻き込まれていったりする…」と思う。
「でも、それはなぎさの家族から出したのじゃ、いけないよね」
なぎさは、上着を着て探しに行かなければと思った。
でも、体は重くて向えに行く気力もなかった。
自分がこんなにボロボロなのにどうして人が救えるのだろう。
いじめっ子の心理。
なぎさが小学校の時、よくいじめられた。
相手は風間さんか
らだった。勝ち誇ったように…リボンの付いたおしゃれなドレスを着ていた。
「どうして、体操服黄色いの?」
「…」
「貧乏な家の子は、買えないからだって」
みんな、新学期は真っ白い体操服を着ていた。
なぎさのは、姉貴のお下がりだった。
洗濯を何回もして、縮んで黄ばんでいた。
大勢で体操していると、一人だけ気後れするような色だった。
「どうして、姉妹なのに、名字が違うの?」
「知らない」
離婚して、姉貴だけ手続きをして、母親の姓に変わったのに、なぎさの苗字はしばらく違っていた。
子供だから、疑問に思ったことは、素直に聞くことはある。
でも、多くの場合そこの家族が言っていることを、そのまま子供が口にするのだ。
ただ、風間さんは、学校で意地悪をしても、家では大人しいと聞いたことがあった。
担任の先生が、あなたの家のお父さんは、どんなお仕事をしていますか? と、生徒に席の順番にしゃべらせた。
「いません」
たったその一言が、最初の方に当たっていたら、簡単に言えたのに、「八百屋さん」「サラリーマン」「銀行員」
ずい分後になったから、立ったまま、涙声でいえなかった。
小学二年ぐらいだろうか?
母さんとその先生は家同志、仲が悪いらしい。
子供は、大事にされてない子供のことを敏感に感じ取る。
先生がそうなら、生徒も真似をする。
手も足も伸ばせないで縮こまっている。
なぎさがあの頃を思い出すとき、みじめさに襲われる。
何を糧に生きていたかといえば、本や、想像力だ。父親がいつか迎えに来てくれることや、本気でシンデレラの中に入って行けた。
いい子にしているのに、イジメられる『シンデレラ』であって、決してオイタをした悪い子であっても許されるセンダックの『怪獣たちのいるところ』ではない。
陽子に出会わなかったら…まだ、みじめなまんまかもしれない。
なぎさは部屋の隅で毛布に包まって座っていた。いつの間にかそのまま寝てしまった。
朝になって、なぎさは、姉貴を探しに行った。
姉貴は、24時間営業のファミレスにいた。
「とにかく、帰ろう」
なぎさが甘~いココアを入れると、何年振りかで、二人でお茶して飲んだ。
姉貴は、ベッドにもぐりこみ、昼過ぎまでこんこんと眠った。
自分の命が、どれだけ大切なのかという自分を肯定する気持ちがあって。
はじめて、他人を大切にすることが出来る。
目を覚ました時に、姉貴が、紙とペンを探して書いた言葉だ。
「なぎさ、変わったね。ちゃんと自分を守れるようになった」
姉貴は再生した。生まれ変わった。
姉貴は優しい人になった。
「たった一杯のココアが、人生を変える事だってあるのよ」と言った。
なぎさは、ゆうべ、ひどいことを言われたのをしっかり覚えていたし、まだ、姉貴を恨んでいたし、今までの姉貴を知っていたから信用できなかった。
けど、姉貴の晴れ晴れとした、笑顔を見て信じていいかなと思った。
「姉貴はおじさんにお金を貸すことに、反対してくれていたから。あれは、店の方が大事だったからと言えば、それまでだけど、母さんより、なぎさの味方をしてくれた」
ふいになぎさの口がしゃべっていた。
「姉貴、一緒に住む? もし良かったらだけど」
「ありがとう、なぎさ~」
姉貴は本当に、うれしそうに抱きついてきた。
姉貴なりに、遠慮があったのだ。
姉貴もまた、自分を大切にできないでいた。強いものに巻かれろで、母親の顔色をうかがって生きていたらしかった。子供は天国に一番近いから、何が正しいか本能的に知っていた。だけど、強いものに迎合するうちに自分を見失っていた…らしい。
「なぎさも、ずいぶんと自分を虐げていたことになるのよ。だけど、出会ったのよ。心から信頼のできる親友に。存在を大切に思ってくれる人々に。いいよね。羨ましいよ」
「そうよ、私の宝ものだよ」
「それに、私も宝ものだったんだよ、今までは、大事にしてなかったけど」
それは、銀の杖があらわれて示してくれたように。
なぎさ丸ごと宝物だよって、時空を超えて教えに来てくれたんだと。
「まるで、子供の共和国だね」
「大人の、被害から守る」
「まあ、子供だから、勉強しようね」
「ハイハイ」
いじめられっ子って多いと思います。
だけど、なぜ、どうしてやられるの?
どうしたらいいの?
渦の中にいる時には、解決方法がまったく見えない。
たった一つ、自分を大切に思ってあげてください。
自分で自分をイジメないで、自分の好きなことを見つけて、
なりふり構わず生きてください。
見つけてください、あなたの『銀の魔法の杖』を!!