銀の杖の由来
ノコのママこと、ルーンさんの癒しの施術のお蔭で、銀の杖の思いのエネルギーが伝わって来た。
杖には、はるか以前の、人の思いが詰まっていた。
出版記念パーテーは、都内の『ペン会館』という名の、小さな建物の一室で行われた。
立食パーテーで、大勢の大人が立ったまま集まる。
光治君のパパはノコのママにたくさんの友達を紹介されていた。
『友達の輪』がこういう風にして広がるのだ。
映画でよく見るシーンだ。
お香の匂い、テーブルの上に置かれたフラワーアレンジメント、トロピカルなフルーツ、今まで見たこともないオードブルや、一口サイズのテリーヌや、生ハム、チキンのから揚げ、ロールキャベツ、サンドイッチ、お寿司、プチケーキやプチパイも色取りどりだ。
自分のお皿に取って、好きなだけ食べられる。
紅茶や、デミタスカップに入った、エスプレッソコーヒーもあった。
金の屏風をバックに、何枚か集合写真も撮った。
ビデオも撮ってる人もカメラのフラッシュも何度も浴びた。
ノコのママの知り合いも個性的で、バリの楽団をバックに、ダンスチームも踊った。
なぎさたちも、余興で「大きな古時計」を合唱した。
「披露宴の様なものね、二人は明日、バリに旅立つんだもの」
「二人だけの、結婚式をするんだって」
「光治君、もう引越しは済んだの?」
「まだ、アトリエはそのまま使えるから、ノコが引越しするのは、無理はしないで、ママが行ったり、来りするらしい」
「ノコの名字は変わるんでしょ?」
「澤井典子、よろしく~」
「ノコは何回名前変わったの?」
「これで、三回目だよ」
「じゃあ、大人になってノコが結婚したら、また変わるのか~」
「うん、めんどくさいから、養子もらおうかな~」
「光治君と結婚したら、変わらなくて済むかも」
「なぎさに、殺されるよ~」
「でも、なぎさのママと結婚していたとしたら、なぎさが、『澤井なぎさ』になっていたのかもね」
「でも、それはあり得ない。冷静に考えると、母さんと光治君のパパとは、合わないと思うもん」
「子供は、見てるもんね~」
「ねぇ、どの辺が合わないと思うの?」
「う~ん、母さんといると落ち着かないというか」
「安らげないんだ」
「ひどく言えば、そうなんだよね~。傷つく。で、光治君のパパといるとこんなに安らげるものなんだ~ってびっくりしていた」
杏樹が聞いた。
「じゃあ、私の家はどんなだった?」
「杏樹の家は、幸せ感でいっぱいになった」
「ふふ、オーバーな~」
「ううん、ずっといるから、わからないんだよ。杏樹が私んち、初めて来たとき、どうだった? びっくりして、同情していたでしょう?」
「ふふふ、なぎさの作文見たかったし、なぎさの作った、チャイおいしかったし、なぎさ頑張っているって、応援したくなっちゃった」
「なかなか、できることではないと思うよ。杏樹、私だったら、助けたかな~」
「たまたま、助けられたのかも」
なぎさは、目に涙が見る見る溜まって、口をゆがめて泣けてきた。
「なぎさ、最近泣き虫~」
「でもね、家じゃ、泣けなかったの~。トイレの中入って、鍵閉めてさ~」
女の子の何人かも、もらい泣きした。
目のあたりが熱くなって…。
「泣かせてあげて、うれし涙だから」
杏樹は、よしよしと肩を叩いた。
「親の悪口っていうと人格、否定されちゃうけど…現に、親に暴力受けたり、せっかんで、死んでいたりするのも事実だもんね」
「親が大人になりきれてないっていうか~」
「子が親を殺したりしてね、親を恨んでいたとか。お金の貸し借りでもめたとか」
「私達の時代って、大変だよね~」
「日本の未来は暗いなぁ。仕事あるのかな」
「いい話ししよう、いい話」
「今度、ノコのママが会いましょうって言っていたよ。会場は、澤井邸にするか、なぎさのマンションにするか、旧浅川邸にするかだけど」
みんな、楽しみにしていた。
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ノコのママは、ルーン浅川という。
モチロン偽名だ。本当の名前は、澤井風子。
「ふうこって読むのよ。誰もが、かぜこって言っていたけど」
にっこりと微笑んだ。
「いらっしゃい」
なぎさは、トコトコと近寄った。親しみやすい柔らかな雰囲気の人は、気取りがなくて、普通の人に見える。でもしばらくいると、すごさがわかる。
なぎさがソファーに横たわると、耳の辺りを両手で包んだ。頭が温かくなってきて、次の瞬間はもう、寝入ってしまった。
そして、ある夢を見た。
大勢の大衆の中で、なぎさはある人を待っていた。
台座に乗った『王女様』金色の衣装に身を包み、民衆がお祝いの花を投げる中、ゆっくりと進んで行った。
お祝いのパレードだ。
近隣の国々から、高価な贈り物や、道化やサーカスが披露された。王様もお妃様も優しい人間で、領地は良く肥えて作物も立派に稔った。
誕生日には国民が祝ってくれ、沢山のプレゼントも届いた。
その中には、見事なバラの銀細工のスプーンもあった。
国一番の銀細工師の作。
不幸という意味さえ知らなかった。
ある時、初めて涙を知った。
領地の外れまで散歩に行くと、泣いている少女がいた。
小さな痩せている少女だ。
なぜ泣いているのかと聞くと、両親が病気で、お金もなく、こうやって水を汲み、他所の家の手伝いをしているが、それでもお腹がすいて辛いのだという。
幼い弟や妹のために働かねばならず、とても生活が立ち行かないのだ。
「じゃあ、お城で働くといいわ。家に賃金もはらいましょう」
ところが、生活は楽になり、粗末だが清潔な服を着て働くようになったが、その少女には、生まれつき左半分に顔に大きなアザがあって、目立つのだ。
王女さまのお世話をするにつけ、自分の醜さが悩みの種となった。
優しい王女様は、白粉をつけさせ、紅を塗って見て、鏡を覗かせた。
「ほら、全く気にならないでしょ?」
何年も、真面目に働き、食事もちゃんととるようになって、背格好は王女と同じくらいになった。
「ドレスも着てみなさいな」
「いいんですか?」
「かまやしないわ、どうせ暗いからばれないし」
そして、今晩だけのお姫様に変身して、夜の庭に出て優雅にステップを踏んだ。ダンスは見ていて覚えてしまった。
木々の陰まで来たとたん、手を口でふさがれ連れ去られた。賊が姫を誘拐して、身代金をせしめようとして。何日か前から様子をうかがっていたのだ。
「姫を誘拐した。身代金をよこせ」
だが、城の中は、何事もなかった。
「たちの悪い冗談だ。そんな人とは付き合うまいぞ、こんりんざい」と決めただけ。
王女はいつもと変わりなく、元気でいる。
ただ、召使いがドレスを盗んで消えただけ。
いつか、返しに来てくれる、その時まで黙っていてあげましょう」
王女は、何も言わなかった。
代わりの召使いもドレスもそれこそ唸るほどある。
王も妃も、王女に何も言わなかった。
だからかわいそうな、召使いの話も知らないままに…。
それから、何年も過ぎ、王女が婿を迎えることになった。
人々は花びらを撒き、大好きな王女様のお姿を一目見ようと大勢の国民が詰め掛けた。婚礼の儀の前に、大々的なパレードが行われた。
王女は、結婚の記念にと、お気に入りのバラの銀食器を百二十セット、何から何まで買い揃えた。
銀職人には、沢山のお金が支払われ暮らしがぐんと豊になった。
幸せの王女は子供にも恵まれ、何人も立派に成長した。
長い年月が流れ、王は、ご病気になった時、初めて悲しみを覚えた。
ベッドの中で王は、思い出した話をした。
「昔、そういえば、王女を誘拐したから身代金をよこせという、イタズラがあったな。でも王女は元気に走りまわっとるし、城の中は平和そのものだった。
あの時は、心臓が縮む思いがしたよ…」
王女はびっくりして、昔、あの王女のドレスを着たまま召使いが、あれっきり姿を現さなかったことを、告げた。
王女は、自分が幸せなのは、誰かの犠牲によって支えられていたことに気がついた。
「でも、私には何ができるのだろうか?」
それからの、課題となった。
バラの花をあしらった細工の銀職人は有名になり過ぎ、手広く商売をする商人の目に止まり、遠くからでも仕事の話しが舞い込んで来た。
忙しすぎてかえって、幼なじみの恋人とは離ればなれ、デートの約束の時間さえ、急な仕事が入って働らかなければならない。
ついに親の欲もからんで、大きな街へ引っ越して、それっきり。
娘は泣いて、泣いてあきらめた。
銀職人は、大きな港の近くにある、貿易商のお抱え職人に、細かいバラの花びらの一枚一枚を、ていねいにくっつけ、本物の花に近づけた。
炎も高温過ぎると銀が溶け出してしまう。
銀職人は神経を使い果たした。
ただ空しく時は過ぎ、繁栄した商人の娘と結婚した。
仕事に没頭し、しだいに心を失った。
何回か、昔の仲間が訪ねて来てくれる。
「良かった、有名になって、威張って口もきいてくれないかと思ったよ」
「そんなことはないよ。腕は落ちたし、目も疲れたよ。故郷がなつかしいよ」
友人は、昔の恋人がそれなりに幸せに暮らしている事を教えてくれた。
銀職人は『魔法の杖』を、あの娘に、渡たしてもらうか考えたが、とうとう託さなかった。
娘が、今が幸せならば、そっとして置いた方がいい。
『魔法の杖』は銀職人が最後まで、手放さなかった作品だった。
その家も代が変わって没落して、『魔法の杖』も売りに出された。
当時の人間は、死に絶え『魔法の杖』の果たされなかった、
残念な想いだけが、時空を越えて、いつまでも消えなかったのだ。
だが、いつの時代でも大金持ちの目に止まる。
どんな大金持ちでも、何代か変わると、必ず没落して手放さなければならなくなった。
だが、新しい主人も、どうしても欲しくなって、オークションで手に入れてしまうのだ。
『魔法の杖』はいつまで経っても安住の場所を見いだせなくて、さまよっていた。
そうやって、何千年の月日が過ぎた。
目を覚まして、起き上がると、ノコのママからハーブティーをごちそうになった。
「どう、落ち着いた?」
「はい、すっきりしました」
「うちの娘なんかは、エジプトかどっかのシャーマンだったらしくて、絶叫して大変だったの、『神殿が崩れる!』って泣いちゃって、泣いちゃって。昔のことなのにね。もう時効だよってなぐさめて」
「ノコらしいな、シャーマンか」
「今は、その能力ないみたいだけどね。そうとう好きね。不思議なこと」
「なぎさちゃんは、ずい分、落ち着いていたけど、何シーンかもう思い出して、心当たりあったんじゃない?」
「まあ、そうなんですけど、誰か尊い人がが、前を通るのを、大勢で見物している感じがあった、その理由がやっと分かりました。やたら、結婚式が多いのも…人間っていつまで経っても本質は、進歩しないんですね。未だに、繰り返し、繰り返しやらかしているんですね。
知っていたことを、思い出すきっかけが、現実の世界に続々と登場して来る」
「そうね、『チベットの死者の書』なんかでも、死んでいかに誘惑にひっかからないかってね、私なんか、お祭りの夜店の前を通り抜ける時、いかにたこ焼きや、リンゴ飴の前に、立ち止まらないかっていうイメージね」
「ふーん。興味示さないのが、正解なわけ?」
「そうなのよ。よっぽど、どの味もみんな経験し倒して、こりごりって所まで来た人が、通り過ぎるんじゃない?まあ、あと一時間ぐらいはボーとして体を休めるのがいいわ」
ノコのママは、隣の部屋に行こうとした。
「ルーンさん?」
「え?」
「人間が死んで体が跡形も無くなるというのは、ありえるんですか?」
しばらく黙っていたけれどやがて、話し出した。
「チベットの、世界ではありえるわね。高僧になると、自分はいついつに死ぬと予言しといて、テントの内側から、縫い付けてしばらくすると、髪とか爪とか以外は消えているとか。野生のカラスは死骸を残さないとか。
私もこの目で、聖人であろう人の姿が透き通って一瞬消えたのを目撃した事がある。
よっぽど魂が純粋な人ね。
でも、一般の人に言っても信じないから言わないでよ。人間に絡むと、犬も複雑な病気になるわね。野生の動物は、病気になると、食べないで土に穴掘って、うずくまっている。それで、病気が治るの。座敷犬なんか持っての他よ!秘境の温泉なんかも、猿とか、鷹とか野生の動物が見つけて入っているのを、人間が利用しているのが多いのよ。
人間は、大切な何かを忘れてしまったみたいね」
「いろんな人の胸の奥の『心の琴線に触れる』そんな作品を作って行きたい…です。そしたら人間の大切な何かを思い出すかもしれない」
「う…ん。それは大人でも難しいわねぇ」
突然、なぎさは話題を変えた。
「ルーンさん、UFOは見たことあるんですか?」
子供らしい興味になって、ノコのママは、笑い出した。
「らしいのは、見たことある。でも人には言わない。じゃね」
なぎさはあの王女が誰なのか、わかった。
人の魂を救いたいと思ったから、今そういう道を歩いている。
美へのあこがれの強かった左側のほおにアザがあった少女も。だんだん他人のようになる母さんとの関係も、お金がやたら絡むことも、なぜか結婚式に縁があり、あの頃から、職人仲間と深く付き合いがあり、友情に支えられていたことも。
なぎさはもう二度と、同じ間違いをしでかさないように、決意して生まれてきたのだ。
ノコの友達だからって、日をおいて、一人ずつ、特別にカウンセリングをしてくれたのだ。中にはまったく教えてくれない子もいた。
見えない世界の微細なエネルギーが、何よりも大切なことが思い出されてきた。
それは、愛の詰まった贈り物だった。