女社長
白亜の豪邸
テレビの番組でしか見たことがない。
そんな世界が身近にあるとは。
中学校の休み明けはダレ切っていた。
こんな時は、授業モードにならないで、ちょっとした事件が起こった。
「私の、ケイタイが無い」
と言い出した子がいた。浅川典子だ。
「でも、ケイタイは学校で禁止になっているはずでしょ」
風間さんだ。
「でも、禁止になっていようが、私の生活には欠かせないアイテムなの、親と子の絆だよ」
「お宅の母さん何やってんの?」
「フィリピンにいる」
「うそつき」
まるっきり でまかせに聞こえた。
「どう思おうが、あんたにまかせるよ。このご時世で、そんな、規則の方がおかしいよ。ぜい沢品じゃなくって必需品だよ、それとも風間さん、化粧ポーチの方が必需品なのかしら?」
「ポーチは、規則違反に書いてないわよ」
その一言がしっかり、先生も耳まで聞こえた。
吉川先生が真顔になり、クラスがざわついた。
風間さんが、口のオレンジ系のリップを塗っているのは、クラスの女の子も知っていた。だからといって、先生に告げ口する度胸のある子はいなかった。
見て見ぬ振りだ、告げ口したのがばれたら、クラス中から無視され、仲間はずれになるかもしれない。
大人社会もお金持ちに取り巻きが群がるけど、親が金持ちの子供も同様だ、何か特典でもつくのだろうか。
その日のホームルームは、女の副担任が、持ち物検査で、風間さんの化粧ポーチは、没収された。そして、ケイタイ電話は、家庭の事情を考慮して、持っていてもよくなった。
ただし、授業中は、電源切って、先生が一時預かる話しも出たが、先生がそのまま忘れる事もあり生徒に任せる事になった。
浅川さんの、ケイタイは一週間後、プールの水底で発見された。もう使えない。
万理がなぎさに目配せしてきた。
杏珠と可奈にも、目で合図を送ると、一人抜け二人抜けでトイレに集合する。
みんなに聞かれたくない秘密の相談をする時はそうすることにしている。
そして、誰もいないか、個室を確認する。
「オッケイ~誰もいないみたい」
四人集まったところで、万理が切り出した。
「ねえ、どう思う?なぎさ~」
「何が?」
「ケイタイの犯人!」
「やっぱり、風間さん?」
「そう、でも実行犯はたぶん、とり巻きの高井さん。
風間さんずっと教室でしゃべっていたから、プールまで行けないし…」
「なんで、万理が知ってるの? 浅川さんの自作自演じゃないかっていう子もいるよ」
「自分でやって、何のメリットがあるっつうの?」
「目立ちたいとか?先生に注目されたいとか?」
「じゃなくって、高井さん、風間さんのパシリやらされているでしょ、言う事聞かないとひどい目に合わすとかいって、『ケイタイ隠せ』って脅かされていたの私、聞いちゃった~トイレで」
「見たわけじゃないけどね、顔だせないじゃん。でも風間さんの声で、『高井さんっ!』てしかるみたいに…」
「なんだ、万理の得意のタロットカードで、当てたのかと思った」
「そんな、占いで犯人断定できないよ」
「じゃあ、万理、自分で当たらないって、白状したのと同じじゃない」
「ハイ、その通りです」
「でもかわいそうだね、高井さん。最近、だんだんびくびくして無くない?」
杏珠は高井さんが特に気になるみたいだ。
「ねえ、高井さんたち仲間に入れようか、どう思う?なぎさ」
「う~ん、浅川さんなら、いいんじゃない? 高井さんはごめんだわ。
いつか、裏切られそうで」
なぎさは人を見てしまう。
「浅川さんは、なんか生意気そうだね。何か言われているって訳じゃないけど、みんな半径三m誰も寄り付かない。
浅川さん、誰にも話しかけないしね、一人で生きていけます、って顔で」
杏珠は、あくまで浅川さんじゃなく、高井さんをいれたがった。
でもなぎさは違う。
「ううん、一本筋通ってるし、私は好きだな」
「なぎさが、そういうんなら浅川さんかな。私は賛成、どう可奈は?」
「いいんじゃない? 浅川さん、ちょっと浮いてるだけだよ、きっと」
「浅川さん、またモメるよ、トラブル起きたらどうするの」
「大丈夫だと思うよ」
杏珠はまだ、高井さんを気にしてた。
三対一の多数決で、浅川さんを仲間に入れることになった。
「じゃあ話しかけて見る?」
「そうだよね、でも強くプッシュしたんだから、なぎさがやれば~」
杏珠はさりげなくなぎさに言った。
「それも、そうだね」
「なぎさ、ジョーダンだってば」
杏珠が言った。
そして、またバラバラに教室に帰った。
次の日、なぎさは浅川さんに、声をかけるつもりだった。
「おい、波多野」
男子生徒の、広川くんが、なぎさに声かけた。
「お前んち、豚カツ屋か?商店街の…」
「うん『とん平』だけど、それが、どうかしたの?」
「昨日、お前んちで、家族で豚カツ食ったら、うんと待たされたあげく、外が焦げ過ぎ、中がまだピンクだったぜ」
「え?」
「オレは全部食ったけど、母ちゃんが、ブーブー言ってた。『誰が作ってんの?』ってさ」
「桃代さんのはずだけど、二十年学校給食作ってた。六十代のお婆ちゃん」
「なんか、四十代のおばさんがバタバタでてきてさ~」
なぎさは、血の気が引いた。母さんが作ったのだろうか?
「母さんだったら、料理ダメだけど…」
「やっぱりな、なんか変だと思ったよ」
広川君は、納得して引き上げた。
母さんの料理出すぐらいだったら、なぎさがやった方がマシだ。
どうしよう、おじいちゃんが言ってた『のれんに傷がつく』だ。
振り向くと、なぎさのグループが浅川さんを見るからに、取り囲んでいた。
「ねぇ、あん時お母さんフィリピンっていったけど、何してる人?」
万理が浅川さんに、話しかけている。
「今、インド。ツアーで海外旅行に行っているだけだよ」
相変わらず、リラックスしている。
なぎさは、今から会話に入っていけなかった。
「な~んだ」
「風間さんのお母さんだって、エステサロンでアーユールベーダの研究で、ゴマ油のマッサージでインドへ行くじゃん。
家族だからって全部知ってるわけじゃ、ないじゃん」
浅川典子は、きっぱりいった。
杏珠が、びびり、風間さんが、こっちをジロッとにらんだ。
風間さんの場合、お母さんが忙し過ぎて、子供ほったらかしで、別に暮らしているから、同じ言葉でも意味合いが違う。
政治家じゃないけど、少数派だろうと人数が揃えば、恐くないのだ。
シカトもイジメも影響を受けなくて済む。
でも、これじゃあ、対立グループになってしまうじゃないか。
浅川典子は、引っ越す前は、ノコって呼ばれていたそうだ。で、そのままノコとなった。
「近々、ノコの歓迎会を、『とん平』でやらない? うち豚カツ屋さんなんだけど、お店の改装したいから、モニターになってもらって、いいアイデァ出して欲しいって、モチロン母さんのおごりだよ」
なぎさの、申し出にみんなが喜んだ。
ホームルームの時間、担任の吉川先生が、黒板に大きくこう書いた。
九月の文化祭の出し物
「今日は、ホームルームの時間だが、一つ提案をしたい。
みんなも知っている通り、『あの家の庭先で』は、このクラスの波多野なぎさ君の童話だ」
知らない人はいないらしい。
「え~」
という声もチラホラ上がった。
「まっ、ぶっちゃけた話…九月の文化祭で、みんなでこの、芝居をするっていうのはどうだろうか?」
「わ~賛成!」
ウムを言わさず、一発で決まった。
「波多野、じゃあ脚本書いてくれ」
「はい」
条件反射とは恐ろしい。なぎさは即答してしまった。
「学級委員の芳岡、みんなで衣装の係り、大道具小道具、監督、照明、効果音、それに俳優も決めてくれ!」
パンと手を叩くと、先生は後ろに引っ込んで、クラス委員が前に出てきた。
なぎさは、脚本をやらなきゃいけなくなったショックで何も考えられなくなった。
「何か、質問は?ありますか?」
「あの~締め切りは?いつまでに書けばいいですか?」
なぎさが手を上げて、クラス中が爆笑した。
まるで、プロの作家だからだ。
「九月の二十日から、逆算して、六月の頭ぐらいか、衣装や、裏方の人もよろしく!
間に合うように、ではおしまい。原作を教室に二冊置くからみんなも、読んどけよ」
「は~い」
なぎさは、本屋に走った。
そんな本は学校の図書館でも公営の図書館でも、見たことはなかった。
『シナリオ入門』を一冊買ってみた。
果たしてなぎさに、できるのだろうか?
「脚本を書かなけりゃ~。資料を読まなくちゃ~」
焦る気持ちが出てくるけど、家では、一人いい思いをしたので、ガマン、ガマン。
学校の帰り、『女の子の意見調査』として、お爺ちゃんの結婚式のとき、集まったメンバーにノコが加わってで夕食会を開いた。
「なぎさ、進んでる~脚本」
杏珠が、気にしてくれる。
「まだまだ、これから資料先に読まないと」
「カセットデッキある?」
「うん、古いのだったら」
「今、持ってきて」
「うん、わかった」
「ねえ、黒猫はどうすんの?」
「かぶり物かぶる?」
「キャッツみたいに?」
劇団四季がやっている定番だ。
「さあ、キャッツってポスターしか、見たことないし~」
なぎさは、劇場でやる芝居を一度は観たいものだと思う。
「バレエやっている子で、しなやかに動ける子が踊るのがいいよね」
「ミュージカル?」
「いいねえ、黒のスパッツはいて、しっぽつけて、こう」
万理が、しなっしなっと歩いてみせる。
でも、なぎさが、原作書いているのになぎさのクループ全員が裏方だ。
大道具にナレーション、うちらって地味なんかしらね?」
「だって、ほら、主役の風間さんってお母さん有名なエステサロンの社長だよ。
年商三億円!」
「うひゃ~」
「衣装なんて、出るだび変えてもいいぐらい、お金かけられるもんね」
「お母さんが、田園調布で白亜の豪邸建てていて、仕事で忙しいから、実家のお婆ちゃんの所に預けられているって、もうじき引っ越すとは言っているけどね」
「そうだ、なぎさが夢に出た!」
可奈はいつも、夢をメモっている。
可奈に言わせると、『夢と漫画って突拍子もない所が似ている』と言うのだ。
『不思議の国のアリス』の、さし絵を描いたのは、漫画家だったから、描けたのだという。
「起きて、メモを見てなぎさの名前があったの!」
「ど、どんな夢?」
みんなが、注目した。
「キーワードは、『高級な肘掛けイス』と、長い塀に囲まれて樹木がいっぱい植わっている『白亜の豪邸』。なぎさがその家の中にはいっていったの…真っ暗の中」
「…」
なぎさの真剣な表情に、みんなが黙った。
「白亜の豪邸って?どんなの」
白い四角い、ちょっと不気味な感じの建物だった。夜だったからね」
「可奈!その家って、風間さんのお母さんの豪邸だったりして?」
なぎさは、夜その家に忍びこんで、お宝を確認しに行く自分を想像してしまった。
「なぎさ、どうしたの?これはあくまでも、夢だよ」
「うん、もちろんそうだよ。ごめん脚本の事考えてた」
「なぎさも、大変ね~」
なぎさは、みんなのアイディア出しを録音した。
後は、絵が浮かぶようにして書き起こすだけ。ハァ~。助かった!
「みんな、ありがとう」
なぎさは、おじいちゃんのパソコンを『習ったから』と借りて、何日か、真剣に取り組んで、シナリオを完成させた。
芝居の準備は、トントンと進んでいく、『ウタカタノ森』のメンバーはポスターカラーを大量に買ってきて、アメリカ西部の家を発泡スチロールのパネルに描いたり、草原を作ったり、地道に日々をこなして行った。
衣装はほとんど、ジーンズだから、各自用意状態だ。
「ねえ、いくら忙しい女社長でも…学園祭には来るよね。
たった一人の娘がお芝居で出るんだもの」
「どんな、人だろうね。見たいよね」
「きっと、魔女だよ」
みんな、笑いのツボが同じだったから、お腹を抱えて五分間ぐらい笑った。
『ウタカタノ森』のメンバーは準備段階で仕事が終わって、客席から見守ることができた。監督も生徒だし、受けもまずまずといったところだ。
なぎさたちは、グループで見学していた。
すると、舞台じゃなく、客席のほうの、異変に気づいた。杏珠が、ひじを突いて、合図した。
振り向くと、“カリスマ性”のある女性がいた。
風間さんのお母さんの女社長だ。
“まるで空気が違う”周りの人がどうしてもそこだけ、スポットライトが当たっているみたいに、目が行ってしまう。
美人で華があって気品さえ漂う。
とてもなぎさと同い年の子供がいる女性には見えないくらい若く見えた。
「ねぇねぇ、そこだけ空気が違う!」
“ステキな人!” みんなは、ため息をついた。
クラスのお芝居が終わって、振り向くと女社長は、いつのまにか、姿を消していた。
なぎさは、ただものじゃないと思った。し
かも、あのお婆さんと同じような『魔法の匂い』がしていた。
光治君の家に電話をかけるのは、なるべく控えていた。
なぜかっていうと、光治君のお父さんが『イラストの仕事』の催促の電話だと思って、焦ってしまうから心臓に悪いらしい。
今度のことで、意を決っして電話をかけた。
「もしもし、澤井です」
光治君の、お父さんだった。
明るい声だ。
でもヒマな時は、うんと引き止めるから、家の外で、待ち合わせした。
『例の、お婆さんのところに二人で行こう』ということになった。
なぎさは、方向オンチだから、お婆さんの、
あの家へ行く道がわからないといけない。
「あれ?」
「ここだったよね」
袋小路に、突き当りの広い空き地。
この前は、喫茶店があって、ドアがあった。ほんの三カ月で無くなっていた。
『野球の試合が二つできる程』の広い空き地なのに、通路が狭いためにダンプカーも通れない。
背の低いワイルドフラワーが、風になびいているだけだった。
普通、講演の鼻は、取ってはいけませんと言われているけど、この花は、好きに摘んでいい。
「お婆さん、どこにいったのかしらね」
「近所に、人に当たってみようか?」
「でも、光治君も、杏珠も“ご近所の人”だよね?」
「ぜんぜん、こっちだと地区がちがうもの。それに、この辺は、昔から住宅地だったけど、ぼくんちは、新興住宅地だよ、昔のね。
ぼくの母さんが、夜家に帰っていて、いつまでも後をつけてくる人がいるって走って逃げたら、ハス向かいのおじさんだったって。でも、笑えないだろ?」
光治君は、原っぱに座り込んだ。
「うん、でも今はもっと笑えない。
子供が、一人で歩けなくなったもんね。夜は塾行っているのが多いのに」
なぎさも、座った。
少し、トンボがスイスイ飛んでいる。今年の夏は冷夏が続いた。
ヨーロッパでも猛暑で、何人もが死んでいた。普通、夏はしのぎ易くてエヤコンはいらないから、備えがないのだ。中国では大洪水。カナダで森林火災。
「光治君?このトンボどこで、育っているんだろうね」
「どこかの、誰かが、ビオトープでも…」
見上げると、あのお婆さんがベランダから身を乗り出してこっちを見ていたのだった。
二人は、びっくりして飛び上がった。
「やあ、お二人さん、また、来たんかいな?」
お婆さんは、にこにこしていた。
なぎさたちは、指示に従ってお婆さんのマンションの入り口にたどり着いた。
あの広場には面しているけど、ぐるりと大回りしなければ入れない。
着いた先は近くのマンションの九階、最上階を一人で住んでいる。
部屋を見渡した。部屋も広いけどベランダも思いっきり広い。
なぎさの『とん平』の敷地全部ぐらいがベランダだ。
屋上緑化で、一面土を敷いてあって、トマトやきゅうり、インゲンなんかがなっている。桜の木も植わっている。大きな水がめがあって、きっとビオトープだ。
部屋は、集会所に使えそうな広い畳敷き、フローリング、あとは寝室だろうか。
パソコンが目立っていた。
「もしかして、インターネット?」
光治君が聞いた。
「そうじゃ、じゃが、自分はやらん、若いもんが、来てやりよる」
なぎさは、姉貴の言葉を思い出した。
「もしかして、グリーンジャック?」
「はいな!」
へぇええ~。驚いて言葉も出ない。
「私は、昔ジュエリーデザイナーやっとった。
見栄えのする、いいデザインやったで、お金もうけた。
でも、田舎に引っ込んで、土地をいっぱい買った。
農家が、減反になるとやせた土地を手放して、私はどんどん買った。
この辺も住宅街になってしもうた。あの土地も手放して売ろうと、思うたが、高こうなりすぎて、売れん。とうとう市に寄付したわ。条件付でな」
「ナショナルトラスト?」
「そう、手を加えんこと。ピーターラビットの作者のビアトリクス・ポターみたいにな。放っておいたら、面白いで~いつか森になりよる」
「このマンションは、すぐ隣の建てもんや、ぐるりと回ったけどな、…これでわかったかいな?」
なぎさは、自分が人を見る目がないとこを痛感した。
初めは、ちょっとおかしくなった人かと思ったのだ。
水玉もようのスカートはおしゃれだと思ったけど。
なら、あの『魔法の杖』もお婆さんのデザインかもしれなかった。
「じゃが、あの『魔法の杖』はうんと古いもんや」
「うっ」
お婆さんに、なぎさの心はすっかり見透かされていた。
「あの、花の種は?」
「イギリス人の知り合いに、送ってもらった。最初はな、今はもちろんちゃんと市販されてる」
「いつぐらいからなの?」
なぎさは、半年前に、姉貴に言われるまで気がつかなかった。
「最初は、ひとりで、レンゲソウを蒔いていた。そのうち見つかって、子供に手伝ってもらった。菜の花、ポピー、十年になるかいな。
お金も十分ある、子供は大きゅうなって、手がかからん。
好奇心だけは人一倍。なぎさちゃん、あんたもなぁ」
窓から、広い空が見渡せた。
光治君となぎさは、ベランダに出て歩きまわった。風が気持ちいい。
「さて、私は好奇心が、大きゅうて、変なものに出会ってしもうた。
通販や、骨董品、芸術品、魂が欲しいというもん全てを、お金はある、これでも見る目はある。欲がないわけでもないけど、そう悪いことせんでも、やってこれた」
ピーピーケトルが、鳴って、お婆さんは紅茶を入れてくれた。うんと高そうな黄色い天使柄のティーカップがあった。杏珠が欲しいだろうなと思った。
「なかでも、中国四千年の古い占いはトリコになった。原理は簡単。コインを六回振ってみる。表が出るか裏がでるか、それだけじゃ。計算式は、コンピューターにやらせとる。プログラムにするんは、若いもんに頼んどる。そいつが、データをコピーしたみたいやな。ズバリと当たるし、先を読める。
神さんみたいに正直に答えを出す。
悪用すれば大変なことになるけど、今のところ、それはない。今のうちだけは…」
「じゃあ、お婆さんと犯人の両方で、しのぎ合い?をやってるとか」
光治君は、『魔法の杖』が消えた訳がわかった。
「占いにそう出とる。なぎさちゃん、あんたにも大体の見当はついたやろう」
うん、なぎさはうなずいた。
「ほな、言うてみい?」
「友だちに、夢をメモっている子がいて、わたしの夢を見たというの。
キーワードが。『高級な肘掛けイス』『白亜の豪邸』に、夜忍び込むっぽいんだけど…私は、そんな度胸ないし。きっと警備会社に防犯カメラで撮られて、すぐ警察に通報が行くよね。
それと、この前の文化祭で、クラスの子で風間さんが芝居をしたの。
その子が、強引に主演になって、その子のお母さんが日本でも有名なエステサロンの会社の女社長で、白亜の豪邸に住んでいるらしくて、芝居を見に来てたけど、すっごいの“オーラー”というか、“カリスマ性”というか、『魔法の匂い』がするの」
「また黙ってた」
光治君が言ってくれなかったと、すねた。
「まあ、その人もなぎさちゃんの事に気がついただろうな」
「やっぱり、私どうすればいい?」
お婆さんは、可笑しそうに笑った。
「さっきから、自分で言っとるじゃろうに」
「…」
なぎさは、下を向いて黙った。これじゃあ、相談しに来た意味がない。
「一つだけ、言えることは、友達をみんなここに連れてみなはれ? 新しい友達も、光治君も紹介してナ」
「でも、どこまで、『魔法の杖』の話をしていいのかな? 信じてくれるかな?」
お婆さんは、少しムッとしたような声でいい返した。
「言って、バカにするような子がいるかな? あんさんが、秘密主義なのをみんな感じているんじゃ、わからんかな」
なぎさは、言葉を失った。
そうだ、みんな揃いもそろって、不思議大好き少女ばっかりだった。
なぎさが、困った時はいつも助けてくれた。
この前だって、芝居のシナリオを先生に言われたときも、ピンチをしのげたのも、みんなのお陰だった。
それを、みんななぎさの手柄のようになって…怒りもしない。
みんなを信用していないなぎさだった。
『グリーンジャック』
最初にこの言葉を言った、姉貴はどうなんだろう?『魔法の杖』を勝手に見たって、ケンカしてあれから、ちゃんと話をしていない。
「今度、みんなを連れて来て、そして、みんな話してみます」
そう、約束した。
クラスの中は、テレビの話題でもちきりだった。
『豪邸訪問』の特別番組で風間さんのお母さんの家がテレビで紹介されたのだ。
お父さんは副社長。
玄関は十畳ぐらいの大理石で市松模様に違う色を敷き詰めて、ベルサイユ宮殿の中にあるような調度品が、置かれている。
予想したとおり、肘掛付きのイスもあり、可奈の見た夢は、百パーセント、なぎさがあの家に行ったと、物語っていた。
何のことはない、みんなで風間さんにゴマをすり、取り入って、 “あのテレビで見た”風間さんの『白亜の豪邸』に押しかけたのである。
一ヶ月を要した。ノコも参加した。
「ゴマすり~」
風間さんの取り巻き連中から、嫌みをいわれた。
その人たちを差し置いて、なぎさ達が一番乗りだからだ。
わたしたちの言動って、やっぱりバレバレ? これも『魔法の杖』探しのため、みんなには気苦労させてしまう。
「文化祭の芝居見るより、面白いじゃん」
とは、ノコのセリフだ。
「なぎさが、童話の第二弾をぜひにと頼まれていて~、どうしてもアイデァが浮かばないから、ファンタジーの参考にしたいって」
と杏珠が言ったセリフが効いたらしい。
「本当に、ベルサイユ宮殿を真似て、プチ鏡の間を作ってみたんだって?」
風間さんは、アントワネット気分で、家の隅々を紹介してくれた。
「ママに許可を得てだけどね」と言ったけど。
「内緒でだけどね…」に聞こえた。
でも、『魔法の杖』がガラスの陳列ケースにあるわけでもなく、ありかはわからなかった。
「どう?なぎさ」
「ううん、ない」
目で、合図する。
それどころか、なぎさはどうも、ここが苦手だった。前のこの家のオーナーは、有名なホテル王で、社員から、失脚させられた。
家の中は、いたたまれなかったけど、温室や、庭は大好きだった。
なぎさはここで、たたずんだ。
天使の白い像があって、小さな噴水がある。
「なんだ、ここにいたの? なぎさ」
「ああ、杏珠ごめんね、なんだかあまり高級すぎて、居てられない…貧乏性なんだね」
杏珠は笑った。
「私もよ! 成金趣味だわ、みんなも陰で、そういっている。
社交辞令…みんなでやれば怖くない!ってさ」
「なんだ、そうか」
ホッとした。
「ここには、ないみたい」
「さっき女社長が、見えられて、肌みたけど、さっすがっ! 肌すべすべ、つやつや。
すごいお手入れしているって感じ! 若返りの薬作っているって感じだった」
「そうか! 杏珠、それって工場にあるんだ。ここにはない!」
「なるほど! じゃあ、居てもしょうがないから帰ろうか」
「うん!」
みんなは女社長の風間ゆりさんとクラスの飛鳥さんに丁寧にお礼をいって、ゾロゾロとファーストフードの店に入った。光治君も呼んだ。
「始めまして~」
なぎさが、光治君の家に通って料理をしていた時、みんなはさんざんかばってくれた。
会うのは初めてだ。
「この人が、うわさの光治君なんだ~」
にこやかに笑っている。
「あのね、そん時にクラスで、なぎさなんて言われてたと思う?あだ名!」
「知らない。なんて?」
「おばさんだって! 買い物袋下げて商店街を歩いてるから…」
「おばさんか~」
なぎさは、知らなかった。
あの時は、必死になってイラスト描いてた! あの時がなければ、今のとんかつ屋の暮らしはない。
女社長は、確かになぎさをじっと観察していた。
あの、お婆ちゃんと同じで見透かされている。
なぎさは、想像力で、鉛のエプロンをつけた。
つまり、電磁波でも放射線でも通さないようにブロックしたのだ。
彼女は笑っていた。
「秘密の成分!」
「あの、評判のオリジナル化粧品。その製造ラインに多分、関係してたりするよ! 工場は、長野県のアルプスの天然水使ってるとか」
「工場までは、遠くて行けないね」
話を聞いた光治君が、あきれた。
「女の人は、美というのにそこまで命をかけるんだ」
「でも、若返るということは、健康もよくなるってことだよね。もし仮に、病気の人も治ったり、不治の病の人だって!…良くなるとすれば?」
光治君も、このことの重大性に気づいた。もしも、その不思議な成分を使っていれば、お母さんだって、元気になれたかもしれない! となるとすごい。
「例えば、考えられるのは、電磁波をブロックしたり、活性酸素を吸収して、無害にする性質を持った商品だよね…」
「粧水とか乳液、栄養クリーム、美白効果…シワ伸ばし、とにかくいくらでも作れる」
「シワ伸ばしは無理でしょう?」
「ううん、今本当に出ている、うちの母さん使っている」
「うそ~」
「ねえ、なぎさお金を惜しまず、いっぱいその成分のお風呂に浸かったとすると、若返るとか。お婆さんが、不思議な水を飲みすぎて、赤ちゃんになったりしてっていう中国のおとぎ話あったよね?」
両刃の刃という言葉があるけど、限りなく望みがエスカレートすれば、副作用とまではいかないまでも、害がある。
そう思うと怖くなる。
これは冗談っぽく言った。境目が無い。
「もし、『魔法の杖』が淡々と作るようであれば、それはありだよね」
「今のところ、少なくてもいいことに使われているみたいだし、これだけの人を雇って、これだけの会社を築いて来た人だもの」
なぎさが取り戻してもなんの意味があるのだろう。
「まだ、悪用はされないみたいだし、どうやって取り戻せるの? そっとしときましよう」杏珠がいった。
「すると、なぎさから、盗んだらただの、ドロボウだけど、女社長のところから盗んだら『産業スパイ』な訳だ」
それを、聞いて光治君がしゃべった。
「じゃあ、アメリカのCIAなんかが盗みに来て、新兵器として使えば、国家プロジェクトで、取り戻せば、わたしたちは国際テロリスト?」
仮定の話しはどんどん飛躍していく。
ノコが笑いながらいった。
「でも、一番怖いシナリオとして、ありえる」
「指輪物語のフロドの苦労が忍ばれる~」
「たかが指輪が、壮大な物語となったわけだ。人間の欲望って、大変ね」
「なぎさ、やっぱり真剣に取り返すことを考えたほうがいいよね。方法は見つかりそうにないけど…」
「『魔法の杖』が意志を持っていて、本当の持ち主以外から逃れたがっているとしたら、持っている人にも被害が及ぶし、下手な人に渡れば悪用される。持ち主がずっと持って風化するまで」
「うん」
なぎさがいうと、みんなが、うなずいた。
「ひとつ、聞いていい?その『魔法の杖』があったから、童話が書けたの?」
いつになく、ノコが真剣に聞く。
「うん、家の中にあった時に書けた。
確かに、押入れの奥に、箱に入れて、リボンかけて…」
「どういう風に?」
「長方形の箱に十字にかけて、一度姉貴に見られたみたい。で、光治君と見たときは、真っ黒になってて…布で磨いたら、銀色になった」
「う…ん。それ、もしかしたら封印されていた? かもしれないよ。
アラジンの魔法のランプだって、指輪も磨けば魔人が出てきたしね。
リボンの色って何色?」ノコが冗談っぽくいった。
「銀色」
「でしょ?」
それは、物語でしょ! なんて冷たく突き放す人はここにはいない。
「封~印かぁ~」
みんな、そんな気もした。
「阿倍晴明の映画の中で、ただの線なのに、結界の外に出られないシーンって、さんざんあったよね」
「京都の安部晴明神社に一度行きたいと思っていたんだ~」
なぎさが見渡すと、みんなそうだった。
「でも、中学生じゃあな~」
「ノコ詳しいよね、そういうのって~」
前々からそう思っていた、聞きたい。
「うち、母さんがそう言うの好きでさ~。
私も物心ついた時からそういう世界に住んでいたんだけど…ついに父さんと離婚。
いまは、落ち着いているけどさ。
私は母さん側についた。来てみる? 怪しい本がいっぱいあるよ」
「ここから近い?」
「近い 近い」
即決で、みんなでノコの家に行ってみる事になった。
タロットカードで出したヒントは、白亜の豪邸。
だけど、どうやって取り戻す?