3-23. リアルのロゼ
「藍寧さん、鏡はありますか?」
「ああ、鏡でしたら、あちらの右の方に」
言われてみると確かに右の方に全身が映せる大きな鏡があった。鏡の前に立ち、自分の姿を見る。まだ化粧をしていないけど、それでもロゼに似ている。
「愛子さん、お化粧してみますか?化粧道具は持ってきたのですよね?」
「はい」
鞄から化粧道具を取り出して大きな鏡の前に戻った。
椅子を借りて座り、まず髪を結う。頭の両側で髪を結び、それぞれ巻いてお団子の形にする。髪を結い終えたら、次に顔に化粧を施していく。素顔も可愛いしロゼに似ているので、お化粧はなるべく薄くしてみた。
そして出来た自分の顔を改めて鏡で見ると、3Dのロゼとは少し違うけど、それでもロゼにしか見えない顔があった。
「ロゼに似ている、けど髪の色が違う。あれ、藍寧さん、髪の色って変えられるんですよね?」
「体中に力を通して、そのまま発散するようにしてください」
力を体に満たして、溢れるようにイメージしてみた。すると、髪の色と目の色が銀色に変わった。
「おお、髪と目の色が変わった。本当にロゼだ」
ロゼそのものにしか見えない自分の顔を見て、自分で感動してしまった。
「そうですね、それではあなたがその姿の時はロゼと呼びましょう」
「うん、藍寧さん、お願い。それで髪と目の色を戻すこともできるの?」
「はい。その状態は無駄に力が放出されているときになるので、力の放出を止めれば色は戻ります」
言われたように力が体の外に出ないようにしたら、色が戻った。
「戻りましたね。これくらいの力なら、抑えれば放出させないことができますけど、とても大きな力のときは抑えきれないこともありますから、注意してくださいね」
「分かりました。でも、藍寧さんって凄いね、こんな身体が作れちゃうんだ」
「ええ、そもそも私が作られた理由の一つがアバターの設計ですので」
「藍寧さんが1番で、私が56番だから、私のアバターが藍寧さんが作った55体目のアバターということ?」
「そうですね。でも、これまでどんなアバターを作ったかは内緒です」
「じゃあ、藍寧さんが作られた他の理由って?」
「もう一つの理由は、データバンクでしょうか?」
「データバンク?」
「過去の記録を保存し、再利用できるようにすることです」
「何だかそうやって聞くとコンピューターみたいだね」
「そうですね、機能としてそういう部分があるのは確かです。でも、意志も感情もあるのですよ」
「藍寧さんって凄いね」
「私というより私を創った存在が凄かったのだと思います」
確かにそうかも知れない。
「ところで、藍寧さん。アバターができましたけど、これで終わりですか?」
「そうですね。アバターとの入れ替わりの方法を覚えて貰いましょうか」
「はい」
「では、ロゼ、カプセルの中に戻って、意識を切り替えてください」
ロゼの入っていたカプセルの中に入り、横になった。そして意識を切り替えて愛子の身体に戻った。
「戻りました」
「それでは、ロゼのカプセルの足下にある転移陣を覚えてください」
「覚えました」
「では、離れたところに立って、足下に転移陣を描いてください。そこからのやり方は転移石のときと同じです。転移で入れ換えるときに、意識も入れ換えます」
転移陣を描いて、身体を入れ換える。そして意識も切り替える。
「藍寧さん、どうですか?」
「ロゼになりましたね」
身体を動かすと、やはり元の身体に比べて動きが良いように思える。
「この身体、動きが良いんですね」
「基本的な動きのパターン、つまり、動きの型を覚えさせてあります」
幾つか、動きをイメージしながら手足を動かすと、よりスムースに動くように補正してくれる感覚がある。その感覚に従いながら動かすと、更にスムースに動くような補正が掛かる。少しずつ動きが直されるので、違和感がほとんどない。
「繰り返すごとに動きがスムースになる気がします」
「ええ、無理な補正はバランスを崩したり却って動きを阻害しますから。あと、そうやって補正されても、覚えた動きは元の身体でもできますから、体術の訓練にも役立ちます」
「凄いです。藍寧さん、少し私と組手をやってもらえますか?」
「良いですよ」
藍寧さんと私は少し広い場所に移動して組手を始めた。藍寧さんの打ち込みを左手でいなして、右足の蹴りを出し、反撃に対して距離を取って、再度近づいて右手で突きを入れ、イメージした動きをスムースに、そして攻撃は威力ある形で繰り出せるのが面白い。
私は楽しくて、しばらく藍寧さんとの組手を続けていた。
「そろそろ一時間になるので、休みませんか?」
藍寧さんに言われるまで、そんなに時間が経っているとは思わなかった。身体強化していると疲れ難いし、少しずつ上達しているのが実感するのが嬉しくて、いくらでも続けられそうに思える。
「はい、面白くて時間が経つのを忘れてました。この身体は、やっぱり良いです」
「身体を気に入っていただけたのは嬉しいですけど、あまり長い間、元の身体に戻ることなくアバターの身体を使い続けるときには気を付けた方が良いですよ」
「どうして?」
「アバターの方が身体能力が上で楽なので、元の身体に戻ったときの感覚に慣れるのに時間が掛かってしまうのです。まあ、一日二日ではそうならないとは思いますけれど」
「何となくは思ってましたけど、やっぱりそうなんですね。気を付けます。それで、どうやって元に戻るのですか?」
「アバターに切り替えるのと同じです」
言われたことに従って、再度転移陣を描き、身体を入れ換え、意識も切り替えた。
「愛子さんに戻っています。良さそうですね」
「ありがとうございました」
「どういたしまして。でも、これで問題が解決したかは分かりませんよ。柚葉さんと確認してくださいね」
「そうします」
私は鞄に化粧道具を仕舞い、帰り支度を始めた。
「そうだ、藍寧さん、お願いと言うか、ご相談と言うか」
「何でしょうか?」
「藍寧さんが渋谷何かで魔獣を倒していたときに着ていた服装、ロゼにも用意したいのですけど」
「私も用意しようと思っていましたから、問題ないですよ」
「ありがとうございます、藍寧さん」
藍寧さんがあの服装の用意を引き受けてくれて、嬉しい。
「では、これで。私はまだここでやることがありますから残りますね。帰り方は覚えていますか?」
「ええ。じゃあ、また」
私は藍寧さんに向かって手を振りながら、足下に転移石のところに戻るための転移陣を描いて転移した。
目の前には、自分の部屋があった。いつもと同じ光景だ。でも、いつもとは違う自分になった高揚感があった。
夕方、喫茶店メゾンディヴェールに行った。
お店に近づいた時には、既にお師匠様が二階にいることが分かっていた。なので、お店に入って琴音さんにオーダーすると、その足で二階に上がった。
「お師匠様、こんにちは」
私は柚葉ちゃんに挨拶すると、柚葉ちゃんの目の前のソファに座った。
「愛子さん、何か嬉しそうだね」
「分かります?藍寧さんにアバターを作って貰ったんです」
「アバター?」
「力を増やすための新しい身体のことです」
「あー、アバターって言うんですね。それでそのアバターはどうやって使うのですか?」
「普段はカプセルの中に保管してあって、使いたいときに入れ替わるんです」
「何処ででも入れ替われるのですか?」
「できると思いますけど、ダンジョンの中とかは、まだ試してないですね」
「いま入れ替わって貰っても?」
「良いですよ」
私はソファから立って、転移陣を描いてアバターと入れ替わった。
「愛子さん?誰?」
あー、髪の毛がダークブラウンのままだった。身体に力を満たして、銀髪銀眼になった。
「どうですか?これで分かりますか?」
「分からない」
「うー、そうですか」
私は項垂れた。ロゼマリの知名度がまだまだなのか、柚葉ちゃんの興味がバーチャルアイドルに向いていないのか。
「私は分かりますよ。バーチャルアイドルユニット、ロゼマリのロゼでしょう?」
私のために水とおしぼりを持ってきてくれた琴音さんが丁度部屋に入ってきた。
「琴音さん、知っててくれてありがとうございます。そうです、ロゼマリのロゼです」
「でも何でロゼなのですか?」
「いや、私がロゼやっているんです」
えっへん、どうだぁという感じで言ってみる。
「そうだったんだ。驚いた。愛子さん、有名人じゃないですか」
柚葉ちゃんに感心して貰えた。でも、有名人と言われてしまうと、少し照れてしまう。
「あー、その、この姿のときはロゼって呼んでください」
「うん、分かった。だけど、ロゼが巫女として活躍したら、事務所にバレませんか?」
「そこのところは、何かで誤魔化そうかなと」
「ロゼのコスプレイヤーってことにするとか?」
「そんな感じで」
実のところ、誤魔化し方についてはノーアイディアだったりする。でも、きっと何とかなる。
琴音さんは、柚葉ちゃんと私の会話を聞きながら、ロゼの姿を感心しながら観察している。
「いまは銀髪だから目立ちますけれど、最初のダークブラウンの髪だと、普通の人と区別が付きませんね」
「そうですよね、お臍もちゃんとあるし。ほら」
服を捲ってお臍を出して見せた。
「わざわざ見せてくれなくても良いのに」
琴音さんは笑っていた。柚葉ちゃんも笑っているけど、何か笑いに翳りがあるような。
「えへへ。まあ、こんな感じでそっくりなんですけど、アバターを区別する方法はあるんですよ」
「え?そうなのですか」
「はい、指を胸の辺りに当てて、力を流し込めば分かるんです」
私は、シャツの上のボタンを外して胸元を出し、その胸元に手を当てて、力を流し込んでみせた。すると、力に反応して黄金色の文字が浮かび上がる。
「56? その下は何かの紋章?」
「そう、ロゼはアバターの56体目みたいです。その下の紋章は創られた巫女を示すものだって言われました」
力を流し込むのを止めてしばらくすると巫女の紋章と数字は消えた。私がシャツのボタンを留めながら見ると、柚葉ちゃんが固まっていた。顔色も悪そうだ。
「お師匠様、どうかしましたか?」
「え、いえ、何でもないです。ありがとう、大丈夫」
いつもより余裕が無さそうに見えるけど、本当に大丈夫なのだろうか。琴音さんも柚葉ちゃんのことを心配そうに見ていたが、柚葉ちゃんの顔色がすぐに戻ってきたので、大丈夫そうと判断したようだった。
「アバターを見せてくれてありがとうございました。そろそろ愛子さんに戻ったら?」
「はい、あの、その前に、私のスマホで写真撮って貰えますか?」
「ええ、良いですよ、スマホ貸して貰えますか。私が撮りますから」
私はスマホのカメラを起動して琴音さんに渡した。
「琴音さん、お願いします。撮影には、ここを押してください」
スマホを渡すと、私はポーズを色々変えながら、写真を何枚も写して貰った。
「ありがとうございます。これくらいにしておきます」
「はい、愛子さんのスマホです」
琴音さんからスマホを返してもらうと、アルバムアプリを起動して撮影してもらった写真を見た。
「良く撮れてます。琴音さん、ありがとうございます」
お礼を言うと、私は身体と意識の切り替えをして、元の姿に戻った。




