3-16. 探知陣のメリット
藍寧さんと別れた後、私は買い物などをして時間を使ってから、いつものように喫茶店メゾンディヴェールに向かった。
「いらっしゃいませ、愛子さん」
店の扉を開けると、いつものように琴音さんの声に迎えられた。いつも座っているカウンターのところには誰も座っていない。最近は、柚葉ちゃんが座って待っていることが多かったのだが。
と言っても私には分かっているのだ。柚葉ちゃんは二階にいる。探知が二階に人が一人いることを報せていた。
「あら、愛子さん座らないのですか?」
琴音さんがカウンターの向こう側から声を掛けて来た。
「座っても良いんですか?」
「まあ、分かっていると思いますけど、お呼びですよ」
琴音さんが意味ありげに視線を階上に向けた。ですよね。そもそも、琴音さん、私に水とおしぼりを出そうとしていなかったし。
「ええ、まあそうじゃないかと思ってました。私も上に行きます」
「行く前に、ご注文をいただいても良いでしょうか?」
琴音さんが、ニッコリと微笑んだ。そうですよね、お店に来たのだから注文しないとですよね。
「キリマンジャロをお願いします。あと、パスタは何ですか?」
「今日のパスタは、スパゲッティ・カルボナーラです」
「では、それを一人前ください」
「畏まりました。ご注文ありがとうございます」
琴音さんは再び微笑むと、お店の奥にどうぞとジェスチャーで示してくれた。
二階のリビングに行くと、柚葉ちゃんがソファに座って、カモミールティーを飲んでいた。何だかもういつもの光景だ。そして私もいつものように柚葉ちゃんの向かい側のソファに座った。そこには既に水とおしぼりが置いてあった。
「準備万端ですね、お師匠様」
「私が毎度愛子さんをカウンターから引っ張っていくのも変かなと思って」
「まあ、それはそうだと思うけど」
私はもう既に反論するのも面倒になっていたので、話題を変えることにした。
「ねえねえ、お師匠様。探知陣の効率以外のメリットって何?」
「藍寧さんに言われたんですか?」
「そうなんだけど、お師匠様に聞きなさいって教えてくれなかったんだよね」
「探知陣の特性について藍寧さんは何か言っていませんでしたか?」
「えーと、起動する時だけ描けば良いっていうのと、探知の起点になるって言ってたかな」
「何だ、教えて貰っているじゃないですか」
「え?どういうこと?」
「探知陣が探知の起点になるってことが、メリットなんですよ」
「どこがメリットなの?」
「じゃあ聞きますけど、作動陣ってどこに描けますか?」
「どこって、指先?目の前?」
「それだけですか?」
「体から離れても描けるかな?」
「試しに、どれくらい離れて描けるか試してみたらどうですか?」
言われて私は試してみた。部屋の中で見えるところには全部描けた。
「お師匠様、見えるところ全部に描けますね」
柚葉ちゃんの目がジト目になった。
「それだけですか?」
「え?それだけじゃないんですか?」
「違いますね。答えは『探知できるところ全部に描ける』です」
柚葉ちゃんは、カモミールティーのティーカップのソーサーを指さした。
「このソーサーが探知できる範囲だとします。で、その範囲の限界ギリギリのところに探知陣が描けるとすると、どうなりますか?」
柚葉ちゃんがコースターの縁のところを指さした。
「その探知陣が探知の起点になるから、そこから探知範囲が拡がる?」
「そう、そこを中心とした探知範囲の分だけ拡がりますよね」
言いながら、指さしたところを中心にソーサーを移動した。
「それで、探知範囲が拡がると、またその端に探知陣が描けるわけです」
「え?そんなことができるの?」
「やってみれば分かるでしょう。探知陣は教わったんですよね?」
「はい、こういう形です」
私は柚葉ちゃんに探知陣を見せた。それを見た柚葉ちゃんは、自分で探知陣を起動したんだと思う。目線が一瞬遠くを見るような感じになった。
「これは凄いですね。少し不味いレベルで」
「少し不味いですか?」
「ええ、ただ広くすればするほど情報量が増えるので、そのまま探知範囲を拡げても認識するのが難しいという問題はありますね。そこは工夫が必要です」
私に使いこなせるのだろうか。
「あと、遠隔探知に近接探知が組み合わせられますね。これは発見です」
柚葉ちゃんが嬉しそうにしているけど、何が発見なんだ?
「遠隔探知に近接探知が組み合わせられるって、どういう意味ですか?」
「遠隔探知の範囲内なら、どこでも起点にして近接探知ができるってことです。何故それができるかというと、遠隔探知と近接探知の探知陣が同じだからってことですね。遠隔探知と近接探知は、起動方法が一緒で使い方が違うだけなんです。いままで気付きませんでした」
柚葉ちゃん的に嬉しいツボに嵌ったらしい。
「ともかく、これなら愛子さんも探知範囲が拡げられませんか?ただ、手前側の探知が切れると、遠くの探知も切れちゃうみたいなので、その辺り注意が必要みたいです」
えーと、遠隔探知を動かして、その縁で次の遠隔探知を動かして、さらに次の遠隔探知を動かして。駄目だ、頭がこんぐらかってきた。
「お師匠様、すぐには難しいです」
「じゃあ、毎日訓練を」
「ですよね」
分かってました。
「ところで、お師匠様。離れたところで遠隔探知を起動しようとすると、どうしても探知陣が光ってしまうんですけど、良いのですか?」
「ああ、それは探知陣を実際に描いちゃうからですね。実は、描こうとするところまでで止めておけば光らないけど探知が起動しますよ」
「え?描こうとするだけで良いんですか?」
「大丈夫ですよ。本当の起動のトリガは、作動陣を描こうとして思い描いたときなので、実際に描く必要はないんです」
何と、気が付かなかった。試してみよう。
「あ、本当だ。描こうとするだけで起動する。これなら、気付かれることなく起動できますね。これ、どうやって知ったのですか?」
「んー、何回か使っているうちにかな?どれだけ省略できるか試したりしてたので。ほら、戦っている最中だと描くのに時間が掛かると攻撃が遅くなるでしょう?」
「それはそうだけど、作動陣を描かなくて良いなんて反則っぽい気がしませんか?」
私に思い付けるような気がしない。
「柚葉ちゃんは、少し変わっていますよね。はい、ご注文のキリマンジャロです」
琴音さんがリビングまで注文した珈琲を持ってきてくれた。
「琴音さんは、力の使い方に興味無いのですか?」
「そんなことは無いですけれど、柚葉ちゃんみたくとことん突き詰めようって気概はないですね。性格的なものでしょうか」
琴音さんのおっとりとした言い方に親近感を感じてしまいます。
「そうですよね、人それぞれですよね」
「私の指導を受けていて、そう言いますか?」
柚葉ちゃんの目が据わっている。
「あ、いえ、頑張ります」
柚葉ちゃん、怖いです。頑張ります。努力します。琴音さんは、微笑みながらリビングから出ていった。
まあでも、探知範囲は拡げたいから、多段の遠隔探知は練習しよう。
琴音さんが作ったスパゲッティを食べたあと、仕事場に向かった。今夜の撮影は、ゲーム実況だった。VRゲームだったけど、あまり得意じゃないパズル要素のあるゲームだったので、力の出る幕もなく、普通にやれたんじゃないかと思う。
撮影後は陽夏と新宿のスイーツのお店に行った。
「陽夏、今日は私、普通だったでしょ?」
「え?何処が?」
「いや、今日のゲームは力があっても意味無かったからさ、普通にプレイできたかなって」
「プレイは普通でもさぁ、誰が何処にいるとか即答しちゃ駄目だよ」
「え?」
「普通、姿が見えなかったら悩むでしょ?なのに姫愛ったら、聞かれるとすぐ答えちゃうから、冷や冷やしたよ」
「そうだったっけ?」
「別に探知の練習するのは良いけど、怪しまれないように、悩むフリしたり、かもね~って言ってみたり、考えた方が良いと思うよ」
「うう」
まさかそんなところでボロを出していたとは思わなかった。
「それにさ、VRゴーグル着けたままスタジオの中を歩き回っていたよね?あれも変だったからね。普通、ゴーグル着けたまま足元のケーブルとか、避けられないから」
「ぐぐ」
不味い、そうなのか。意識できてないのが非常によろしくない。
「姫愛さ、真面目に隠す気あるのかなぁ?」
「いや、真面目に普通を目指しているんだけどさ」
陽夏の目が怖い。
「まあ、私もできるだけフォローするけど、姫愛はウッカリが多いから本当に注意してね」
返す言葉が無いよ。
「それでさ、探知は上達したの?」
「したよ。いま、多段の探知の練習してる」
「多段の探知?」
「遠隔探知を多段でやるの。探知範囲が拡げられるんだよ。探知陣のことお師匠様に言ったら、探知が多段にできるよって教えてくれた」
「それで、探知範囲が拡がったの?」
「まだ教わったばかりだから二段しかできないけどね。まあ、普通の探知で1~2kmだったのが、二段で3kmはできるようになったかな?」
「1~2kmあれば十分そうだけど」
「ダンジョンで探索するには広い方が良いし、魔獣が近づくのが遠くから分かっていれば、準備もできるから拡げたいかな?」
「まあ、それもそうか。でも、姫愛、くれぐれも常識外れな行動を取らないように注意してよ」
「はぁい」
ここのところの陽夏は、この前みたいな悩みの影は見えないけど、解決したのかな?解決していると良いな。




