3-9. B級ライセンス取得
日曜日の朝、約束は10時だったけど、私は逸る気持ちが抑えられず、早めに家を出たら校門に9時半に着いてしまった。どうやって時間を潰そうかと考えていたら、タイミングよく柚葉ちゃんが校門にやってきた。
「柚葉ちゃん、おはよう。早いね」
「愛子さんこそ、どうしたんですか?まだ30分もありますよ」
「いやぁ、ダンジョンに行けるかと思うと気が昂っちゃって、居ても立っても居られなかったんだよね」
「そうですか。体調は大丈夫なのですか?」
「もちろん、バッチリだよ」
「分かりました。着替えていきましょうか」
私たちは着替えのために部室に行った。部室に入ると、柚葉ちゃんが私を向いて微笑んだ。
「そうそう、愛子さんへのお願いなんですけど」
「え?一昨日言っていたお願い?」
「はい。人目があるところでは言えなくて」
「何?妖しそうなお願い?」
「そうじゃなくて、巫女の話だから言えなかったんです。愛子さんが、今度アーネと言う人に会ったとき、私が合いたいと言っていたと伝えて欲しくて」
「え?なんで?柚葉ちゃんもアーネの仲間になりたいの?」
「その人に興味があるんです。どんな人なのか、何をしたいと考えているのか」
「ふーん、まあ伝えるのは良いけど、本当に会ってくれるかは分からないよ?」
「それで良いですよ」
「うん、分かった」
部室で着替え終わると、私は剣と盾を持って柚葉ちゃんと戸山ダンジョンに向かった。そして、入り口の脇で柔軟などして体を解した。
「それじゃあ行きますけど、なるべく体力を温存してくださいね。できれば、今日、六体は斃したいので」
「あれ?月曜日と火曜日で四体だから残り八体じゃないの?」
「他の皆は二十体に到達したので、今週の月火は愛子さんのために使ってあげられます。そしたら、一日三体は何とかなると思うので、月火で六体。なので、残り六体が今日のノルマです」
「うん、分かった。私も今日だけで八体は厳しいかなって思っていたんだ」
「それじゃ、行きます」
私たちはダンジョンの中に入った。戸山ダンジョンには何度か入ったので、私も少しは慣れて来た。15分くらい歩いたところで一体目が見つかった。トラのような魔獣だった。この前もトラのような魔獣は斃しているので、慎重にやれば斃せる自信があった。
「柚葉ちゃん、行くね」
「はい、気を付けて」
私は先日と同じように、剣を中心に使って、魔獣の攻撃を対処し反撃した。前回よりも冷静になったのか、相手の動きが良く見える気がする。しかし、調子に乗って怪我をしたくないので、慎重に対処したので時間が掛かったが、魔獣を斃すことができた。
「柚葉ちゃん、斃せたよ」
「愛子さん、良いですけど、周りへの警戒を切らさないでください。他にも魔獣がいるかも知れないので」
「そうだね、注意する」
私は言われた通り、警戒を怠らないようにしながら斃した魔獣を袋に詰め、肩から背負った。私たちは、柚葉ちゃんを先頭にしてダンジョンの入り口に向かった。その入り口まで何事もなく辿り着け、単独討伐証明書を受付に、魔獣買取窓口に魔獣を出すと、再度入り口に向かった。
午前中、このプロセスをあと二回繰り返した。魔獣の二体目はオオカミみたいなもの、三体目はクマみたいなものだった。クマみたいなのは、斃すのにも時間が掛かったし、運ぶのも大変だった。とても一人では担げないので、柚葉ちゃんに手伝ってもらった。単独討伐は自分も運び役をやっていれば、必ずしも一人で運ぶ必要はないそうだ。
クマみたいなのは重くて、入り口に着いた時にはへとへとだった。丁度お昼時になっていたので、受付と魔獣買取窓口での手続きを終えたあと、昼食にすることにした。
昼食は、お腹が減っていたので、定食屋にした。今回も柚葉ちゃんには私が奢った。私は生姜焼き定食を、柚葉ちゃんは親子丼を頼んだ。
昼食後、ダンジョンに戻って続きをする。三回ダンジョンに入り、一体ずつ斃し、入り口に運ぶを繰り返して、今日だけで討伐数六体分の記録を増やせた。しかし、ここで私の体力が尽きた。
「愛子さん、七体目行きますか?」
「いや、しんどくなってきちゃったから、今日は止めておく」
「分かりました、上がりましょう」
私たちは部室に戻って休憩した。
「柚葉ちゃん、今日はありがとう。お蔭で十四体まで来たよ。あと残り六体だね」
「そうですね。愛子さんも随分と魔獣との戦いに慣れてきましたね。戦い方が安定してきました」
「そう言ってもらえると嬉しいけど、まだ体力が足りないね」
「まあ、それはすぐには増えませんからね。仕方がありません」
「それもそうか。それでなんだけど、二十体まで行ったら、その場でB級ライセンスが貰えるの?」
「ライセンス証を発行してもらえるのは、決まったところだけだったと思いますよ。例えば東京ダンジョンのある日比谷公園のダンジョン管理協会とか」
「あー、そうなんだ。そこまで行かないといけないんだね。じゃあ、火曜日に二十体まで行けたら、その足で日比谷公園に行けば良いかな」
「そうですね。あそこなら夜遅くまでやっていた筈だから、火曜日のうちに発行してもらえそうですね」
「よし、じゃあ、それで行こう」
「その前に、あと六体斃さないといけないですよ」
「うん、そうだね。頑張るよ」
何とか先が見えて来たので、火曜日まで頑張れる気がする。
そして、月曜日と火曜日、それぞれ三体ずつ斃して、単独討伐数がめでたく二十体に到達した。
「やったよ、柚葉ちゃん、皆、ありがとう」
「愛子さん、おめでとうございます」
あとはB級ライセンスを発行してもらいに行くだけだ。
「早速で悪いけど、私、これから日比谷公園に行って来ても良いかな」
「どうぞ。そのために頑張っていたのでしょう?」
「柚葉ちゃん、ありがとう。お礼はまた今度で」
「私のお願いのこと、忘れないで下さいね」
「うん、分かってる。それじゃね」
皆に挨拶して、部室を出た。
私は急いで学校を出ると、電車を乗り継いで日比谷公園のダンジョン管理協会に向かった。
協会の受付で、B級のライセンス証の発行をお願いしたら、椅子に座ってしばらく待っているようにと言われた。受付の前には、椅子がいくつも並んでいたので、そのうちの一つに座って、名前が呼ばれるのを待つことにした。
何分か過ぎた時、私の前に女の人が来た。紺のパンツスーツ姿にダークブラウンの髪の女性だった。髪の毛は、ウェーブの掛かったセミロングで、ハーフアップのように一部の髪をまとめたところに簪を挿していた。
「お待たせしました。仲園愛子様、ライセンス証をお渡ししますので、一緒に来ていただけますか?」
「はい」
言われるままに付いて行ったら、小さな会議室に通された。
「どうぞお座りください」
微妙な違和感を覚えていたが、それが何かを考えるまでには至らず、席に着いた。すると、女性が新しいライセンス証を取り出して見せた。
「これがB級のライセンス証になります。いままでのC級のライセンス証との引き換えになりますので、C級のライセンス証をいただけますか?」
「はい、どうぞ」
私はC級のライセンス証を渡し、引き換えにB級のライセンス証を受け取った。やった、これで目標達成だ。
「それで、何かお気付きになりませんか?」
女性の質問に、何のことを言われているのか分からず、私はキョトンとしてしまった。
「えーと、何にでしょうか?」
女性は私に向けた笑みを強めた。
「私が誰だか分かりませんか?愛子さん?」
「え?」
確かにどこかで会ったような気がしなくもないけど。
「仕方がありませんね」
女性は、簪を抜いて一旦髪をほどくと、頭の後ろで髪をまとめて、そこに簪を挿して止めた。
「これなら分かりますか?」
そしてさらに、髪と目が光りだし、銀髪銀眼になった。
「え?アーネ?」
「そうですよ」
「どうしてここに?」
「私はここでは国仲藍寧と名乗っています。れっきとしたダンジョン管理協会の職員です」
アーネはダンジョン管理協会のネームプレートを見せてくれた。
「えええっ?」
「驚くほどのことではないでしょう。まさかいつもあの格好でいるとか思っていたのですか?とても目立って街中を歩けないじゃないですか」
そう言って、アーネは髪の毛と目の色をダークブラウンに戻して、髪も再度ほどいてハーフアップの形に結いなおして簪を挿した。
「いや、まさかこんな風に会うとは思っていなかったので」
「まあ、それは良いことにしておきましょう。それで、私はあなたとの約束を果たしに来たのですけれど」
「私を貴女の仲間にして貰えるんですか?」
「あなたが望むなら。ただ、その前に言っておかないといけないことがあります」
「何ですか?」
「私は今から貴女に力を与えようとしています。この力は、一度与えたら二度とあなたから切り離せなくなります。後になって力を要らないと言われても、力を消すことができません。それから、この力は借り物の力であって、本来の持ち主がいます。あなたの自由意思は損なわれませんが、あなたは力の本来の持ち主の眷属になり、本来の持ち主の意に反した力の使い方はできません。それがこの力の制約事項です」
「本来の持ち主は何を望んでいるのですか?」
「この力は護りの力。本来の持ち主が望むのは、この世界を護ることです」
「それなら私のしたいことと同じです。私に力をください」
「最後に一つ確認させてください」
「はい」
「あなたは頑張って魔獣を斃してB級になりました。それは以前のあなたよりも強くなったと言えるでしょう。この先もそういう風に頑張って強くなれるかも知れません。それでも力を欲しいと思うなら、それは何故ですか?」
「確かに私はB級にはなれたけど、まだまだ自分を護るだけでも精一杯です。私はより多くの人を護りたい。だからより強いい力が欲しいんです」
私はアーネを真っすぐ見た。アーネも私を見ている。自分の眼差しの中に、どうか私の想いを分かって欲しいと願いを込める。
「分かりました。力をあげましょう。左手を出して、私の左手を握ってください」
私は左手を出して、アーネの左手を握った。
「目を瞑ってください。そして、左手に力の存在を感じてください」
私は目を瞑った。
「左手から何か糸のようなものが上がってくるのを感じます」
「そしたら、その糸のようなものをあなたの心臓に繋げるように念じてください」
左手から上がって来るふらふらとした糸のようなものを、心臓の方に導くように念じると、糸のようなものが私の心臓に纏わりついた。そして、それがそのまま頭の方に上がってきて、一瞬頭の中が銀色に染まった。
「これで繋がりました。目を開けて良いですよ」
目を開けると、アーネが私に向けて微笑んでいた。
「おめでとうございます。今日からあなたも黎明殿の巫女です」




