3-6. コーチ就任
その日の撮影後、いつものように陽夏と連れ立って、新宿に食べに出た。今日は、デザートショップのケーキセットにした。
「それにしても、姫愛は嬉しそうだね」
「うん、さっきも話したけど、ダンジョンに連れていって貰えることになったからさぁ」
「でも、高校生なんでしょ?大丈夫なの?」
「部活動で何度もダンジョンに入っているらしいから大丈夫でしょ。話をしててもとても余裕そうだったよ」
「まあそうかもだけど、相手は高校生でまだ未成年で、あなたは大人なんだから、何かあったらあなたの責任になるのよ」
「そうだね。そのためにも早く強くならないとだよね」
私は自分に気合を入れ、右手で眼鏡の位置を持ち上げて直した。
「あなたが分かっていてそうしたいなら、止められないけどさ」
陽夏が心配そうな顔をしている。だけど、ごめん、私の気持ちは止まらないんだよ。
「ありがとう、陽夏。大好きだよ」
感謝を述べたら、仕方が無いなぁという顔になった。
「仕事があるんだから、怪我をしないように気を付けてよ」
「うん、そこはちゃんと注意するから」
私は陽夏と約束した。
月曜日、学校が放課後になる時間に、私は督黎学園の正門の前に立っていた。チャットで柚葉ちゃんから正門前にいるように指示を貰ったからだ。
私が正門前で待っていると、柚葉ちゃんが昇降口から出来るのが見えた。
「柚葉ちゃん、こんにちは」
「愛子さん、こんにちは。ようこそ督黎学園へ」
柚葉ちゃんと挨拶していると、後ろからもう一人女子高生がやって来るのが見えた。
「愛子さん、紹介しますね。こちら、私たちミステリー研究部の部長の梁瀬礼美さんです」
「はじめまして、梁瀬礼美です。礼美と呼んでください」
礼美さんが頭を下げて挨拶してきたので、こちらも頭を下げて挨拶を返す。
「礼美ちゃん、はじめまして、仲園愛子です」
「愛子さんの苗字って仲園って言うんですね。初めて知りました」
「あれ、言ったことなかった?」
「そうですね。喫茶店では最初から琴音さんと名前で呼び合っていたので」
「ああ、そうだったっけか」
頑張って記憶を掘り起こしてみるけど、もうどうだったか思い出せない。まあ、良っか。
「それでなんですけど、愛子さんはミステリー研究部のコーチ役として学校に来ることになったって先生に言ってあります。これから先生に挨拶して貰うんですけど、きっちりコーチをしますよ、という感じでお願いします」
「え?私、コーチ役なの?」
突然の配役に戸惑ってしまった。
「だって部外者を学校に入れるのに、私達がコーチをするとは言えないでしょう?」
「まあ、確かにそれはそうだけど」
「なので、腹を括ってください。頑張ればすぐに上達しますから」
「そうだね、B級になって強くなれば、名実ともに私がコーチになれるしね」
私は前向きに返事をしたつもりだったが、二人には、それはどうなんだろう、という顔をされた。不本意です。私はアーネみたくなるのだから。
私は二人に連れられて、ミステリー研究部の顧問の先生がいる、物理科の教官室の前まで来た。コーチとして紹介されるとなると、緊張する。
礼美さんが教官室の扉を叩いてから少し開け、中を覗いた。
「三枝先生はいらっしゃいますか?」
すると、手前に座っていたショートカットの女の先生が顔を上げた。
「ああ、梁瀬か、どうした?」
「先程お話していたコーチになっていただく方を連れてきました」
「そうか、分かった」
返事をした先生は、教官室から廊下に出て来た。
「先生、こちらがコーチになっていただく仲園さんです。愛子さん、こちらがミステリー研究部の顧問の三枝先生です」
「初めまして、仲園愛子です。よろしくお願い致します」
丁寧に挨拶してお辞儀をした。第一印象が大事だからね。
「ミステリー研究部顧問の三枝です。初めまして。ウチの生徒がお世話になります」
「いえいえこちらこそ」
「コーチと言うことですが、ダンジョン探索の経験は長いのですか?」
「いえ、私も経験浅いのですが、先日生徒さん達と知り合って意気投合して、一緒にダンジョンに行きましょうって盛り上がったんです」
「そうですか。ウチの生徒に変に巻き込まれたのでなければ良いのですが」
「いえ、全然そんなことありません。ご一緒したいって心から思ったので」
「それなら良かったです。私も生徒達だけでダンジョンに行かせるのは心配なところもあったので、大人の方が付いていただけると助かります。生徒たちが無茶をしないように、良く見てやってください」
「分かりました。お引き受けします」
三枝先生は満足したのか、挨拶をすると教官室の中に戻って行った。
「愛子さん、挨拶してくれてありがとうございます。先生のお墨付きも貰えたし、これで堂々と一緒に活動できますね」
「礼美ちゃん、お膳立てしてくれてありがとう。これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「それじゃあ、部室に行きましょうか」
柚葉ちゃんが先頭に立って部室に向かって歩き始めた。
部室には、三人の女の子がいた。先日柚葉ちゃんと一緒に会った東護院清華ちゃん、おさげが可愛らしい土屋佳林ちゃん、ポニーテールの折川百合ちゃん。柚葉ちゃん、清華ちゃん、礼美ちゃんが二年生、佳林ちゃん、百合ちゃんが一年生なのだそうだ。それぞれと挨拶を済ませると、服を着替えて訓練を始めることになった。
「愛子さんは、この予備の木剣と盾を使ってください。それから、ダンジョンに行くときは、こちらの剣を持っていってくださいね」
礼美さんが、私が使っても良い武器と盾を教えてくれた。聞けば、部活動を引退した三年生の先輩が使っていたものだそうだ。まずは校舎の裏手で訓練ということで、木剣と盾を持って外に出た。
「はい、じゃあ、皆はいつものように順番に始めてね。私は愛子さんに教えます」
柚葉ちゃんが、その場を仕切って訓練を始めた。皆は慣れたもののようで、指示も無しに柔軟を始めていた。
「愛子さんは、柔軟のやり方から教えます。これをやらないと怪我し易いので、ちゃんと覚えて、いつも最初にやってください」
私は、繰り返しやらされて、それぞれのやり方と順番を体に叩き込まれた。
そして柔軟が終わった後は盾の構え方、盾での受け方をやり、さらに剣の構え方、振り方、盾と剣を組み合わせて使う方法などを順番にレクチャーしてもらった。
「柚葉ちゃん、これ一通りやっただけで、疲れ切っちゃったんですけど」
「愛子さん、体力が足りないですね。訓練の無い日でも、毎日走り込みや、剣と盾の使い方の練習をやってください」
「えええ?ダンジョンにはいつ行けるの?」
「基礎がきちんとできるようになってからです」
「えええええ、そんなぁ」
「こういうのは基礎が大事なんです。来週にはダンジョンに行けるように、頑張って基礎を磨いてくださいね」
「ううう、殺生なぁ」
今日こそダンジョンに行けると意気揚々とやってきたのに、こんな仕打ちを受けるとは、柚葉ちゃん、厳しいですよ。
結局、この日は、ひたすら基礎訓練をやって終わった。
そして翌日の火曜日もひたすら訓練だった。来週こそダンジョンに行くぞと心に誓い、練習用の木剣と盾を借りて家に帰り、それから毎日、仕事の前か後にランニングして、柔軟して、剣と盾の練習をした。
そして金曜日、いつものように琴音さんの喫茶店に行くと、柚葉ちゃんがいた。
「あら、柚葉ちゃん、どうしたの?」
「愛子さんが練習続けているか聞こうと思って」
「ちゃんと毎日やっているから。ちょっとは筋肉付いて来たでしょ」
肘を曲げて、腕にこぶしを作って見せた。
「どうかなぁ。でも、毎日ちゃんとやっていれば、成果は付いて来ますよ。それで、週末、訓練するつもりがあるのなら、付き合おうかと思っていますけど、愛子さんどうします?」
「勿論やる、と言いたいところだけど、ごめん、土曜日は仕事があるからそんなに時間がないんだよね。でも、日曜日は空いてる」
「分かりました。じゃあ、日曜日に愛子さんの家の方に行けば良いですか?」
「うーん、私が学校に行くよ。学校は使えるの?」
「たぶん、大丈夫です。じゃあ、日曜日の朝10時に学校で?」
「ええ、それで」
柚葉ちゃん、厳しいけど優しいよね。ありがとう。
 




