3-4. C級ライセンスの取得
アーネが消えたあと、私はしばらくその場で呆けていたが、これから仕事に行かなければならないことを辛うじて思い出した。来た道は分からなかったが、スマホの地図を頼りに進んで、スタジオに辿り着くことができた。
「おはよう、姫愛。遅かったね」
「ゴメン、陽夏。でも、魔獣と巫女様に会えたんだ」
「うん、私が駅についたときは、既に終わってたけど、駅前は魔獣が出たって騒ぎになってたよ」
「そうなんだぁ」
「そう言えば、魔獣を見たなら、私より早く着いてたってことだよね?何で遅くなったの?」
「それなんだけどさ、私、会って話をしたんだ、あの人と」
「白銀の巫女様?」
「そう、巫女様。名前はアーネって言ってた」
「アーネ?」
陽夏の顔が一瞬、真剣なものになった。
「姫愛、話すのは少し待って」
陽夏は立ち上がって離れたところに置いてあった自分の鞄を手にもち、私のところまで戻って来た。そして、鞄を膝に乗せてから、中を開けてゴソゴソしていた。
「ごめん、お待たせ」
「何をしてたの?」
「ん?いや、忘れ物をしたかなぁって、確認したくなって」
陽夏は言い訳しているけど、心なしか冷や汗のようなものが見えないようでもない。でも、気にしないことにした。
「それで、姫愛、アーネって言ったの?その人」
「そう、陽夏知ってる?」
陽夏は、首を横に振った。
「知らない。聞いたことがない名前だよ」
よくよく考えたら、陽夏が知ってる筈もないか。
「それで、どんな話をしたの?」
「私を強くして仲間にしてくれるって言ってた。だけどそのためには、ダンジョン探索ライセンスのB級を取らないといけないって」
「え?ダンジョン探索ライセンスのB級を取れば仲間にして貰えるの?それで良いの?」
「B級って、そんなに難しくないってこと?」
「うんまあ、少し努力すれば、誰でも取れると思う」
「そうなんだ」
難しくないことだとしたら、どうして私にそれをやれって言ったのだろうか?
「あのさ、姫愛」
「何?陽夏」
「この話、とても危険な気がする」
「危険?どうして?」
「そのアーネって人、普通の人には出来ないことをやれるんでしょう?」
「そう、あれは手品じゃないと思うんだけど」
「普通の人にできないことができて、魔獣を斃す存在なんて、私は一つしか知らないの」
「何?」
「黎明殿の巫女」
「黎明殿って、魔獣を斃すプロの人たちだよね。前に習ったことがあるよ。でも、不思議な力を使うとは聞いていなかったと思うけど」
「そんなこと一般の人に言うわけないでしょう」
「だったら、何で陽夏は知っているの?」
私の問いに、陽夏は少しもぞもぞした。
「私の親が少し関係していて、それで話を聞いたことがあるの」
なるほど、親御さんの関係ですか。
「それで黎明殿の巫女だったら何か問題なの?」
「黎明殿の巫女が仲間を増やす方法なんていままで聞いたことが無いのよ。だから、その話、超特ダネも良いところなの。というか、それ、絶対口外しちゃいけない類の話よ。そんなこと迂闊に他の人の前で話したら、危険を呼び込むだけだから」
「そんな大げさな。アーネもそんなこと言ってなかったし」
「アーネが何故口止めしなかったのかは分からないけど、私は本当に心配しているの。お願いだから他の人には言わないで。あと、私と話すときにも、他の人がいないところにして。それから、巫女の話題に入る前にそれとなく私に仄めかして、話をしても大丈夫か確認して」
「陽夏、そこまで神経質にならなくても」
「本当に危ないんだって。だから私と約束して」
「うん、分かった」
「ありがとう、姫愛。あ、あと、ダンジョン探索ライセンスのB級が取りたいって話だけなら、別に普通に話して貰って良いから」
「その話は良いの?」
「それだけならね。巫女に繋がる話をしなければ問題ないわ」
「そういうもの?」
「そういうもの」
陽夏の話題は理解したけど、陽夏はどうしてそこまで心配しているのだろう。私には話していないけど、何か知っていることがあるのかも知れない。でもどうして?思考がまとまらないうちに、スタッフさんから撮影開始の連絡が来てしまったので、陽夏と控え室を出た。
今日は、生放送の配信日だった。ゲームしたり、トークしたりと楽しく撮影しているうちに、頭の中に浮かんでいた疑問が、いつの間にか頭から抜け落ちてしまっていた。
撮影後、控え室に戻った陽夏と私は、いつものように着替えて食事に向かった。と言っても夜遅い時間だったので、飲み屋で軽く飲みながら食べることにした。
「ねぇ、陽夏ってダンジョン探索ライセンスのこと知ってたよね。ライセンスの取り方も知ってる?」
ジョッキに注がれたビールを飲みながら、陽夏に問いかけた。
「うんまあ、最初はダンジョン管理協会の講習会を受けるんだよ。そうすればC級のライセンスが貰えるよ」
陽夏の方も、ジョッキのビールを飲んでいた。私はソーセージやフライドポテトを摘まんだ。
「講習会って何処でやってるの?」
「基本的に講習会は、ダンジョンでの実技もあるから、ダンジョンのあるところだよ。多分、日比谷公園にある東京ダンジョンは大きくて有名だし、あそこにある協会で講習会受けられるんじゃない?他の場所が良ければ、ダンジョン管理協会のホームページで確認すれば分かると思うよ」
「ありがとう。それでB級になるにはどうするの?」
「B級は、中型以上の魔獣単独討伐20体を達成すれば取れたハズ」
「単独討伐しないといけないの?大変そうだけど」
「まあでも武器と防具が揃っていれば、そんなに難しいことじゃないと思うんだけど」
「え?陽夏って、B級取ったの?」
「ううん、ライセンスは持ってないよ。聞き齧っただけ」
眼鏡越しに見えている陽夏が何か動揺している風で怪しいけど、そういうことにしておいてあげる。
「分かった。まずは、講習会行かないとだね」
ジョッキ空いたけどもう一杯いこうかどうしようかな。
「あれ、姫愛、ジョッキ空いてるけど、次どうする?」
陽夏も気が付いたようだ。
もう一杯飲もうか悩んだけど、疲れているし、今夜は止めておいた方が良さそうに思えた。
「うーん、今日はこれくらいにしとこうかな?」
「あれ?少なくない?まあでも、そういう日もあっても良いか」
陽夏は結構呑兵衛だ。お酒を沢山飲むけど、酔い潰れたところを見たことが無い。そんな陽夏にとっては、今日の酒量では少々物足りなかったかも知れないけど、ごめんね。今度付き合うからさ。
そうして、その日は早々に切り上げた。と言っても十分に夜中だったんだけど。
翌日、私は早速日比谷公園にあるダンジョン管理協会に行った。ネットで調べたところでは、ここだけ講習会の頻度が多い。しかも、今日の仕事は遅い時間なので、今から講習会を受けても十分間に合う時刻に終わるということだった。それなら、今日講習を受けない理由がなかった。
講習会は、午前が座学で午後が実技になっていて、それぞれで合格しないとライセンスが取れないことになっていた。午前中の座学では、ダンジョンの説明や、ダンジョンへの入り方、ダンジョン内での注意事項、武器や防具の扱い方、魔獣との戦い方、主な魔獣の特性など、一通りのことを教わった。午後の実技では4~5人ずつの班に別れてダンジョンに入り、実際に魔獣と戦った。各班に指導員の人が付き、一班で魔獣一体を相手にするので、指示された通りにやれば危ないと思うこともなかった。それで、私はその日のうちにC級のライセンス証を手に入れることができた。
そして夕方、いつものように仕事前の腹ごしらえに喫茶店メゾンディヴェールに向かった。




