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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第2章 友情の涙 (清華視点)
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2-37. 再戦

翌週の水曜日、放課後の部活のときに、私は柚葉さんに久しぶりに打ち合いをしましょうと持ちかけました。

「もちろん良いよ」

柚葉さんは快諾してくれました。

いつも訓練をしている校舎の裏手で、礼美さん達に見守られながら、私は柚葉さんと向かい合わせに立ち、木剣を構えました。

「珍しいね、清華から声を掛けてくれるなんて」

確かに柚葉さんの言う通りでした。ここのところは柚葉さんから声を掛けて打ち合うことはあっても、私の方から打ち合いを持ち掛けたことは無かったからです。

「戦い方のコツを少し教えて貰ったので試してみようかなと」

私は柚葉さんに向かってニッコリと微笑みました。

「そうなんだ。それは楽しみだね」

柚葉さんも私に向かって笑みを向けました。私がいつもと違う気持ちでこの場に立っていることに気が付いているのか、柚葉さんからも気合を感じます。

「柚葉さん、まずはレベル1から」

そう叫ぶなり、私は体に身体強化を掛けて前に出ました。柚葉さんが受け身の姿勢に入ったのを見て、私はさらに前に出て打ち込みました。柚葉さんは私の打ち込みを受けると直ぐに反撃に入り、横から私の脇目指して打ち込んできます。私はそれを木剣で斜めに受けて弾き上げ、今度は逆に空いた柚葉さんの脇腹目指して木剣を叩き込もうとしました。しかし、柚葉さんも跳ね上げられた木剣を引き戻して私の打ち込みに合わせます。

そうした打ち合いがしばらく続きました。

いつもなら、このレベル1の打ち合いでも精一杯なところですが、有麗さんに教えて貰ってからの約二週間トレーニングを続けた成果か、まだまだ余裕があります。柚葉さんもそんな私の様子に気が付いているのか、次の段階に行かないのかとその目が催促しているようでした。

大体三分ほど経ったでしょうか。多分柚葉さんもでしょうけれど、治癒を併用しながらの打ち合いなので、まだ全然疲れていません。とは言え、いつまでもこれを続けていても終わりが無さそうなので、そろそろ次の段階に進もうと思いました。

柚葉さんと私が同時に打ち込み、互いの木剣がぶつかり合って二人の顔が近づいたときに、私は柚葉さんに声を掛けました。

「柚葉さん、そろそろレベル1.5にしようと思いますけど」

「レベル2じゃなくて1.5?」

「柚葉さんとレベル2とか怖くてできませんよ。2ではなくて1.5です」

「1.5ってどうやるの?」

「身体強化をもう一段階進めるんです」

「ふーん」

柚葉さんの目が輝いています。相当やる気になっているようです。

「私のレベル1.5がどこまで柚葉さんに通用するかは分かりませんけど、付き合って貰えますよね?」

「もちろんだよ、清華」

「それじゃあ」

柚葉さんと私は、それぞれ後ろに下がりました。私は視界を近接探知主体に切り替え、有麗さんから教えて貰った技、身体強化陣を起動します。陣の起動に伴って、体中に力が行き渡るのを感じました。

そして私は再び前に出ます。柚葉さんは最初とは異なり、攻めの姿勢になっているのが見えました。きっと、あの高速の打ち込みをしてくるのでしょう。

「柚葉さん、行きます」

私は構わず前に出ます。柚葉さんからの打ち込みを警戒しつつ、隙があれば打ち込める体勢で柚葉さんの間合いの中に踏み込みます。

それを柚葉さんが見逃す筈もなく、木剣を鋭く振り下ろしてきました。以前の私であれば、ここでもう柚葉さんの木剣の太刀筋を見失って木剣を叩き込まれて終わるところですが、今回は一味違います。近接探知で太刀筋を見極めた私は、柚葉さんの高速の振り下ろしを木剣で受け止めました。

「本当だ、清華。言うだけのことはあるね」

柚葉さんの体から、喜びの気が溢れています。どうやら、私は柚葉さんの本気に火を付けてしまったようです。

それからしばらく、互いにレベル1.5での打ち合いが続きました。有麗さんによれば、身体強化陣は、効果としては自分の意志で起動する身体強化と同じではあるものの、異なる点があるとのことでした。一つは力の利用効率が良いことですが、もう一つ、身体の力を最大限に引き出すことが可能なのだそうです。自分の意志だと、どうしてもセーブしてしまうところが、身体強化陣は意思による抑制を受けずに、しかし身体を壊さないギリギリのところまで強化してくれるのです。私の場合、自分の意志で発動した身体強化だとレベル1.3くらいまでがせいぜいでしたけれど、筋力トレーニングと身体強化陣によってレベル1.5での打ち合いをできるまでになりました。

しかし、打ち合いを続けながら、私は思いました。柚葉さんはこれが限界なのだろうかと。今回、私は有麗さんの指導のお蔭で、柚葉さんとある程度打ち合えるようになりましたけれど、柚葉さんにはもっと先があるかも知れない。私はレベル1.5でやっとなのに。これからも、柚葉さんとレベル1.5の打ち合いはできるでしょう。でも、時が経てば経つほど、柚葉さんとの力量が開いてしまうのではないか、そんな強迫観念が私の頭をよぎりました。

一度でも良い、私は柚葉さんに勝ちたい。そのチャンスは、今日、今この時を逃せばもう来ることはない。

打ち合い続けた後、双方が後ろに下がって間合いを開けて態勢を整えているとき、感極まった私は思わず叫んでしまいました。

「柚葉さん、私はあなたに追い付きたかった。今こうして貴女と打ち合えるようになったのはとても嬉しい。だけど気が付いたの、追い付くだけじゃ駄目なんだって。私の心は、一時にせよ貴女を超えたいと言っている」

なぜ私は自分の心情をこうして暴露してしまっているのでしょう。なぜ私の目からは涙が流れているのでしょう。

でも、言ってしまったことで、覚悟が決まりました。有麗さん、言いつけを破ってごめんなさい、と心の中で詫びながら、身体を巡る巫女の力をより多く、そして集中力も最大限にまで高めていきます。柚葉さんも木剣を構えて受ける姿勢になっていることが近接探知で視えました。

「柚葉さん、受け止めてください。私の渾身のレベル1.9、行きます」

私は前に出ました。柚葉さんが間合いに入る直前、身体強化陣を起動、そして前に進む勢いを殺さないようにしながら上下左右にランダムに動き、残像を残しながら柚葉さんの腕や脇腹目掛けて木剣を打ち込みます。

一瞬の後、私は柚葉さんの背後に駆け抜けていました。確かな手応えがあったと思うと同時に、柚葉さんの木剣が地に落ちる音が聞こえました。

ですけど、私の身体も大きなダメージを受けました。あちこちの筋肉が悲鳴を上げ、痛みのあまり治癒どころではなくなっていました。私は柚葉さんに勝てたと思った瞬間、それまでの集中力が途切れ、その場に倒れて気絶してしまいました。



目が覚めると私はベッドの中にいました。天井や窓枠から見ると学校の校舎の中のようです。それでようやく、学校の保健室にいるのだと思い至りました。

右手に人の温もりを感じたので見てみると、柚葉さんがベッドの横の椅子に座り、両手で私の手を握っているのが見えました。

「清華、気が付いたんだね」

柚葉さんが心配そうな顔で私のことを覗き込みました。

「柚葉さんがここに運んで治してくれたのですね。ありがとうございます」

気絶したときに感じていた身体の痛みが無くなっていました。きっと柚葉さんが治癒で治してくれたのです。

「ううん、そんなこと大したことじゃないよ。それより何であんな無茶したの?こうなるって分かっていたんじゃないの?」

「分かってましたよ。それでも、私は柚葉さんに勝ちたかった。私、柚葉さんに勝てたんですよね?」

「うん、私の負け。皆も見ていたから」

「そうですか」

勝てたと確認できても、思ったより感慨が湧いてきません。でも、満足でした。

「私、どうしても柚葉さんに勝ちたかった。だけど、柚葉さんはどんどん強くなっていってしまう。だから、今日しかチャンスが無いと思ったんです。勝てて本当に良かった」

「何を言っているの。清華は私と対等に打ち合えたじゃない。これからも私に勝てるチャンスはあるから」

柚葉さんの言葉に、私は首を横に振りました。

「無理ですよ。今回私が勝てたのは、柚葉さんが知らないことを私が知っていたからに過ぎないのですから。柚葉さんが同じことを知っていたら、私には勝ち目がありません。柚葉さんもそう思いませんか?だって、柚葉さんはレベル1の打ち合いの時、身体強化を使っていないでしょう?」

私の言葉に、柚葉さんはしばらく沈黙していました。

「そうか、清華は気付いてたんだ」

「何となくですけど。柚葉さん、たまに孤独そうな表情もしていましたし。その身体のことで悩んでいるのではないかなって。だから柚葉さんに伝えたかった。柚葉さんは孤独じゃないって。そのために柚葉さんに勝って、柚葉さんのいるところに私も行けるってことを示したかった」

「うん、清華は私のところに来てくれた。知ってる?最後の打ち込みの時、清華の髪が白銀になっていたんだよ。それを見て、私はとても嬉しかったんだから」

柚葉さんの目が涙で潤んでいました。

「だから、お願い、清華。もう二度とこんな無茶なことしないで。本当に清華の身体、ボロボロだったんだよ。治癒できなかったらどうしようかって気が気じゃなかったんだから」

柚葉さんは私に抱き付いて来ました。柚葉さんの涙が、私の首筋を流れていきます。

「分かりました、柚葉さん。約束します」

口では柚葉さんのためのようなことを言ってしまいましたけれど、本当は私の小さなプライドを満足させたかっただけなのかも知れない、と心の中は柚葉さんに申し訳の無い気持ちで一杯でした。でも、柚葉さんを孤独にしたくないという想いは本当のこと。

だからもう泣かないでください、柚葉さん。

気付けば、私の目からも涙が零れていました。


第二章はここまでです。いかがでしたでしょうか。

最後のこのエピソード、とても好きです。


第三章の開始は3/18を予定しています。

次の展開は...もうお分かりですよね??

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