2-22. 探偵社
日曜日、私は探偵社に行くことにしました。例の白銀の巫女のことを調べるためです。
探偵社は、私の家から駅の方に半分くらい歩いてから横に曲がって少し歩いた商店街の外れの酒屋さんの建物の二階にあります。
酒屋さんの店舗の脇にある階段を上って二階に上がると、「東護院探偵社」と書かれたすりガラスの嵌められた扉がありました。そう、ここは我が家が出資している探偵社なのです。社長は下のお兄様の智弥兄様ということになっていますが、智弥兄様は家で引き籠っているので、実質取り纏めをしているのは副社長の源城さんです。
私はドアのノブを回して扉を開けました。
「こんにちは」
扉から顔を出して中にいる人に向かって声を掛けました。
「あ、お嬢、いらっしゃい」
私を迎えてくれたのは三課の十郷さんでした。我が家が出資しているからか、子供の頃から顔を出しているからかは分かりませんが、探偵社の人達からは「お嬢」と呼ばれています。
「十郷さん、こんにちは。あの、他の人はいないのですか?」
「皆、出払っているよ」
「本荘さんは?」
「課長は結婚記念日だから、今日はお休みだって」
「あら、そうですか」
本荘さんは十郷さんの上司で三課の課長をやっています。そして、事務局の円香さんの旦那様です。
「課長に用事だったの?」
「いえ、大した話ではないです。本荘さんの奥様と知り合いになれたので、そのことをお話しようかなと思っただけです」
「お嬢も黎明殿本部の事務局に行ったんだ?」
「お父様に言われて手伝いに行っています」
「へえ、そうなんだ。でも、手伝いならいつもはこっちに話が来るような」
「お父様は、社会勉強がてら、私が事務局の人達と顔見知りになった方が良いと思ったみたいです」
「なるほど、それは確かにそうだ」
十郷さんは私の説明に納得したようでした。
「それで、課長はいないけど、どうする?」
「あ、いえ、本荘さんに会うのが目的ではなかったので。調べたいことがあったのです」
「調べ事ですか?お話を聞いても?」
「ええ、もちろん。お仕事の邪魔にならなければ」
「お嬢の話を聞くくらい、何の問題もないですよ。じゃあ、そちらのソファに座ってください」
私は促されるまま、探偵社の応接スペースにあるソファに座りました。この探偵社に来るたびに、ここのソファのところで相手をして貰っていたので、私には馴染みの場所です。
「お嬢、珈琲をどうぞ」
十郷さんが珈琲を持ってきてくれました。ここではいつも珈琲が飲めるようになっているのです。私が珈琲を覚えたのも、ここだったと思います。
「ありがとう、十郷さん」
一緒に出された砂糖とミルクを珈琲に入れてから、珈琲を飲みました。
「それで調べたいことと言うのは?」
私が珈琲を飲んで、一息ついたころに十郷さんが口を開きました。
「十郷さんは、白銀の巫女って知ってますか?」
「白銀の巫女ですか?いえ、聞いたことはないですね」
「白い銀の髪に、濃い銀の瞳、白に銀のアクセントが入った巫女の姿をした女の人だそうです」
「それって、巫女のコスプレイヤーですか?」
十郷さんの問い掛けに私は首を振りました。
「いえ、これまでに二度、街中に現れた中型の魔獣を一撃で斃しているのを目撃されています。それって、ただのコスプレイヤーではできないですよね?」
「確かにそうですが。あ、そう言えば街中に魔獣が出現したことは新聞記事にあった気がしますね」
「そうでしたか?」
「はい。魔獣が現れたのがいつか分かりますか?」
「一度は三月下旬に秋葉原で、もう一度は先週水曜日に新宿です」
十郷さんはソファから立って、自席からノートパソコンを持って戻ってきました。そして、ノートパソコンでゴソゴソ操作して目的のものを見つけたようです。
「ありました。これですね」
十郷さんはノートパソコンの向きを変えて私の方に画面を見せてくれました。その画面には、新宿の街中に魔獣が出現したという記事が表示されていました。その記事では、魔獣が突然出現したが、何者かによって斃されたとだけ記されていました。何者かがどんな人かについての言及はありません。
「確かにここに書いてある魔獣のことだと思いますけど、白銀の巫女については触れられていませんね」
「目撃証言が少なくて、記者が信憑性を確認できなかったからではないでしょうか。記者は嘘を書いたと叩かれるのを嫌がりますから」
「そうですね。他の記事も同じような内容なのでしょうか?」
十郷さんはノートパソコンの向きを自分の方に戻してから、しばらく調べていたようですが、目ぼしい記事は見つけられなかったようです。
「新聞社やニュースサイトの記事は皆似たり寄ったりです」
「そうですか」
「それじゃ、今度は個人サイトを調べてみますか」
十郷さんは再びノートパソコンをいじり始めました。すると、割りとすぐに目的のものを見つけたようで、十郷さんの顔が明るくなりました。
「お嬢、個人サイトでは『白銀の巫女』って言われているようですね。最初、場所や時間と容姿の特徴で検索してみたんですが、いくつかのメッセージで『白銀の巫女』と呼んでいたので、それで検索したらさらに目撃証言のメッセージが見つかりましたよ。遠目で映りが悪いですけど、動画もありますね」
私はソファから立って、十郷さんの後ろに回り込み、パソコンの画面をのぞき込みました。
「魔獣が出現するところは撮れていませんが、女の人が突然現れて魔獣を斃してすぐに去っているのは、話に聞いた通りです。でも、これだと顔が良く分かりませんね」
「確かにこの大きさだと画像が荒すぎですね。他にないか調べてみます」
十郷さんは、検索して出て来たサイトを順番に確認していきました。しばらくはサイトを開いては閉じての作業を繰り返していましたが、あるサイトを開いたところで目的のものを見つけ、私の方に向きました。
「これなんてどうです?」
それはSNSのサイトの個人のメッセージでした。
「この記事には、写真が付いてますね」
そう、メッセージには写真が添えられていました。しかも、魔獣に対峙している女の人を割りと正面から捉えていました。ただ、魔獣の後方の遠くからの撮影らしく、細かい顔の表情までは読み取れません。
「確かに白い銀髪ですが、目の色は良く分かりません。ここのデータベースと突き合わせてみましょう」
十郷さんは、写真から女の人の顔の部分を切り出して、探偵社の中のデータベースのデータと照合しました。しかし、結果は該当なしでした。
「現在登録されている巫女には該当者はいないようです」
「そうですか」
「過去に登録された巫女のデータも含めて調べてみます」
十郷さんは検索範囲を広げて確認してくれましたが、結果は該当なしでした。
「無いですね」
「あの、髪を黒くしたらどうですか?」
「髪を黒く?」
「はい」
私は柚葉さんが黒髪であることを思い出して、十郷さんに頼んでみました。
「やってみます」
十郷さんは、先程切り出した女の人の顔で、髪の毛や眉毛などを黒く変えました。そして、その画像でデータベース内を検索をしました。
「あ、類似度が高いものが一件あります」
確かに検索結果として表示されているものが一つだけありました。
「これは?」
「名前は『阿寧』とだけ、確認されたのは五十年くらい前ですね」
「五十年くらい前にいた阿寧ですか。同一人物でしょうか」
「どうでしょうか。巫女は年を取るのが普通の人よりも遅いと言われていますが、写真の通りなら五十年前とほとんど変わっていないことになります」
そう、巫女は年を取るのが遅いのです。実際、お婆様も若く見えます。ただ、実年齢よりは、と言うことであって、まったく年を取らないということではありません。
「どういうことなのでしょうね」
「分かりません」
「そのメッセージのアドレスと、写真のデータを貰えますか?事務局でも確認してみます」
「それは構いませんが、多分、事務局にはデータは無いと思います」
「そうなのですか?」
「はい、個人情報保護のためとかで、事務局では登録の必要のない古いデータは削除することになっている筈です」
「分かりました。とはいえ確認したいので、データを貰えますか?」
「承知しました」
十郷さんから貰ったデータは、自分のスマホに保存しました。
「十郷さん、ありがとうございます。お時間使わせてしまってごめんなさい」
「いえ、これくらい問題ないです。お嬢は、さらに調べるつもりで?」
「ええ、まだ分からないことが色々ありますから。でも事務局に情報が無いとすると誰に聞けば良いでしょうね」
「分からないことはその道のプロに聞くのが一番なんですが。まあ、俺も気にしておきます。何か分かったら知らせますんで」
「ちゃんとお仕事を優先してくださいね。私のは何かのついでくらいで良いので」
「お嬢、大丈夫ですよ」
十郷さんは私に笑いかけた。大丈夫と言われたのだし、私はそれ以上は気にしないことにしました。
「それでは、私はそろそろお暇します。源城さんや本荘さんによろしくと伝えてください」
「はい、伝えておきます」
私は十郷さんに挨拶すると、探偵社のオフィスを後にしました。




