2-19. 銀髪銀眼の巫女
「白と銀の和装に身を包んだ銀髪銀眼の女の人を見たのですか?」
それまで黙っていた柚葉さんが会話に割り込んできました。
「そうそう、綺麗な人だったなぁ。髪は白っぽい銀色、瞳は濃い銀色で神秘的な感じだったんだ。そして強かった。魔獣を一撃で斃すと、ポーンってジャンプして遠くに消えていっちゃうんだよね。だから一瞬しか見られなかったんだけど」
「そんな人を二度も見たのですね?同じ人でした?」
「うーん、同じだったような気がするなぁ。二度とも同じ髪型で簪していたし」
「簪をしていたのですね。目撃したのは、いつどこでですか?」
「どうしたの?やけにこの話題への食いつきがいいんだけど?」
愛子さんが若干引き気味です。
「あ、驚かせてしまったのでしたら、ごめんなさい。私たち高校でミステリー研究部に所属していて、特異なこととかに興味があるのです。それで、その銀髪銀眼の女の人のことが気になってしまいまして」
勢いのついた柚葉さんをフォローするために、取り繕うように言い訳してみました。
「あー、それでなんだ。分かった。一度目は、一か月くらい前に秋葉原で、二度目は一昨日の水曜日に新宿でだよ」
「一昨日の水曜日に目撃したのは何時ころですか?」
「そうだね、えーと、お昼を食べる前だったかな」
丁度私たちが遠足に行っていた時間帯です。
「情報ありがとうございます」
取り敢えず、柚葉さんとして確認したいことは終わったようです。
「あの、それでできればお願いしたいことがあるのですけど」
「何かな?」
「もし、また目撃することがあったら、お話していただけますか?」
「それくらい構わないけど、どうやって教えれば良いかな?」
「琴音さんに伝言してもらって良いですか?私たちたまにここに来ますので」
「うん、分かった」
話を終えたタイミングで、琴音さんが女性の注文していたスパゲッティを持って出て来ました。
「愛子さん、これからお仕事なのではないですか?お時間大丈夫?」
「んー、まだ大丈夫だけど、少し急いだ方が良いかな。じゃあ、失礼していただきます」
愛子さんは、急ぎ気味にスパゲッティを食べ始めました。
柚葉さんの方はと言うと、何か考え事をしているような目をして黙っています。私は話をしていて冷めてしまった珈琲をすすりながら、少し遅い時間になってしまったなぁと考えていました。
「清華ちゃんは、そろそろお家に帰らないといけないのではなくて?」
「琴音さんの言う通りなのですけれど、たぶん、柚葉さんはもう少しお話したいのではないかな、と思いまして」
「そうね、今日はもうあまり時間は掛けないつもりだけど、もう少し付き合ってもらえると嬉しいな」
柚葉さんの目は何かを言いたげです。でも、きっと、愛子さんが帰るまでは言わないつもりでしょう。
それから10分くらいの間で、愛子さんはスパゲッティを平らげ珈琲も飲み切ってから、慌しそうにレジに向かいました。
「今度はゆっくりしていってくださいね」
「うん、そうする」
琴音さんに見送られながら、愛子さんは店を出ていきました。
「それで、柚葉さんは、さっきのお話を聞いてどう思ったのですか?」
黙っていると話してくれないかもと思い、私の方から水を向けてみました。
「そのことなんだけど」
私に言い掛けながら、柚葉さんは琴音さんの方を向きました。
「琴音さん、控室か何か使わせて貰えませんか?ここでは」
柚葉さんは視線を琴音さんから周りに向けました。店の中は夕食時になり、お母さん達は店を出ていましたが、私たち以外にもお客はいます。
「分かりました。二人とも荷物を持ってこちらに来て貰えますか?」
琴音さんは柚葉さんの言いたいことを理解したようで、私たちをカウンターの中に通しました。
「四辻さん、少しの間、お店の方をお願いしたいのですけれど?」
「お任せ下さい、琴音様」
四辻さんに言い置いて、琴音さんは、私たちを店の奥へと案内してくれました。店の奥は倉庫みたくなっていて、冷蔵庫も置かれていました。奥には控室がありそうでしたが、琴音さんは別の扉を開けました。扉の中は玄関のようになっていて、靴箱などが置いてあります。
「二人ともスリッパに履き替えてね」
琴音さんは靴を脱いでスリッパに履き替え、横にあった階段を上って二階に行きました。柚葉さんも私も同じようにスリッパを履いて琴音さんに付いていきます。二階に上がると廊下があって、いくつか扉が並んでいましたが、琴音さんは階段の反対側にある一番近くの扉を開けました。
「ここに入ってください。家のリビングですから」
「琴音さんは、ここに住んでいるのですか?」
「そう、便利でしょう?」
「はい」
リビングはダイニング兼用のようで、四人掛けのテーブルと、横にはソファやローテーブルにテレビが置いてありました。
「好きな方に座って良いですよ」
琴音さんに促されて、私たちはソファの方に座りました。柚葉さんが会話結界の魔道具を出そうとしましたが、琴音さんが押し留めました。
「ここは大丈夫です、結界が張ってありますから」
「分かりました」
柚葉さんは安心したようになり、魔道具を出そうと膝に乗せていた鞄を脇に置きました。
「それで柚葉ちゃんはどうして場所を変えようと思ったのですか?」
「言葉だけでは済まない話になるかな、と思って」
「そうなの?」
「はい」
柚葉さんがどうしてそう思ったのか分からず、ともかく話を聞いてみることにしました。
「柚葉さん、愛子さんの話を聞いて、何か気が付いたことがあったのですか?」
「少し偶然にしては出来過ぎているかなぁって」
「どの辺りがですか?」
「そうね。まず、少しの時間しか目撃できない人を2回も目撃出来たってことかな?」
「確かにタイミングとしては出来過ぎなようにも思いますけど、2回なら偶然の可能性もありますよね?」
「まあ、それはそうかもだけど。じゃあ、清華は『白と銀の和装に身を包んだ銀髪銀眼の女の人』と言われて思いつくことは無い?」
「えーと、そうですね。何かこう、目立ちたがりな人なのかなって思ったりしましたけど」
「琴音さんは?」
「そうね。わざと目立って印象付けようとしているとか?」
柚葉さんの目を見る感じだと、どうやら私たちの回答は的を射ていないような印象を受けました。
「柚葉さんの求めている答えって、そういうことではないのですよね?柚葉さんには何か思い当たることがあるのですか?」
柚葉さんはポケットからスマホを取り出して、操作を始めました。どうやら、アルバムから写真を選んでいるようです。そして目的のものが見つかったのか、それを私たちに見せてくれました。
「私が思い至ったのはこれなんだけど」
琴音さんと私は息を呑みました。スマホの画面には、白と銀の和装に身を包み、銀色の髪を結って簪を挿し、瞳を銀色に光らせた女性が舞っている場面が移っていました。
「これって」
そう。確かに先程の女性が言った通りの姿をしています。
「どうして柚葉ちゃんがこの写真を持っているの?」
琴音さんの言葉に、柚葉さんは笑いました。
「二人ともよく見てくださいよ。これは私です。私が巫女の舞いを舞った時に知り合いが撮ってくれた写真なんです」
「え?」
確かに言われてみれば、顔が柚葉さんのようです。
「でも、柚葉さんは黒い髪に黒い眼ではないですか。どうやって銀髪銀眼にしたのですか?」
「それがどうも力が溢れると、銀髪銀眼になってしまうみたいなんだよね。たぶん、いまでもできると思うんだけど」
そういうと、柚葉さんは目を瞑り、何かを念じ始めたようです。すると、段々と柚葉さんから感じる力の波動が強くなっていきます。それがどんどん強くなり、柚葉さんの体から溢れ出してくるような感覚になったとき、柚葉さんの髪が銀色に輝き始めました。そして、柚葉さんが目を開けると、その瞳は鈍い銀色になっていますが、物憂げな表情になっています。私はその姿に感動を覚えるとともに、その表情から悲しげな雰囲気を感じ取って心が痛み、自然と涙が出てきてしまいました。
「柚葉さん、分かりましたから、もう良いです」
本当は、私たちにはその姿を見せたくなかったのではないでしょうか、そんな風に感じた私は、柚葉さんを止めました。
「ありがとう。清華は優しいね」
柚葉さんは、ふと顔を俯けました。そのとき、柚葉さんの簪の先も銀色に光っているのが見えました。それから、柚葉さんから感じる力の波動が段々と弱くなり、柚葉さんの髪や瞳の色も元の色に戻っていきます。柚葉さんは、ポケットからハンカチを出すと、私の涙を拭ってくれました。
「だって、柚葉さんは、本当はその姿を好きではないのではないですか?それなのに私たちのためにわざわざやってみせてくれて、無理しているのが丸わかりなのですから」
「そうか、清華には分かっちゃうんだ」
柚葉さんは感慨深げに私の顔を見ました。
「でも、これで分かったでしょ?目撃された女の人は、多分巫女だと思うよ」
「巫女の真似事をしているだけでなくて、ですか?」
「そう。魔獣を斃した後の動きとか、聞く限り普通の人にはできそうもないしね」
「でも、この辺りにいる、私たち以外の巫女って誰かしら?そう言えば、秋の巫女もこちらの大学に来ているとか聞いたけれど?」
琴音さんの言葉に柚葉さんは首を振りました。
「可能性だけで言えば秋の巫女ってことも言えなくもないけど、実際問題として秋の巫女ではないと思うよ」
「それはどうしてですか?」
私は柚葉さんに問い掛けました。
「だって、秋の巫女は大学一年生でしょ?先月の秋葉原のときは、高校三年生ってことになるけど、高校は大阪だったよね?」
「そうですね」
「たぶん、そのころには高校の卒業式は終わっているだろうけど、引越しだとか入学手続きだとかで忙しい時期に、わざわざ秋葉原で目立つように魔獣退治をしている余裕は無いと思うんだよね」
「確かに言われてみるとそうですね。でも、そうなると」
私は一旦口を閉じて、思考を巡らしました。封印の地の巫女でなければ、答えは一つしかありません。
「本部の巫女ということになりますね」
「まあ、そうだよね。本部の巫女しか居ないと思う。私は本部の巫女のことは全然知らないんだけど、清華は知っているの?」
「ええ、最近、たまにお手伝いに行っていますので。本部の巫女で、いまこの辺りにいるのは石蕗有麗さんだけだと思いますが、彼女は髪が短いので髪をまとめて簪を付けているという話には合わないのですよね」
「なら、他の地区担当の巫女か、未登録の巫女ってことかな?」
「ごめんなさい。そこまでは分からないので、今度事務局に行ったときに聞いてみます」
「うん、何か分かったら教えてね。それから、何故街中に出現した魔獣を斃しているのかと、次にいつどこに出現しそうなのかも」
「街中に出現した魔獣を斃した理由ですか?」
「そう。中型の魔獣は、巫女でなくても斃せるし、いつもなら地元の魔獣対策班が対応することになっているでしょう?わざわざ巫女が出向く必要はないと思うんだよね」
「確かにそうですね」
柚葉さんの言うことももっともです。その柚葉さんにも分からないことはあるようですが、調査の領域であれば、上手くやれそうな気がします。




