2-17. メゾンディヴェール
金曜日の放課後、私たちミステリー研究部の部員は、放課後早々に連れ立って下校しました。そうなった元は、柚葉さんが部室に来て言ったことにありました。
「あの、ゴメン、今日ちょっと行きたいところがあるので、部活動はお休みで」
「ん?柚っち、行きたいところって?」
「この近くに、気になるお店を見つけたので、そこを見に行ってみようかと」
「柚葉、そこってどんなお店なの?」
「外から見ただけだけど、喫茶店だよ」
「え、喫茶店に行かれるなら、私もご一緒したいです」
百合さんの言葉に、皆も頷いたので、結局ミステリー研究部一同で向かうことになったのです。
「何だか大事になっちゃったなぁ」
柚葉さんは若干戸惑い気味のようです。でも、これまで部のメンバーで喫茶店に行ったことは無かったので、たまには良いのではないでしょうか。
学校から駅の方に向かい、新大久保の駅のガード下をくぐって通り抜け、さらにしばらく柚葉さんに付いて歩いていくと、確かに喫茶店がありました。
「ここなんだけど」
入り口の上の庇には、「喫茶店メゾンディヴェール」と書かれています。
「柚葉さん、入りましょう」
私が先頭を切って、喫茶店の扉を開けました。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「6名です」
店の中にいた、女性店員が、私たちを招き入れてくれました。店の内装には、ダークブラウンの化粧板が沢山使われていて、落ち着いた雰囲気ですが、ガラス面が広く解放感もあります。店内には珈琲の香りが漂っていて、まさに喫茶店という感じです。席は、カウンターの他に、二人席や四人席がありました。店の中には近所の奥様方や学生と思われる女の人達が沢山いて、それぞれテーブルごとに楽しそうにお喋りしていました。結構な人がいたので、私たちが座れる席があるのか心配になりました。カウンターは空いていたので並べば6人座れそうでしたけど、できればテーブルが良いのです。そう思って見渡すと、奥に空いている席がありました。ちょうど店員さんもそちらの方に向かっていて、空いていた二人席と四人席を繋げて、6人で座れるようにしてくれました。
「はい、こちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
六人席の壁際の方に柚葉さん、私、佳林が、反対側に潤子さん、礼美さん、百合さんが座りました。柚葉さんは、店の中を良く観察しているようです。
女性店員がおしぼりとグラスに入った水を持ってきて、皆に配ってくれました。見たところ、彼女は20代半ばでしょうか。髪はウェーブのかかったセミロングで首筋くらいの高さでひとまとめに縛り、バンダナをしています。
「メニューはこちらになりますので、決まりましたらお知らせください」
テーブルの上にメニューを置いて、女性店員は下がりました。
「さて、何にしましょうか?」
「珈琲色々種類がありますね、どうしようかなぁ」
「せっかく喫茶店に来たのだから、ケーキセット食べたいですよね」
皆でメニュー見ながら、どれにするかとおしゃべりを始めました。
「柚葉さんは、どうしますか?」
「そうねぇ、クレームブリュレとカモミールティーにしようかな」
「あら、珈琲ではないのですね」
「うん、私、どちらかというと紅茶派なんだ」
そして、他の皆もお喋りしながら、注文を決めていました。
注文が揃って女性店員にオーダーすると、皆はこのお店のことについて話を始めました。
「ここに喫茶店があるなんて全然知らなかったよ。清華は大久保駅から歩いているんじゃなかったっけ?ここのことは知ってた?」
「いえ、今日初めて知りました。駅前の通りからは少し外れていますから、知らないと見逃してしまいますよね」
「柚っちは、どうやってこの店を見つけたのかね?」
「この辺りを歩いていて、たまたま見つけました」
「ああ、柚っちは、この辺りに住んでいるのだったか」
潤子さんは納得した風でしたが、そういう見つけ方ではないですよね、柚葉さん。私はここに来て、柚葉さんがどうしてこのお店を見つけたか分かりましたけれど、コメントは差し控えましょう。
そうこう話をしていたら、注文していたケーキと飲み物が出てきました。
「注文のお品は以上でよろしいでしょうか。ごゆっくりどうぞ」
配膳を終えた店員さんがお辞儀をしてから下がっていきました。そして、私達は一斉にケーキを食べ始めます。
「あー、このパンナコッタ美味しい」
「うん、モンブランはやっぱり良いね」
皆、笑顔で満足そうです。
「柚葉さん、クレームブリュレはどう?」
「とっても美味しいよ。これを選んで良かった。カモミールティーも美味しいし」
柚葉さんの嬉しそうな顔を見ると、こちらまで嬉しくなります。もちろん、私も美味しくいただきました。
皆がケーキを堪能して、お喋りしながら珈琲などを飲んでいると、あっという間に時が過ぎ、そろそろ帰らないといけないという時間になってしまいました。
「ごちそうさまでした」
「またいらっしゃいませ」
レジで精算してお店を出て駅前通りまで来たところで、私たちは大久保駅組と新大久保駅方面組とに分かれました。大久保駅組は、三鷹に住んでいる佳林と私、それに阿佐ヶ谷に住んでいる百合さんです。新大久保駅方面は、歩いて帰る柚葉さんと、新宿から小田急線に乗る潤子さんと京王線に乗る礼美さんです。
「ではまた明日」
手を振って分かれて、大久保駅に向かいます。
そして駅に着いたところで、佳林たちに言いました。
「佳林さん、百合さん、申し訳ないのですけど、私ちょっと寄り道したいので、ここでお別れしますね」
「はい、清華さん、また明日」
佳林たちは改札の中に入っていきました。
私は駅前通りの先程分かれたところまで戻りました。しばらく待つと、新大久保駅方向から柚葉さんが来るのが見えました。
「良く私が戻ってくるって分かったね」
「私だって、ちゃんと分かりますよ」
「そうだよね、馬鹿にしちゃったみたいでゴメン」
「大丈夫ですよ」
私たちは二人で歩きました。そして足を止めた時には目の前に先程の喫茶店がありました。さっきもそうでしたが、ここまでくれば、私にも分かります。お店の中から力の波動を感じるのです。なので、なぜ柚葉さんがこのお店に来ようと言ったのか、その理由を悟りましたが、先程は他の人たちもいたので何も言わずにお店を出たのでした。ですが、どうしても気になったので、駅で別れて戻ってきたのです。きっと柚葉さんも同じことを考えているのではないかと思っていましたが、どうやらその通りだったようです。まあ、柚葉さんには私の位置は筒抜けと思うので、私の行動を見て合わせてくれたのかも知れませんけれど。
柚葉さんが喫茶店の扉を開けると、最初に来たときと同じ女性店員の声がしました。
「いらっしゃいませ」
私たちに気付いていると思いますけど、他の人がいるからか、前回と同じようににこやかに私たちを見せの中に迎え入れてくれました。
「カウンターで良いですか?」
柚葉さんが問い掛けると、店員さんは至極当然のような仕草で応じました。
「はい、もちろん。こちらへどうぞ」
私たちをカウンターに案内すると、店員さんはお絞りと水の入ったグラスを出してくれました。
柚葉さんは、席に座ると鞄の中のポーチから、白い容器を取り出していました。私は一目見てそれがバスの中で使った会話結界の魔道具の容器だと分かりました。柚葉さんは、容器から魔道具を三つ取り出して力を籠めると、一つを私に渡して、もう一つを店員さんに差し出しました。店員さんも見覚えがあったようで、ためらわずに一つを受け取り握りました。
「やっぱりそうなのですね」
女性店員は、柚葉さんと私を見ました。
「はい。私、南森柚葉と言います。単刀直入に聞いてしまいますけど、冬の巫女ですよね?北杉琴音さん?」




