2-15. 帰路の車中にて
私は柚葉さんに尋ねたいことを思い出そうとしました。
「えーと、魔獣が襲って来た時に柚葉さんは早いうちに気が付いていましたよね。どうして分かったのですか?」
「遠隔探知してたからだよ」
「でも、遠くだったらどこに行くのか分からないのではないですか?」
「ああ、遠隔探知は地形も分かるんだよね。あの時は、沢の谷に沿って動いていたから、これはここに来るなって思ったの」
「そうなのですか。それにしても、遠隔探知ってそんなに遠くまで探知できるのですね」
「探知範囲は人と経験次第のところがありそうだけどね。私も前は探知できる範囲はずっと狭かったし」
「私も遠隔探知できるようになりますか?」
「できると思うよ。従妹にも教えたことあるし、今度教えるね」
「ありがとうございます」
私は嬉しくなって、柚葉さんに笑みを向けました。
「あの、それでもう一つ聞きたいことがあるのですけど」
「何?」
「魔獣の頭に掌を当てて斃してましたよね。あれは何ですか?」
「ああ、あれは掌底破弾って呼んでいるけど、直接光弾を魔獣の中に撃ちこんでいるイメージかな?」
「光弾って、あの掌から飛ばす光の弾のことですか?」
「そう、掌の前で光の弾を作って飛ばして相手に当てるもの」
柚葉さんは、魔道具を握っている左手を右手の掌の前に置いたあと、握った左手を右手の前方に飛ばすようなジェスチャーをしました。
「清華もできるんだよね?光弾って呼んでなかった?」
「はい、私もできますよ。でも、光の弾って呼んでましたね」
「ふーん、呼び方が違うんだ。ともかく、光弾は作ってから飛ばしてぶつけて爆発みたいな感じだけど、掌底破弾はいきなり爆発って感じ」
「聞いただけでできそうな気がしましたけど」
「光弾が出来ているのなら、きっとできるよ」
「でも、その、掌底破弾?は柚葉さんが思いついたってことですか?」
「うん、そう。必要に迫られて、かな。私、光弾使うの禁止されてたから」
「それってどういう理由でですか?」
「小さい頃に、私力を暴走させたことがあって、まあそれは止めて貰えたんだけど、それ以来放出系の技は禁止されたんだよね」
「だったら掌底破弾も駄目なような」
「いや、ほら、武器に力の刃を乗せるみたいなものだから」
「力の刃は武器を持って使いなさいって言われていたんですよね。掌底破弾は素手だけど良いんですか?」
「え、いや、ほら、気功みたいな、ね?」
「それ、理由になってないような」
「うわー、清華、厳しいよぉ」
柚葉さんが半泣きです。面白いです。
「まあ、そこは大目に見てあげましょう」
少し偉そうにしてみました。
「あと、あの戦いのときに使っていた槍は何ですか?いきなり現れましたよね」
「あれは、南御殿に置いてある従者の像が持っていた魔道具の槍だよ」
「魔道具の槍?従者の像が持っていたのですか?」
「東御殿には主と四人の従者の像って飾られていない?」
「ありますよ。黎明殿の当主と、それぞれの封印の地の最初の巫女四人と言われている像ですよね」
「そんな由来があったんだ。初めて知ったよ。で、その従者の中で槍を持っている人がいて、その槍が魔道具の槍だったわけ」
「その槍はどんな魔道具なのですか?」
「利用者登録しておくと、転送して呼び出したり、戻したりできるんだよ」
「とても便利そうですけど、東御殿にもあったりするでしょうか?」
「少なくとも魔道具の剣はあると思うんだけど。南御殿の武器庫には、同じように転送できる魔道具の剣が何本も保管されていたよ。だから、東御殿の武器庫にもあるんじゃないかな?」
「それはとても気になりますね。一度東御殿に確かめに行きたいですけれど、柚葉さんも一緒にどうですか?」
「もちろん、一緒に行かせて」
「では決まりということで」
柚葉さんと東御殿に帰るのが楽しみです。
その後もお喋りを続けて、気が付いたらバスは学校の前に到着していました。
学校から家に帰ると、私は道場に向かいました。道場は家の地下にあります。東護院家がここに家を建てた時、ある程度の土地の広さがあったとはいえ、道場を地上に建てるには手狭だったので庭の地下に作ったのだとお母様から聞いたことがあります。
私はこの道場で、お父様やお父様のボディーガードの人達、それに情報部の人達から、体の動かし方や剣の使い方などを教えて貰っていました。ですが、今日は誰もいないようです。道場に入ると、中はがらんとしていて静かでした。道場は左右に長くなっていて、入って右端はひな壇のように少し高くなっています。そのひな壇の両側にはフルアーマーの防具が飾られていました。ひな壇を見て左側が男性用、右側が女性用です。何でも、ダンジョンにいた魔獣の堅い皮を使った防具だそうで、軽いけれど頑丈なのが特徴なのだそうです。お父様の会社では、こうした防具の制作・販売も手掛けていて、たまに新作に置き換えられています。
さて、私は壁に掛けてあった木槍を取ると、道場の中央の方に進んで木槍を構えました。目を閉じて、先程の柚葉さんと魔獣との戦いを思い出します。一体目には槍を突いて、二体目の頭に掌を当てて掌底破弾を打ち込み、三体目と四体目を躱して、五体目にまた槍を突いて。ここまでなら私もできそうな気がします。二体目に対する掌底破弾も、実地で試したことはありませんが、柚葉さんに聞いた通りにやればできそうな気がします。
その後、柚葉さんは避けた二体には見向きもせずに残りの魔獣が向かったクラスメイト達の方に走り始めました。ここは遠隔探知で状況を把握していればできそうです。クラスメイト達の方に向かっている魔獣と、自分の方に向かっている魔獣の両方に注意を向けて対処できるのかどうか、それは柚葉さんから遠隔探知を学んでから試してみるしかありません。
そして、問題はこの後の全力疾走とも言えそうな高速の連続ジャンプ。身体強化を極限まで掛ければできるのか。私が普通に50mを走って7秒半くらい、身体強化を使っても4秒でしょうか。時速で45kmです。それだと魔獣と同じくらいの速さなので、あの短時間で追い越すなんてできません。先日の打ち込みのときのスピードと言い、身体能力が普通より高いように思えるのですけど、あの時の悲しげな柚葉さんの表情を思い出すと、そのことを彼女に問い質す気にはなれそうもありませんでした。
私は遠足の時の戦いの回想に区切りをつけ、気を取り直して槍の型の練習を始めました。一つ一つの動作を丁寧に、正確に、スピーディーに、そして力強く。何度も何度も練習して既に体に馴染んでいるその動きを、先程の迷いを打ち消すように無心に繰り返しました。
「遠足から帰ってきたばかりだと聞いていたけど、やけに熱心にやっているね」
「え?あ、お父様、お帰りなさい」
集中していて、お父様が道場に入ってきていたことに気が付きませんでした。
「ただいま、清華。そろそろ夕食になるみたいだけど、清華はどうする?」
「はい、一緒に食べます」
私は練習を切り上げ、木槍を元の場所に戻してから、お父様と一緒に道場を出ました。そして軽くシャワーを浴びて汗を流してから、食堂に向かいました。
食堂には既にお父様がいて、軽くお酒を飲んでいるところでした。
「お父様、お待たせしました」
「ああ、いや、先に一杯やっていたから問題ないよ」
テーブルに並べられているのは三人分の食事でした。それはつまり、お父様と私と瑠里の分ということになります。
「今日もお兄様達は?」
「そうだよ、食事は別になるみたいだね」
私にはお兄様が二人います。しかし、上のお兄様は仕事で忙しくて帰りが遅く、下のお兄様は引き籠りで部屋から出てこようとしません。今日はお父様がいるので三人ですが、そうでないときは瑠里と二人の食事になってしまうのです。
いつもお父様一緒に食事をするときと同じように私がお父様の前の席に座ると、瑠里が茶碗とお椀の乗ったお盆を持ってきました。瑠里は茶碗とお椀を配膳し終わると、私の並びの席に着きました。
「いただきます」
皆で唱和すると、食事が始まります。
今日の食卓には、肉巻きアスパラ、マカロニサラダ、タケノコの炒め物に漬物やお味噌汁が用意されています。瑠里は料理上手で、いつも美味しいのです。
「そう言えば、今日はお父様は早かったのですね」
平日にお父様が早く帰ってくることはあまりなかったことを思い出して私は尋ねました。
「清華達が遠足で魔獣に襲われたという話を聞いたからね。怪我が無いか心配になって帰ってきたんだ」
「私は怪我なんかしませんよ、お父様」
「そうだろうとは分かっていても、心配になるものさ。実際、魔獣と戦ったのではないのかい?」
「いいえ、私は防御障壁を張っていただけで、魔獣は柚葉さんがすべて斃してくれました」
「ああ、あの夏の巫女の」
「はい、柚葉さんはとても強かったです。あっという間に魔獣を12体すべて斃してしまって。自分だったらできただろうかと思い返してみたのですけど、柚葉さんと同じようにはできなさそうだなって」
「それでさっき道場で練習していたのだね?」
「ええ、そんなところです」
私は食事の手を休めて、コップに注いであったウーロン茶を一口飲みながら、また柚葉さんの戦いぶりを思い出していました。
「清華」
「はい?」
お父様の声に、私はいつのまにか下を向いていた目線を上げました。
「清華は柚葉くんと同じになりたいのかい?」
「え?」
予想していなかった問い掛けに、思わず答えに詰まってしまいました。
「そうですね、柚葉さんは強いですし、力の使い方も良く知っているようですし、羨ましいと思うところがあります」
「それで、清華は柚葉くんと同じことができるようになったら満足するのかな?」
「満足できるかというと難しいかも知れません。私が今の柚葉さんと同じことができるようになった頃には、柚葉さんはさらに先に行っていそうな気がしますし」
「その通りだろうね。コピーはオリジナルにはなれないのだから。だから、追いかけているだけでは駄目だと思うよ」
「でもどうすれば良いのでしょうか?」
「清華にも清華なりの良いところや強みがある筈なんだ。それを見つけて磨けば良いんじゃないか?」
「私なりの強み」
「そう、人には色々違いがあるだろう?生い立ちや、人との繋がりや、得意なことなど。それらは同じにはならないし、同じにしてしまうと個性もなくなってしまうしね。他人と違うところで良いと思える部分を探すんだ」
「分かりました。試してみます」
お父様の言葉で元気が出てきました。
私が箸を持って食事を再開したところで、お父様が何かを思い出したような表情をしました。
「そう言えば、遠足を襲った魔物達が出現したのはダンジョンが出来たらからではないかという報告をしたそうだね?」
「はい、確証はありませんでしたけれど、柚葉さんも私もその可能性が高いと思いました」
「ああ。それでダンジョン協会が山へ調査に入ったら、清華たちが魔獣に遭遇した沢の下流で未発見のダンジョンが見つかったそうだよ」
「やっぱりあったのですね」
私の問い掛けに、お父様は頷きで答えました。
「それで黎明殿本部の方に、巫女による調査の依頼が来たらしい」
「巫女による調査って、まさか私にではないですよね?」
「違うよ。本部の巫女が派遣されると聞いている」
「まあ、そうですよね。でも、私も調査に参加できないでしょうか」
「調査は明日らしいから、清華は学校だろう?調査は本部の巫女に任せておけば良いさ。その気になれば、清華は調査結果を手に入れることができるだろう?」
「え?ああ、事務局に行けばということですね」
「そうだよ。それだって清華の強みと言えるんじゃないかな?」
「そうですね。そう思います」
そうか。私に気付かせるために、お父様は調査の情報を教えてくれたのですね。お父様、ありがとうございます。
 




