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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第2章 友情の涙 (清華視点)
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2-5. 事務局長

「それでなのだけど」

本荘さんは、私の目を見て心なしか申し訳なさそうな顔をしました。

「清華さんにお願いしたいのは、この部屋の資料の整理なんです」

私は一瞬なんて返事をしようか戸惑いました。部屋に入って眺めた時から、お世辞にも整理整頓されているとは言い難い状態で雑多な資料が棚に収められている光景を見ていたためです。

「少し大変そうですね」

「そ、そうね。まあ、私たちも合間を見てやるし――」

本荘さん、言いながら目が泳いでいますよ。

「清華さんにはきちんとアルバイト料出すから、よろしくね」

「分かりました」

私も少しジト目になってしまいましたか?

「それにしても、今まで、良くこの状態で使えてましたね」

「まあ、ここを使う人は限られているからね。順番に物が増えていたからどこに何があるかは大体把握できていたのよ。だけど、今度フロアを引っ越すことになってしまって、そうなるともう把握しきれないから」

「だから整理することになったのですね」

「そう言うこと」

事情は大体分かりました。

「それで、どのように整理しましょうか?」

「まずは、出版物や学会の刊行物と記録類を分けて、出版物は図書分類に従って、記録はダンジョン、魔物、巫女についてとそれ以外に、あとは年代ごとに揃えたいかな?」

「時間が掛かりそうですね」

「そうなのよね。それでどのみち引っ越しするし、まずは大雑把に分けて段ボールに詰めてもらって、引っ越したあとに並べ替えするのが効率的かなって思っているの」

「そうですね。私もそれが良いと思います」

「あ、それから一部の学会は論文が電子化されたのよ。そのリストを渡すから、それらの学会のものは、ネットでチェックしてもらって、ネットにあれば廃棄の方に分類してね」

「はい」

さらっと仕事が増えた気がしましたが、要らないものは捨てるべきですからね。引越し荷物を少しでも減らすために私も頑張りましょう。

「じゃあ、一旦ここから出て、セキュリティシステムへの登録をしましょう」

本荘さんに促されて資料室から出ると、矢田部さん以外に人が一人座っているのが見えました。本荘さんもその人に気が付いたようです。

「あ、莉津さんが帰ってきたみたいね」

「莉津さん?事務局長の?」

「そうそう。挨拶しに行きましょう」

本荘さんは私を引き連れて莉津さんの席に行きました。

「莉津さん、お帰りなさい。早かったですね」

「まあね。特に大きな問題も無かったし。連絡事項だけですぐに打合せが終わったから」

「だったらわざわざ行くまでも無かったのでは?」

「そうだけど、顔は見せておかないとだからね」

「仕方がないですか。ところで莉津さん、この()を紹介したいのですが」

「えーと、可愛らしい娘さんね」

そう言いながら、莉津さんは席から立ち上がり、私の方に向きました。莉津さんはショートカットにパンツスーツ姿で格好良いのですが、髪に銀色のピン止めをしているところは、やっぱり女の人だなと思えました。

「初めまして。私はここの事務局長を任されている笛野莉津と言います」

「私は東護院清華です。よろしくお願いします」

「あら、東護院家の?」

「はい」

何か莉津さんに戸惑いの色が一瞬みえたのですが、何に戸惑ったのかが分からず、言葉を継ぐことができませんでした。その雰囲気に気が付いたのか、本荘さんが助け船を出してくれました。

「ほら莉津さん。この前、資料室の整理の人手が足りないっていう話をしていたじゃないですか。東護院家の旦那様に相談したら、娘さんを寄越してくださいました」

「ああ、あの件ね。資料室はこれまで整理できていなかったので大変だろうけど、お手伝いよろしくね」

「はい、頑張ってお手伝いします」

私は莉津さんに向かってお辞儀をしました。

「折角来てもらったし、少しお話しましょうか。円香さん、この娘を借りても良いかしら?」

「ええ、後で私のところに来てもらえれば。清華さん、話が終わったら私の席に来てくれる?セキュリティシステムへの登録をしたいから」

「分かりました」

「それじゃあ会議室へ行きましょう。希美さん、お手数だけど、お茶を二つ会議室に持ってきてくださる?」

莉津さんに声を掛けられた矢田部さんは、顔を上げると椅子から立ち上がりました。

「お茶ですね。お持ちします」

「ええ、お願いします」

それから莉津さんは、私を伴って会議室に入りました。

「清華さんは、そちら側に座って」

私が莉津さんに指し示された入り口から会議室のテーブルを挟んで向こう側に並んでいた椅子の一つに座ると、莉津さんは私の正面に座りました。

「それでだけど、内緒話はこの部屋か資料室でということは、もう円香さんから聞いてる?」

「はい。さきほど資料室を見せていただいた時に聞きました」

「それなら良かった」

「でも、なぜ資料室と会議室だけなのですか?事務局全部ではなくて」

「執務室や応接室は、外から色んな人が入ってくるからね。それにガードが薄いところがあった方が、攻められるところが分かって守り易いでしょう?」

「わざとなのですか?」

「まあ、そんなところ」

莉津さんは割と開けっぴろげな物言いをする人のようです。

そんな会話をしていると、会議室のドアをノックする音が聞こえてきました。そしてドアが開き、お盆を持った矢田部さんが入ってきました。矢田部さんは、私と莉津さんに順番にお茶の入った紙コップを給仕すると、お辞儀して出て行きました。

「今回は、面倒なお手伝いをお願いしちゃったわね」

「いえ、大丈夫です。やりがいがありそうですし」

「それはそうかもだけど」

莉津さんは陽気に笑いました。

「それにしても、東護院の旦那様が娘を送り込んでくるなんてね」

「変でしたか?」

「変というか、事務仕事って伝えていた筈だから、普通なら情報部――じゃなかった、探偵社の人か東護院の関係者が派遣されてくるのよ。ほら、巫女の仕事ならともかく、誰でもできることでしょう?」

「確かに、そうですね」

「あ、でも、巫女の仕事は外に出ていくことが多いから、人との繋がりを増やすというのなら、こうしたお手伝いもありかも」

莉津さんは何か納得しているようです。

「人との繋がりですか?」

「そう、貴女は東護院家の人間でしょう?東護院家は情報収集を強みにしているし、情報収集には人との繋がりが重要だからね」

「そうかも知れませんけど、情報収集なら探偵社の人達がいるような」

「でも、巫女にしかできないこともあるかも知れないじゃない。そうしたときに貴女がいるとなれば安心だわ。貴女のお父様も――と言いたいところだけど、これは私の勝手な期待ね」

莉津さんの言うことにも一理あるとは思ったものの、私にはまだピンと来ていませんでした。周囲には色々な思惑があるのかも知れませんが、私としては、ともかく社会勉強として頑張ろうと思いました。

「莉津さん、ありがとうございます。私にできることが何か分からないですけれど、お手伝いする中で見つけられればと思います」

「あまり気張らなくて良いわよ。私の言ったことは気にしないでね。でも、よろしく」

「はい」

そして、私は気になっていたことを莉津さんにぶつけてみようと思いました。

「あの、ここには本部の巫女が所属しているのですよね?」

「ええ、そうよ。いまは6人かしらね」

「その人たちは、ここに来たりするのですか?」

「そうね、たまに顔を出しに来るわよ。貴女は彼女達には会ったことが無いのよね?」

「はい、今までまったく交流がありませんでした」

「そうでしょうね。基本的に彼女たちの行動範囲は封印の地の管轄外の地域だから。でも、今後のことを考えれば、彼女たちとお近づきになっておいた方が良いと思うわ」

「今後のこと?」

私が聞き返すと、莉津さんは慌てたように手を振りました。

「そんなに深い意味はないわよ。ただ、最近、魔獣の動きが活発になってきているように感じるから、連携できるようにしておいた方が良さそうに思っただけ」

「そういうことでしたら、分かります。でも、仲良くできるでしょうか?」

「基本的に悪い人たちじゃないんだけど、仲良しになれるかは人によるかな。まあ、自分で会って話して感じてみて」

「そうします」

「あ、聞いているかも知れないけど、彼女たちに昔話の詮索はご法度だからね」

「はい、注意します」

その後もしばらく話をしてから私たちは会議室を出ました。

私は待ち構えていた本荘さんに掴まって、セキュリティシステムへの登録をしてから資料室に入り、資料の整理を始めました。


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