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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-39. 再び篠郷へ

トントン。

清華の部屋の扉がノックされる。

「どうぞ」

清華が声を掛けると、扉が開かれた。

「清華様。お迎えの方がいらっしゃいました」

家政婦が用件を伝える。

「分かりました。今行きます」

清華が返事をすると、家政婦はお辞儀をして下がっていった。

「では、柚葉さん、行きましょうか」

「うん」

清華が椅子から立ち上がると、私も立ち上がって荷物を持つ。

そして、一緒に清華の部屋から出て、階下の玄関へと向かった。

ここは清華の家。私は前日の晩から清華のところに泊めて貰っていた。

清華と二人、玄関を出ると目の前の車から人が降りて来た。

「やあ、おはよう、二人共」

爽やかな笑顔を向けて来たのは理亜さん。

「おはようございます」

丁寧にお辞儀をしているのは篠さん。

「理亜さん、篠さん、おはようございます。態々車を出してくださってありがとうございます」

「いや、大したことじゃない。あそこは車で行かないと不便だしな。それに、どの道我々も向かう場所だ。ついでだよ」

理亜さんの表情は変わらないけど、心なしか頬が赤み掛かっているような。もしかして、今の返事は照れ隠しなのか。

私がじっと観察する間もなく、理亜さんは篠さんにトランクを開けるように指示すると、さっさと車の助手席に乗り込んでしまった。私達は荷物をトランクに積んでから後部座席へ。

篠さんの運転で車が走り出す。

今回の目的地は、篠郷の役場だ。車の経路としては、途中までは白州研に行く時と同じ。ただ、灯里さんの家は笹塚で高速道路の入口も近かったけど、清華の家は三鷹で高速までは少し距離がある。まあでも、篠さんの運転は安定していたし丁寧なので心配はない。灯里さんの場合、幾ら高速の入口が近くても、運転に不慣れで緊張しまくっていて、同乗していた私もドキドキしていたのを思い出す。そう言えば、灯里さんは白州研から帰って来た後、偶には車の運転をしようと決意していたけど、実行しているのだろうか。

車は一般道を順調に進み、調布から高速に入る。ここから先は暫く高速だ。

「順調だな。このペースだと、大体昼頃には諏訪湖の辺りか」

「そうですね。この先、渋滞もないみたいですし、そんな感じだと思います」

前の方で理亜さんと篠さんが話しているのが聞こえてくる。

二人が話をするのは時たまで、しかも事務的な内容が多い。余計なお喋りはしないタイプだ。

それは私もだし、清華も。いや、清華は自分から話をすることが少ないだけで、話をするのは嫌いではないと思う。学校でワリサちゃんが清華に色々と話し掛けて来るのに嫌な顔をしたのを見たことが無いばかりか、いつもにこやかに応じていたのを思い出す。

昨晩も二人で話をした。話題を持ち出した数は、やはり私の方が多かった。清華は親友だし、隠し立てしたくないから、何でも話すようにしている。それで昨晩は、明日の幻獣召喚に向けてこれまでやってきたことを、頭の整理も兼ねて一通り清華に話して聞かせたりもしている。

ただ、そんな清華に対しても話していないことがある。それは、今回、篠郷に向かうにあたり、清華に同行して貰う理由。私は、清華には一人では心細いので付いて来て欲しいとお願いした。その気持ちに嘘偽りはないけど、それだけが理由ではなかった。

「中央には春の巫女も同行させろ」

灯里さんと新宿のクリニックに行った時、そう理亜さんに指示された。

「清華ですか?どうしてです?」

理由もなく頭ごなしに言われても、従う気にはなれない。だから理由を尋ねた。

「確信は無いが、保険のためだ」

理亜さんにしては珍しく、歯切れの悪い回答だった。まあ、分からないことを分からないと言ってしまえるのが理亜さんの良いところではあるのだけど。

「保険ですか。清華がいた方が、幻獣召喚に成功する可能性が上がると?」

「そう考えて貰って構わない」

何となく、理亜さんの態度が気にかかる。私に目を合わせてくれていないし。

「清華にも神槍が反応したからですか?」

神槍が反応したと言うことは、清華にも資格があると言うことだ。だけど、理亜さんは清華の資格について話題にしてこなかった。だから、敢えて話を持ち出してみた。

すると、理亜さんは私に目を向けた。

「聞いたところでは、お前の力に対する神槍の反応に対して春の巫女の力に対する反応は随分と弱かったようだが、違うか?」

「その通りですけど、何か問題が?」

私も理亜さんをしっかりと見る。ここはキチンとしておきたいところだ。

「反応に強弱があるところがだ。本来、資格はあるかないかの話であって、神槍も反応するかしないかだけの筈だった。なのに、巫女によって強弱があると言う。何かが変だ。だが、こと資格に絡む話は私の手に余る。だから消極策ではあるが、春の巫女にもその場に同席して貰った方が良いだろうと考えた」

「場合によっては清華に手伝って貰う必要があると?」

その問い掛けに対して、理亜さんはいつになく真剣な表情になった。

「ここまで話してしまったから最悪の想定も教えておくが、神槍の反応に強弱があると言うことは春の巫女の資格が中途半端であると言うだけでなく、お前の資格すらも完全ではない可能性があると言うことだ。良いか?お前は自分の資格を完全なものとするために、春の巫女の命を奪う必要があると言われたらどうする?」

一瞬、言葉が無かった。そんな可能性は信じたくはなかったけど、冷静に捉えれば理亜さんの言っていることにも一理あると頭の中の理性が告げていた。

「清華を殺したりなんかしません。何とかします」

その時、私に言えたのは、それだけだった。

理亜さんもそれ以上のことは言って来なかった。

窓の外を景色が流れていくが、そんなことを思い出していた私の目には何も入って来ていない。

改めて右隣に座っている清華を見やる。

清華もまた窓から外を眺めているようだった。が、私の視線を感じたのか、こちらに振り返った。

「柚葉さん、どうかしましたか?」

「い、いや、清華は今何を考えているのかなぁって」

「私ですか?そうですね。明日の幻獣召喚が上手く行けば良いなとか、私にお手伝いできることはないかなとか」

「お手伝いとかは良いよ。清華は見てて。私が何とかするから」

何だか、清華には心の内を見透かされているようで、怖い。理亜さんとの会話を思い出さないようにしながら笑顔を向ける。

「そうですか?何か柚葉さんのお役に立てると嬉しいのですけれど。でも、私、嬉しかったのです。柚葉さんに誘って貰えて。柚葉さんていつも一人で何とかしてしまおうとするから」

「うぐっ」

心当たりがあり過ぎて、言い返せない。まさか、今回、下心があると疑われているのか。

引き攣りそうになる顔の筋肉を何とか押し留めつつ、何てフォローすべきかと考える。

「流石に幻獣召喚は責任重大で心配になったのですよね。だから私も精一杯応援したいと思ってますよ」

私がフォローするまでもなく、清華が自己完結してくれて助かった。

余計なことを言うまいと黙ってコクコク頷いたら、清華は笑顔で私の手を握ってくれた。

助手席の理亜さんから、笑いを堪えているような呻き声が聞こえたが気にしない。

清華と私の友情に罅が入るかと思われた事態の発生は私の中では重大事件であったけど、世の中に与える影響は何も無かった。なので、車は順調に進んで予想通りお昼に諏訪湖に到着。そこで昼食を取り、篠郷の役場に到着したのは14時頃のことだった。

篠さんは役場の駐車スペースに車を乗り入れて停めた。

私は車から降りると、役場の建物を眺める。ここに来たのは凡そ二か月振りだ。この前は、詩さんと結さんの二人の職員がいたけど、今日はどうだろうか。

先を行く理亜さんと篠さんの後を追って、清華と建物の中へと入っていった。私達が一階のロビーに足を踏み入れた時には、既に理亜さん達は事務室の扉を潜っているところだった。

「ややっ、横暴大魔神、何しに来た」

「ボク達は忙しいんだ。用があるなら他を当たってくれ給え」

何だか事務室の中が騒がしい。

扉を潜って入って見ると、入口脇で困った顔をしている理亜さんと篠さんに対して、畳の間の真ん中で盾替わりにした炬燵の裏から顔を覗かせている詩さんと結さんがいた。

「なあ、篠。予め連絡を入れておかなかったのか?」

「この人達に事前に知らせても無駄になることが多かったので、省きました。今から説明しても同じです」

「それはそうなんだがな」

仕方なさそうに理亜さんは詩さん達を見る。

(しおり)はいないのか?話をしたいんだが」

「代理は前線の指揮を執っているのだ」

「ここはボク達が任されている」

「うーん、どうしたものかな」

理亜さんは途方に暮れていた。

そんな理亜さんの代わりに篠さんが声を掛ける。

「私達は無茶を言いに来たのではないのですが、聞く耳は持って貰えないのでしょうか」

「篠か。篠の話なら聞いてやらんでもないが」

「結、そんなに簡単に妥協しては駄目だ。せめて対価を要求しないと」

「ああ、そうだな。話を聞く対価が欲しいところだな」

詩さんと結さんの言葉に顔を見合わせる理亜さんと篠さん。

「対価とか言ってますが、長」

「彼らは何が欲しいんだ?」

「あの、もしかしてなのですけど」

私はおずおずと理亜さん達の会話に割り込む。

「何か心当たりがあるのか?」

「お弁当じゃないかと。いつも食べているお弁当に飽きていて、定食屋の豚カツ弁当を買って来てたりしてましたから」

「ふむ」

理亜さんは腕を組んで首を捻り、考え始めて暫くした後、声を上げた。

「牛すき焼き弁当」

炬燵の向こう側から、ゴクリと音がした。

「柿の葉寿司」

またゴクリ。

「味噌カツ弁当」

じゅるり。

「深川めし」

ゴクリ。

「そう言った各地の名物弁当を一週間毎日差し入れると言うのでどうだ?」

「乗った」

詩さん達の防衛線はあっけなく攻略された。


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