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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-36. 大学入試

中央御殿で念願の神槍を手に入れた私は、部屋に戻ると早速藍寧さんに連絡を取った。しかし、ここから先、藍寧さんが支援できることは無いのだそうだ。

「もしも、四幻獣すべての召喚であれば、召喚陣を教えられるのですけど、今回は幻獣二体ですから。私は経験のない作動陣は教えられないのです」

うむ、この人は知識は豊富でも応用がまったく利かない人なのだ。そしてそうした場合に頼りになる人は限られている。

私は灯里さんにお願いして、理亜さんに連絡して貰う。理亜さんには珠恵さん経由でも連絡はできるけど、灯里さんからの方が絶対的に扱いが良いと既に確信の域に入っている。ただ、残念なことに、まだ灯里さんは直接理亜さんと連絡が取れるまでにはなっていない。間に季さんが入るのだ。まあ、季さんは理亜さんのことをまだ怒っているようではあるけど、そこまでではなく、嫌がられることは無いだろう。

と、そこまで考えて話を進めようとしたにも関わらず、理亜さんから「待った」が掛かってしまった。

「受験を終わらせてしまった方が良い」

世の教育ママさんならともかく、黎明殿の巫女で世間に興味など無い筈の理亜さんからそう言われるとは予想外だった。理亜さんによれば、幻獣召喚は本当に消耗するので、例え何事も無く召喚できて眠らずに済んだとしても、相当の疲労感は残る筈で受験どころではなくなるだろうとのことだった。理由はどうあれ、合格目指して努力してきたことをわざわざ途中で投げ捨てるようなことはするなと。

誠に尤もなご意見である。大学受験は二月に入学試験が予定されており、それらをすべて終わらせるとなると召喚に臨めるのは一か月後になる。ただ、その一か月を惜しんだとて封印の地にとって大きな得があるものでもない。封印の間の魔道具に力を注ぐ毎朝のお勤めが無くなれば、お母さん達の負担は勿論軽くなるけど、私が大学受験を捨てて一か月早めてもお母さん達は喜ぶまい。

そう考えて、まずは理亜さんの助言通り大学受験を終わらせてしまうことにした。集中していれば一か月くらいあっという間だろう。

そして、本格的に受験モードに入った。

二月になって最初の入学試験。

私は大学を三つ受けることにしていた。本命である西早大と第二志望の理形大、それから小手調べも兼ねた第三志望の高信大。具合の良いことに、最初がこの第三志望の大学だった。

この大学は清華は受けていなかったので、私は試験当日、一人で受験会場に向かい、黙々と試験科目をこなして帰って来た。手応えはまあ大丈夫だろうという感じ。でも、これで気を緩めては不味い。だからさっさとこの試験のことは忘れることにして、次の第二志望に向けた準備を始める。

第二志望の理形大は清華も受験する。学科も同じだ。こちらの大学では行きたい研究室が無かったのでどうせならと清華と同じ情報学科にした。過去問集も清華と同じ物を買い、お互いに進捗具合を教え合って競争してみた。これが結構励みになって、頑張ってやってしまった。それがために第三志望の大学の合格発表の日を忘れてしまい、気が付いたら郵便受けに合否通知が届いていた。はい、高信大は合格でした。まずは一つ。

それから二日後、理形大の入学試験の日。私は大学最寄りの飯田橋の駅で清華と待ち合せた。

「おはようございます。柚葉さん」

「おはよう清華、寒江さん」

「おはようございます。って何故南森さんがここにいるのです?折角の清華様との二人っきりタイムが終わってしまったのです」

寒江さんは相変わらずだなぁ。

「そうやって、私のこと邪険にしなくても良くない?まあ、ともかく、今日は寒江さんも一緒に頑張ろうね」

「言われるまでもなく、私は頑張って清華様と同じ大学に行くのです。そのために今日まで勉強してきたのです」

「うん、それは分かってはいるけど、今日はまだ第二志望だからね。最後の試験まで気を抜いちゃ駄目だよ」

「それはその通り、ですね」

ん?何故か寒江さんのテンションが下がり気味だ。私が寒江さんの反応に戸惑っていると、清華が説明してくれた。

「理紗さんは、西早大の過去問の進み具合が悪くて、少し落ち込んでいるんです」

「いやぁ、流石は西早大と言うか、問題が私には少し難しいのです。清華様に教えて貰うと大体理解できるのですが、結局、清華様の手を煩わせることになってしまっていて大変に心苦しく思っているのです」

いつもは強気の寒江さんが、凄く申し訳なさそうにしている。

「清華の方は大丈夫なの?」

「はい。私は西早大の過去問は二度はやりましたし、他の問題集もやっていますから。最後まで気を抜くつもりはありませんけど、寒江さんのお手伝いする余裕はありますよ」

おおっ、清華は優等生だなぁ。ただ、幾ら清華に余裕があると言ってもと思わなくもない。

「それって清華の家で勉強会しているってこと?」

「ええ、そうですよ」

だよね。清華の家と寒江さんの家、どちらが広いかは考えるまでもない。

「じゃあ、私も明日から清華の家に行っても良い?私も少しは寒江さんの役に立てると思うから。清華が一人でやるより効率が良いと思うし」

「え?南森さんも手伝ってくれるのです?何か悪いような」

「それを言ったら清華にだって迷惑かけているんだよ。清華は良くて私だと悪いって変じゃない?」

「それはそうなのですが、南森さんは前回の模試でも安全圏ではなかったと思うのです」

私が気にしていることをサラッと指摘してきた。

「まあ、あの時は調子が上がり切っていなかったからね。でも、私だってあれからかなり勉強しているよ。その勉強振りを見て怖れ慄くが良いっ」

私は両手を腰に当て、鼻息も荒く寒江さんに宣言する。

「分かったのです。幾ら私でもここで断るのは無いって理解できるのです。どうか南森さん、よろしくお願いしますです」

いつになくしおらしく寒江さんが頭を下げてきた。何だか私にも懐いて貰えたようで嬉しい。

「こちらこそよろしく。それじゃあ、まずは今日の試験を終わらせに行こう」

私は思い切り良く腕を上げたが、清華と寒江さんは微笑んだだけだった。でも、心は通じ合ったような気がした。

そんな気持ち良い朝の一コマがあったお蔭か、その日の試験は、割りと良い感じに乗り切れたと思う。

そして、翌日から清華の家通いが始まった。

朝、学校に行く代わりに東護院家に行く。そして夕方まで三人で一緒に勉強して、夕食前に解散。私は部屋に戻って夜中まで勉強の続き。

正直、移動するのが面倒で、ずっと清華の家に泊まっていたかったのだけど、寒江さんの感情を鑑みて我慢した。私って偉い。

勉強会では、ずっと話をしているのではない。ある程度の時間は、それぞれが自分の問題集に取り組むことにしていて、後でまとめて分からないところを教えてあげる形だ。そのため、テーブルも一人一人別々の物が用意されていて、他人の動きに気を散らすことなく自習できるようになっていた。

その初日、集まって直ぐの自習タイムが終わったところで、寒江さんに感心された。

「南森さんって物凄い集中力なのです。周りのことはまったく見向きもしないで、ひたすら問題集に取り組んでいるのを見て驚いたのです」

「そう?普通だと思うんだけど」

しかし、私のその感覚には賛意が得られかった。

まあ、良い。そこは個人で勝手にすれば良い領域だ。

何とかして貰わねばならないのは、寒江さんの理解力の方になる。

西早大の入学試験の入試科目は英語、数学に理科。寒江さんが最も苦手としていたのは数学だ。この勉強会でも清華と私が特に力を入れて教えていたのは、数学。でも、教え方に苦労した。

数学の問題は力技で解かないとならないものもあるけど、大抵は問題に適した公式なりを採用すれば簡単に解ける。どういった問題にどのような公式なり手法を適用すれば良いかは、ある程度問題集をこなしていれば見えて来る。寒江さんもここまでは問題ない。

厄介なのは、西早大クラスの問題ともなると、そこにもう一捻り入って来ることだ。つまり、

そのままでは定石が使えず、少し工夫すればそこから先は定石が使える、その工夫部分のプラスアルファが問題を解くための重要なポイントになる。寒江さんが苦労しているのは、このプラスアルファが中々自分で見付けられないことにあった。説明すれば、割りとすぐに「ああ、そうか」と分かるみたいなので、あと一息なのだけど、そこを乗り越えるのが中々に大変なのだ。

それでも、一週間の勉強会の中で少し分かるようになって来たかもと言ってくれた。後は当日の運次第かな。寒江さんが合格に少しでも近付いたと信じたい。

ところで、私は勉強会の中でポカをやってしまった。

「やったー、私、この問題解けたのです」

「凄いですね」

「偉い偉い」

清華と私が褒めると、寒江さんは嬉しそうに笑顔になる。

「ねえねえ、もっと褒めて欲しいのです」

調子に乗って、おねだりしてくる寒江さん。

「良くやりましたね、理紗さん」

「もう撫でてあげちゃうよ、ワン、あっ」

しまった。口が滑ってワンちゃんと言いそうになった。

「ワン?」

私の言葉を聞きとがめた寒江さんが聞いて来る。

「ワ――リサちゃんっ」

「ワリサ?」

「そうそうワリサちゃん」

苦し紛れにあだ名にしてみたんだけど。

「え?どうしてなのです?」

「んー、何となく?」

うん、こうなったらこれで誤魔化し切ろう。しかし、これが間違いだったのかも知れない。

「うむ」

腕を組んで考えこむ寒江さん改めワリサちゃん。

「良し。私もあだ名を付けることにするのです」

「へ?誰に」

問い掛けたら、ビシッと指を差されてしまう。

「勿論、南森さんなのです。そうですね、柚葉の前に一文字。何が良いです?」

何?ワリサちゃんってあだ名を付けたことへのお返しですか?

「そうですね。『ダ』が良いのです。ダユズちゃん。んー、少し言い難いからダユちゃんにするのです」

「ダユちゃん?私?」

「はい、今日から貴女はダユちゃんなのです」

にっこりと微笑むワリサちゃん。縋る思いで清華を見たけど、清華もニコニコしていてワリサちゃんの反撃を止める素振りも見せない。どうやらこれは私の負けのようだ。

そうして、今までにない斬新なあだ名が付いてしまったのだった。


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