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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-31. 四百年前の痕跡

カツン。

シャベルが堅いものにぶつかった音がした。

「何かあります」

私が報告すると、理亜さんが頷いた。

「よし、まずは周りを掘ろう」

何かが埋まっているところから少し離れた周囲の土をピッケルで崩しながらシャベルで掬い取っていく。そしてそこからはスコップで慎重に土を削る作業に入る。

結果、土の中から現れたのは大きな丸い石だった。

「うむ、これは漬物石だな。場所は間違っていないようだが、もう少しマシなものが出て来ると良かったな。篠、この辺りで他に埋まっている物が無いか探って貰えるか?」

「はい、長」

時鳥さんが旅行鞄のような長い取っ手とタイヤが付いた測定器の電源を入れ、取っ手を持って引っ張りながら歩き始める。私達は何か見付からないかと期待しながら、その様子を見学していた。

私達が今いるのは、篠郷の近くにある向陽家の管理する土地だ。四百年前の痕跡が何かないかと土の中に埋まったものを探している。

この発掘調査については、昨日、灯里さんが伯父さんから許可を取ってくれた。その時、お泊りのお誘いを受けたので、有難くお呼ばれした。

そのお呼ばれの前に、理亜さんに夕食をご馳走になった。連れていってくれたのは和食のお店で、焼肉に天ぷらも付いた御膳定食を美味しく頂いた。勿論、話も沢山して盛り上がった。私としては、灯里さんが話した時に理亜さんの目尻が下がるのが面白くて、灯里さんに話を振るようにしていた。灯里さんは、自分のことを話しながらも、理亜さんや篠さんの話も聞きたがったので、理亜さん達の昔話も聞くことができた。食事を全部食べ終えても会話は終わらず灯里さんの伯父さんのところに行くのが遅くなりそうだなと思っていたら、程々のところで篠さんが止めてくれた。もっとも、理亜さんはそれほど簡単には止まらず、篠さんは苦労していた。

結局、灯里さんの伯父さんの家に着いたのは少し遅い時間だったけど、伯父さん達は暖かく迎えてくれた。昔、黎明殿の巫女達と一緒に暮らしていた一族の末裔とのことで、私のことに興味はあったようだけど、立ち入った質問は控えてくれていた。気を使ってくれているのがありありとした様子で、逆に私の方が申し訳ない気持ちになった。

そんな控え目な態度で接してくれていた伯父さん達も、翌朝、理亜さんが篠さんの車でやって来た時には騒ぎになっていた。一番浮足立っていたのは伯父さんで、伯母さんはそんな伯父さんに付き合ってあげているような感じだった。単に灯里さんのお婆さんではないかと思うのだけど、四百年前にご先祖様の家の離れに住んでいたご当人がやって来たと言うことで、ご先祖様の仏殿に飾って見せたいからと一緒に写真に写って欲しいとお願いしていた。篠さんも当時の離れに出入りしていた関係者だからと被写体の仲間入りをし、向陽家にも向陽家の昔話にも唯一無関係だった私がカメラマンを引き受けた。あれ、考えてみたら、篠さんまで黎明殿の巫女だとばらしているのだけど、それは良かったのだろうか。まあ、当人達が気にしていないので、私が気にしても仕方が無いと思うことにする。

そうしたひと騒ぎが落ち着いた後、伯父さんから管理地の入口にある門の鍵を預かり、篠さんと灯里さんの二台の車で出発した。

そして管理地に到着して、理亜さん達が持って来てくれた測定器と車から持ち出し、埋没品の探索を開始してから最初に見付かった記念すべき品物が先程の漬物石だった。これで一応測定器がきちんと機能することは分かったとは言え、理亜さんではないけれどもう少しマシなものが見付からないものか。

「長、ここにも何かありそうです」

漬物石を掘り当てたところから然程離れていないところに、別の物を見付けたらしい。

灯里さんと私とで報告のあった場所を掘ってみる。そこから出て来たのは何かの破片だった。

「何だこれは?焼き物の破片のようだが」

理亜さんが首を傾げている。流石に破片だけでは判断が付かないらしい。

「ねえ、もう一つ破片があったよ」

破片が見付かった周りをスコップで掘っていた灯里さんが別の破片を掘り当てた。

「もっとあるかも知れませんね」

私もスコップを持って参戦する。私達が掘った穴を広げていく中で、更に幾つかの破片が土の中から出て来た。

「これは水瓶だな」

「水瓶ですか」

出てきた破片を組み合わせると大きな壷の形になった。理亜さんは水瓶と言ったけどどうしてそう判断できるのか、ピンと来なかった。

「昔はどの家にも水瓶はあった。朝、川に水を汲みに行くのは子供の役目だったんだ。我が家も津久世がやっていた。津久世が大きくなるまでは私が汲んでいたし、津久世を産むまでは篠達が水を持ってきてくれていた」

「妊婦に水汲みはさせられませんからね」

篠さんが懐かしそうに組み上がった水瓶を見ていた。

「水瓶や漬け物石があると言うことは、ここが台所だったのですか?」

「そうだな。土間兼台所と言ったところか。この離れの入口がそこにあって、入ってすぐがこの土間だ。土間の隣は板張りの囲炉裏のある部屋で、その隣が私と津久世が寝ていた部屋、更に隣が時の部屋だった」

理亜さんが大体の位置を手で示しながら教えてくれた。

「だったら、理亜さん達が寝ていた部屋の辺りを調べてみませんか?」

「それは構わないが、大昔のことだ、部屋に持ち込むようなものは朽ちてしまって何も出てこないかも知れないぞ」

理亜さんの懸念通り、そちらからは何も出てこなかった。正確には、探知機に引っ掛かった物はあったのだけど、どれも大きな岩石で、私達が目的とするものではなかった。

仕方なく、土間の辺りも含めてもう一度篠さんに調べて貰う。

「ここに何かありそうです」

篠さんが指し示したのは、漬物石や水瓶が埋まっていた一角だった。

ここ何回か岩を堀当てているので、今度こそと思いながら、土を退かしていく。そうして出てきたのは、縁の一部が欠けた陶器だった。大きさは頭より一回りほど大きく、壷のような括れは無くて、バケツっぽいもので、底の方に穴が開いている。

「これは何です?」

「七輪だな」

「へえ、昔の七輪はこんな形をしてたんですね」

自分の知っている七輪と明らかに形が違っていて、時代の移り変わりを強く感じる。

「まあ、今で言うコンロだな。囲炉裏でも調理はできたが、七輪は扱い易いからな」

(かまど)は使わなかったんですか?」

「囲炉裏があれば、竈は要らないだろう。この辺りは皆、囲炉裏で用を済ませていたと思うが」

記憶に自信がないのか、理亜さんは篠さんの顔を見た。

「そうですね。暖かいところだと囲炉裏が無くて竈を使っていたりもしましたが、篠郷には竈は無かったですね」

「と言うことだ」

篠さんの後ろ盾を得て、胸を張る理亜さん。

「でも、囲炉裏で調理できるなら、七輪は無くても良さそうだけど」

灯里さんが指摘する。私もそんな気がした。

「囲炉裏を鍋を温めている時に七輪で焼き物をとかすることもありましたが、長が七輪を使うところはあまり見たことがなかったですね。でも、津久世さんは結構使っていましたよね」

「ああ、確かにそうだった。あの子は餅や焼きおにぎりや干し芋をよく焼いていた。囲炉裏でも焼けるのにと言っても七輪の方が簡単だからと愛用していたな」

七輪を切っ掛けにして津久世さんに纏わる昔話が始まった。もしかしたら、発掘調査するよりもヒントが出て来るかも知れない。

「七輪だとわざわざ家の外に行かないといけませんよね?あまり便利じゃなさそうなんですけど」

私の疑問に、理亜さんと篠さんは不思議そうな顔をした。

「何故わざわざ外に出ないといけない?七輪も家の中で使っていたぞ」

「柚葉さん、今の時代は換気の問題もあって七輪を屋内ではあまり使わないのかも知れませんが、昔は当たり前のように家の中で使っていましたよ」

「えー、でも、焼くものによっては匂いとか体に着いちゃいません?それに一酸化炭素中毒とか危ないし」

灯里さんの心配ももっともだ。

でも、理亜さんはそんな灯里さんの不安を笑い飛ばした。

「昔の家は囲炉裏の上の屋根に換気口が付いていたし、あちこち隙間だらけで空気の入れ替えなんて自然にできるようになっていた。だから七輪を土間で使う分には問題はなかったよ。だが、確かに匂いの出るものは家の外で焼くこともあったな」

「そうですね。特に魚の干物とか。そう言えば、津久世さんは魚の干物が好物でしたよね」

「言われてみればそうだな。あの子はぐっすり昼寝をしていても、外で干物を焼いていると、匂いを嗅ぎつけて起き出して来ていたものだったよな」

「だったら柚葉ちゃんさぁ、異空間の扉の前で魚の干物を焼いてみない?そしたら津久世さんが扉を開けて出て来るかも知れないよ」

灯里さんが目を輝かせて提案してきた。

「はい、やってみますか」

果たして扉の向こうまで匂いが届くのだろうかと思わないでもなかったけど、生ごみを入れたビニール袋も匂うことを考えれば、もしかしたらいけるかも知れない。今の私達には可能性があることを試さずにおく余裕はないのだ。

そうして灯里さんと私がこれからやることに心が向いていった一方で、理亜さんと篠さんはまだ昔の思い出の中に留まっていた。

「津久世さんは本当に干物が好きでしたよね。干物を食べるとなると自発的に七輪の準備をして自分で焼いてましたし。結構小さい頃からそうだったと思いますが」

「どうしてだろうな。こんな内陸では偶にしか手に入らない珍しいものだったからか。ともかく、仕舞っておいた鯵の開きを見付け出して勝手に七輪で焼いていたのには参ったな」

「ああ、ありましたね。あの時は、まだ数えで十になってなかったような」

数え年は生まれた時が一歳で正月を迎えると二歳だから、数えで十だと満年齢で八~九歳、大体小三くらいか。まだそれにも達していないとなると、どう考えても火を扱わせるには危ないお年頃だ。

「そうだ。まったくあの子は小さい頃から頑固で向こう見ずなところがあったよな。火は危ないと言っていたのに」

「火遊びする子は寝小便(おねしょ)をするよって言っても聞きませんでしたしね。もっともあの頃はまだ偶に寝小便をしていましたが」

「津久世は遅かったな。後から生まれた(とき)の方が先に寝小便を卒業したくらいだった。時の寝小便が止まった話をした時ばかりは、流石に津久世も不味いと思ったのか、しばらく七輪に手を出さなくなっていたよな」

昔のことを思い出してアハハと笑っている理亜さんと篠さん。

親もアバター持ちだと四百年経っても子供の頃の恥ずかしい出来事を話に持ち出されてしまうのか。幾つになっても古傷を抉られ続けるなんて辛い以外の何物でもない。

ふと見ると、灯里さんは楽しそうに理亜さん達の会話を聞いている。しかし、この人もいずれ我が身。そう考えた私は、衝動に突き動かされて灯里さんの肩に右手を乗せた。

「え?何?柚葉ちゃん、どうかしたの?」

灯里さんもまた親がアバター持ちの季さんだ。あのお喋り好きの季さんなら、これから何度も灯里さんの子供の頃の話を蒸し返すに違いない。

「灯里さん、ガンバ」

私は心を込めて灯里さんに慰めの言葉を掛けた。

「ちょっと待って、どういうこと?」

戸惑った表情の灯里さん。もしかして、この先自分にやって来るであろう憂鬱な日々のことがイメージできていないのだろうか。それならそれで良い、知らぬが花だ。

私は万感の想いを込めて、右手で灯里さんの肩をポンポンと叩いたのだった。


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