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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-30. その先への決意と誓い

「理亜さん、それで中央御殿に行くにはどうしたら良いんです?」

昨日の白州研の談話室。私がそう尋ねると、それまで得意げだった理亜さんの顔が曇る。

「行く道があるにはあるんだが、少々問題があってな」

「問題ですか。どんなことです?」

理亜さんは、一度溜息を吐くと、ソファから立ち上がった。

「百聞は一見に如かずだ。付いて来るが良い。篠はどうする?」

「私もご一緒しますよ、長」

「うむ、では行こうか」

先に立って談話室を出ていく理亜さんの後を皆で付いていく。

理亜さんは談話室前の通路をエレベーターホールとは反対の方へと歩いて行く。その通路の突き当たりには防火扉があり、上には非常口の表示があった。更に、その防火扉のところで通路はT字路の形で左右に分岐している。

その通路の分岐点で、理亜さんは防火扉には手を触れずに左方向へと向きを変えた。その通路は少し先で右に曲がっており、その曲がったところで理亜さんが立ち止まる。

曲がった先は左手に女子トイレの入口があるだけで何も無い。そんなところでどうするのかと見ていると、理亜さんは右手を前に出して力を放出した。すると、そこに扉が現れた。ふむ、隠し扉か。このパターンは、何処かのプライベート異空間に繋がっている可能性が高いけど、まさか月ではないよね。

そんなことを考えながら、扉を開けて入っていく理亜さんの後に続いて扉を潜る。想定通り探知で視えるものが切り替わったので、異空間に足を踏み入れたのだと分かった。

そこは小さな部屋だった。左右に窓があって外の明かりが入ってきている。そして正面には扉が一つ。理亜さんは真っ直ぐ歩いてその扉の取っ手に手を掛けて開いた。

扉の向こう側は建物の外だった。外ではあるけれど、扉から出た先は渡り廊下になっていた。渡り廊下には壁はなく、木製の屋根と石畳の床だけが設置されている。そして、その渡り廊下を通じて、私達が出てきた建物も含め、幾つか並んでいる建物が連絡している。

「ここは何処です?」

「三ノ里のプライベート異空間だ。つまりは黎明殿の研究所の本拠地だな。この渡り廊下沿いにあるのは、個人の研究棟や共同の実験棟だ。白州研でやっているのは世間に公表しても問題ないものだけで、他のことはすべてここでやっている」

つまり白州研とここは、丁度裏表一体の関係なのだ。

「でもここ、人が殆どいませんね」

探知で視ても、私達以外には一人だけ?

「皆、気まぐれだからな。研究に没頭したり、調査に出掛けたり、息抜きしたり、いつ何をするのも自由だ。時間は沢山あるんだ、慌てることもない」

確かに巫女には時間がある。だからダンジョンのことも400年間放置されていたとは思いたくない。理亜さんに聞いてみたいけど、質問の仕方を間違えると失礼だし言い方が難しい。

「あの、理亜さん、聞いても良いですか?」

「何だ?」

「ダンジョンができてから400年経っていますけど、未だに無くせていないのには何か問題があるのですか?」

私が質問を口にしている間、理亜さんは私を見ていたけど、私が口を閉じると理亜さんは私から視線を外して遠くの景色の方を見やった。

「問題はある。大きな問題がな。簡単に言ってしまえば人材不足だが」

「人材不足って巫女の数ではないですよね。それは既に400年前から増やしていますから」

「そう、数ではない。必要なのは能力だ。ある特定の能力を持つ者がいない」

「それはどんな能力なんです?」

すると、理亜さんは私を見た。凄く優しい目をしている。

「私達が欲しているのは、神槍を扱える者だ」

「は?」

何ですと?

「勘違いして欲しくないんだが、幻獣を召喚する程度のことを言っているのではない。神槍の真の力を引き出してこの世界の理に干渉できる者が必要なんだ」

「藍寧さんはできないんですか?始まりの巫女ですよね?」

「アイツは駄目だ。アイツは過去、自分の能力を否定して捨ててしまった。それはもう取り戻せない」

その言葉には、苛立ちのような感情が含まれているように思えた。藍寧さんがその能力を捨てなければ、いや、今更過去のことを悔やんだとて現状が変わる訳でもない。ここは前向きに行こう。

「私ならできるんでしょうか?」

「そうだな」

理亜さんは、ここで一回言葉を切った。でも、私が先を促そうとするよりも、理亜さんの次の言葉の方が早かった。

「今はまだ無理だ。しかし、将来に向けてなら可能性はある。まったく見込みの無いその他大勢よりかは余程マシではあるが、すべてはお前次第だ」

元より幻獣を封印の間に戻したら、次はダンジョンをどうにかしたいと考えていたのだ。躊躇うものは何もない。

「私はどうすれば良いのです?」

決意を籠めて、私は真っ直ぐに理亜さんを見る。この想いを受け止めて貰えるのではと考えたからだ。理亜さんは頷くと、開けた空間の向こう側にある遠くの方に目を向けた。

「沢山のことを学べ。この世界についても、更には他の世界にも行って知見を広めろ。そして考えろ。世界はどうあるべきで、これからどうしたいのか。神槍を扱うために必要なのは、世界についての豊富な知識、世界の理を理解する力、そして世界の有り様を定める強い意志だ。お前ならできるかも知れない。まったくお前がアレの血縁でなければと思わないでもないが、我々黎明殿の巫女の共通の目標に向けて力を注ぐと言うのであれば、私はお前を変な色眼鏡で見ることなく、惜しみない協力を捧げると誓おう」

理亜さんは私を見ていなかったけど、だからこそその誓いは私個人に対してではなく、世界そのものに対してではないかと思えた。

何となくだが、そう考える方が気が楽だ。別に逃げるつもりはないけど、今はまだ理亜さんの期待が私だけにだけ向けられるのではなく、理亜さんが期待する人達の中の一人で良い。

ただ、封印の間を元に戻した後にやれることがありそうだと分かったのは嬉しい。

「何にしてもまずは神槍を見付けないとですね」

重苦しい話はここらで止めにして、ここに来た本来の目的に立ち戻って貰わないと。

「ああ、そうだったな。それじゃあ、行こうか」

再び理亜さんが先頭に立って歩き始めた。後ろでは時鳥さんが「長に気に入られたみたいですね」と呟いているのが聞こえたけど、気にしないことにする。

渡り廊下を歩いて、ここに出て来たのとは別の小さな建物に入ると、そこにも扉があった。その扉の先は別の異空間で、足元に茶色の線が延びている。この明るさと言い、前に見たことがあるような。

「ここ、表の巫女の共同異空間じゃない?」

「そうだ」

灯里さんに先を越されてしまった。咄嗟に思い出せなかったけど仕方が無い。ここに来たのは蹟森に氷竜が出た時以来だ。あれからもう十ヶ月も経ってしまっている。

この異空間は本部の巫女と封印の地の巫女の共同の異空間で、そのためすべての封印の地や黎明殿本部に繋がっている。それら各地に繋がる扉は、中央から放射状に延びている通路の奥にあって、それぞれ許可された巫女だけが通れるのだ。どの扉が何処に繋がっているのかを表示するものは無く、目印になるのは中央にある広場から扉までの床に描かれた色の違う線だけ。その線の色が、三ノ里の研究所は茶色だと言うことだ。

その足元の茶色の線に沿って通路を進み、広場に出る。そこで理亜さんは白い線を選んで別の通路へと入って行った。私達もそれに続く。

そして通路を歩いていった突き当たり、当たり前のように存在している扉の前で理亜さんは立ち止まる。

「中央御殿はこの扉の向こうですか」

「ああ」

「中央御殿に行ってみたいよ。理亜さん、この扉は開けられないの?」

灯里さんが尋ねると、理亜さんは困った顔をした。

「この扉は津久世(つくよ)が自分だけ登録した後に閉めてしまったんだ。だからあの子以外は開けられないようになってしまった。その後、私達も試してはみたんだが、開けることは叶わなかった」

「えっ?津久世ってお母さんのお姉さん?」

「その通りだが、時から聞いたのか?」

理亜さんが眉をピクリとさせた。私の方も季さんのお姉さんのことは聞いたことが無かったので驚いていた。

「お母さんからも聞いたことはあるけど、ずっと小さい頃からお父さんに聞かされてたよ。向陽の家がまだ篠郷の外れにあった頃に、その離れに住んでいた巫女の親子の話」

「何と、お前の父親はあの篠郷の一族の末裔なのか。それはまた奇縁だな」

今度こそ理亜さんは本気で吃驚した表情になった。

「それはお母さんも言ってた。それで、昔住んでいたところに行った時には、凄く懐かしがってたよ」

「あの離れはもう無かったと思うんだが」

「うん、そう。ただの原っぱになってる。それでもお母さんは懐かしさを感じたって」

「ふーん、そうか」

理亜さんは右手を顎に当て考える姿勢になった。因みに左手は腰に当てていて、凄く様になっている。

「なあ、灯里。私もそこに連れてっては貰えないか?津久世を誘い出すための足掛かりが得られるかも知れない」

「でも、何も無いよ?」

「それは分かっている。だが、四百年前の物だ。土の中に埋まっているかも知れないだろう?発掘調査をしてみたい」

「良いけど、だったら諏訪の伯父さんに許可取らないといけないよ。白州研に戻って電話したいんだけど」

「ああ、そうだな。これ以上ここに居ても得る物も無いし、戻るとするか」

そして私達は来た道を逆に辿り、三ノ里の異空間を経由して白州研に戻った。

談話室に入ると直ぐ、灯里さんはスマホを取り出して電話を掛けた。

「あー、もしもし灯里だけど、伯母さん?伯父さんいるかな?ちょっと相談したいことがあって」

灯里さんは黎明殿のことは口にせずに、季さん達の物が何か埋まっていないかを調べたいからと篠郷の管理地の発掘調査の許可を願い出ていた。そして、それはその場で了解して貰えたことが話の様子で分かった。

「え?どうして急に明日かって?えーと、調べ物があって白州まで来たんだけど、その流れでね。ここまで来たからそのまま明日行く方が楽だなって。泊まるところ?決まってないよ。これから探そうかと思って。え?泊まって良いの?夕食も?ちょっと待って確認する」

灯里さんはスマホを顔から離して私を見た。

「柚葉ちゃん、諏訪の伯父さんが泊めてくれるって言うけど、良いかな?」

「私は良いですけど」

「な、なあ灯里」

私達の会話に理亜さんが割り込んで来た。

「何?」

灯里さんが首を傾げて理亜さんを見る。

「泊めて貰うのはそちら様で良いとしても、ゆ、夕食は私と一緒に食べにいかないか?折角来てくれたのだし、それくらいはしたくてだな」

理亜さんの顔が真っ赤だ。それまでずっとクールな姿勢でいたのでギャップが大きい。

「うん、勿論良いよ」

灯里さんの即答に、理亜さんの目尻が下がる。

この人も普通に孫馬鹿のようだ。


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