表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
375/393

10-29. 理亜、内緒の4番で三ノ長

汎用魔道具。

それは、巫女でなくても使える魔道具の名称だ。

「あのう、時鳥さん」

「はい、何でしょう?」

巫女の力を放出する汎用魔道具を前にして、灯里さんが時鳥さんに声を掛けた。

「この汎用魔道具は私達を騙す以外の使い道があるんですか?」

おおっ、またも直球勝負ですね、灯里さん。

私だったら同じ質問をするにしても否定的なトーンが入ってしまいそうではあったけど、灯里さんは純粋に知りたいと言う願望が感じられるトーンだった。

その訊き方が良かったのか、時鳥さんは嬉しそうな顔で説明を始める。

「巫女の力は普通の人には感じられないと思われがちですが、必ずしもそうではありません。向陽さんは経験があると思いますが、死にそうになった時に腕を通じて体に流し込まれた巫女の力を感じ、操作して自分に繋げられれば、その人は巫女になれます。向陽さん、覚えていますか?」

「うーん、何となくそんなことがあったような気がするんだけど、あの時は本当に死に掛けていたから、殆ど覚えていないんですよね」

灯里さんの返事を聞いて、時鳥さんは頷いた。

「そうですね。実のところ、私も似たようなもので、巫女になった時の記憶が定かではありません。でも、死に近付けは近付くほど、人は巫女の力を強く感じられるようになり、巫女になり易くなると考えられています。とは言え、それにも個人差があります。どれだけ死に近付いても巫女の力を感じられない人もいますし、元気でピンピンしている時でも巫女の力を感じられる人もいます。そして、何でもない時でも巫女の力を感じられる人の方が、より巫女になり易いとも考えられています。その昔、仲間を増やすために巫女の力を感じられる女性を捜していたことがありました。ですがそのために私達自身が捜しまわるのは効率が悪いので、この汎用魔道具を作り、占い師などの協力者に渡して捜して貰ったのです」

「なるほど、ちゃんと使い道があったんですね」

灯里さんは説明を聞いて納得していた。まあ、話としては一応筋は通っているものの、時鳥さんが何処まで本当のことを言っているのかは判断が付かない。

少し尋ねてみようか。

「それを使って仲間を増やしていたのはいつ頃なのです?」

「大体六百年から七百年前です。中央御殿を建てる前の時期になります」

想像以上に昔の話だった。

「そのことを知っていると言うことは、時鳥さんはそれ以前から巫女だったのですか?」

「ええ、私が黎明殿の巫女になったのは、今から大体一千年前のことです。私の番号は19で、六百年前には30番まで揃いました。最初は巫女は30人の予定だったのです。あの事が起きるまでは」

「あの事ってダンジョンの発生ですか?」

「はい。あれを対処するには30人では手が足りないからと、巫女の数を増やすことにしました。その最初の一人が(おさ)の娘で貴女のお母様である季さんです」

時鳥さんの目が灯里さんを見ていた。

「それは聞いたことがあります。ダンジョンが発生しなかったら、母はアバターを持っていなかったかも知れないし、私も生まれていなかったかも知れないって」

「そうですね。でも、結果的に向陽さんはここにいますし、ダンジョンはまだ存在し続けています。あ、長が来ましたね」

私も気付いていたけど、時鳥さんも廊下を歩いて来る人がいるのを感知したようだ。

それから程なく、談話室の入口に人影が現れた。その人は、灯里さんを認めると、少し目を逸らしてから口を開いた。

「よく来たな、灯里」

「はい。え、理亜さん?」

「そうだ」

ソファから立ち上がったまま灯里さんが固まっていた。何に驚いているのかは分からない。

理亜さんはタートルネックのニットにパンツ、上着の代わりに白衣を着ている。身長は私達と同じくらいだろうか、髪はウェーブの掛かったセミロング。顔は灯里さんに似ているけど、精悍な目付きなので少し厳しそうな印象がある。でも、灯里さんから目を逸らして頬を赤らめている様子からすると、見た目とは違ってシャイなのかも知れない。

「あの泉居さんって理亜さんだったんですよね?」

「そうだ」

「『こんにちはー、泉居でーす。向陽さん、検温の時間ですよー』の泉居さんですよね?」

「そうだ」

理亜さんの顔がますます赤くなる。灯里さんがモノマネしたような発言をしそうな人には見えないのだけど、何かあったのだろうか。

「泉居さんて、私より背が低くて小柄だったんですけど」

「骨格も随分といじったからな。しかし、あれだけ見た目を変えたのに(とき)には直ぐに見破られてしまったが」

話を聞くに、どうやら季さんはお母さんと同じことができるらしい。私も顔を変えてもお母さんに簡単にバレてしまった。もっとも、私は骨格までは変えなかったけど。

「それでお前がアレの秘蔵っ子か」

何か吹っ切れたのか、それともこの場の雰囲気に慣れて来たのか、平静さを取り戻しつつある理亜さんの目がじっと私を捉えた。

アレとは何のことだ?

「まぁた、(おさ)ったら事情を知らない南森さんが驚いてますよ。長はね、万葉さんと張り合っているんですよ、年甲斐もなく。だからいつもアレって呼んでて」

後半の言葉は、私に向けたものだった。

(しの)、年甲斐もなく、は余計だ。大体いつもアレが私とは違う意見を出すのが悪いんだ。アレの考えることは、いつもまだるっこしい」

「長だって性急過ぎるんですよ」

理亜さんは時鳥さんの反論には言い返さずに黙った。時鳥さんは理亜さんのあしらい方を心得ているようだ。長い付き合いみたいだから当たり前か。そう言えば、理亜さんは時鳥さんのことを篠って呼んでいた。私達には詩暢と名乗っていたけど、篠は本当の名前なのか、愛称なのか。どちらにしても、互いに信頼し合っている様子が伺える。

「それで、お前達、今日は何しに来た?時からは相談したいことがあるらしいとしか聞いていないのだが」

「あの、今、神槍を探しているのですけど――」

私から理亜さん達に、これまでの経緯を簡単に説明した。

理亜さんはソファに座って腕を組んで聞いてくれていて、私が話し終わると一度頷いてから顔を上げて私を見た。

「それで神槍を手に入れたら、お前が幻獣を再召喚すると言うのか」

「はい。そうしないとお母さん達や、北杉家の人達が魔道具に力を注ぐ作業から解放されませんので」

「そうだな。それに放置すれば、東西の封印の間も危ういしな」

「え?そうなんですか?」

その話は初耳だった。

「ああ、幻獣の封印はギリギリで設計してある。強固にし過ぎると幻獣の力が魔道具に伝わらなくなるためだ。そして幻獣から封印に掛かる圧力には強弱の波があってな、その波の強い時には他所の封印の魔道具が補強できるように連携機構を組み込んでいた。基本的には南と北、東と西とを組にしていたが、それらの組も互いに補強し合えるようになっていた。だから南と北の封印の魔道具が無くなった今、東と西も完全には無関係とはいかなくなっている。まあ、まだ暫くは大丈夫だろうが」

「それじゃあ、春の長老会で時鳥さんが北の封印が危ういと言ったのも本当なんですね」

そこで理亜さんの表情が翳った。

「本当ではあるが、封印の魔道具を傷付けた者がいるのも確かだ。幻獣が封印に掛ける圧力に負けただけでは封印の魔道具は壊れないように設計されていたのだからな」

「何と。でもお婆ちゃんはこれ以上壊されることは無いだろうって言っていたから大丈夫なのかな」

私が首を捻っていると、理亜さんは薄く微笑んだ。

「アレがそう言っているのなら大丈夫だろう」

ん?反目し合っているのかと思っていたけど、信頼しているところもあるらしい。

「さて、話を戻したいのだが、神槍が手に入ったとしても幻獣を召喚する上で課題があるのは認識しているのか?」

「課題?神槍が使う人を選ぶと言う話ですか?」

私が問い掛けると理亜さんは頷いた。

「そうだ。まあ、それについては試してみるしかないからここで悩んでも仕方がないがな。それともう一つ、幻獣の召喚は非常に消耗することは聞いているか?」

「はい。藍寧さんは十年くらい眠り続けていたとか」

「お前もそうなるかも知れないぞ。もっとも四百年前は四体同時召喚だったのに対して、今回は二体だからそこまでにはならないとは思うが、数年は眠り続けることになるかも知れない」

藍寧さんの話を聞いた時から薄々は感じていたが、やはりそうなるのか。

でも、と思う。

「眠るだけで済むのなら、それで良いです。封印の間を元に戻せるのなら」

そう言って笑ってみせる。それは決して強がりではない。

「そこまで覚悟できているのならそれで良い」

理亜さんも表情を緩めた。

「ならば神槍の在処のことだが、それは多分、お前の話にあった通り、中央御殿だろうな」

「中央御殿は今どこにあるんです?理亜さんが移動させたのですよね?」

「いや、動かしたのは私ではないが、指示したのは私だ」

「それじゃあ、何処に移すように指示したんです?」

すると理亜さんは天井を指差した。

「この建物の屋上ですか?」

「いや、もっと上だ」

もっと上?空中?空飛ぶ島とかだったら、話題にならない訳がない。いや、隠蔽の結界を使えば見えなくできそうな気がする。或いは周囲を異常気象にして確認できないようにすることも考えられるか。

「でもやっぱり空中だと、幾ら隠しても不自然なところが出て来ちゃう気がする」

「まったくその通りだな」

「だったら、何処なんです?」

じらすのもいい加減にして欲しいと思って睨みつけると、理亜さんが微笑んだ。

「まったくそういう仕草はアレにそっくりだな」

「理亜さんが勿体ぶるからです」

「まあそう言うな。お前は中央御殿を移した経緯は聞いているよな?時の政府がこの地に御殿があるなら我々も国の一部だと言い出したんだ。でも、我々はどの国にも所属しない。その意思を明確にするために、中央御殿を人が普通には足を踏み入れられない土地に移動させた。分かるな?」

人が踏み入れられない上の方にある土地って。

理亜さんは微笑みながらもう一度上を指差した。

「そう、月だ」

なるほど、そう来ますか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ