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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-28. 白州研究所

「いやー、着いたね」

運転席から降りた灯里さんは、隣の駐車スペースに立って大きく伸びをしていた。

灯里さんの家からここまで、少し渋滞したところはあったにせよ、特に問題となることも無く来ることができた。途中でお昼を食べたこともあって全行程で三時間半くらい、時刻はもう少しすると午後二時になるところだ。

灯里さんの運転は、当初心配したほどではなかった。カーナビも使ってはいたけど、どちらかと言えば探知を最大限に活用していたみたいだった。周囲の車の配置も、その先の道の様子も上手く注意を分散させることで同時に把握しながら運転していたらしい。もっとも、それらに注意を払うので精一杯で、終始無言だったのだけど。どんな風に運転していたのかを聞いたのは、高速に乗って八王子の料金所を過ぎた後、灯里さんに心の余裕が生じてお喋りできるようになってからだ。

灯里さんのお父さんが事前に車のタイヤを冬用のものに交換してくれていたのも助かった。高速道路までは問題なかったのだけど、須玉インターチェンジで高速道路を下りた後、雪が残っていたり、一部凍結しているところもあった。念のためにとチェーンも積んで貰ってはいたものの、わざわざチェーンを付けたり外したりは面倒だし、使わずに済むならそれに越したことは無い。冬用タイヤにしておいて貰ったお蔭で、途中でタイヤが滑ったりして怖い思いをすることも無く、ここまでやって来れた。

「身体が伸ばせたのは良いけど、やっぱり寒いね。コート着よっと。柚葉ちゃんは、そんな格好で寒くないの?見てるだけでも寒そうなんだけど」

「私ですか?問題ないです」

灯里さんは、膝上丈だけど厚手の生地のスカートに厚手のタイツとロングブーツ、上はタートルネックのセーターの下に暖かいインナーを着ていて、防寒対策に余念がない。それでもなお寒いと言って、車の後部座席に置いてあったコートを引っ張り出して着ようとしている。

対する私は、いつものようにTシャツにミニスカート、ショートソックスに運動靴。気持ち、Tシャツを厚めの生地のものにしてある。

世の中的には、灯里さんの格好が正しいのだろう。もう少し先の長野県側にはスキー場があるくらいだし、寒いと言えば寒い。でもこの身体は、周りが寒くても体内を十分に温かく維持できて、だから血流も抑えられることも無いし、手足がかじかんだりもしない。勿論、灯里さんみたいな格好だってできるけど、私は長袖もタイツも好きではないので、これで良いのだ。

「ふー、これで大丈夫」

「さっさと建物の中に入ってしまえば良いのでは?きっと暖かいですよ」

「それはそうだろうけど、折角ここまで来たんだから、少しは景色を堪能しないと勿体ないじゃない。ここは寒いけど、空気が澄んでて良いよね」

「それはまあ、そうですね」

ここは山裾の森を切り拓いた場所のようで、駐車場と建物のある区画の周囲は木で囲まれている。建物の裏に見えている山々は、駒ヶ岳などの南アルプス、正式には赤石山脈と呼ばれるものだろう。空気は冷たいけど、風は穏やかだ。雲が殆ど無いので、空が青く、山の輪郭も良く見える。

「灯里さん、そろそろ行きませんか?」

景色を眺めるのも良いのだけど、ここに来た目的は景色を見るためではないのだ。

「分かった。行こう」

私達は車を停めたところから建物の入口へと向かう。

土地が斜めになっているがために、駐車場が階段状に並んでいる。駐車場の広さの割には車の数は少ないながら、一番上の段には多くの車が並んでいて、運転に不慣れで車庫入れに自信が無い灯里さんは、空いている一段下の駐車区画を選んでいた。

なので、駐車区画への入口から建物の入口へは緩い坂を登って行かねばならない。私達はその坂を進み、建物の玄関から中へと入った。

「何も無いね」

そう、灯里さんの言葉通りだった。そこはロビーと言えるだけの広さはあった。入って来たガラス扉の左側には一面ガラス張りになっている部分があり、その手前には背もたれの無いソファが四つ並んでいる。ロビーの間口はそのソファの少し先までで、ガラス窓に垂直方向に白い壁があるだけだ。その壁の右端に見えているのはトイレの案内表示。入って来た正面も白い壁になっていて、右隅に奥へと続く通路があるのだけど、その手前にセキュリティゲートがあって、入って行くことができない。受付どころか連絡手段になりそうなものは目に付くところには何も無く、来訪者を想定した造りになっていないと感じる。

「誰か来そうですよ」

通路の奥から移動してくる人がいると探知が教えてくれていた。ここに何も無い以上、灯里さんも同じように探知で奥を探っているだろうから、気付いているに違いないと思いつつも言葉にした。

それから程なく、通路の奥に女性の姿が現れた。

「ようこそ。いらっしゃいませ」

女性は胸にぶら下げていたIDカードをゲートの読み取り機に当ててセキュリティゲートを開き、こちら側に出て来た。

「あの、お二人は向陽灯里さんと南森柚葉さんでしょうか?」

「はい、私が向陽になります」

「こんにちは、南森です」

私達が名乗ると、女性の顔がにこやかになった。

「お話は伺っています。受付も何も無いところですみません。不安になったでしょう?外部の人が来ることが殆ど無いので、そうした準備もされていなくて」

「いえ、大丈夫です。直ぐに来ていただいたので」

灯里さんの方が年長だからか、女性の目線は灯里さんの方を向いている。だから返事をするのも灯里さんにお任せだ。会話に参加していない私は、女性を観察する。ブラウスにロングスカートにカーディガンと言うカジュアルな服装をしているこの女性は事務員なのだろうか。その胸元のIDカードに目をやると、記憶に引っ掛かる名前が目に入った。

「貴女は時鳥さんなのですか?もしかして半年前に――」

「あー、すみません。南森さん」

私が話し掛けたところで、女性が手を挙げて制止した。

「私は確かに時鳥なのですが、お話は中に入ってからでよろしいですか。ここはオープンスペースなので、立ち入った話をし辛くて」

申し訳なさそうな顔をされたけど、事情は理解した。

「こちらこそ、ごめんなさい。後にします」

「ありがとうございます。それでは中に入りましょうか。来客用のIDカードをお持ちしましたので、それぞれ首から下げていただけますか。この後ゲートを通るときは、必ずそれぞれのIDカードを読み取り機に(かざ)してください」

IDカードを貰った私達は、説明通りに一人ずつ読み取り機に翳しながらゲートを通過した。

その後、通路を少し歩いてからエレベーターに乗り、最上階である五階で降りる。そして、エレベーターホールから出るところに、もう一つセキュリティゲートがあった。

「このゲートの先は、研究所の中でも権限を持つ人しか入れません。通常ですと来客の入場は禁止されていますが、お二人は特別に許可されています」

そう説明を受けてから、再び一人ずつ読み取り機にIDカードを翳しながらゲートを潜る。その先の通路を少し歩くと、時鳥さんは休憩室のようなところに入った。

「ここは談話室です。そこのドリンクは自由ですので、お好きなものを持ってソファにお座りください」

時鳥さんが示した先には紙コップ入りドリンクの自販機のようなものがあった。いや、実際に自販機なのだろう。しかし、お金の投入口にはシールが貼ってあって「無料」の表示がある。

私は有難くレモンティーを貰い、窓際のソファに座った。灯里さんはが選んだのはココア。そして、時鳥さんは緑茶の入った紙コップをテーブルに置いてから、私達の前に座った。

「それでは改めまして。蒔瀬研究所白州(はくしゅう)支所にようこそおいでくださいました」

時鳥さんは座ったままお辞儀をした。

「あれ?ここって白州研究所ではないのですか?私達は白州研と聞いて来たのですけど」

私の疑問に、時鳥さんは笑顔で答えた。

「はい、通称は白州研ですが、正式には蒔瀬研究所の支所になります。南森さんは私の名前を知っていたようですが、もしかして半年前の長老会のことからでしょうか」

「はい。でも、言われてみれば、時鳥さんは長老会には蒔瀬研究所の人として参加されてましたね」

「そうです。私は蒔瀬研究所の第三研究部の所属で、このフロアを拠点にしています。因みに、この建物は五階建てですが、一階が事務室や応接室など、二階が売店に食堂、会議室など、三階が第二研究部の研究室や実験室、四階が共同の作業室、五階が第三研究部の研究室に実験室となっています。そしてこの五階のセキュリティゲートのこちら側は結界を張ってありますから、お好きなことを話していただいて構いません。例えば黎明殿のことでも」

そう言いながら、時鳥さんはにっこりと微笑んだ。

私はその笑顔を見ながら、この人に何処まで話をしたものかと考えた。

理亜さんや季さんと同じように裏の巫女の可能性もあるけれど、違うかも知れない。いっそのこと黎明殿の巫女か尋ねたいところだけど、前に裏の巫女のことは探らないようにと言われたことがあるしどうしたものか。

「あの、時鳥さんは黎明殿の巫女なんですか?」

私が躊躇している隙を突いて、灯里さんが時鳥さんに真正面からぶつかっていった。

でも、時鳥さんは顔色を変えずに微笑んだままだ。

「ふふふっ。これだけそれらしい説明をしたと言うのに、まだ疑われているのですね。なかなか良い心掛けです。では、これでお分かりになりますか?」

時鳥さんは右手を胸元に当てて目を閉じる。次の瞬間、時鳥さんから巫女の力が感じられた。

「これで信じていただけますか?」

「はい、ありがとうございます」

灯里さんが嬉しそうにお礼を言うのに対して、時鳥さんは首を横に振った。

「駄目ですよ。そんなに簡単に信じては」

「え?だって巫女の力を感じましたよ?」

「ここは研究所なんです。魔道具だって研究の対象なんです」

そう言いながら、時鳥さんはブラウスのボタンを胸の辺りまで外す。すると、ブラウスの下に隠されていたペンダントが現れた。

「これは巫女の力を放出する汎用魔道具です」

時鳥さんはペンダントを引っ張り出し、鎖を外して目の前のテーブルの上に置いた。

「この真ん中のところを押すと、ほら」

今度は明らかにペンダントから巫女の力を感じた。

「これがあれば、黎明殿の巫女に対して自分が仲間だと信じさせることができるんです」

得意げに説明してくれる時鳥さん。

いやいや、私達を騙す道具を作ってどうするの?

そう突っ込みたい気持ちを抑えながら、研究所の存在意義に疑問を感じた私だった。


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