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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-27. 季、秘密で最強の31番

転移した先の目の前にあったのは、横に三列、縦に二列に並んだ大きな六つの窓。窓?いや、モニター?その向こうに見えるのは、濁った水の中のような、深い霧の中のような、煙の中のような、何かは良く分からないけど、その先がまったく見通せない空間だった。

「時空管理室へようこそ。柚葉ちゃんとは一度じっくりとお話したかったから嬉しいわ。だから、ゆっくりしていってね。ああ、そのためには、まずは座って貰わなくっちゃよね。畳敷きが良ければ左の方、ソファが良ければ右にあるけど、どちらにする?」

その場に現れた私達にいきなり声を掛けて来たのは季さんだ。

まくしたてるような言葉の勢いに何かとても急いで決めないといけない気持ちになって、咄嗟の気分で決断する。

「ソファで」

「そう、じゃあそちらに先に行っていてね。何か飲み物が必要よね。お茶菓子はどうしましょうか、クッキーでも――」

「お母さん」

アバター姿の灯里さん、いや祈利さんが季さんの言葉を遮った。

「柚葉ちゃんが来てくれて嬉しいのは分かるけど、もう少し落ち着きなよ。後これ、ケーキ持って来たから、紅茶でも淹れてくれる?」

「あらトモちゃん、気が利くわね。それじゃあお皿とフォークがいるわね。飲み物は、紅茶でも良いけれど、コーヒーもあるわよ。そうそう、最近ここにもコーヒーマシンを入れたのよ。もっともコーヒー豆から作る奴じゃなくて簡単お手軽な奴だけど。でも、インスタントよりはずっと美味しいの。だから私、それにハマっちゃって」

「分かったから、飲み物の準備をして。私はコーヒーで良いけど、柚葉ちゃんには紅茶ね。ハーブティーがあればそれが良いんだけど、なければ普通の紅茶で良いから」

「はいはい、分かりました。今、持って行きますから座っててくださいな」

季さんは右手にあるソファの先にある扉の向こうへと消えた。そこに台所があるのだろう。

それにしても、口を挟む余地が無かった。祈利さんは流石に娘だけあって平気で季さんの言葉を遮っていたけど、私にはできそうもない。それどころか、会話に追い付いていくのが大変で、頭の中での考えごとすらできてない。

上手く季さんと会話ができるかな、と不安な気持ちになりながら、祈利さんと並んでソファに座る。

そこで漸く落ち着いて辺りを見回せるようになった。

ここには祈利さんに連れて来て貰った。理亜さんに会いたいのだけど、これまで面識が無かった。藍寧さんには力になれないと言われ、手助けしてくれそうな人を思い浮かべたところ、出て来た人はお婆ちゃん、珠恵さん、灯里さん。お婆ちゃんは三ノ里に連絡が取れそうな話し振りだったし、珠恵さんは季さんの弟子だからもしかしたら理亜さんのことも知っているかも知れず、知らなくても季さんには会わせて貰えるだろう。灯里さんは理亜さんの孫で季さんの娘だ、知らないとは考えられない。結局、一番気心の知れている灯里さんに相談したのだけど、意外にも理亜さんと会ったことがないとのことだった。正確には、変装した理亜さんには会ったのだけど、その時は、理亜さんだと分かっていなかったらしい。理亜さんも孫相手にお婆ちゃんと似たようなことをやっているようだ。でも、季さんなら直ぐに連絡が付くとのことだったので、お願いしたら了解が得られて、こうして時空管理室にお邪魔させて貰った。灯里さんが祈利さんの姿をしているのは、時空管理室に来るときにはアバターの身体を使うようにと言われているからだそう。

さて、ここ時空管理室の部屋の造りは、私達のプライベート異空間に似ているように思える。私達のプライベート異空間の部屋には、ここにあるような六面の大きな窓のようなものはないけど、大きな部屋の周りに小さな部屋が並んでいるところや、この部屋から直接外に出られるところなど、類似点が多いのだ。ここは季さんが400年前くらいから使い続けているので、それ以前に作られているのは確実で、となると私達のプライベート異空間はここを真似して作られたものかも知れない。

そんなことを考えているところへ季さんがやって来た。以前会った時はジャンプスーツ姿だったけど、今日はカジュアルな服装だ。ライトグレーの長袖のカシュクールのトップスに、黒の細身のパンツ。髪は栗毛で私と同じように後頭部でまとめて簪を挿している。私は簪は一本だけだけど、季さんは二本の簪をクロスさせている。顔形は祈利さんを少し大人にしたような感じ。と言うか、こうしてよく観察すると二人は姉妹みたいに見える。

あれ?祈利さんはバーチャルアイドルの天乃イノリに似せたんじゃなかったっけ?何故こんなに季さんに似ているのだろうか。

私が二人を見比べていると、祈利さんが首を傾げてみせた。

「柚葉ちゃん、どうかした?」

「いえ、何と言うか、二人のアバターがよく似ているなって思って」

「やっぱりそう思うよね。多分、私の心の深いところでお母さんのアバターを覚えていたんだと思う。それで、バーチャルアイドルの天乃イノリのキャラクター作りの時、無意識のうちに似たような顔にしちゃったんだよ。まあ、勿論その時は、今こうしてお母さんとアバターの姿で一緒にいるとか想像もしていなかったんだけど、このアバターにして良かったなって思ってる」

いつもの祈利さんより穏やかな喋り方や、静かに微笑みを浮かべている様子から、しみじみとした感慨めいたものが伝わって来る。

そんな祈利さんを季さんも黙って見詰めていた。

少しして祈利さんは季さんと私の視線に気が付き、気恥ずかしそうに動き始める。

「いや、私の感想は良いから、お茶にしようよ。はい、お皿とフォーク。ケーキはお母さんから選んでくれる?」

あたふたとテーブルの上でお茶の準備を進めようとする祈利さん。そんな祈利さんに暖かい視線を送ってから、季さんはケーキを選び始める。傍から見ていて微笑ましい光景だった。

「それで柚葉ちゃんはあの人に会いたいってことね」

ケーキを食べながら、これまでの経緯を季さんに一通り説明した。季さんは、時々質問を投げて来たけど、割りと聞き役に徹してくれていた。

「はい。もしかして、季さんは中央御殿が何処にあるのか知ってたりしますか?」

季さんは首を横に振る。

「私がここに籠る前には中央御殿はまだあったし、それからはずっとここにいたから中央御殿が移動したことも知らなかったのよ。それに時と共に色んなものが変化するのは当然のことでしょう?この何百年かの間、私がここにいた間に変わったのは何も中央御殿の場所だけじゃないのよ。当時は大名が城を構えて統治していたし、交通手段は歩きか馬か船みたいなものだったのが、今はもう全然違うじゃない。トモちゃんを産んでこの浮世(うきよ)に戻って来た時には本当に浦島太郎状態で大変だったのよ。それから急いで今の社会のことを勉強しまくったんだから。正直中央御殿がどうなったかなんて気にしている余裕は無かったわ」

「だとすると、やはり理亜さんに聞かないとですね」

決意を示した私の目の前で、季さんは憂鬱そうな表情をしていた。

「そうよね。柚葉ちゃんの立場だったらそうするしかないわよね。でも、あの人は気難しいところがあるからなぁ。私が付いていった方が、いえ、トモちゃんの方が良いかな。あの人結構孫には甘いから。でも、トモちゃんをあの人に合わせたくないんだけど」

半分独り言のような言葉を発した後、季さんは溜息を吐いた。それからも暫くは物憂げな表情をしていたけど、遂には意を決したようで、覚悟を決めた表情になった。

「他ならない柚葉ちゃんからの相談だものね。今回はあの人に譲るわ。トモちゃん、柚葉ちゃんと一緒にあの人のところに行きなさい。あそこに転移して行くのは不自然だし、電車だと少し不便なところにあるから、車で行くのはどう?偶にはドライブも良いものよ。あ、トモちゃん、車の免許持っているわよね?」

「え?持っていると言えば持っているんだけど、私、免許を取ってから車を運転したことが殆ど無いよ。と言うか、理亜さんに会いに行くのは新宿のクリニックじゃないの?」

そう、前に灯里さんが入院していた新宿の卯月クリニックの院長が理亜さんだと聞いていた。ただ、突然行っても会って貰えるか分からなかったので、一度季さんに相談してみようと、ここに来たのだけど。

「確かにクリニックはあの人が院長だけど、他にも活動拠点があるの。最近は研究所に入り浸っているようだから、そこに行くのが良いわ。山梨県の白州(はくしゅう)。長野県寄りの方よ。電車だと長坂とか小淵沢が近いんだけど、分かるかしら?」

「山梨県?長野県?小淵沢って、何となく分かるけど、あそこまで私が運転して行くの?私、本当に運転してないんだからね」

祈利さんが焦った表情で季さんに訴えている。しかし、季さんはにこやかなままだ。

「大丈夫よ。家を出てから殆ど高速だから。甲州街道から永福の料金所で首都高速に乗って、後はそのまま真っすぐ走って行けくだけよ。途中で渋滞が無ければ二時間くらいかしら。でも、運転に慣れていないなら、サービスエリアごとに休憩を入れた方が良いかも知れないわね」

「いやいや、高速とか乗ったこと無いし、道が分からないから。お母さん、車運転してないからどれだけ大変か知らないよね?」

「あら、そんなこと無いわ。トモちゃんは知らないみたいだけど、私、偶に運転しているのよ。家の車のカーナビは優秀だからその通りに運転していれば目的地に着くし、探知を使えばミラーを見なくたって周りの様子は全部分かるから車線変更も高速の合流も自由自在よ。ウィンカーを出しても譲ってくれない時は、力を使って相手の車のアクセルをそっと少しだけ戻すと良いわ。ブレーキを押すのは相手がアクセルを踏んでしまって危険だから絶対にやっては駄目よ」

いや、アクセルを戻すにしても、そんなところで力を使うのは駄目なのでは。

「そっかぁ、私、巫女の力を貰ってから運転したこと無かったけど、もしかしたら前より簡単に運転できるかも知れないんだ」

どうやら季さんの説明で祈利さんはその気になったようだけど、本当に祈利さんの運転が大丈夫なのか私の不安は拭えてはいない。

まあ、いざとなれば防御障壁で身を護れば良いか。


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