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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-25. 新年、受験

カランコロン、カランコロン。

神社の拝殿に吊り下げられた鈴を鳴らす。

チャリンチャリン。

賽銭箱に投げ入れた小銭が箱の中に落ちていく。

大きくお辞儀を二回。

柏手を打って、お祈りをする。

最後にもう一回お辞儀。

うむ、礼儀作法に則った参拝ができたと思う。

何?黎明殿の巫女がお参りとか可笑しい?勘違いがあるといけないからハッキリさせておくけど、黎明殿は宗教団体ではない。黎明殿の巫女は神に仕えている訳でも何でもない。だから黎明殿の巫女は神社にお参りしてもまったく問題ないのだ。

「清華様は、何をお祈りしましたか?」

寒江さんが、キラキラした瞳で清華を見詰めている。

「私ですか?無病息災と学業成就をと」

「そうですよね。健康第一、受験合格。私も清華様と同じ大学に合格できますようにってお祈りしたのです」

うん、寒江さんはお正月から平常運転だ。

新年が明けて一月二日、私達は三人で東護院の家の近所にある神社に初詣に来ている。発案したのは言わずもがなの寒江さん。彼女は当然、清華を誘ったのだけど、清華が私も一緒にと言ってくれたのだ。

実のところ、私は前日、つまり元日の午後から清華の家にお呼ばれしていた。清華から電話で声を掛けて貰ったのは当日になってから。それまでは、部屋に籠って受験勉強に(いそ)しんでいた。

年末、蒔瀬研究所に行くまでの間も、合間を見ては勉強していた。でも、なかなか集中できなかったのも事実。それで、お婆ちゃんと会って話をした翌日から、頭を受験モードに切り替えることにした。食事は最低限で朝晩の一日二食、アバターの身体に物を言わせて寝ずに受験問題集を解きまくるぞと気合を入れて臨んだけど、如何せん集中力が持たなかった。結局、三、四時間ごとに気分転換の時間を挟んだ。昼間なら、散歩ついでに買い物したり、戦武術の型の練習をしたり、夜は、ストレッチしたり、音楽聞きながらゴロゴロしたり、場合によっては仮眠を取ったり。ずっと一人なので、段々と曜日感覚も失われていき、夜中に勉強している時にボーンと鐘の鳴る音を聞いて、漸く大晦日が終わろうとしていることに気が付いた。

そんな状態だったので、昼になって清華から電話が掛かって来たのは嬉しかった。清華の家においでと言われて家族団らんを邪魔しては申し訳ないとの考えが頭をよぎり、あれ、でもよく考えたら清華のお母さんは封印の地だから家族一緒ではないような、いや、そもそも清華は何故実家に戻っていないのか、と頭の中がグルグルしてしまった。よくよく聞いたら、清華のお父さんは封印の地に行ってお母さんと一緒らしく、東京の屋敷には清華しかいないとのことだったので、有難くお呼ばれすることにした。勿論、勉強道具も持って行ったからね。

そうして私が清華の家に着いて、清華と一緒に過ごしているところに寒江さんから清華に連絡が来たのだった。

それで、今着ている着物も、清華のお母さん、つまり彩華さんが子供の頃来ていたものを貸して貰ったものだ。清華の家のお手伝いさんが着付けもしてくれたし、至れり尽くせりだ。でも、それを寒江さんに言ってしまうと、寒江さんが我儘を言って清華を困らせるかも知れないので、口にすることはできない。だから私は心の中でだけ寒江さんと張り合うのだ。

ところで、清華や私と同じように、寒江さんも着物を着て来た。その着物、基本は鞠の柄なのだけど、所々に猫がいる。それに、半襟も猫柄だし、帯留めも猫の形だ。それが結構似合っていて可愛いのだ。性格的には今日も相変わらず犬っぽい寒江さんが猫の着物と言うのもミスマッチの妙か、それも有りではと思える。

でも、気になることは聞いてみようか。

「寒江さん、着物が似合っているよね。猫が好きなの?家で飼っているとか?」

「猫?ああ、この柄ですね。私はこれ見付けた時に凄く気に入ってしまい、両親も良いって言ってくれたので買って貰ったのです。本物の猫も飼いたいところなのですけど、残念なことに私の住んでいるマンションはペット飼うの禁止なのです」

話しながらしょんぼりしている様子からして、寒江さんにとってかなり残念なことなのだろう。

「大人になったらペット可のマンションに住んで猫を飼ったら?」

「そうですね。でも、家の両親が良い顔をしないのです。両親が両親とも動物は自由にしているのが一番で、だから飼うものじゃないって言うのです」

「動物が嫌いって訳じゃないんだ」

「どちらかと言えば好きだと思うのです。テレビで野生動物の番組を良く見ているのです。両親が嫌なのは、動物を狭いところに閉じ込めておくことみたいなのです。だから私、将来は野生動物の保護活動のような仕事をしようかなと思っているのです」

なるほど、寒江さんなりに考えているんだ。

「野生動物ってことは、猫には拘りが無いってこと?犬とか鳥とか」

「まあ、動物全般好きなのですけど、やっぱり猫が一番かなと。何となく親近感があるのです」

「そうなんだ」

私から見ると犬の方が近そうなんだけど、まあ良いか。

「それじゃあ、大学も生物関係?」

「はい。生物学科が第一志望なのです。流石に獣医学部は私には無理なのです」

「そか。お互い頑張ろうね」

因みに、私は地球科学科狙い。珠恵さんに強力に推された結果だ。お婆ちゃんから見れば「他人の言いなりにならずに自分の目で見て決めなさい」と怒られそうだけど、大学進学自体にそこまでの思い入れが無いから良いのだ。

清華は情報科学科。経済学も念頭にはあったそう。ただ、今の情報中心の時代、経済を学ぶにしても情報の切り口から学ぶのが良いと考えてのことらしい。

三人とも学科は違うにせよ、同じ理系ではあるので志望大学は重なり合っている。寒江さんは(しき)りに同じ大学に合格したら一緒にそこにしましょうと猛アプローチ中で、それが清華の判断に影響するのかしないのか。

ともあれ、合格しないことには何も始まらない。

手近なところで初詣を済ませた私達は、清華の家に移動して双六、カルタ、トランプなどで遊び、楽しい一時を過ごした。しかし、それも夕方までのこと。夕食の時間が近付いた辺りで、寒江さんはそろそろ帰ると言い出した。

「今年は受験ですので。清華様と一緒の大学に行くために、私は頑張らないといけないのです」

そう言って微笑む寒江さんを見て、しっかりした側面もあるのだと認識を改めた。

そんな私はもう一晩、清華の家で過ごす。お喋りや遊ぶばかりではなく、勉強もやった。清華によれば、入試に向けた仕上がり具合はまあまあだそうだ。私達は私立狙いなので受験科目を減らせる分、楽ではある。決して楽だから私立狙いにしたのではない。黎明殿の巫女は国公立へは入学してはいけないとの掟があるのだそうだ。黎明殿は国とは関係を持たない。その基本方針が大学入学にも適用されるとのこと。面倒な立場ではある。

私が清華の家を後にしたのは、結局、翌日のお昼を食べてから。十分に気分転換できたし、共通試験まで頑張れそうな気がして来たから。清華には、学校が始まる前の日に連絡してくれるようにとお願いした。また一人で勉強尽くしの生活に入ると、学校に行く日を忘れてしまいそうな不安を感じたのだ。

そして幾日かの自室での缶詰めの日々が過ぎた後、三学期が始まった。

私の高校は、三年生の三学期は自由登校になっている。だから、必ずしも登校しなければならないことはないのだけど、そうなると生活のリズムがぐちゃぐちゃになるのが目に見えているし、気分転換も兼ねていつもの通りに学校に行く。そこには清華もいたし、寒江さんも来ていた。でも、寒江さんは、いつもよりも余裕がなさそうだった。共通試験が近付いていて、不安になっているのかも知れない。そんな寒江さんに掛けられそうな気の利いた言葉を思い付かず、仕方が無いので頭を撫でてあげた。唐突に頭を撫でられて驚いた顔をしていたけど、嫌とは言わなかったので暫くそのまま撫で続けた。

それから何日か登校した後の週末、共通試験の日がやって来た。


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