2-3. 入学式
始業式の翌日、新1年生の入学式の日、私は8時過ぎに学校に着くように家を出ました。少し早い時間ですが、個人的に余裕を持った行動を心掛けていることと、柚葉さんよりも早く着いていた方が良いかなと思ったからです。
柚葉さんは、学校からほど近い学生用マンションに一人で暮らしている筈です。1月に家探しに来られた時に、我が家で所有していた学生用マンションに空きがあったので、紹介したところ、それに決めたという話を聞いていましたので。場所は、学校から最寄り駅の新大久保に向かう途中で横にそれて少し歩いたところだったと記憶しています。
私が駅から学校に向けて歩いていると、ちょうど柚葉さんの住んでいるマンションへの分岐のところで、柚葉さんに会いました。
「清華、おはよう」
「おはようございます、柚葉さん。奇遇ですね」
「うん、まあ、清華が来るのが分かったから、来ちゃったというか」
おや、私が駅から歩いているのに気がついて、家を出て来たということですか。
「それって、探知を使ったということですか」
「そう。何となく一人で登校するのも心細かったので、知っている人が来ないかなと思ってたんだ」
まあ、心細いというのは分かりますけれど、そのために探知して登校時間を合わせなくても良さそうな気がしました。
「まあ、ちょうど会えたのですし、一緒に行きましょう」
「うん、今日もよろしくね」
私たちは連れ立って、学校に向かいました。
今日は授業が無いので、学校に着いてすぐ、ミステリー研究部の部室に向かいます。行ってみると、部室は鍵が開いていて、既に潤子部長が来ていました。流石は部長、早いです。
「潤子部長、おはようございます」
「寺前先輩、おはようございます」
「やあ、清華くん、南森くん、おはよう」
潤子部長は、準備が終わったのか、椅子に座って本を読んでいます。
机の上には、今日配る予定のチラシが積んでありました。柚葉さんがそれに気が付いて机に近づき、チラシを一枚取って読み始めました。
「寺前先輩、これが今日配るチラシですか?」
「その通り。『ミステリー研究部にあなたもどうぞ。部室でお茶を飲んでゆっくり会話したり本を読んだりするも良し、皆でダンジョンに行くのも良し、皆で楽しく部活動しましょう』だね」
「部活動でダンジョンにも行くのですか?」
「これまでは行っていなかったのだけど、清華くんが入部してくれたし、せっかくだから新しいこと始めようってことになったんだ。南森くんもどうだろうか、入部してみないかい?」
「そうですね。考えておきます」
そういえば、潤子部長には、柚葉さんが巫女であることは伝えていませんでしたね。まあ、いずれ伝えるタイミングもあるでしょう。
しばらくして、礼美さんも来て、全員が揃いました。
「それでは、これから勧誘活動に入る。まずは、正門前に並んで、やって来る新入生にチラシを配るんだ」
皆で正門に行ってみると、もう並び始めている部がありました。場所は早いもの勝ちになっています。なので、私たちもその並びの一番後ろに付いて並びました。そういえば、昨年はこうして上級生が並んだ中を通って入って、沢山のチラシを掴まされたことを思い出します。
受け付けの開始時間になると、新入生が両親と一緒に来始めました。他の部に負けじと、私たちもチラシを渡そうとします。一所懸命に他の部と競っているうちに、入学式の開始時間になり、新入生の往来も無くなっていました。
「朝のチラシ配りはこれで終わりだな。皆お疲れ様。部室に戻ろうか」
潤子部長の言葉に従い、皆で連れ立って部室に戻ります。
「柚葉さん、チラシ配りはどうでしたか?」
「うん、凄かったね。皆の気迫に、新入生が若干引いていたような気がするけど」
「そうですね、少しやり過ぎだったでしょうか。私たちも去年は先輩の迫力に引いていた側だった筈なのですけれど、忘れてしまっていましたね」
でも、これはこれで、きっと楽しい思い出になるのです。
「さて、次だが、新入生は入学式のあと、各クラスに分かれてホームルームをやることになっている。ホームルームが終われば下校だ。その下校のタイミングで、勧誘を行う」
潤子部長が次の活動についての説明をすると、礼美さんが補足します。
「南森さんはご存知ではないと思うので補足しますと、下校のタイミングでの勧誘は、それぞれ場所が決まっています。1年生の昇降口から正門までの間に場所があるので、そこに机1つと椅子1つを持ち込んで良いことになっています。ということで、ウチの部も、机1つと椅子1つを運んで行って、1年生の下校を待ちたいと思います」
「場所ってどうやって決まったのですか?」
柚葉さんが礼美さんの顔を見ています。
「予めくじ引きするのです」
「なるほど」
そう、勧誘場所は運だよりなのです。
そろそろ入学式が終わってホームルームに向けて新入生が移動しているだろうと思われる頃、私たちも部室から、机と椅子を1つずつ運び出し、勧誘場所に持っていきました。もちろん、机には「ミステリー研究部」の張り紙をしています。
椅子には潤子部長が座り、私たち3人は、その後ろで話しながら待っていました。しばらくすると、1年生の1クラスがホームルームが終わって解散したようで、昇降口から新入生が姿を現しました。
放課後の勧誘は、無理強い禁止なので、皆、自分たちの勧誘場所から呼びかけています。私たちも「ミステリー研究部はこちらでーす」と呼びかけました。
そしたら、おさげの子が一人こちらに向かってきました。
「こんにちは、清華様。私、ミステリー研究部に入部しようと思っています。よろしくお願いいたします」
「あら、佳林、あなた入部してくださるの?ありがとう」
来てくれたのは、土屋佳林でした。彼女は三鷹の家の家政婦である野々佳の娘です。佳林が小学生の間は、野々佳が三鷹の家に働きに来るときに連れてきていたので、以前からよく一緒に遊んだりしていました。
「清華くんのお知り合いみたいだけど、まずは仮入部からになるよ。部室は、チラシに書いてある通りの場所にあるから、気が向いたときに来てみて欲しい。大体毎日誰かは居ると思う。あ、チラシは持っているかい?」
「はい、正門入るときにいただきました。これですよね」
「そうそう、それだ」
「仮入部期間中に、入部希望を出してもらえれば、入部できますからね。よろしくお願いします」
礼美さんが補足してあげている。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。私、清華様と一緒にダンジョンに行くのを楽しみしています。では、清華様、失礼いたします」
「ええ、ごきげんよう」
知り合いですけれど、ともかくこれで一人部員が増えます。この学校では部活動は五人以上と決まっているので、新部員が二名欲しいのです。なので、柚葉さんも入っていただけると嬉しいのです。
それから次々と一年生が下校してきますが、私たちのところに来る人はいません。もうそろそろ終わりかと諦めかけていたところに、ポニーテールの子がやってきました。
「あのー、このチラシをいただいたのですけれど、ミステリー研究部はダンジョンに行くのですか?」
なぜかダンジョンで喰いついて来る人ばかりな気がします。
「はい、そういう活動を予定していますよ」
礼美さんがその子に向いて、微笑んでいます。
「私、父がダンジョン管理協会の職員で、ダンジョンの探索ライセンスは取得したのですけれど、一緒に行ってくれる人が居なくて。入部すれば、一緒にダンジョンに行っていただけるのですよね?」
「そうだな、もちろん皆の都合もあるが、ダンジョンには部活の一環として行くぞ」
「じゃあ、入部させてください。私、折川百合と言います。よろしくお願いいたします」
こうして、新入生がもう一名増えたのでした。
入学式での部活動の勧誘が終わり、柚葉さんと私は一緒に下校しました。
「いやぁ、入学式に部活動の勧誘って、初めてで新鮮だったなぁ」
「楽しんでいただけたようで、良かったです。柚葉さんも、ミステリー研究部に入部なさいませんか?」
「そうね。今度顔を出すよ。仮入部期間中には入るかどうか決めるから」
「楽しみにしていますね」
「うん、じゃあ、私こっちだから。また明日ね」
「はい、柚葉さん、ごきげんよう」
今度の部活動が楽しみです。




