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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-22. 篠郷の役場

蒔瀬研究所とお婆ちゃんとの繋がりが幾度となく見えて来たことから、いよいよもって蒔瀬研究所に行きたくなった。

面会の約束の取り付けを誰に頼むのが早いかについて悩んだ結果、灯里さんに頼むことにした。事務局の莉津さんも候補ではあったのだけど、事務局は週末はお休みとなり連絡を取るにも週明けになることが難点だった。

ただ、灯里さんの経路を選んだところで、灯里さんのお父さんが蒔瀬研究所と連絡が取れるのは月曜日になってからだし、その日のうちに訪問できることなど無いだろうことは灯里さんに言われるまでもなく想定内のことではある。

蒔瀬研究所に訪問するまでの間は、大人しく受験勉強をしていると言う考えもあるにはあったけど、少しでも情報集めをしたかった。

そこで、蒔瀬研究所の次にお婆ちゃんとの繋がりがありそうな篠郷の役場に行くことにした。戸籍のことも気になるにせよ、事務局に登録している居住地なので何らかの手掛かりがあると踏んだのだ。

丁度灯里さんが行ったことがあるとのことで、案内をお願いしたら、二つ返事で了解してくれた。篠郷の役場も開いているのは平日だけらしく、なので結局週末は動けないのだけど、そこは仕方が無いと諦めた。

月曜日。

灯里さんと一緒に新宿から塩尻方面に向かう電車に乗る。

「篠郷の役場には小野の駅から歩いて行かなければいけないのかと思ったのですけど、みどり湖の駅まで迎えに来てくれるなんて親切ですね」

「そうなんだよね、私が前に来た時も塩尻まで送ってくれたし。でも本当に凄いと思ったのは、四年振りに連絡したのに私のことを覚えてくれていたことだよ。正直、半分以上の確率で忘れているだろうと思ったから、嬉しくなっちゃった」

灯里さんは本当に嬉しいみたいで、にこにこしている。

「灯里さんだって四年前のことなのに、良く覚えてましたね」

「そりゃあね、高校一年生になって一人での初めての遠出だったし、結構心細かったんだよ。それにあの時は、自分の出生のことで悩んでいたし。そんな時に親切にして貰えたから割りと心に残ってる。ただ、流石に顔とか記憶が薄れちゃったから、駅で分かるか心配なんだけど」

「いざとなれば、携帯に電話すれば良いんじゃないですか?」

「携帯の番号は教えて貰ってないんだよね。まあ、何とかなるよ、きっと」

灯里さんらしい楽観的思考だ。まあ、場所は分かっているのだし、何とでもなるだろうと私も思う。

新宿からみどり湖までは三時間弱の道程で、目的の駅に到着した時にはお昼近くになっていた。

みどり湖で電車を降りた私達は、ホームから改札口に向かう階段を上り、と思ったら改札口が無かった。階段を上った目の前は道路だ。そう言えば、階段下に機械があったような。あれが改札口替わりだったのか。

それにしても、駅前なのにお店らしきものは何も見当たらず、信号機の無い交差点だけがあるだけだ。迎えの人は何処に、と辺りを見回すと、道路の向こう側で手を挙げている女性がいた。

「やあ、よく来たね、二人共」

道を渡り目の前まで近付いた私達に、その女性が声を掛けてきた。私より少し背が高く、革ジャンにGパンのスラリとした姿だ。髪はミディアムにしていて女性らしさを醸しているものの、男装が良く似合いそうに思える。

「こんにちは。(うた)さん、お久し振りです。迎えに来てくださってありがとうございます」

「どういたしまして。それで、そちらのお嬢さんは?」

灯里さんに詩さんと呼ばれた女性の視線がこちらに向けられる。

「初めまして、南森柚葉です。お世話になります」

「南森?ああ、夏の巫女の。こんなところに来るとは珍しいね」

詩さんは優雅に微笑んだ。

「僕は高野倉(うた)。詩と呼んでくれて良い」

「はい、詩さん」

「じゃあ、行こうか。車はそこに停めてある」

振り返った詩さんが歩いて行くその先の道路脇に、一台の車が停めてあるのが見えた。

「それでなんだけど、君達お腹は空いてないかい?できれば、役場に戻る前に定食屋でお昼を食べたいんだけど、良いかな?」

突然の申し出に灯里さんと私は顔を見合わせた。まあ、私はどちらでも構わなかったのだけど、時間的にはお昼であるのは確かだ。判断は灯里さん任せで構わないと思いながら、軽く頷くと、灯里さんは詩さんの方を向いた。

「はい、ご一緒します」

そして、私達は車に乗り込むと、定食屋に寄った。

詩さんによれば、お昼はいつも役場の隣のコンビニのお弁当なので、偶には外食をしたくなるのだそうだ。今日は、私達が到着するのが丁度お昼の時間だったので、渡りに船と考えたとのこと。詩さんは、自分の注文と一緒に、トンカツ定食の持ち帰りも頼んでいた。

お腹が十分に膨れて満足して、再び車で移動。定食屋からは十分程度で役場に到着した。

役場の建物は道路沿いの右側、駐車スペースの奥の方に立っている。その建物を道路から見た右側には更に広い駐車スペースがあり、その奥にもう一棟、建物がある。それの一階にはコンビニがあるので、上の階は宿舎なのだろう。一階には人の気配があるが、上の階は人がいなさそうだ。

車から降りた後、周囲を観察するために私が立ち止まっていても、詩さんは構わずすたすたと歩いて役場の建物の中に入ってしまった。灯里さんは、私のことを待ってくれている。

多分、宿舎には後でも行くことになるだろう。まずは役場で話をしてみようと灯里さんの方へと歩いて行く。灯里さんも私が動いたことを確認して、建物の入口に向けて歩き始めた。

建物に入ったところはロビーと言うには手狭なエントランスになっていた。目の前には階段や通路や部屋が見えているけど、案内表示はない。しかし、灯里さんは迷う素振りも見せずに、右の扉が開いている部屋に向かったので、私もその後を追い掛ける。

扉の向こうには、お役所のようなカウンターがあるにはあったのだけど、その向こう側は畳敷きになっていた。畳の真ん中には炬燵が設置されていて、その左側に座っていたツインテールの女の子が、炬燵の上に置かれた弁当をまさに開けようとしているところだった。

「おおっ、(まさ)しくトンカツ弁当じゃ。でかしたぞ、詩。それにしても、久し振りよのう」

女の子はお弁当に付いていた割り箸を手に取り、涎を垂らさんばかりに大きく口を開けてお弁当を食べ始めた。

「美味い、美味いぞ、詩。やはり定食屋の弁当は味が違うのう。コンビニ弁当も改良されているとはいえ、毎日食べていると飽きが来ていかん」

「トンカツ弁当だって、毎日食べていれば飽きると思うけどね」

脱いだ革ジャンをハンガーに掛け終えた詩さんが、女の子の隣に座った。そして炬燵の上に置いてあったミカンの山からミカンを一つ取って皮を剥こうとしたところで動きを止め、私達の方を見た。

「君達も上がっておいでよ。離れていたら話し辛いだろう。それに炬燵に入ると暖かいよ」

「はい」

どうやらカウンターは意味がないらしく、私達は畳に上がらないといけないようだ。以前もそうだったのか、灯里さんは躊躇なくカウンターの横の上がり口で靴を脱いで上がろうとしている。郷に入っては郷に従うしかなさそうだと、私も同じようにする。

「ん?お前は炬燵に入らんのか?」

早々にお弁当を半分食べた女の子が、隣に座った私のことに気づいて尋ねてきた。

「この部屋だけでも十分に暖かいので」

「フム、そうだな。お前、半袖だし寒さを感じないと言うことか?」

「服が肌に触るのが好きではないんですよね」

「えっ、柚葉ちゃんが半袖の理由って、そんなことだったの?」

灯里さんが、驚いたような声を出した。

「あれ、言ってませんでしたっけ?そうですよ。学校の冬服での登校時の上着着用必須の規則、何とかならないかなぁって思ってます」

「あー、確かにそんな規則があったかもね。気にしたことなかったけど」

寒いから大体の人は言われなくても上着を着るとは思うけど、たまに上着を着ないで他のものを羽織ってくる人がいたりするから、こんな規則があるのかも知れない。でも、上着も何も着たくない人のことも考えて欲しいものだ。

「まあ、ここは炬燵に入らなければならない規則は無いから安心して欲しいんだが、ミカンはどうだ?房の皮が薄くて食べ易いし、甘くて美味しい。もしかしたら、話を進めたいのかも知れないが、(ゆい)が食べ終わるまでもう少し待って欲しい」

「そうですね、いただきます」

美味しそうなミカンを断る理由は無い。有難くいただくことにする。灯里さんもミカンの山から一つ取っていた。ミカンは、詩さんのお勧め通りに美味しい。

そして、私達がミカンを食べ終える前に結さんはお弁当を平らげ、私達と同じようにミカンを手に取って食べ始めた。

「挨拶が遅れて申し訳ない。我は結。姓は蓮村だが、正直どうでも良い。お前は柚葉と呼ばれていたな。夏の巫女か?」

名前が「葉」で終わるのは南森家の特徴だ。そのことからの類推だろうけど、流石に篠郷の役場の人だけあって、巫女に関する知識をきちんと持っている様子が伺える。

「はい、南森柚葉です」

「そうか、やはりな。それで今日は何故(なにゆえ)ここに来た?」

「祖母を捜していて確認したいことがあるんです。一つは、本部に登録している居住地がここになっていることについて、二つ目は、南森家の養子になる前の戸籍があるのではないかと言うこと。祖母の名前は南森万葉、養子になる前の名前は崎森万代です」

「祖母を捜してと言ったか。姿を隠した巫女を見付けるのは容易ではないぞ。まあ、兎も角、手っ取り早いとこから済ませてしまうかの」

結さんは炬燵から出て立ち上がり、扉の上に「資料室」の表示のある扉の中へと入っていった。

それから結さんが出て来るまで、そんなに長い時間は掛からなかった。詩さんが食べ終えたミカンの皮を集めて捨てに行って戻って来た時、資料室の扉が開く音がして、結さんが出て来た。

「ほれ、お前の見たがっていた戸籍とは、これのことだろう?」

元いた炬燵のところに戻って来ると、結さんは私の前に一枚の紙を置いた。その紙は戸籍票で、名前は崎森万代とある。

「ありがとうございます。でもこれ、両親の欄が空白なんですけど」

「巫女の戸籍なんて皆そんなものだ。お前、力を持たない人間の中で暮らしている時に、突然巫女の力に目覚めたとして、その出自を明かしたいと思うか?」

「思いませんね」

私の返事を聞いて、結さんは満足そうに頷く。

「だろう?だから巫女の戸籍は、殆どが両親の欄が空欄だ。手掛かりにはならんよ」

結さんの発言は至極ごもっともなことだったので、反論の余地が無い。

「だとしたら、居住地の方もですか?」

何もかもを篠郷にしてしまえば有耶無耶(うやむや)なるのだとすると、手に負えない。

「万葉さんなら、宿舎の管理簿に名前があったと思うよ」

今度は詩さんが立ちあがり、カウンターの下からファイルを取り出して中を開いた。

「うん、203号室がそうだけど、行ってみるかい?親族なら開けてあげられるよ」

ここまで来ておいて、確認しない手は無い。有難く提案に乗らせて貰う。

私達は四人で連れ立って受付のある部屋を出た。鍵の束を持っている詩さんが先に歩いている。一階のホールから外に出るかと思ったら、詩さんはホール横の階段を降りて行く。

「地下があるんですか」

「冬場に外に出るのは面倒だからね。この辺りの建物は地下通路で繋げてあるんだ」

「なるほど」

その地下通路を辿って宿舎の建物まで行き、階段を昇る。

二階に上がって少し歩いたところに203号室の扉があった。

詩さんはその扉の前で立ち止まると、鍵穴に鍵を差し込んで開けた。

「柚葉君の親族の部屋だから、まず君が入ってくれないか?」

促された私は、扉を潜り部屋の中へと上がる。

部屋の中には物が殆ど無い。私の部屋もそれほど物がある訳ではないけど、それ以上に物がない。

ただ、部屋の真ん中に小さなテーブルがあり、その上に白い封筒が置いてあるのが見えた。

封筒の表書きには「柚葉へ」とある。

「私宛?」

中には、折り畳まれた紙が一枚入っていた。取り出した紙を広げて見ると、書かれていたのはたったの二文だった。

『これを自分で読んでいるのだとしたらまだまだかしら。他所を当たりなさい』

私は黙って紙をくしゃくしゃに丸めようかと考え、いや、何か手掛かりが残っているかもと改めて表と裏とを丹念に観察してみた。しかし、何も見付からない。

「お前の婆様は、孫とのかくれんぼ遊びが楽しいみたいだな」

悔しいけれど、結さんの言う通りだ。お婆ちゃんはいつまで隠れているつもりなのだろう。


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