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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-19. 紅葉からの情報

話が一区切り付いたところで、私を置いて自転車置き場に向かおうと背を向けた恭也に、後ろから声を掛ける。

「恭也、一つ知ってたら教えて欲しいことがあるんだけど」

恭也は私の言葉に足を止めて後ろを振り返った。

「何?」

「お婆ちゃんが何処にいるか捜しているんだけど。恭也は何か知ってる?」

「ごめん、知らない。お婆ちゃんの居所のことって、今まで一度も聞いたことがないや」

申し訳なさそうに首を横に振る恭也。

「分かった、ありがとう」

「父さんに聞いてみようか?」

「いい。自分で聞くから」

「そか」

私の役に立てないと分かると、残念そうな表情で前を向き、改めて自転車置き場に向けて自転車を引き始めた。

その背中を少し見てから、私も向きを変えて玄関に入っていく。

家の中に上がると、まずはと執務室の前に立つ。玄関から入って目の前が応接室、隣が執務室。道場は玄関から入って左、執務室から見れば応接室の向こう側なので、道場に行く時には通らないけど、家の中の他の場所に行くには必ず執務室の前を通る形になっている。それに、仕事の時は両親とも執務室にいるのだ。

中には両親しかいないようなので遠慮は不要ではあったものの、コンコンと拳骨で軽く扉を叩いてからノブを回して扉を開き、執務室の中に顔を出す。

「ただいま」

「ああ、柚葉お帰り」

扉を開けてすぐ見えるところに座っていたお父さんが、顔を上げて私のことを認めると、にっこりと微笑んだ。だから私も微笑み返す。

そこから左に視線を移した部屋の奥には、窓を背にしたお母さんが執務机に向かっていた。

「お帰りなさい、柚葉。貴女、随分と家の前で話し込んでいたわね。出迎えに行くタイミングを見失っちゃったわ」

「それはごめんなさい」

お母さんはいつも御殿にやってくる来客を探知で視ていて、タイミングを見計らって自分で出迎えているのだけど、私が恭也と立ち話をしてしまい、そうした客人とは違う動きを見せたので戸惑ったようだ。咎める口調でもなかったとは言え、何となく謝ってしまった。

「それで今日はどうしたの?先月帰って来たばかりじゃない。まあ、こちらは幾らでも帰ってきて貰って構わないのだけど」

「お母さんと話したいことがあって」

「そう、何?」

お母さんは話を聞く姿勢になった。仕事中に話に行っても、いつも作業を中断して私の相手をしてくれるのは昔からのことで、そんなお母さんが私は好きだ。

でも、今は首を横に振る。

「ご飯の後で良いかな?ゆっくり話がしたいから」

「あらそう。勿論、良いけれど」

「じゃあ、後で。それから、今日の夕飯の準備はお母さん?」

探知で調べても母屋の付近にお手伝いのトメさんが見当たらない。であれば、きっとそうだろうとは思いつつ、確認してみる。

「そうよ。トメさん、ここのところ体調を崩してしまってお休みしているわ」

「そうなんだ。早く良くなると良いね」

「ええ、本当に」

当座の用が済んだので、私は首を引っ込めつつ、最後に一言言い置いた。

「夕飯の準備手伝うから、始める時に教えてくれる?」

「分かりました。手伝って貰えるなら私も助かるわ」

お母さんが微笑んだのを確認して私は完全に首を引っ込めて執務室の扉を閉める。そして荷物を担いで二階へ上がり、久し振りに自分の部屋に入った。

部屋は窓が開けてあって、新鮮な空気が流れ込んでいる。掃除もしてくれていたようで、埃っぽさも無い。荷物を置いてベッドに倒れ込むと、洗剤の清潔な匂いがした。先日泊まった後に、シーツなどを洗ってくれたのだろう。

それからお母さんに呼ばれるまでの間、ベッドの上でゴロゴロしていた。偶にはこうしてノンビリ過ごすのも良いものだ。実家に帰って来たからか、ベッドの上で横になっている時も、いつもより落ち着いた気分になる。

勿論、お母さんに呼ばれたら、即座にシャキッとして起き上がり、夕飯の準備を手伝った。

そして夕食後。

応接室。

私は満ち足りた気持ちでソファに寄り掛かっていた。お母さんのハンバーグは絶品だった。唐揚げには及ばないにせよ、私の好きなおかずの一つだ。ここ何度か帰って来た時には食べておらず、島を出て以来の久し振りの味わいに、思わず食べ過ぎてしまった。

この身体は燃費が良いから、そんなに食べなくても良いのだけどね。必要以上に食べようとしてしまう人の欲とは、本当に罪作りなものである。何て、偉そうに御託を並べようが、食べ過ぎは食べ過ぎだ。

そんな風に満ち足りた気分になってソファの上で(くつろ)いでいると、応接室の扉が開いてお母さんが入ってきた。右手には、コップを二つ乗せたお盆を持っている。

「貴女がここに一人でいるってことは、私と二人で話がしたいってことなのよね?」

私は家族に黙ってここに来ていたけど、お母さんは私の意図をきちんと察してくれたようだった。

「うん、そう。お母さんなら分かってくれると思ってた」

半分呆れ顔で、仕方の無い子ねと言いながら、お母さんは私の目の前のソファに座り、お茶の入ったコップを私の前に置いた。

「それで、話したいことって何?内緒のお話なの?」

「内緒かどうかは分からないけど、二人きりの方が話し易いと思って」

そして、真っ直ぐお母さんの目を見詰める。

「私、お婆ちゃんのことを捜してて。お母さんは、お婆ちゃんが何処にいるか知ってる?」

お母さんもまた私の視線を受け止めてくれていたのだけど、私より先に目を逸らし、俯き加減に首を横に振った。

「知らないわ。偶にメッセージを寄越しはするけど、いつも一方的だし、何処にいるとも書いて無いし」

「長老会はどうしてるの?この島の代表として参加しているのってお婆ちゃんだよね?」

「どうもしていないわよ。長老会にこちらから報告することなんて殆ど無いし、火竜が現れた時ですら、私が何も言わなくてもお婆ちゃんは長老会で上手くやってくれていたのだから」

お母さんの顔は困惑の色に染まっている。お婆ちゃんの動静を知らないと言うのは確かなようだ。

なら他に手掛かりになりそうな情報はないだろうか。

「ねえ、お母さん。お婆ちゃんについて、お母さんの知っていることを教えてくれないかな」

私の問い掛けに、お母さんは顔を上げて薄く微笑んだ。

「良いけど、貴女どうしてそんなにお婆ちゃんのことを気にしているの?」

おっと、問い返されてしまった。そう言えば、お母さんに事情を話していなかった。いや、説明したところでお婆ちゃんが関係している確証もないのだ、ならば込み入った説明をするだけ無駄に思える。

「確信は無いんだけど、最近、私の周りでお婆ちゃんが暗躍しているような気がして。それで、直接会って話したいと思ったんだ」

「そう。そんな時期が来たのかしらね」

時期?

「良いわ。お婆ちゃんのメッセージの宛先を教えてあげる。それで貴女の気持ちを伝えてみなさいな。それで返事が来るかは分からないけれど」

「うん、ありがとう」

お礼を言うと、お母さんの顔が少し明るくなった。

「それと、お婆ちゃんについてだけど、私が知っていることは少ないのよ。お婆ちゃんがこの家の養子だってことは貴女に話したことがあったかしら?」

「無いと思うけど、この前瑞希ちゃんから教えて貰った。若葉(わかば)さんが話してくれたって」

因みに、若葉さんとは瑞希ちゃんのお母さんで、私のお母さんの妹だ。つまりは万葉さんの娘な訳で、お母さんと同じことを知っていても可笑しくない。

「そう。それじゃあ、養子になる前の名前は聞いていて?」

「知らない」

私は首を横に振った。

「お婆ちゃんの元の名前は崎森万代(かずよ)だったの。その時の籍は篠郷にあったわね」

「篠郷?それって、今、お婆ちゃんが事務局に登録している居住地と同じだ」

「ええ。そして、私が知っているのはそれだけよ」

揺るぎなく私を見詰める視線から、その通りなのだろうと信じられた。

「分かった。教えてくれてありがとう、お母さん」

「どういたしまして」

返事をしながらお母さんが微笑む。あれ、何か微妙に違和感があるような。いや、私が気にし過ぎているのだろう。

そう言えば、他にもお母さんに聞いてみたいことがあったのだった。

「ねえ、お母さんは、弦月会って知ってる?」

「ええ。封印の地の旦那様の会でしょう?年に一、二回集まっているわよね。いつも飲んでカラオケして寝泊りしているって。同じ立場の者同士、集まってワイワイやって、お父さんの憂さ晴らしに丁度良いと思っているわ。でも、貴女、良く知っていたわね。お父さん、日頃弦月会のことは口にしていないと思うのだけど」

「うん、ちょっと耳にしたことがあって」

恭也のためにも出所は伏せておく。

それにしても、恭也に聞いていたから違うと分かっているものの、お母さんの話だけを聞いたら、弦月会ってただの飲兵衛の集まりに聞こえるんだけど。

それで良いの、お父さん?


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