10-17. 事務局へ
翌日の午後、私は清華と日比谷で地下鉄を降りると、日比谷公園にある東京ダンジョンの管理協会のビルへと歩みを進めた。
私達が向かっている先は、黎明殿本部の事務局だ。以前は神谷町にあったのだけど、去年の五月の末に移転して、今は管理協会のビルの中にオフィスを構えている。
今日の目的は事務局長の莉津さんと話をすることだ。莉津さんには既に連絡を取って面談の予約を取り付けてある。その点では私一人でも良かったのだけど、話をしたら清華も一緒に来てくれた。
事務局のオフィスに入ると、矢田部さんが出迎えてくれて談話室に通された。そして、矢田部さんと入れ替わりに莉津さんが部屋に入ってきた。莉津さんは、前回会った時と同じようにスマートな身体をパンツスーツで包んでいる。清華もスカート姿は見たことが無いと言っていたから、それが莉津さんの普段通りの姿なのだろう。右手に折り畳んだノートパソコンを持っていた。
私達はお互いに挨拶を交わしてから談話室のソファに座る。清華と私が並んで、莉津さんと向かい合わせになった。
「今日は柚葉さんが私に聞きたいことがあるのよね?」
「はい、最初は長老会のことなのですけど」
私は莉津さんの様子を見ながら、恐る恐る話題を持ち出す。
「長老会のどのようなこと?」
「今年の三月に行われた長老会に誰が参加して、どんな話をされていたのかを知りたくて」
「三月?少し待って、確認するから」
莉津さんは手元のノートパソコンを操作し始めた。それから暫く、莉津さんは黙って作業をしていたけど、私達が待たされた時間はそれほど長くはなかった。
「貴女達は、長老会の人員構成のことは知っていて?」
「いえ」
私は首を横に振る。隣の清華も同じように首を振っていた。
「黎明殿の運営は、本部と封印の地との合議制となっていて、長老会はその意思決定機関の位置付けです。そして本部と封印の地は対等と言うことで、長老会の参加者は各封印の地の巫女の当主四人と、本部の巫女四人、それから議長として事務局長の私の九人から構成されています。本部の巫女は、登録の古い人から参加することになっていて、今は菜緒さん、叶和さん、千景さん、花楓さんの四人。他にも議長である私に認められた人がオブザーバーとして参加できることになっています。例えばダンジョン協会の藍寧さんね。オブザーバーは会議の中で発言はできるけれど、議決権はありません。そこまでは良い?」
「はい」
清華は素直に頷いていた。私はと言うと質問したいことが既にあるのだけど、聞いて良いものなのかと悩んだ。
「柚葉さん、どうかした?」
「あの、今の話の中に裏の巫女が出て来なかったのですけど」
「ええ、この話はあくまでも世間一般にオープンにしている黎明殿の活動についてだから、表側に見えている巫女達だけで完結しているように見せる必要があるのよ」
なるほど、裏の活動のことは長老会では一切扱わないと言うことか。
「だとすると、蹟森の封印のことについては、長老会でどのような話になっているのですか?」
「議事録では、南の封印の地のエネルギー供給装置の不具合が北の封印の地に連鎖する可能性がある、となっているわね」
「幻獣がエネルギー供給装置、まあ、そうかも知れませんけど」
世間一般を相手にしようとすると、面倒なことになるのだと良く理解できた。
「でも、どうして態々長老会の議題にしたんです?封印の地の中のことだから黙っていれば、外の人達には分かりませんよね?」
「今の世の中では、そんなに完璧に秘匿することなんてできやしないのよ。崎森島に火竜が現れた時は本当に大変だったんだから。前触れもなくいきなりの大騒ぎでしょう?結界があるから詳しいことは分からないにせよ、何かが起きたことは明らかだから、どう発表するかを考えなければいけなかったし」
「それは、何か、ごめんなさい」
あの戦いが事務局にまで影響しているとは考えが及ばかったことを申し訳なく思い、謝りたくなった。
でも、私の謝罪の言葉を聞いた莉津さんは笑った。
「あの時、命を賭けて戦っていた貴女に落ち度なんてないわよ。私も後で現場の写真を見せ貰ったけど、凄まじい戦いだったようね。現地調査に行って貰った千景さんは相当ショックを受けたみたいで、ここに報告しに来た時にはまだ青い顔をしていたわ。最近の人はああいう戦いは未経験だろうから仕方がないところはあるのだけれど」
「昔はそういう戦いがあったのですか?」
興味を惹かれたのか、清華が問いを投げ掛けた。
「ええ、そうね。そう言い伝えられているわ」
莉津さんは、自分は無関係だと言いたいのだろう。けれど、当時の巫女は今も存命の筈で、言い伝えなどではなく直接聞くことも可能なのだ。まあ、突っ込む程のことではない。
「それで、話を戻して貰っても良いですか?蹟森での異変の可能性が話題になった長老会のことに」
「ああ、そうだったわね。随分と話が逸れてしまっていたけれど、今年の三月に開催された長老会の参加者は、春の巫女は和華さん、夏の巫女が万葉さん、秋の巫女は弓恵さん、冬の巫女は天音さんで、本部の巫女は叶和さんと千景さんが参加、菜緒さんと花楓さんは欠席、そして私が参加。オブザーバーは、ダンジョン協会から藍寧さん、それに蒔瀬研究所から時鳥詩暢さん」
「蒔瀬研究所ですか?本部や探偵社と関係があると言う」
「ええ、その通りです。あそこはダンジョンなどの研究をしているから、うちからも研究委託をしているの。東護院家も探偵社を通じて資金援助しているわね」
と、莉津さんの視線が清華を捉えると、清華が頷いた。
「はい、父から聞いたことがあるように思います」
「ふむ」
前に灯里さんに聞いたのと同じ情報だ。
「それで蒔瀬研究所の時鳥さんがオブザーバーとして参加されたのはどうしてです?」
「それは勿論、蹟森の封印が破れるであろうことを予測したのが彼女達だからだけど」
「え?予測した?」
吃驚したので変な声になってしまったかも知れない。
「そうよ。詳しいことは良く分からないから、興味があれば自分で聞きに行って貰えればと思うけど、彼女達が測定して計算したところでは、冬の封印の地の封印の負荷が上がっているから、遠からず破れるだろうとの話だったわ。そして実際にその通りになったのは貴女も知っての通りね」
そう説明した莉津さんの目には曇りの欠片も見えない。今ここで私に嘘を吐く理由も無いし、莉津さんはそう信じているのだろう。
北の封印の地の封印の魔道具の一つが壊れていたけど、誰かが壊したという証拠はない。過負荷によって壊れたと言われれば、その通りかも知れないけれどと、頭の中が混乱し掛かっている。
「それじゃあ、お婆ちゃんはその話を受けて琴音さんに連絡することになったんですね?」
「そう。誰もいなければ私が伝えるしかないなと思っていたけれど、万葉さんが手を挙げてくれたので助かったわ」
「そうですか」
単なるメッセンジャーでしかないとなると、私が想像していたような一連の大きな流れを裏でコントロールしている存在とは無関係になる。
それはそれで喜ばしいことではあるものの、それでも崎森島と蹟森の両方で名前が出て来ていたことに引っ掛かりを覚えずにはいられない。
「あの、今の話にも関係するのですけど、もう一つ聞いても良いですか?」
「何?」
「お婆ちゃんと会うにはどうしたら良いでしょう?私、直接話をしたいんです」
「あー、あの人ねぇ。神出鬼没なのよね」
莉津さんが困惑した表情になる。莉津さんでも簡単には会えないと言うこと?
「封印の地の巫女は、居住地を登録することになっていたと思うのですけど?」
「登録されてはいるわ。でも、そこにいるとはとても思えないのよね」
「何処なのです?」
「篠郷の役場の建物よ」
篠郷?何処かで聞いたことがあったような名前だけど、はて。
私が理解できていないことを見て取ったのか、莉津さんが自発的に補足してくれた。
「篠郷は、その昔、黎明殿の活動拠点があった地域で今も黎明殿の所有地なの。そして、篠郷の役場のあるところには、当時、黎明殿の中央御殿があったのよ」
中央御殿のあったところ?そう聞くと、俄然お婆ちゃんが怪しい存在のような気がしてくる。うーん、一体どっちなんだろう。




