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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第2章 友情の涙 (清華視点)
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2-2. 帰宅

私たち東護院家の本拠地は、伊豆にあります。実際、お母様は伊豆の家に住んでいて、東の封印の地を護っています。でも、東京にも別宅があって私はその別宅から学校に通っています。

東護院家は、四つの巫女の家系の中で、首都に一番近いところに位置するため、以前から政界や財界、官公庁に人材を輩出し、巫女の存在が私たちにとって不利に扱われないように地均しすることに注力してきました。私の高校にもそれなりの寄付と人を出していて、守りを固めています。今度の担任の須賀先生も、東護院家の息のかかった家柄の出身です。

西の方は、秋の巫女の西峰家が押さえてくださっています。巫女の家は四つありますが、どちらかというと東西が戦略系、南北が力技系でしょうか。もちろん、個々の能力はそれぞれですので、大括りな捉え方だけすると見誤ってしまうので注意が必要ですけれど。柚葉さんについては、まだその考え方も、力の使い方も見たことがないので、これから良く観察して見極めていきたいと思っています。

さて、始業式の後、学校を出た私は家に向かいました。

東護院家の東京の別宅は三鷹にあります。私は駅で電車を降りて10分ほど歩き、家の門の前まで来ました。門の脇にあるカメラに目を向けると、本人認証で門が開きました。玄関にも同様のセキュリティがあります。少し大袈裟なようにも思われますけど、これくらいやっておいた方が良いのだとお父様は言っていました。

「お帰りなさいませ、静華様」

「ただいま、瑠里」

家に入ると、家政婦の瑠里が出迎えてくれました。彼女はこの別宅の家政婦の一人です。ここでは二人の家政婦を雇っていますが、瑠里は住み込みで、一階の奥の部屋を自室として使っています。もう一人の野々佳も以前は住み込みで働いていたそうですが、私が生まれる前のことなので、私はその頃の野々佳を知りません。結婚してからは、この近くに家を借りて家族で住んでいて、私より一つ下の娘がいます。瑠里も結婚したら、この家から出ていくのでしょうか。瑠里は高校を卒業してから二年間専門学校に通い、栄養士の資格を取ってからここで働き始めました。それからもう三年は経つので、結婚すると言われてもおかしくはありません。瑠里には好きな人がいるのでしょうか。日ごろの素振りからはまったく分かりません。

「静華様、昼食はいかがなさいますか?」

私の胸の内など知らない瑠里は、いつものように問い掛けてきました。私は少し考えて、今日の午後は出かける予定もなかったことから、家でお昼を食べることにしました。

「そうですね、いただきます」

「畏まりました。それではご用意させていただきますね」

瑠里は私に向けってニッコリと微笑むと、お辞儀をして瑠里は食堂の方に下がっていきました。

私は洗面台で汚れ落としをすると、二階に上がり自室に入りました。

私の部屋は南に面しています。家の南側は庭になっているのですが、庭に植えられた一本の桜の木が大きくなって、部屋の前まで広がっています。なので、この時期は部屋からも桜の花が目の前に見えて、とても素敵です。

私は制服の上着を脱ぐと、ベッドの上に横になりました。ベッドのシーツは、私が学校に行っている間に瑠里が取り替えてくれたようで、洗濯したての清潔な匂いがします。

ベッドに仰向けに寝ていると部屋の天井が目に入りますが、私の目は天井は見ておらず、学校での柚葉さんのことを思い出していました。

柚葉さんと会ったのは、東京に住むと我が家に挨拶に来たとき以来でした。読書好きと聞くと大人しそうな印象を持ちがちですが、会って話をすると芯の強さを感じます。日頃は巫女の力を抑えているようなので力の強さは分かりませんが、その立ち振舞いは、いつも訓練している人のそれと思われ、隙がありません。

なので学校の友達と比べると、しっかりして大人びた印象です。それは置かれている立場から考えれば当然のことかも知れません。封印の地の巫女となれば、地元の関係者からの期待もそれなりにあるでしょうし、そうした期待に負けないようにしようとすると、内面も鍛えられるでしょうから。

もっとも、柚葉さんは芯が強そうではあれ、嫌な感じはしませんでした。好戦的なところはなく、裏表もなさそうな印象でしたので、良いお友達になれそうです。

私がそんな風に物思いに耽っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえました。

「はい、どうぞ」

ベッドの上で体を起こして返事をすると、ドアが開いて瑠里の顔が見えました。

「清華様、昼食の支度が出来ました」

「分かりました。今行きます」

私はお昼を食べに、階下の食堂に向かいました。


その日の夜、私が夕食を食べ終えて、リビングでコーヒーを飲みながらテレビを見ているときにお父様が帰って来ました。

「ただいま、清華」

「お父様、お帰りなさい」

「清華に話したいことがあるのだけど、あとで書斎に来てくれるかな」

「はい、分かりました。お父様」

お父様は言いたいことだけ言うと、リビングを出ていきました。少し慌しげな様子から、きっと仕事を持ち帰って来たのだろうと思えました。そうであるなら、時間を置いてお父様が落ち着いたころに書斎に行くのが良いだろうと考えて、しばらくの間、リビングで過ごしました。

ゆっくりと飲んでいたコーヒーも飲み終えて、十分な頃合いになったと思えたとき、私は二階のお父様の書斎に向かいました。

書斎のドアをノックして自分の名前を告げると、中から「どうぞ」とお父様の声が聞こえてきました。私は書斎の中に入って、ドアを閉めてからお父様の方に向き直りました。

お父様の書斎の中は、いたってシンプルでした。部屋の奥の窓際に机があって、書棚は一つだけ。その書棚も本だけでなく、高校時代の部活動の大会で獲得した盾やトロフィーや、部員たちの集合写真などが飾ってあったりします。

その他にあるものと言えば、ローテーブルとそれを挟むように置かれたソファ、それから飲み物を冷やしておく小型冷蔵庫だけです。

「そこに座って」

お父様はひじ掛け椅子から立つと、右手でソファを指し示し、冷蔵庫に向かって歩いて行きます。私は示されたソファに座りました。

「何か飲むかい?」

「いえ、さっきまでコーヒーを飲んでいましたので」

「そうか。分かった」

お父様は冷蔵庫から酎ハイの缶を一つ取り出すと、冷蔵庫の上に置いてあったグラスを一つ取って私の向かい側まで進み、ローテーブルにそれらを置くと、ソファに座りました。

「もうお酒を飲んでも大丈夫なのですか?」

「ああ、仕事も一区切りついたからね。あとは明日の朝でも大丈夫だよ」

そう言いながら、お父様は缶を開け、酎ハイをグラスに注ぐと一気に飲み干しました。そして、缶に残っていた酎ハイをグラスに注ぎ切ると、一口飲んでから私の方を見ました。

「それで話なのだけど」

「はい」

話を始めたものの、お父様はどこから話をしたものかと思案した顔になりました。

「清華は、黎明殿本部の事務局は知っているね?」

「行ったことはありませんが、お話はお母様から聞いたことがあります。黎明殿の対外的な窓口を担うところですよね」

「その通り。事務局には他の機能もあるけれど、窓口業務は私たちにとって重要な機能だね」

そうなのです。私たち巫女は、封印の地を守ることが主な役目ですが、たまにそれ以外の仕事を頼まれることがあります。そうした仕事の依頼の受付は事務局ですることになっています。そして本当に巫女を派遣する必要があるのかを精査し、取捨選択した上で、本当に必要なときだけ私たちに依頼が来ます。私たちが直接依頼の取捨選択をしてしまうと批判のネタになってしまうので、事務局が手前で防波堤になってくれているのです。事務局の人達は巫女ではありませんが、私たちの味方なのでいつも感謝するようにとお母様から言われていました。

「その事務局で何かあったのですか?」

「いや、何かってほどのことではないのだけど、いまのフロアが手狭になって今度引越しをするそうなんだ。それで手が足りなくて手伝いが欲しいと言われたんだよ。それで、せっかくの機会なので、清華が行ってみてはと思ったんだ」

「分かりました。私も事務局に興味があるので、行ってみたいです」

「うん、それじゃあよろしくお願いするよ」

お父様は立ち上がると机のところまで歩いて一枚の紙を取り上げました。そしてソファのところに戻ってきて私にその紙を差し出しました。

「これが事務局の地図と連絡先だ。いつごろ行けそうかな?」

「そうですね。明日は入学式だけなので、明日の午後に行ってみようかと思います」

「分かった。事務局には僕から連絡を入れておくよ」

「お願いします」

そうして、私は事務局にお手伝いに行くことになりました。どんな人たちと会うことができるのかドキドキワクワクします。


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