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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-12. お悩み相談

私はティーカップを手に取り一杯飲む。カモミールの香りに癒される。

しかし、その癒しは長続きしない。カップをソーサーの上に戻す、カウンターに両肘を乗せて溜息を吐く。

「そんなに気が重いのですか?」

琴音さんが困惑した表情で私を見る。

私は今、琴音さんの喫茶店に来ていた。蹟森に行って来た報告も兼ねてお茶を飲みに来たのだ。いや、一人で考えていても決まらないので話し相手が欲しかったと言うのが本音だ。

「封印の間を元に戻すと言って東京に来て一年半過ぎたのに、まだ何も進展がないまま実家に帰るのがねー」

「でも、確認することが必要なのでしょう?」

「それはまあ、そうなんですけど」

琴音さんには既に蹟森に行った目的は説明してあるから、同じ理由で崎森島に行かなければならないことは説明するまでもなかった。

「誰か他の人に行って貰おうかな」

「柚葉ちゃんは、それが本当に良い方法だと思うの?調査することは目的を果たすために必要な準備なのでしょう?それをきちんと説明すれば分かって貰えると思うのだけど」

「まあ、普通、そう思いますよね」

琴音さんの指摘はごもっともではあるのだけど、心の中で踏ん切りが付かない。

「それに、探し物のこともあるでしょう?蹟森では何も手掛かりが無かったかも知れないけど、だからと言って柚葉ちゃんの実家で何も見付からないとも限らないし。それを自分で確認しなくて良いの?」

「良くない」

カウンターの上に突っ伏したまま横を向いて答える。

調べるのは自分でやりたい、でも、どんな顔をして帰った物かが悩ましい。

次に島に戻るときは、目標を達成した時だと勇んで出て来たと言うのに。

横に置かれた水のグラス越しに、島の人達の顔が浮かんで見える。お母さん、お父さん、恭也、瑞希ちゃん、トメさん、チヨさん。皆良い人達ばかりだ。成果も無しに帰っても何も言わずに迎えてくれるだろう、でも、それに甘えたくはない。

「お師匠様、どうしたの?珍しくボーっとしてるよね?」

「えっ?あれ、愛子さん」

声のした方に目を向けると、私の横に愛子さんが立っていた。探知は切っていなかったけど注意が向いておらず、愛子さんが店に近付いていることにも、扉のチャイムが鳴って愛子さんが入ってきたことにも気付けていなかった。

「どうしてここに?」

今日は月曜日だ。愛子さんがいつも来る金曜日ではない。

「友達と新宿で買い物をしてたんだけど、帰ろうとしたらお師匠様がいたから寄ってみた」

確かにお店の手提げ紙袋を手にしている。

そのまま愛子さんは隣に座り、琴音さんにいつもの奴(キリマンジャロ)を頼んでいた。私も体を起こして愛子さんの方を向く。

「お友達とですか。陽夏さんではなくて」

「陽夏じゃないよ。陽夏は買い物に興味ないから。それにそもそも陽夏はプライベートの付き合いをしようとしないし。まあ最近は、変わってきているけど」

ふむ、確かに陽夏さんは友達との買い物よりも黙々と体を動かしている方が好きそうに見える。

「それで、今日はどうしたの?お師匠様にしては元気ないよね」

「いや、そんなことは――まあ、そうですね」

愛子さん相手に強がる必要はないと思い直す。

「柚葉ちゃんは実家に帰る決心ができないのですよ」

カウンター越しに琴音さんが付け加える。

「え?そうなの?お師匠様ってそんなヘタレだったの?」

「そこは、こだわり故の躊躇と言ってくださいよ」

反論はするものの、自分でも迫力がないと思う。

私は心の中にあるモヤモヤしたものを愛子さんに説明してみる。愛子さんは頷きながら私の話を聞いてくれたけど、納得いかない表情をした。

「お師匠様は何を心配しているの?あそこの人達でお師匠様を攻める人はいないよ」

気持ち良いくらいに言い切る愛子さん。

「どうして分かるんです?愛子さん、少しの間しか島にいなかったですよね?」

私の言葉に、愛子さんはそれは違うとばかりに首を横に振った。

「別に時間なんて関係ないよ。その場に少しでもいれば分かるから。何となくだけど感じられるんだよね、好意とか悪意とか」

そうだった。何故か愛子さんはそう言うのが分かるのだ。私は目の当たりにしたことはなかったけど、陽夏さんが話してくれたことがある。

「愛子さん。それって最近のこと?いや、島に来た時はまだ愛子さんは――」

「私は巫女じゃなかったって言いたいの?」

えっ、ここでそんな大っぴらに話してしまうのは。

心の中で思っていたことが顔に出ていたようで、私の表情を見た愛子さんが微笑んだ。

「このお店の中で、私達の会話を気にしている人はいないって。お師匠様も心配性だよね」

「そう言い切れるのは愛子さんだけだと思いますけど。でも、だとすると愛子さんはいつから分かるようになったんです?」

愛子さんは右手を顎に当て、宙を睨みました。

「んー、小さい頃からだと思う、何となく分かるって言うのは。そう感じるのが普通と思ってたから、いつからとか意識したことがないなぁ」

「物心ついた時にはできていたんですね」

「そうだね。あ、でも、普通は何となくなんだけど、もっと強く感じたことがあったっけ。確か小学校に上がってからのことだったと思うけど」

嬉しそうに微笑む愛子さんの表情は、昔を思い出して童心に帰っているようだった。

「私の実家が温泉旅館だって話はしたかも知れないけど、子供の頃はその旅館の中をよく歩き回っていて、それで色々なお客様を見て来たんだよね。まあ、ほとんどのお客様には何も感じないんだけど、ある日、泊まりに来た女の人達はとても暖かい感じがした」

「暖かい感じですか」

「何となくのイメージだと思って。正直、言葉で的確には言い表せないんだよね。兎も角、そんな感じのする女の人達が四人で泊まりに来た。そしたら、その後に今度は嫌な感じのする男の人達が来たので吃驚(びっくり)した」

「同じ日に?」

そう尋ねると、愛子さんは首を縦に振った。

「そう同じ日に。と言うか、その男の人達は、女の人達を追い掛けていたみたいなんだよね。うちの番頭さんに、女の人達の隣の部屋に入れろって困らせていたから」

「それでどうしたんです?」

「番頭さんは女将、つまり私のお婆ちゃんにも相談して、結局隣の部屋に通した。で、私は心配になって女の人達の部屋に行くことにして。最初は恐る恐るだったんだけど、女の人達が優しかったから感じたことを全部話しちゃった。そしたら、分かっているから大丈夫だって。でも、教えてくれてありがとうって。それで翌日宿を出るときに、私にペンダントをくれた。不思議なおまじないが掛けてあるもので、いざという時にそれに強く祈れば、一度だけ命を助けてくれるって」

そんな都合の良いアイテムがあるのだろうか。

私は女の人達のことより、そのペンダントのことが気になった。

「そのペンダントはまだ持っているのですか?」

愛子さんは何かを懐かしむ表情で首を横に振る。

「もう無いよ。使っちゃったから」

「使った?おまじないって本当に?」

「ペンダントを貰って少ししてからなんだけど、私、崖から落ちちゃってね。それで大怪我して死にそうになったんだよ。その時、ペンダントに死にたくないって強く願って、そのまま気を失っちゃったんだけど、気が付いたら助かってた。でも、ペンダントは無くなっていて、一度だけってそう言うことかって思った」

愛子さんは気付いていないようだけど、私はもしやと思った。愛子さんも灯里さんと同じように死にそうになったところを助かっている。これは偶然だろうか。

「そのペンダントをくれた女の人達のこと、何か覚えてますか?」

「昔のことだからなぁ。四人とも綺麗な人達だった印象があるけど、顔は思い出せない」

「名前とかは?」

「一人は『お姉さん』って呼ばれてたから名前が分からなくて、後は横文字みたいな名前だった。確か、ベル、エリー、フェリだっけかな?ん、お師匠様、何か変だった?」

四人の名前を聞いた時、私はつい笑ってしまった。

その『お姉さん』は、「(あね)」と呼ばれていたのではないだろうか、正確にはアーネだ。愛子さんは幼かったから「姉」を「お姉さん」と言い換えていたのだろう。

それにしても、アーネ、ベル、エリーにフェリ、その四人が揃いも揃って愛子さんの宿に泊まったことは果たして偶然だったのか。そして、愛子さんが崖から落ちて死にそうになったことは。

思い起こせば、愛子さんや陽夏さんがアバターの身体を得たのは最近のことだけど、陽夏さんへの働きかけは随分前から花楓(かえで)さんを使って進められていた。愛子さんのことも、ずっと以前から計画されていた可能性がある。

そう考えた時、大きな意思の存在を感じずにはいられず、背筋に冷たいものが走った。

私もまたその存在の掌の上で踊っているに過ぎないのではなかろうか。そう考えると、それまでグジグジと悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。

誰かが黎明殿の中でシナリオを描いている。私が崎森島を出たのも、崎森島に行くのもそのシナリオに含まれているに違いない。だったら、そのシナリオに乗ってやろうじゃないか。今はまだその全貌が見えないけど、いずれ解明してみせる。その後もシナリオに従うかどうかは、それが明らかになってからで良い。

アハハハ。開き直って気が大きくなり、思わず笑ってしまう。

突然笑い出した私を見て、愛子さんは呆気に取られていた。

「お師匠様、どうしたの?」

「ああ、何でもないです。でも、愛子さんの話のお蔭で決心が付きました。崎森島に行ってきます。愛子さんも一緒に行きませんか?」

「え?良いけど」

心を決めたら後は簡単だ。

そして、次の土曜日。

私は清華と羽田空港にいた。

そんな私達に手を振って走って来る人影が視界に入る。

「ごめん、遅くなっちゃって」

「いえ、大丈夫です」

やってきたのは灯里さんだった。

愛子さんは結局行かないことになった。木曜日に愛子さんから連絡があって、週末に仕事が入っていたのを忘れていたのだとか。

何か、愛子さんらしい。


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