10-10. 封印の魔道具
「こんにちは、彩華さん、涼華さん。今回は封印の間の調査を許可いただいてありがとうございます」
「構いませんよ。南北の封印の間を元に戻すためならば、協力は惜しみません。他にも何かあれば相談してくださいね」
「柚葉ちゃんは、静華の親友だしね。私達には何も気を使わなくて良いから」
「はい、そうさせていただきます」
彩華さんと涼華さんから貰った優しい言葉に対し、頭を下げて感謝の意を示す。
私は東の封印の地に来ていた。静華も一緒にだ。
藍寧さんと話した後、封印がきちんと機能している封印の魔道具の様子を確認したくて静華に相談したら、一緒に東護院の本拠地に行こうと誘われたのだった。私一人でもと言ったのだけど、静華もここに来たいと考えていたから丁度良かったとのことで、一緒に来ることになった。
移動手段は下田までは電車。下田の駅には涼華さんの旦那様である拓人さんに車で迎えに来て貰った。
東の封印の地に到着すると、母屋のリビングに通された。そこでは彩華さん達が待っていたので、少し緊張しながら先程の挨拶となったのだ。今、ここで話をしているのは、彩華さんに涼華さん、私達の四人なのだけど、会話に参加していない人がもう一人いた。
「あの、近くで見ても良いでしょうか?」
静華がそわそわしながらソファから立ち上がる。
「勿論、良いわよ。ちゃんと顔を見てあげて」
そう涼華さんに促されると、静華は涼華さんの隣に置いてあった篭の前まで移動して、中を覗き込んだ。
「可愛い」
私も静華の横から篭の中を見る。
「小さい」
篭の中では赤ちゃんが寝ていた。頭の大きさが私の握り拳くらいしかない。生まれてから一ヶ月も経っていないと聞いていた通り、本当にまだ小さい。
「名前は決めたのですか?」
「うん、アンズにハナで杏華」
「杏華。素敵なお名前ですね。杏華さん、従姉の静華です。よろしく」
静華が目を細めながら赤ちゃんの頭を優しく撫でる。
私も掌を赤ちゃんに近づけてみる。弱々しいけれど、力の波動を感じた。
「杏華ちゃん、巫女の力を持ってますね」
「そう、静華ちゃんと同じで私達春の巫女の後継者ね」
後継者。まったくそうなのだけど、涼華さんはなぜ今になって子供を産もうと考えたのだろう。涼華さんが双子の姉である彩華さんに対抗しようとして、と言うには遅すぎるように思える。特に何の思惑も無く、単に子供が欲しくなっただけなのかも知れないけど。
そんな私の心の動きとは無関係に、赤ちゃんはすやすやと眠っている。
「力は封じないのですか?」
力を持った赤ちゃんが生まれた場合、ある程度の分別が着くまでは、親が子供の力を封じることになっている。でも、この子はまだ力が封じられていないようだ。
「まあ、まだ大丈夫だから。でも、もう少ししたら封じるわ。柚葉ちゃんのところは生まれたら直ぐに力を封じることになっているの?東護院では、生まれてから暫くは様子を見るために力は封じないのよ。一か月経った時に御殿でお祝いをしてからね、力を封じるのは」
「そうなのですね」
ここにそんな習慣があるとは知らなかった。封印の地によって、子供の育て方に違いがあるようだ。
「南の封印の地は違うの?」
「そうですね、私の時は、生まれて割とすぐに力を封じたと言われました。何か小さい頃から力が強かったらしくて、力の暴走が怖かったそうです。実際、幼い頃に一度暴走し掛けましたし」
「それはやんちゃさんだったみたいだね。でも、今はもう自分で制御できるんでしょう?」
それが普通だよね、と言わんばかりの笑みを涼華さんに向けられて、戸惑ってします。
「いえ、二年前に力を暴走させてしまったので、まだ制限を受けてます」
「え?」
涼華さんの表情が驚きに変わる。
「北の封印の地の騒ぎって半年前だよね?その時も制限掛かったままだったの?」
「はい、まあ」
「それはまあ何て言うか、柚葉ちゃんも大変だね」
涼華さんに労われてしまった。力を制限されていることは、いつもは忘れているし、特に苦労しているものでもないので反応に困る。そんなことから、曖昧な笑みを返しておこうとしたけど、かなり微妙な笑みに見えたかも知れない。
ともあれ、赤ちゃんはすやすや寝ているので起こさないようにソファに戻り、話を続けた。
話題は杏華ちゃんが生まれた時の話から、更には静華が生まれた頃にまで遡った。静華が恥ずかしがるのを見て皆で盛り上がったのは言うまでもない。
ひとしきり話をしたあと、リビングから静華の部屋に移動した。荷物を置きつつ昔のアルバムを見せて貰う。なるほど、涼華さんが昔の静華は天使みたいだったと言っていた理由が良く分かった。
少ししてから、静華と二人で封印の間に向かう。以前に来たときと変わらず、封印の間には、御殿の裏手から歩いていく形だ。
静華に鍵を開けて貰い中に入る。
「魔道具をきちんと確認したいから明るくするよ」
「ええ」
封印の間の中は明かりが入らないので真っ暗だ。でも、探知を使えば歩き回るのには困らない。静華も同じで明るくするとは考えていないだろうから、予め断っておいた。
入口の扉を閉めた後に光の玉を出す。周囲が明るくなったところで、その光の玉を引き連れながら奥の方に通路を少し歩くと封印の間に出た。足元の床のその先には大きな円形の穴があり、そこから封印の上端が顔を出しているのが見える。
私達はきょろきょろと足元を確認しながら穴の周囲を一回りする。しかし、封印の魔道具らしきものは見当たらない。崎森島の封印の間でも魔道具を見掛けた記憶がなかったので、予想通りではある。
「このフロアには無いね」
念のため静華にも確認する。
「ありませんね」
静華が頷いた。
そうなると、一つ下の階だろう。
封印の間は二階構造だ。入口に繋がっている今いるところが地上一階とすると、一つ下の地下一階がある。二つの階を繋ぐ通路があるのだけど、通常、地上一階側の入口は塞がれている。崎森島の場合はその入口を壊してしまった。ここも同様に壊してしまおうかと考える。でも、態々塞いでいるものを無くしてしまって良いものだろうか。
いや、ここには調査に来ただけだ。現状を変えるのは良くない。別に通路を通らなくても階下には行けそうだし。
封印の間には結界が張ってあり、封印の間から外を、或いは外から封印の間の中を探知することはできない。でも、封印の間の中にいれば、結界の内側は探知できる。なので、今、地下一階も探知できている。
探知ができれば、転移もできる。
「清華、下に転移するよ」
「はい」
私が転移すると、その横に清華が現れた。
階下の様子も崎森島と同じだ。大きく違うのは、目の前に幻獣を閉じ込めた封印が見えるか否か。ここでは奥に半球状の封印が見えている。
「封印ですね」
「うん」
「あの中に幻獣が眠っているのですね」
「多分」
封印はまったくの不透明ではないけれど、中の様子は分からない。ただ、上から見た時よりも色が分かるような気がする。全体的に緑がかっているように見えるのだ。
「これは何でしょう?」
清華が、封印の手前にある六角柱の形をした腰の高さくらいの物に目を向けた。
「私達は制御装置って呼んでる。崎森島では、この透明な石に向けて力を注いで魔道具、ん、いや」
魔道具が二種類あってこんぐらかってきた。幻獣を封印していたのは封印の魔道具、では、私達が力を注いでいる魔道具は何て呼べば良いか。確か、大きな結界を張っているとの話だったような。
「えーと、封印の間の地下に設置された大結界の魔道具を動かし続けてる。でも、これは大結界の魔道具の本体には繋がっていないみたい」
「どうして分かるのですか?」
「石が全然光っていないから。崎森島のは、最初に見た時も輝きは弱かったけど光っていたのに、ここのはそうじゃない」
封印の手前にある六角柱の形の制御装置は、崎森島や蹟森にあったのと同じモノだ。それが大結界の魔道具に繋がっているとなると、そこに力を供給している幻獣にも繋がっていることになる。そうしたら、封印の外から幻獣に干渉できるかも知れず、とても危険だ。だから幻獣が封印に閉じ込められている時には、制御装置は大結界の魔道具に繋がっているべきでは無い。そう考えていたので、まったく光っていない制御装置を見た時、これは魔道具本体には繋がっておらず、製作者はきちんと安全対策を講じているのだと分かり安心した。
「それならこれは封印の魔道具ではないのですね」
「そう、これじゃない。封印の魔道具は、もっと封印の傍にあるんじゃないかな?」
私達は制御装置の脇を通り、封印に近付く。
「ねえ、柚葉さん、あれは?」
清華の指が示す先に目を向ける。そこは封印と床の境目で、床から小さな突起が出ているように見えた。
こちら側から見る限りでは、その突起が何かは判別できない。しかし、封印の目の前まで近付いてその突起の裏側、つまり封印の側に透明な石が嵌っているのが確認できたことで、目的のものだと知れた。
「これが封印の魔道具だね」
清華に目を向けると、頷き返してきた。
「他にもあるでしょうか?」
「あると思う。探してみよう」
そして、封印沿いにぐるりと一周して、他に同じ魔道具を二つ見付けた。
「全部で三個ですね」
「うん。それで多分だけど、封印の魔道具が三つあるから一箇所に三人のチームメンバーが必要なんじゃないかな」
「私もそうだと思います」
これで正常な封印の間の状態が大体把握できた。
それにしても、と思う。ここの封印の魔道具のような突起は、崎森島や蹟森の封印の間では見た記憶がない。一体全体どう言うことなのだろうか。
いや、悩むより、確認した方が早い。私は早速蹟森に行ってみようと決意した。




