10-9. 藍寧、始まりの巫女
「それで、幻獣の召喚について知りたいとのことでしたね」
「はい。今なら教えて貰えるのではと思って」
私は藍寧さんのプライベート異空間に来ていた。
藍寧さんの仕事が終わった夜になってから藍寧さんに会いたいと伝えたら、私の部屋の壁に穴が開いて、その向こうに藍寧さんが見えた。藍寧さんが自分のプライベート異空間と私の部屋とを繋げたのだ。それで、その穴を通って藍寧さんのところにお邪魔した。
今は、藍寧さんがお茶を出してくれて、向かい合った形でソファに座ったところだ。
「そうですね、ある程度のことはお話しできますけれど、柚葉さんのすべての疑問に答えられるかは分かりませんよ」
「それでも良いです。話せることだけ、話してください」
先日珠恵さんと話した時、封印の間を元通りにすることを当座の目標と定めた。その時、幻獣の召喚・封印については、当時の中心的な巫女に尋ねることにしたのだけど、私の伝手で話が聞けそうな人は藍寧さんしかいなかった。しかし、藍寧さんとは前にも話をしたことがあり、幻獣召喚の方法は教えて貰えなかった過去がある。そのことを珠恵さんに伝えると、今なら大丈夫ではないかと言われたので、改めて藍寧さんとコンタクトを取ったのだった。
「まずですが、幻獣召喚は物凄く消耗します」
「物凄くって具体的にはどれくらいですか?」
「四つの封印の地に幻獣を召喚したときは、10年間ほど眠ることになりました」
「10年間ですか?」
思わず聞き返してしまった。今から10年後だと、私は27歳になってしまう。まあ、アバターの身体なら10年間眠っても問題は無いけど、世の中が随分と変わってしまうのだろうなと考えると憂鬱な気持ちになる。
「はい。今回は二体だけですから、そこまでではないとは思いますし、個人差もあるでしょうから何とも言えませんけれど」
うーむ、ついこの間まで、清華や寒江さんと会話していた大学生活の実現が下手をすると危ぶまれる状況になりそうで戸惑いを隠せない。でも、東京に来た本来の目的は、封印の間を元に戻すことなのだから、ここで躊躇ってはいけないのだ。
と決意を固めたところで、あれ?と思った。
「あの、別に私がやらなくても良いのですよね?例えば、藍寧さんとか」
そうなのだ。今、封印の間を元に戻そうとしているのは私かも知れないけど、私が幻獣を召喚しないといけない理由は無い筈。藍寧さんの名前を挙げたけど、それは飽くまで物の例えで言っただけだ。裏の巫女だって沢山いるのだろうし、その内の誰かにお願いすることができても良さそうなものなのだから。
「ええ、誰でもで良ければそうなりますね。でも、幻獣を召喚するには条件があるのです。誰でも良いと言う訳にはいきません」
「それはどんな条件なんですか?」
「簡単な方から言えば、チームが組めることです。チームリーダーの他に、召喚先にメンバーが三人要ります。今回は二体なのでメンバーは六人ですね。ただ人数は兎も角、チームリーダーになれない巫女は候補から外れます」
チームリーダーと聞いて、ウッとなった。チームは、原則として巫女の力を与えることができる巫女と、その巫女から力を貰った巫女で構成されるもので、巫女の力を与えた巫女がチームリーダーになる。そうしたチームは全部で五つあり、第一隊から第五隊、昔の呼び名では一ノ里から五ノ里と呼ばれている。殆どの巫女は、このチームに所属していて、その中でリーダーになれるのは一ノ長から五ノ長の五人だけでしかない。
でも例外がある。例えば私だ。何故か力を与えた相手でもないのにチームが組める。私のチームは現在は愛花さん、摩莉さん、祈利さんと私の四人だけど、氷竜との戦いの時は有麗さんに花楓さんも一時的にチームに入って貰っていた。藍寧さんが人数を問題視していないのは、私の場合一時的にチームメンバーが増やせると分かっているからなのだろう。
そして私以外の例外となると、藍寧さんだろうか。でも、藍寧さんにしろそれぞれの里長にしろ、黎明殿の中での役割を考えると私より重要な位置にいるように思える。となると、幻獣を召喚するのに適しているのはやはり私だとなってしまうのだろうか。
いや、結論付けるにはまだ早い。
「それだけでも該当者は随分と絞られると思いますけど、まだ条件があるのですよね?」
「はい。条件はもう一つあります。それは、幻獣召喚に必要となる神具に認められることです」
「神具ですか?」
私は「神具」と言う単語に引っ掛かりを覚えた。これまで黎明殿の中で「神」の文字が含まれる単語を聞いたことが無い。私達の力だって超常の力として「神力」と呼んでも良さそうなものだけど、「巫女の力」とか単に「力」としか呼ばない。巫女の力で動かす道具も、「神具」ではなく「魔道具」と呼んでいるのだ。
そんな中、敢えて神の字を使った「神具」に興味が湧く。
「ええ、神具です。神がこの世界に降臨した際に携えていたと言われる物。幻獣の召喚に使うのは神の槍、神槍になります」
「神槍ですか。それで、神具に認められるかどうかは、どうやって調べるのです?」
「それは神具に巫女の力を注いでみれば分かります。その力に反応しなければ認められず、反応すれば認められたと言うことです」
確認するのは簡単そうだ。けれど、気になることもある。
「私は神槍に認められるのでしょうか?」
「それは分かりません。ですが、私達は柚葉さんが神槍に認めて貰えれば嬉しいと考えています」
ふむ、「私達」ですか。これまでの話の流れから、神槍を扱える人は相当少なそうだから期待が集まるのも分からないでもない。でも、私は認められるのか。いや、悩むより試した方が話が早い。
「それで、その神槍は何処にあるのです?」
「ごめんなさい、実は何処にあるのか分からなくて。誰かが仕舞ったのだと思うのですけれど。400年前に幻獣を召喚してから、使う機会も無かったので探していなかったんです。今回のことがあって心当たりには聞いてはみたのですが、誰も知りませんでした」
「だとすると、まず神槍を見付けるところからですか」
どうやら、先の長い話になりそうな気がして来た。
「はい、後、もう一つ確認しなければならないことがあります」
「何をです?」
「封印の魔道具です。封印の間で幻獣を封印するのにその魔道具を使っていました。それらの状態を確認して、必要に応じて修理や取り替えをしておかないといけません。封印が破られたところは、封印の魔道具に異常があったかも知れませんから」
「確かにそうですね。でも、それは前に幻獣が現れた時に調べていないのですか?」
幻獣が封印を破ったのはある意味事故だ。事故が起きれば、その原因を探るのは普通ではないだろうか。そう考えて尋ねたのだけど、藍寧さんは首を横に振った。
「それについては分かりません。現地で調査されているかも知れませんが、私達の耳には入って来ていません。封印の間と言うか、封印の地そのものは季節の巫女の管轄領域ですから、そこに私達が勝手に入り込んだりはしないんです」
それはどうなのだろうかと疑いたくもなるけど、言い分としては理解できる。
うん?先日、祈利さんは予告も無しに崎森島に現れたけど、あれはどうなのだろう?元々灯里さんとして島にいたからセーフ?それとも私のチームだからセーフ?そう言えば、一昨年の夏に気付いたら崎森島に来ていたって言い訳していた陽夏さんはどうだろうか?まあ、二人とも結局は崎森島の巫女であるお母さんや私が認めたので事後承諾で良しとなった事例と言えなくもないけど。別に島の中でコソコソしていたのでもないし。
ではアウトの事例は、と言うと思い付けない。私達封印の地の巫女よりも能力の高い巫女はいるだろうし、その人が隠れて封印の地に来ても気付けないだろう。もっとも、仮にそうした巫女が隠れて調査をしに来ていたかも知れないとしても、藍寧さんが知らないことの反証にはなり得ない。
結局のところ、封印の地の中で起きたことの調査は、封印の地の巫女が行うもので、黎明殿本部は関知していないとの主張を呑むしかなさそうだ。
「分かりました。封印が解けた封印の間の様子や封印の魔道具のことは、お母さんに聞くなり自分で調べるなりしてみます」
兎も角、封印の魔道具の状態を調べつつ、神槍を探しますか。




