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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-8. 昼休み

キーンコーンカーンコーン、コーンカーンキーンコーン。

授業の終わりを示すベルの音が教室のスピーカーから聞こえてきた。

「時間だな、じゃあ今日はここまで」

「起立」

三枝(さえぐさ)先生の言葉をきっかけにして、日直がクラスの皆に声を掛ける。

「礼」

「ありがとうございました」

皆で揃って頭を下げ、お辞儀をする。三枝先生も軽く頭を下げると、教室を出ていった。

四時間目の物理の授業が終わり、これから昼休みだ。何人かで集まって食堂に向かったり、お弁当を買いに購買に行ったり、それぞれが動き始める。

私は鞄からお弁当の包みを取り出して清華の席へ移動する。そこでは既に寒江さんと清華が机を迎え合わせにしていた。この前の席替えで、寒江さんは清華の後ろの席になれて、いつも清華のことを眺められると喜んでいた。お昼もこうして清華が机の向きを変えるだけで良いので便利だ。私は清華の隣の席の椅子を借り、向かい合った二人の机に横から座る。

「南森さん、今日もお願いできるのです?おかずは沢山作って来たから食べてくれて良いのです」

私は寒江さんの問い掛けに頷くと、差し出された寒江さんのお弁当箱を両手で持って加熱を起動する。

「これで良いかな?」

数秒の後に、お弁当箱を寒江さんの前に置く。

寒江さんがお弁当箱の蓋に手を当てて、温かさを確認する。

「うん、良い感じなのです。いつもありがとうなのです」

私に笑みを向けてくれた。

「どういたしまして。清華もやる?」

「お願いしても良い?」

「勿論」

同じように清華のお弁当箱を手に持って加熱してから清華の前に戻す。傍から見れば、他人のお弁当箱を一時手に取っただけにしか見えず、何をやっているのかは分からないだろう。

でも、これのお蔭で寒江さんの好感度が上がったのだ。

加熱を寒江さんの前で最初に使ったのは先日三人で動物園に行った時。ちょっとしたアクシデントが切っ掛けだった。

動物園でのお昼の時間、私達は休憩コーナーのテーブルを確保して、それぞれが担当していたお弁当を取り出して並べていった。寒江さんは、意気揚々と自分で作って来たおかずの箱を開けたのだけど、肉の脂が固まってしまっているのに気付いて愕然となっていた。どうやら清華に美味しいものを食べて貰いたいと頑張って用意したらしいのだけど、美味しさに気を取られてしまい、冷めた肉の脂が固まってしまうことを失念してしまっていたのだそうだ。

ショックを受けて半べそになりかかっていた寒江さんを見るに見かね、寒江さんのおかずの上に手をかざして加熱で温めてしまった。すると、良い香りが漂って来たので、なるほど作り立てならばとても美味しのだろうと思った。しかし、寒江さんは唖然としたまま温まったおかずを見て、それから私を見て、固まって何も言えずにいた。

そんな寒江さんの様子から、私も一般人の前では加熱すら使っては不味かったことを思い出し、内心では焦り始めながらその場を取り繕うように「これ、内緒ね」とウィンクしてみせたのだ。

どうやら、それが良かったらしい。寒江さんは笑顔になり、「えっ、凄いのです。あ、そうか、南森さんもそうだったのですね」と納得し、それから清華にも同じことをできるかを尋ねたので、清華が困っていた。

そのことがあってから、学校の昼休みにお弁当箱を温めて欲しいとお願いされるようになった。私は、加熱が使えることを他の人に絶対に気付かれないように振舞うことを条件に、了解した。寒江さんはその約束を守ってくれたし、それにおかずを多めに作って私に分けてくれるようにもなった。寒江さんは、私がいつもお弁当にお握りしか持って来ないことが気になっていたらしい。栄養はバランス良く取らないと言いながら、自分のおかずをお裾分けしてくれるのだ。

実のところ、私のこの身体はどんなものを食べようと、偏食しようと、もっと言えば何も食べなくても不調になることはない。とは言え、定期的に何か食べてお腹を動かしていた方がより不都合がないので、そのためにお昼にお握りを食べている。お握りは作るのが簡単だし、お弁当箱が無くても良いから洗い物を出さずに済むし、ご飯に混ぜるものによって味が変えられるのも良い。鮭に、明太子に、梅干しに、高菜に、おかか醤油に、ふりかけに、ちりめんじゃこに、天かすに、肉のそぼろ煮と、毎日違うものを混ぜ込んでいる。それに気が向くと炊き込みご飯でお握りを作ったりもする。それだけでも結構、食が楽しめる。

でも寒江さんの目には、それでは不十分だと映ったのだろう。私も自分の身体のことまで教える気にはなれなかったし、寒江さんのおかずは美味しいので、いつも有難くご相伴に預かっている。そのためにマイ箸まで用意してお握りと一緒に持って来るようになってしまった。

寒江さんは、食べたおかずが美味しいと言うと、嬉しそうな顔になる。いや、顔だけでなく、体全体で喜びを表現してくる。私には、その様子があたかも尻尾を振っている犬のように見えるのだ。それで寒江ワン子ちゃんが私にも懐いてくれたと嬉しい気持ちになり、ついその頭を撫でたくなる。いや、実際、この前頭を撫でてしまったのだけど、「え?」って顔をされたので、それからは頑張って我慢していたりする。

「あの、南森さん、今日のお握りなのですが」

「これ?軟骨唐揚げ入りだよ。食べてみる?」

「いえ良いのです。揚げ玉にしては大きいし、唐揚げにしては小さいなと思ったのですが、軟骨だと堅くないかと思ったのです」

「ん?全然問題ないよ。歯応えが丁度良い感じ」

「はあ」

偶に軟骨唐揚げを食べたくなる時があって、昨晩部屋で作って食べていた。今日はその残りをお握りに混ぜてみたのだ。これも結構いける。

私が美味しそうにお握りを食べるのを眺めていた寒江さんは、今度は清華の方に目を向けた。

「清華様、今日帰って来た模試の結果はどうだったのです?」

先日学校全体で受けた大学入試模試の結果が今朝のホームルームで返却された。その結果のことを言っているのだ。

「ええ、まあ、希望通りの大学には行けそうだと言う判定が出ました」

「羨ましいのです。清華様、第一希望は西早大だったかと思うのですが、私はあそこ、C判定だったのです。清華様と同じ大学に行きたいので、もっと頑張らないとなのです」

寒江さんの大学選びは清華基準になっている。でも、それで目標が高いところに向くのならそれもありだろう。

「それで、南森さんはどうだったのです?」

話が私の方に来た。私も会話に混ぜてくれるのは嬉しいのだけれど、大学のことはなぁ。

「私?まあまあ、それなりだったけど」

「けど?」

寒江さんが怪訝な顔になる。

「まだ大学に行くかどうか悩んでいるんだよね」

今までこの話を寒江さんにはしていなかったことに思い至って付け足す。

「大学に行かないのです?ああ、どちらにしても卒業したらやることは決まっているのでしたか。でも、清華様は大学に行かれるのですよね?」

「ええ、私は両親から見聞を広めるために大学に進学するように言われていますから」

東護院家の教育方針については、前に清華から聞いていた。清華さんのお母さんも、叔母の涼華さんも大学を卒業している。私の場合、お祖母ちゃんが大学に通っていたのかは知らず、お母さんは高校までだ。お母さんが学生の頃は、島の巫女がお祖母ちゃんしかいなかったので、遠くに行けなかったというのもあるのだろう。そういう意味では瑞希ちゃんもそういう選択をするしかないことになってしまうのだけど、瑞希ちゃんはどう考えているのだろう。

「柚葉さんもこちらにいる間は大学に通ったらと思うのですけど。興味がない訳ではないのでしょう?前に一緒に西早大の大学祭にも行きましたよね」

「まあ、それはそうなんだけど」

西早大の大学際に行ったのは、当時はまだ珠恵さんとは面識がなくて、大学祭に行けば会えるのではないかと期待してのことだったのだけど、結局会えず仕舞いだった。後で珠恵さんにその話をしたら、実は私が入口横の受付に行った時に珠恵さんは丁度そこにいて、私のことにも気付いていたのだとか。その時私に名前を明かさなかったのは、悪戯心が働いたかららしい。どの道、遠からず私とは話をするようになるだろうと予想していたそうで、それはまったくその通りになった。

「あれ?南森さん、共通試験の申込はとっくに終わっているのです。それはどうしたのです?」

「あー、あれも悩んだけど、一応出しておいた」

「それなら、後は南森さんの決心だけってことなのですね」

「まあ、そう言うこと」

私の返事を聞いて、寒江さんは目線を下に向けて考える顔になったが、直ぐに何かを思い付いたか顔を上げた。

「南森さんは、大学に行くメリットを感じていないと思うのですが、だったら私から提案があるのです」

「どんな?」

私が聞く耳を持ったのが嬉しかったのか、寒江さんは目を輝かせました。

「私達三人で同じ大学に行って、一緒にお昼にお弁当を食べるのです。私がおかずを作るので、南森さんに温めて欲しいのです」

「ん?それの何処に私のメリットが?」

「お弁当のおかずは、南森さんのリクエストに応じると言うことではどうです?例えば、ほら、その軟骨唐揚げとか」

な、軟骨唐揚げですか。それを持ち出されてしまうと弱いのだ。

「そうしてくれるなら私は嬉しいよ。でも、それだと今度は寒江さんのメリットが無いんじゃない?」

「南森さんがいれば、きっと清華様も一緒ですから。私はそれで良いのです」

なるほど、寒江さんにも打算があるということね。

「そっかー、ならそのお誘いに乗っちゃおうかな」

「本当です?約束ですよ」

別に大学に行きたくない訳でもないので、こうしたノリて決めてしまっても構いやしない。

「うん、良いよ」

「では、合格に向けて一緒に頑張るのです」

寒江さんは椅子から立ち上がると、嬉しそうに私の手を握った。その仕草には相変わらず愛玩動物のような愛くるしさがある。中腰の姿勢で私の手を握っている寒江さんのお尻に、ブルンブルンと振り回されている犬のふさふさとした尻尾が見える気がした。


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