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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-7. 珠恵、秋の巫女

「いやぁ、悪いね柚葉ちゃん、突然呼び出しちゃって」

「いえ、美味しいケーキをいただけるのなら、何も問題はないです」

私は珠恵さんの部屋にいた。

夕食も終り、お風呂にも入ってゆっくりしていたところに、珠恵さんからケーキを買ってきたので一緒に食べないかとメッセージが来たのだ。普通の女子なら夜中にケーキなんてと考えるかも知れないけど、私はまったく問題ない。喜んで珠恵さんの誘いに乗った。

移動手段は転移。珠恵さんから「一番早い方法で来てね。後、着替えなくて良いよ、私も部屋着だし」と言われたので、そのまま直ぐに転移して来たのだ。

「問題ないのなら良かったけど、柚葉ちゃん、この時期にその格好なの?寒くない?」

「いえ、別に。どうも肌に触るものが苦手で」

私の今の服装は、タンクトップに短パン。家の中では年中この格好だ。11月にもなってこれだと寒いのではと言いたくなる気持ちも分かりはするけど、自分ではこれが一番リラックスできるし良いのだ。

因みに珠恵さんは、長袖のトレーナーの上下。季節に見合った部屋着だ。彼女から見れば、私は季節感の無い格好をしていることになるのだろう。

「まあ、柚葉ちゃんのその身体は宇宙空間でも問題なく活動できるって聞いているから、別に冬の寒さくらい何の問題もないのは分かるんだけどね」

宇宙の温度は約マイナス270度。冬の寒さの比ではない。しかし、今ここでそれを引き合いに出さなくても良いのではと思わなくもない。

「あの、珠恵さん。幾らこの身体でも、何の対策も無しに宇宙空間に放り出されたら、死ぬことは無いかも知れませんけど、身動き取れなくなると思いますよ」

「え?そうなの?試してみた?」

「試していませんし、試したくもないんですけど」

宇宙空間は気圧が殆ど無い。だから、身体中の水分は蒸発してしまうだろう。残った肉体は凍り付いてしまうだろうし、それでも動けると言うのは意識が残っていて巫女の力を使えるからだとしか思えない。それを自分で実験するとか、とてもではないけど気乗りがしない。

「そうかぁ。でも、柚葉ちゃんの言うことが正しいかも」

私はこれ以上この話が続かないようにと、ウンウンと頷いて賛意を示しておく。

「だとすると、他にもできると言われているけど、実際にやろうとすると大変なこともありそうだね」

「はい、まあ、ありますけど」

駄目だ、この話題、終わらないみたいだ。仕方なく、聞かれたことに正直に答える。珠恵さん相手に嘘を吐いても得することは何もない。

「何なに?教えてよ」

珠恵さんがノリノリで尋ねてくる。直ぐに思い付くのはあのことだけど。でも、この場にはそぐわないような。

迷う私の目の前で、珠恵さんがニコニコとこちらを見ている。話を期待されている以上、止める訳にもいかず、後でクレームを言われても珠恵さんが聞いて来たからだと言い返そうと腹を括る。

「この身体だと、食べなくても生きていけるって話、知ってますか?」

「知ってるよ。戦いが長引いたって、何処かに立て籠もった時に兵糧攻めにあったって、困らないよね。ん?それとも何か問題があるってこと?」

話の流れから、珠恵さんは当然のように疑問を抱いたようだ。

そこで私は勿体ぶって大きく頷いた。

「はい。一週間以上絶食しても命が脅かされることはないのですけど、お腹に食べた物を残したまま絶食を始めてしまうと、お腹が堅くなって、ついでにガスが溜まってお腹が張ってしまって大変なことになるんです。それでお腹を動かそうと慌てて食べてしまうと、思ったように溜まったものが出て来なくて更に大変なことに」

「え?何それ?実話?」

珠恵さんは興味津々。

「ええ、私が初めて絶食を実験したときのことです。最終的には何とかなったんですけど、散々な目に遭ったので、もう懲り懲りだと思いましたよ」

「そ、それは聞くからに大変そうな話だね」

どうやら受けたようで、珠恵さんはアハハと笑いだした。

「すみません、ケーキを食べている時にこんな話をして」

「ううん、いーから。何か苦労が凄く伝わって来て良かった」

フォローの言葉を口にしながら、珠恵さんはまだ笑っている。これは放置しておこう。

私はケーキを味わい紅茶を飲みながら、珠恵さんの様子をノンビリと観察していた。

暫くすると落ち着いたらしく、ティーカップに手を伸ばしていたので、そろそろ話し掛けても大丈夫だろうと判断した。

「珠恵さん、良いですか?」

「ん?何?」

「私を呼び出したのは、こうしてケーキを食べるためだけではないですよね?」

珠恵さんがキョトンとした顔で私を見た。

日頃接点のない私を理由もなく呼んだりしないだろうと考えたのだけど、私の考え過ぎだったか。

相手の表情を見た私が確信を持てないでいると、珠恵さんはニッコリと微笑んだ。

「まあ普通、そう思うよね。実際、その通りなんだけど」

そして珠恵さんは、皿の上に残っていたケーキを平らげると、もう一度紅茶を口にしました。

「柚葉ちゃんと親交を深めたいって気持ちも勿論あったからね」

「はい」

そうでなければ、わざわざケーキを用意したりしないだろう。私も珠恵さんと交流を持ちたいと考えていたので、本来の目的が何にせよ今回のお誘いは嬉しかった。

「それで私が知りたいのは、柚葉ちゃんが東京に来た目的。いや、幻獣絡みだろうってことは教えて貰ってはいるんだけど、今、柚葉ちゃんがどうしたいと考えているのかを直接聞いてみたいと思って」

「珠恵さんは、崎森島に幻獣が出たことは知っているのですよね?」

「知識としてはね。でも、詳しいことは知らないし、折角だからどんなだったか聞かせて貰える?」

「良いですよ」

それから私は崎森島にいた火竜が封印を破った時のことを話して聞かせた。そして、火竜を斃した後に見た白い空間のことも。

「ふーん、姿が見えなくて、声だけ聞こえたんだ」

「はい。自分の身体も感じられなくて、不思議なところでした。それでその人が遠ざかったなと思うと何も見えなくなって、次に気が付いた時には御殿の北側の草地の上で寝ていました。だから、その人が私の身体を再生してくれたんです、きっと」

それは多分に推測でしかなかったものの、私には確信に近いものがあった。しかし、珠恵さんは、首を横に傾げている。

「それはどうかなぁ」

「どうしてです?」

正しいと考えていたことが否定された気分になって、少し強い口調になってしまう。

「私、聞いたことがあるんだよね。アバターの身体って巫女の力との相性があるって。特に私達のような生まれながらの巫女は、力に特徴があるから自分の力でアバターの身体を創らないと、十分に力が発揮できないってね。だから、柚葉ちゃんのその身体は、柚葉ちゃん自身の力で創られているんじゃないかなぁ」

「そうですか、そういう話があるのですね」

つい感情的になってしまったけど、珠恵さんの説明は論理的で反論の余地がなさそうに聞こえた。

「でも、だったら私はどうやってこの身体を創ったのでしょうか?」

「それとなく誘導されたんじゃない?その人に」

「確かにそう考えるしかなさそうな気もしますけど」

あれからもう二年以上も経ち、記憶も随分とあやふやになってしまっている。あの時、何が行われたのか、当事者の私ですら定かなことは言えないのだ。ん?いや、当事者はもう一人いる。

「あの人は黎明殿の巫女ですよね?珠恵さんは知らないのですか?」

「私も知っているのは一部の人達だけだからね。それに柚葉ちゃんの話は今日聞いたのが初めてだし」

「それは残念です」

もっとも、その人を探して東京(ここ)に来たのではない。

「柚葉ちゃんがやるべきことをやっていれば、また会えるんじゃない?」

「はい、私もそんな気がします」

珠恵さんは、軽く頷いた。

「それでだけど、柚葉ちゃんの目的は封印の間を元に戻すことなんだよね?」

「そうですね。できれば、ダンジョンも魔獣も無くしたいですけど」

「そうだね、私もそうしたい。でも、ダンジョンを無くすのはとても大変だよ」

私は珠恵さんの言い回しに引っ掛かりを覚えた。

「珠恵さんは、ダンジョンを無くす方法を知っているんですか?」

「概念的にはね」

珠恵さんはそこで言葉を切ったけど、そのまま説明に入ってくれることを期待して、言葉を差し挟まずに黙って珠恵さんを見詰める。

「柚葉ちゃんはお祭りの縁日って行ったことある?」

「ありますよ」

崎森島にいたころ、石垣島のお祭りの縁日に行ったりしたものだ。東京に来てからも、何度かお祭りには行った。

「それじゃあ、ヨーヨー釣りって知ってる?」

「はい。広い水槽に水風船のヨーヨーが浮かべてあって、そのヨーヨーに付いているゴムの輪っかに釣り針みたいなものを引っ掛けて釣り上げる奴ですよね?それが何か?」

何かの例えなのかもしれないけど、この話がダンジョンのこととどう関連してくるのか、まだ掴めない。

「ヨーヨーを浮かべている水槽が時空の狭間で、ヨーヨーの水風船が一つの世界だとするでしょう?それで、私達の世界の隣にダンジョン世界があったとして今の状況を簡潔に説明すると、その二つの世界のヨーヨーのゴムが絡み合ってしまっているようなものだってこと。二つの水風船を離そうとしても、絡み合ったゴムに引っ張られてくっついてしまう、そんな状況に陥っているわけ」

「その絡み合ったゴムを解くのが難しいってことですか」

「そう、その通り」

何となくイメージは分かった。

「ゴムを切る訳にはいかないんですか?」

「それが世界にどう影響するか予想が付かないからね。下手すれば水風船が割れてしまうかも知れないし。だから、難しくてもゴムを解いて元の状態に戻そうと頑張っているのよ、四百年もの間」

そうか、当たり前だけど、先達の巫女達も何も努力して来なかった訳ではないのだ。

「だとすると、今更私一人が加わっても大勢に影響はなさそうですね」

珠恵さんは大きく首を横に振った。

「全然そんなことはないから。一人一人は小さくても、皆で力を合わせれば、ね。柚葉ちゃんも最初から諦めないで、やれることを増やしていくと良いと思うよ」

「そうですね」

自分の掲げていた目標が想定以上に壮大なものだと知って落ち込みかかったけど、珠恵さんの励ましで少し元気になれた。

「皆で頑張れば、いずれダンジョンはこの世界から無くなるよ。ただ、そうなった時には、別の課題ができちゃうんだけどね」

「何です?」

「ダンジョンが無くなってしまったら、封印の地の役割が無くなってしまうでしょう?だから、封印の地の巫女達をどうにかしないといけないし、封印の地に住んでいた人達をどうするかも考えないとだよね。まあ、それも柚葉ちゃん一人で抱えるべき問題ではないんだけど」

確かに私一人でどうにかできそうな問題ではない。だからと言って放置もできず、悩ましい問題なことには変わりがない。南の封印の地が要らないとなった時にお母さんや瑞希ちゃんの居場所が無かったら、私だって困る。

「まあ、そう簡単にダンジョンは無くなったりしないって。だから今、そのことで思い悩んでも仕方がないよ。まずは封印の地を元に戻すことに専念すれば良いんじゃない?」

「はい、そうですね、そうします」

決して思考を放棄するのではない。一歩ずつ前に進もうとしているだけのことなのだ。

でも、それもやっぱり言い訳かな。


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