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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-4. 愛子、内緒の56番

私のことをお師匠様と呼ぶ愛子さんのフルネームは、仲園愛子。仕事では仲埜姫愛(きあ)を名乗っている。

どうして愛子さんが私のことをお師匠様と呼ぶのか。思い起こしてみると、最初は普通に柚葉ちゃんと呼ばれていたのだ。呼び方が変わったのは、愛子さんに巫女の力の使い方を教え始めてからのこと。愛子さんも黎明殿の巫女だ。

愛子さんはアバターを持っていて、アバターの時の名前は姫山愛花。去年、アバターを得て、本部の巫女として登録している。先程琴音さんと話していた通り、私のチームのメンバーでもある。

店に入って来た愛子さんは私に声を掛けて来たけど、その私の答えを待つことなく、さっさと隣の席に座っていた。そこへ琴音さんがやってきて、愛子さんの前に水とおしぼりを置く。

「キリマンジャロと、あと、今日のパスタは何?」

愛子さんがここで飲むコーヒーはキリマンジャロと決まっている。そして、金曜日に来るときは、決まってパスタを食べていく。それは私が愛子さんと知り合う前から続いている、愛子さんの習慣のようなものだった。

「あの、今日は愛子さんに試食して欲しいものがあるのですけど」

頬を少し赤らめながら、琴音さんが愛子さんに汁なし担々麺風スパゲッティのことを説明する。私が琴音さんに試食のことを持ち掛けられたときに待って貰ったのは、愛子さんと一緒に食べたいと思ったからだった。琴音さんはそのことをきちんと分かってくれている。

「へー、何だか美味しそう。それを試食させて貰えるの?なら喜んで」

「はい、お願いします。では、ご用意しますね。コーヒーは直ぐにお持ちしますので」

お辞儀をすると、琴音さんはカウンターの裏へと戻っていった。

「お師匠様は、今日はどれくらい前から来てたの?」

「えーと、一時間以上前かな」

「なら学校が終わってから直ぐに来たんだ。まあ、受験生は部活が無いもんね。ミステリー研究部の皆、柚葉ちゃん達三年生が来なくて寂しがっていたよ」

愛子さんは頬杖を付いて私を見る。そんな愛子さんを私も見詰めながら、不思議な関係だなと思う。愛子さんは大人だし、働いている。でも、黎明殿の巫女としては未熟で、私の方が先輩だ。巫女の力の使い方や戦い方を私が愛子さんに教えていたから、愛子さんに「お師匠様」と呼ばれるようにもなった。最初はふざけているのかと思ったけど、そうでもなかったようだ。私が新しい巫女のチームのリーダーをやることになった時も、すんなり受け入れてくれていた。

「そう言えば、最近、顔を出していなかったですね。愛子さん、今もダンジョンに連れて行ってくれてるんですか?」

「うん、偶にね。ただ、私一人じゃ心配だから、ダンジョンに潜る時はできるだけ陽夏にも来て貰ってるよ」

「あそこのダンジョンなら、愛子さん一人でも問題ないと思うのですけど」

「そうかも知れないけど、生徒達に万が一のことがあっちゃいけないからさぁ」

ミステリー研究部は、ミステリーを題材として各種活動を主とした部だったけど、私が入部した昨年度から、ダンジョン探索も活動の一つに加わった。そんな時に、丁度ダンジョンに潜りたいと考えていた愛子さんと出会い、私達の高校に出入りするための名目として部のコーチに就任して貰ったのだった。

それで、最初は私が愛子さんをコーチしていたのだけど、愛子さんが巫女として一通りのことができるようになってからは、私や清華の代わりに部員達のコーチ役をお願いするようになった。そして清華や私など三年生が部活から引退した後も、愛子さんはコーチを続けてくれているのだ。もっとも、愛子さんも仕事があるので、コーチとして学校に来るのは毎週月曜日だけとなっている。

「愛子さん、ちゃんとコーチしてくれているんですね」

「それはそうだよ。ミステリー研究部の皆のお蔭でダンジョンに入れるようになったんだから。恩はきちんと返さなくちゃね」

愛子さんは微笑んだ。

この人はおちゃらけたところがある一方で、押さえるべき時には押さえられる人だ。どうしてなのかは本人も分かっていないようだけど、愛子さんは自分達に害意を持つ人を見分けることができる。

ダンジョンには魔獣がいる。しかし、ダンジョンの中で危ないのは魔獣だけではない。街中に比べてダンジョンの中は治安が悪いと言われている現在の状況下で、高校生、しかも女子高生だけでダンジョンに入るのはお勧めできない。愛子さんは大人だし、巫女だし、危機察知能力も高いので、コーチとして引率してくれるのは非常に心強い。

「部の皆はどうですか?佳林さんや百合さんは強くなりましたか?」

「うん、二年生の二人は優秀だよ。一年生たちも二人に追い付こうと頑張ってる」

今年は一年生が三人入部してくれた。だから一二年生だけでも五人となり、私達が卒業していなくなったあとも部の存続は確定している。

後の心配事は、後輩達の成長具合だろうか。それも、愛子さんの話によれば問題なさそうだった。

「お待たせしました。ご注文のキリマンジャロです」

愛子さんから後輩たちそれぞれの話を聞いているところで、カウンターからコーヒーが出て来た。

「柚葉ちゃんの後輩の人達のお話ですか?」

「はい、分かりましたか?」

「何となくですけれど。偶にこのお店にも来てくれていますよ」

それだけ話すと、琴音さんは調理の続きのために奥へ引っ込んだ。

「それで、お師匠様は志望校をどうするか決めたの?」

「いいえ、まだです」

大学に行くかどうかも含めて。

「まあ、お師匠様の場合、大学に行く必要もなさそうだしね」

「そう見えます?」

「いや、何となくそう思っただけ。だって、いずれは島に帰るんでしょう?」

「それはそうですね」

愛子さんの直感は正しい。だけど、アバターの身体になってしまった私が南森の家の後を継いで良いのか悩む部分もある。もっとも、それは愛子さんに言っても詮無いことだ。

「ただ、ここに来た目的を果たせていないうちは島には戻るつもりがないですし、大学に通っているのも良いかなと。折角行くなら、面白いところに行きたいですね」

「面白いところ?どこか心当たりがあるの?」

「珠恵さんが出入りしている研究室が楽しいよって誘われているのですけど」

「え?鴻神研究室?」

愛子さんがギョッとしたような顔になった。

「知っているんですか?」

「え?いや、まあ」

私から目を逸らして、頬をポリポリと掻いている。

どう考えても何かがある様子だが、問い詰めたものだろうか。まずはジッと見詰めてみたらどうなるか試してみる。

愛子さんは私の視線に気付いてチラチラとこちらを見ていたが、遂には心を決めたのか溜息を吐くと私の方を向いた。

「大きな声で言えないんだけど」

いつもより声のトーンを落として、愛子さんが話し始める。

「あそこに有麗さんが出入りしているのは知ってる?」

「はい。魔道具に力を籠めるためだって聞いてますけど」

私も声を低くして答える。

「そう、そのためなんだけど、この前、有麗さんが都合悪くなってしまって、偶には行ってみないかって振られて代理で行った訳」

「はい」

「そしたらいたのよ、そこに」

愛子さんは追い詰められたような表情になっていた。

普通の大学の研究室だと思うのだけど、何があったのだろう。愛子さんホラーが苦手だから、何か怖いものでも見たのだろうか。

「そこに?」

私がオウム返しに尋ねると、愛子さんは頷いた。

「いたの。元カレが」

「は?」

想定とは違う話の展開で、目が点になる。

「いやもう、私だってバレちゃうんじゃないかと思うと、気が気じゃなかったんだから。声で気付かれないように、いつもより抑え気味にしたり、いや、そもそも緊張しちゃって、いつもとは違っていたと思うけど」

「なるほど」

気休めでも言えれば良かったのだけど、先日私も母や瑞希ちゃんに見破られた経験があったことから、無責任な発言は止めておくことにする。

「それは災難でしたね」

「でしょう?お師匠様があそこに行くのは自由だけど、私は二度と近付かないから」

真剣な表情で語る愛子さん。どうやら決意は堅いようだ。

「それで、いつ頃付き合っていたんです?」

「高二から高三にかけてね。いやぁ、あの頃は私も若かったなぁ」

今も十分若いのではと言いたかったけど、遠くを見詰めて物思いに耽っている人に突っ込むのも野暮かと思い、別の言葉を選ぶ。

「どちらが告白したんです?」

「勿論、向こうだよ」

愛子さん、得意げだ。

と、それから愛子さんの高校時代のお付き合いの話を色々と聞かせて貰った。

最後は愛子さんの方から振ったようだけど、だからと言って嫌いとは思っていないようだ。

その辺りの心の機微は、恋愛経験のない私には分からない。

この先、私に恋愛する時が来るかも謎だ。

今日までのことを予想できたものでもないし、これからもなるようにしかならないだろうなと話しながら考えていたところに、良い匂いが漂ってきた。

「汁なし担々麺風スパゲッティです。良く混ぜて食べてくださいね。それと、後で感想をお願いします」

トレーにパスタ皿を乗せた琴音さんがやってきて、私達の前にその皿を並べていく。

「はい、いただきます」

早速、フォークを取り上げてスパゲッティと具材を良く混ぜる。そして一口分をフォークに巻き取り、パクついてみた。挽肉の味とスパゲッティの味、ラー油の辛味と胡麻と山椒の風味に加えて、砕かれたカシューナッツが良いアクセントになっている。

「美味しいです、これ」

素直な感想を漏らすと、琴音さんが笑顔になった。

「ありがとうございます」

軟骨唐揚げを加えるともっと美味しくなりそうな気がするのだけど、提案してみたものだろうか。


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