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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第10章 未来への旅 (柚葉視点)
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10-2. 清華、春の巫女

中間試験が終わり、授業の日々が戻ってきた。

試験の結果はと言えば、上の下。中の上ではなくて、上の下。大切だから繰り返す。学年で180人余りだけど、その中で50位以内なのだから、余裕で上位三分の一の中にいる。しかも、3-Aも含めた順位なのだ。

この学校でA組と言えば特進クラスで、成績優秀者が揃っている。今回の試験でも、3-Aの半分以上が50位以内にいたと言う噂だ。流石は3-Aと言いたいところだけど、半分だけで良いのか?残り半分くらいは50位以下なのだよね。いや、他のクラスのことを気にしていても始まらない。

兎も角、この学校の進学率を鑑みるに、上位50位以内なら有名大学には大体入れるくらいの学力があると判断できそうだ。実際、学校で受けさせられた全国模試でもそんなような結果になった。

ただ、私自身は大学に行くかどうかは考え中だ。黎明殿の巫女に教養が不要とは考えていないのだけど、大学ともなると専門的な内容となるので、そこまで必要なのだろうかと思ってしまうのだ。

しかし、大学に行かないとなると、お母さんから早く島に帰ってこいと言われそうな気がしないでもなく、東京に居続ける理由のためと言う非常に消極的な動機で大学に通おうかとの考えが頭を掠める時もある。ともあれ、結論を出すにはまだ時間があるのでそれまでじっくりと悩むことにしている。まあ、進学について尋ねられたときは、進学予定と答えているけど。

(ちな)みに清華(さやか)は大学への進学を真面目に考えているらしい。成績は私より良くて、先日の試験は27位。彼女も特進(3-A)ではなく普通科で、私と同じ3-Bだ。そして彼女もまた黎明殿の巫女。東護院家は、東の封印の地を治める春の巫女の家系にあたる。

私が東京に来るにあたっては、色々と東護院家のお世話になった。今住んでいる学生マンションも東護院家が関係する会社が管理している。清華とは、東護院家に最初に挨拶に行った際に出会い、それ以降、仲良くして貰っている。私の目標を知っていて、情報集めを手伝ってくれている。

今日も、そんな清華と話をしようかと、放課後に鞄を持って清華の席に行く。しかし、そこには先客がいた。寒江(さむえ)理紗(りさ)、同じクラスの子だ。清華とは高校の三年間、すべて同じクラスだと言っていた。だからかどうかは分からないけど、清華と良く話している姿を見る。6月くらいまでの部活に参加していた時期は、放課後、清華と同じミステリー研究部に所属していた私が近付けば、状況を察して話を切り上げてくれていたけれど、部活を引退して以降はそうした配慮は不要になったと捉えているようだ。今も私が近付いていることが見えているにも関わらず、話を止める素振りがない。まあ、私が後なのだから、それで構わないのだけど、私が清華と同じ黎明殿の巫女であることを知っている人達は、割りと私に譲ってくれたりする。だからと言って、私が寒江さんに悪い印象を持っている訳ではない。彼女はとても素直な子だ。

「ねえ、清華様。今度動物園に行きませんか?オオカミの希少種が来ているそうなのです」

オオカミ?寒江さんはオオカミが好きなのかな?犬もオオカミの仲間だから、犬も好きとか、いや逆に犬が好きだからオオカミも好きになったのか。

そう言えば、寒江さん自身、犬っぽく見える。清華に良く懐いている犬だ。

「ええ、構いませんよ」

「わーい、やったー。何時にしましょうか。今度の週末でも良いのです?」

「そうですね。土曜日にしましょうか」

「はい。私、頑張ってお弁当作っていくのです」

寒江さんが尻尾を振って喜んでいるように見える。可愛い。割り込んでみたら、どんな反応をするのか見たくなってしまった。

「何だか楽しそうなこと相談してるね。寒江さん、私も一緒に行っても良いかな?」

私に声を掛けられた寒江さんの表情が一瞬強張り、目が泳いだかのように見えたけど、直ぐにそれまでの笑顔に戻った。

「勿論、良いのです。でも、南森さんは自分の分のお弁当は持って来て欲しいのです。私は清華様のと二人分用意するのですから」

なるほど、そうきましたか。それでも問題はないのだけど、少し楽できないかと考える。

「あのさ、寒江さん。私がお握りを三人分用意するから、おかずは寒江さんにお願いできないかな?」

「え?それは良いのですけど」

寒江さんは料理が得意だ。学校の調理部にも入っている。だから、美味しいおかずが期待できる。

「あの、二人に任せてしまうのは悪いのですけど、私も何か持って行きましょうか?」

「清華様は何もしなくて良いのです」

清華は勉強はできるけど、料理はそれほど得意ではない。寒江さんもそれを分かっている。でも、清華は申し訳なさそうな表情だ。

「うん、清華は良いと私も思う。だけど、どうしてもって言うのなら、食後のフルーツをお願いできる?」

「なるほど、果物ですね。分かりました、用意しましょう。因みに、何がお好きですか?」

「そうだねぇ、私はパイナップルかな」

「私はバナナなのです」

バナナは確か犬が好きな食べ物の上位にランクインしていた気がする。流石は寒江さん、きちんと押さえている。これで語尾に「ワン」と付けてくれれば完璧ですワン。

「それじゃあ、今度は私が聞いておきたいんだけど、お握りの具は何が好き?」

「私は、そうですね、ツナマヨでしょうか」

「私は何でも好きなのですけど、敢えて言うなら、梅干と高菜なのです」

おっと漬物ですか。焼肉じゃなかったですね。まあ、私の脳内で勝手に決めた設定なので、ずれることもある。

「分かった。参考にするね」

梅干は寒江さんと意見が一致する、後は焼き鮭かな。二人がどれだけ食べられるか分からないし、小さめのお握りで具材を変えたのを用意していこうかと頭の中で計画を練る。

そんな感じで、寒江さんは私に対して普通に接してくれる。寒江さんの中では、清華だけが特別で、後はその他大勢なのだろう。何にしても清華以外に対しては公平だし、それが私が寒江さんを悪くないと考える理由の一つになっている。

さて、その日の夜。

私は清華の家にいた。

正確には、清華の家の道場に。

動きやすい服装をと、清華の部屋で学校の体操着に着替えているけど、学校帰りに寄ったのではない。

そもそも、私の住んでいる学生マンションは学校から歩いて五分程度のところにあるのだ。電車に乗って清華の家に来る前に、自室に寄って私服に着替えてもいる。体操着を持って来たのは、洗濯物を増やしたくなかったから。どの道、清華の家の道場は地下だし、外に出ることも無く人目を気にする必要がないので横着したに過ぎない。

そんな私に合わせてくれたのか、清華も体操着姿だ。そして二人で先程から木剣で打ち合いをしている。

右に、左に、身体強化を使わずに相手の隙を伺った駆け引きを繰り返す。私が上手く誘導して、清華がバランスを崩したところに木剣を清華の脇腹に当てたところで終了だ。

「参りました。今日は一勝四敗ですね」

「清華、身体強化を使っていないよね。少しは使わないと釣り合いが取れないのに」

私の身体はアバターの身体、対して清華は生まれた時のまま。アバターの身体は、身体能力が通常の1.5倍程度に設定されているので、それだけでハンデがある。

「良いのですよ。私は柚葉さんに勝ちたくてやっているのではないですから。それに柚葉さんだって、強さの追求一辺倒ではなくしたでしょう?」

「まあ、それはそうなんだけどね」

確かに東京に来た当初は護るための強さを追い求めていた。超大型魔獣や氷竜など、戦う相手がどんどん強いものになっていったこともある。でも、季さんや珠恵さんと出会ったことで、今までのやり方では到達できない領域があることを理解してしまった。

二人とも普通に戦っても強く、大切なのは基礎だと言われた。確かに、強さを求め、新たな技の開発なり習得なりに精力を傾け過ぎていたように思う。それを反省して、最近は基礎的な訓練を中心にやっている。

思えば、私の自分勝手な考えに、清華を思いきり巻き込んでしまった。清華は私と同じように体を動かせるようにと相当な努力をしてくれた。その結果、肉体をボロボロにして一度は死に掛けた。その時は、私が治癒することで危機を乗り越えられたのだけど、また清華が無茶をしての繰り返し。段々と清華の動きが良くなり、身体の壊し具合が軽くなっていったのは良かったものの、手放しでは喜べなかった。通常、治癒は身体を元の状態に戻すものだが、明らかに清華の身体は強くなっていた。清華の身体を治すつもりが生体改造してしまったかも知れないと怖くなって、これ以上の治癒はしたくないと言ったのは三回目だか四回目の治癒をした時だった。

それ以降は自重したのか清華は体を痛めることはなくなった。もっとも、その時点でレベル1、即ち身体強化のみの武技における最速技である幻影剣を放っても何ともない状況になっていたので、清華としての目的は達成していたのかも知れない。

清華の姿を見ながら、私はそんなことを考えていた。

「どうかしましたか?」

不思議そうな顔で尋ねてきた清華に、私は首を横に振って答える。

「ううん、何でもない。少し前のことを思い出しちゃっただけ。あ、でも、お礼を言いたいかな。清華には私のやりたいことに沢山付き合って貰っちゃったから」

私が笑顔を向けると、清華も微笑み返してきた。

「感謝していただくのは嬉しいですけど、まだ柚葉さんはこちらに来た目的は果たせていませんよね」

「まあね。だから、ありがとうだけど、これからもよろしく」

「ええ、喜んで」

その清楚な笑顔を眺めながら、清華に出会えて本当に良かったとしみじみ感じていた。


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