9-35. 山頂で
紅葉さんとの朝のお務めの帰り、また山頂に人がいるのに気付きました。
先日と同じく天野さんでしょうか?力が感じられないので分かりません。ともかく、紅葉さんと別れてから、一人で転移しました。相手を驚かせないようにと山頂から少し下ったところに出た後、登山道に沿って山頂へと歩いていきます。そして私が山頂に登り切った時、その人は私に背を見せて島の北側に向いていました。
「やっぱりここからの眺めは素敵だよね」
背後から近付いた私が横に立つと、振り向きもせずに論子さんが話し掛けて来ました。探知で私のことを視ていたのでしょう。
「はい」
今朝も快晴で、山の北側の森の向こうにキラキラ輝く海が目の前一杯に広がっています。北よりの風がそよそよと吹いていて、気持ち良いです。
「論子さん達は、今日島を出るのですよね?」
雄大な景色を前に満足そうに微笑んでいる横顔を見ながら問い掛けました。
「そうだよ。珠恵さんから聞いた?」
「はい、昨日。何時の船かは決めたのですか?」
「ううん、まだ」
論子さんは首を横に振りながら答えました。
「でも、お昼過ぎの船になるんじゃないかな。最後だから、お昼一緒に食べようよ」
「はい、是非」
私もにこやかに微笑み返します。それと同時に昨日のことを思い出していました。
「そう言えば論子さん達、昨日はダイビングに行ったのですよね?」
「うん、そう、ダイビング。楽しかったよ」
その笑顔から、言葉通りに楽しめたのだろうことが伺えます。
「向陽さんや花蓮さんも一緒だったと聞きましたけど」
「そうだよ。宿で知り合った同士でね。千景さん、灯里さんや冴佳さんに五条さん、それから花蓮ちゃん。花蓮ちゃんが色々ポイントを教えてくれたんだ。それから、千景さんが船舶免許を持っていたんだよ。私も操縦できなくはなかったけど、昨日は全部千景さんに任せちゃった」
論子さんは船舶免許を持っていないのでは。免許が無くても島の周囲5海里は封印の地の範囲内、つまり黎明殿の領海なので問題ないのですけど、ダイビングのポイントはその外にもあるでしょうし、千景さんに任せて正解だったと思います。
「賑やかそうな顔ぶれですね」
「うん、賑やかだった。特に花蓮ちゃんと灯里さんの二人が。あの二人は一緒にしておくと何にでも燥いでいたよ」
何となく、その様子が思い浮かびます。論子さんも、その時のことを思い出したらしく、目を細めていました。
「私も一緒に行きたかったかも知れません」
今更ではありますけど。
「瑞希ちゃんも誘いたかったけど、珠恵さんと何かしていたんだよね?珠恵さんが宿を出るときに紅葉さんと瑞希ちゃんに用があるって言ってたから、遠慮したんだ」
「まあ、そうですね。確かに珠恵さんと出掛けてました。紅葉さんは一緒ではなかったですよ。珠恵さんが断られたって」
「そうなんだ。紅葉さんが断ったって何処に行ったの?」
私は丁度眼下に見えている山裾を指差しました。
「少し下の右寄りに縦に空間ができているところがありますよね?その一番手前に魔道具が埋めてあって、異世界からそこに脱出できるようになっているんです」
「へーえ。そんなのがあるんだ、面白そうだね」
「論子さんならそう言うのではないかと思ってました。そこに埋めてある魔道具には、対になる持ち歩き用の魔道具があって、その二つが通信しながら毎度違った転移陣を作る仕組みになっているって聞きましたけど、私には全然理解できませんでした」
私が肩を竦めてみせますが、そんな私を論子さんは目を輝かせながら見詰めています。
「なにそれ?面白そう。魔道具ってことは、巫女が作った物ってことだよね?誰が作ったの?」
論子さんにガシっと肩を掴まれました。
「誰かは分かりませんけど、研究所の人だそうです」
「あー、研究所か。三ノ里のことだよね」
「はい」
「そうかぁ」
論子さんは掴んでいた手を下ろすと同時に項垂れました。
「あそこ、秘密主義で、どこにあるのか見付けられないんだよね」
「珠恵さんに聞いてみたらどうですか?」
「そうだね。もっとも、珠恵さんも口が堅そうだけど」
「それは、そうですね」
私にも論子さんの言わんとすることは分かります。珠恵さんは知っていても、安易にそれを教えたりはしない人だと私も思っていました。何しろ真実の目を持っているのですから、色々なことが見えている筈なのです。それらには、人が秘密にしていることも含まれているでしょう。でも、これまでの珠恵さんの言動からは、他人の秘密を許可なく暴いていくような姿勢は感じられませんでした。ですから、そこはきちんと自分を律しているのだと思えるのです。
「まぁ取り敢えず、今はそのことは脇に置いておこうか。それで、昨日珠恵さんと行ったのはそこだけじゃないんでしょう?」
「はい。あそこから木のない空間を下りて行くと、結界の向こう側に小道があって、それがあの小屋に通じているんです」
私はもう一度眼下の景色に向けて指差しながら説明します。
「あの小屋って、オジサンの小屋のこと?」
「そうです。紅葉さんはそのオジサンに会いたくなかったみたいです」
「ふーん。昔何があったんだろう?」
「さあ」
勿論、論子さんも私が答えを知っているとは考えていないでしょう。半分くらい、独り言のようでもあり、私も曖昧に相槌を打つしかできませんでしたけど、それを気にしている様子はありません。
「それで、オジサンに何を聞いたの?」
さて、と考えました。どこまで話をしたものでしょうか。
まずは、と、異世界からの避難者の受け入れについて、オジサンから聞いたことを伝えることにします。
論子さんは、ウンウンを頷きながら私の話を聞いてはくれたものの、完全には納得できなかったのか、話が終わると首を傾げました。
「でも、それだけのためにあの小屋にいたってことではないよね?」
至極ごもっともな感想です。私もその話だけで論子さんが許してくれるとはないだろうなとは思っていましたから、想定内です。
「オジサンは、この島にずっと住んでいるように見せ掛けたかったそうですよ」
話に聞いていた本来の目的を教えてあげます。
「え?見せ掛けたかった?それって、ずっとは住んでいないってこと?」
「はい。この島にも偶に来ているみたいですけど、今その小屋にいるのは影武者だって話でした」
「え?影武者?だけどマーカーが付いたままだし」
私の説明に、論子さんは混乱しているみたいで、見ていて面白いです。
「そうですよね。そこは私も不思議に思っていました。でも、どんな魔法を使っているのかは分かりませんけど、前に私達が会いに行った時は本物で、今いる人は影武者なのだそうです」
「どんな魔法を使っているんだろう。ん?」
そこで論子さんは固まりました。そしてゆっくりと首を捻って私を見ます。
「瑞希ちゃん、今『私達が会いに』って言ったよね?」
「言いましたね」
ニッコリと微笑んでみせます。
「『私達』って、瑞希ちゃんと誰のことかな?」
「誰って、今ここにいるのは私と論子さんだけだと思いますけど。それとも柚葉さんと呼べば良いですか?」
「何だ、バレていたんだ」
柚葉さんは、いえ、論子さんの顔のままなので論子さんと呼びましょうか、その論子さんはガックリと項垂れていました。
「私の前で力を使っておいて、分からない筈がないではないですか。私だって、あの作戦の前までは全然論子さんの力が感じられなくて、言動が柚葉さんに似た人だなって思っていたのですけど、戦いの時に使っていた力の感じで直ぐに柚葉さんだったんだって気付きました。柚葉さんの力って凄く特徴的なんです」
「そうなんだ。今まで力の特徴なんて気にしてなかったよ。言われたことも無かったし。瑞希ちゃんも言ってなかったよね?」
「はい、確かにそう言われてみれば。当たり前のことかと思っていたので」
「当たり前かぁ、それじゃあ仕方が無いかな」
そう呟いた時は残念そうな顔でしたけど、割りと直ぐに気を取り直して背筋を伸ばしていました。
「まあ、瑞希ちゃんになら良いや」
「いえ、私だけではないですよ、多分。紅葉さんも分かっているのではないかと」
「そうなの?」
論子さんは驚き顔です。
「はい。思い返してみると、唐揚げを作っている時に、紅葉さん、軟骨唐揚げが用意できれば良かったって言ってましたから」
「え?そう言う話?うーん、どうしようかなぁ」
論子さんは、暫く腕を組んで考えていましたけど、心を決めたように不敵な笑みを浮かべました。
「取り敢えず、面と向かって言われるまでは、知らん振りする」
思いっ切り開き直っています。
「でも、どうして顔を変えてまで、他人の振りをしているのですか?」
「だって、封印の間を元に戻すって言って出ていったのに、まだ何も手掛かり掴めていないからさぁ。だからと言って、異世界からやって来る人達を放置もできなかったし。まあ、この顔は骨格は変えないで筋肉の張り方を少し変えただけだから、直ぐに元に戻せるんだよ。もう一度論子の顔にするのが面倒だから、今は戻さないけど」
「顔は戻さなくて良いですから、少し柚葉さんの力を感じさせてください」
「ん、分かった」
論子さんは私の要望に応えて、力の放出を始めてくれました。私は眼を閉じて柚葉さんの力を感じます。
少しピリピリとした力の感覚が、柚葉さんとこの島で過ごした日々を思い出させてくれました。




